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道案内の少女  作者: 小睦 博
第5章 王都で過ごす冬

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131 3歳児に捧げる感謝の印

 魔導院へと戻る途中、モウペドロリアーネで再び主席の弟君と会食。なんか可愛らしいピンク色のリボンをプレゼントされる。代わりに渡すものがなくて困っていたところ、主席がモロリーヌの肌着を1枚ガメていきやがった。ペドロリアン領の将来が心配でならない。


 モウホンマーニで桜が咲くころに絵のモデルをする約束をホンマニ公爵様と交わし、モウヴィヴィアーナまでの道を騎士課程の先輩たちに雪かきさせながらノロノロと進む。先頭の方からは、もの凄い雷の音がひっきりなしに響いてきていた。雷鳴の精霊が大雑把に雪をふっ飛ばし、続く先輩たちが重い竜車が通れるまでに道を均しているようだ。


「炎の魔術で雪を溶かしながら進んだ方が早いんじゃないですか?」

「溶けた雪が地面で再び凍り始めたら竜車は進めませんよ」


 雪を溶かしてしまうと地面に氷が張ってしまい、竜車が滑って危なくなる。除雪に炎の魔術を使うのは厳禁だそうな。この最後のしごきは、冬のさなかに軍事行動を起こすことがどんなに困難か、机上軍師たちに思い知らせるのが目的なのだとモチカさんが教えてくれた。


「ティコアとヒヨコに変わりはありませんでしたか?」

「このとおり、甘やかされてすっかりやんちゃになってしまいました」


 どうにか魔導院まで到着し、久しぶりの紅薔薇寮に戻ったところでブンザイモンさんがティコアとヒヨコを連れてきた。僕たちが不在にしていた間は紅百合寮にいたのだけど、発芽の精霊とクセーラさんが甘やかしまくったらしい。ドタドタとそこらじゅうを駆けまわっている。


「お腹を空かせていないか心配していたのですが、ずいぶんおっきくなったのです」


 タルトがヨッコラショとヒヨコを抱き上げる。拾ってきた時からほとんど変化のないティコアに比べ、ヒヨコはすくすくと成長していた。孵ったばかりのころは普通のニワトリくらいだったのだけど、今はニワトリとしてはかなり大型と言っていい。クセーラさんたちが暇さえあればエサを与えていたという。


「この子たちのために、止まり木をいただけると嬉しいのですが……」

「ま、まだ早いのです。今晩はわたくしが抱っこして寝るのです」


 この2羽は基本的に鳥らしく、止まり木があったほうが落ち着いて休めるそうだ。しばしば、椅子の背もたれなんかに止まろうとしてひっくり返していたらしい。ブンザイモンさんに止まり木を要求されたタルトは、雛のうちは早いといってヒヨコを胸に抱き寄せる。


 遠からず抱っこできない大きさに育ってしまうことを、この3歳児は理解しているのだろう。ヒヨコを抱いたままベッドに潜りこんでしまったので、今日はそのままお休みさせてあげることにした。






 翌日、ヨウクーシャさんとの約束を果たすため黒薔薇寮を訪れる。借りていた屋敷を燃やしてしまったので、今はバグジードも寮住まいだ。使用人の人たちはひとり残らずシャチョナルド領に引き上げてしまったらしい。


 領の玄関には在室中か不在かを示す名札がかけられているのだけど、名札は未だシャチョナルドのままである。部屋の前までいって、ヒラナルド君と呼びかけたところ血相を変えて出てきやがった。


「アーレイ……貴様、まさか……」

「言伝を頼まれちゃってね。卒業したらダァァァリンに逢いに来るってさ」


 来年の運動会――バグジードは不正発覚により留年したので競技会ではない――には期待しちゃってもいいぞと爽やかな笑顔でサムズアップしてやった。そして、すでに主席もこのことを耳にしていると伝えておいてやる。


「ゾルディエッタまで……」

「隠し通せるものじゃないだろ」


 愕然とした表情でその場に膝をつくバグジード。コイツは多分、主席に惚れていたんだと思う。僕にとっては高嶺の花でしかないけど、侯爵家の嫡子にとっては格好のお相手であったはずだ。ジラント革を欲しがったのも、主席にプレゼントするつもりだったのかもしれない。

 ことあるごとに、相応しいのは自分だと言いたがっていたしな……


「主席はまた、お前抜きのお茶会を開くつもりだよ。後は、わかるな……」


 今度またお茶会に踏み込むようなマネをしたら、その場でヨウクーシャさんとの婚約を発表しお祝いを述べるつもりなのだ。むしろ、手ぐすねを引いて待っていると言っても過言ではない。


「……なんで、わざわざ僕に教える?」

「余計なもめ事は御免なんでね……」


 ダエコさんに対してもそうだったけど、主席は少々やり過ぎなところがある。エルフお嬢様みたいに張り合えるだけの実力者ならともかく、相手によっては再起不能なところまで追い込まれてしまうだろう。バグジードが自暴自棄になって事件を起こせば巻き込まれることは確実。そうなれば、リアリィ先生のお説教を回避する手立てはない。


 バグジードには恨みしかないし、主席の思惑をぶち壊すのも恐ろしいけど、物事にはすべからく優先順位というものがある。これ以上リアリィ先生を心配させておっぱいが噴火してしまったら大変だ。


 ペッペッ……てめぇの巻き添えなんてまっぴらなんだよ……


 約束は果たしたのでさっさと黒薔薇寮を後にし、厚生棟のカフェでタルトとブンザイモンさんに合流。今度は園芸サークルへと向かう。完成した軽トラゴーレムを見せてくれるという話だったのだけど、そこで待っていたものはクセーラさんの許されざる裏切り行為だった。


「なにこれ? 僕はこんなものを設計した覚えはないよ……」

「そんなことないよっ。伯爵に言われたことを考慮して修正した結果だよっ」


 僕が考えていたのはクレーン付きの軽トラゴーレムだ。にもかかわらず、園芸サークルの倉庫から出てきたゴーレムには、ハサミのついた2本のアームとボディの横に張り出した8本の脚。そして、荷台の後方には大きく反り返った尻尾がついていた。

 クセーラさんはこともあろうに、サソリゴーレムを作りやがったのである。


「これはサソリの尻尾じゃないの?」

「クレーンだよっ。ただ、伯爵の案だと重心が前に偏り過ぎるから後ろにつけたんだよっ」


 僕の設計では重心が前方かつ高くなりすぎる。後方に移して、クレーンアームを旋回させる機構も上ではなく下につけて支柱ごと回すようにした。アームを長くできたから伸縮機構は取っ払って軽量化にもなったとクセーラさんが言い訳する。


「この脚はなに?」

「重いものを持ち上げるときに支えが必要だって言ったのは伯爵じゃないっ」


 なぜ8本もあるのか釈然としないけど、記憶にあるクレーン車も左右に伸ばした足で車体を持ち上げていた。これは許そう。だけど残りのひとつ。コイツは明らかにおかしいだろう。


「なんでハサミがついてるのっ? こんなもの最初はなかったよねっ!」

「ゴーレムに乗ったまま障害物を排除する機能が欲しいって姉さんがっ」


 サソリゴーレムには密閉型の運転台が設けられていた。自動車ほど視界は広くないものの、ガラス窓から外を見ながら操縦できるようになっている。いちいち運転台から降りるのは面倒だと次席が要求したらしい。


 機能性を追求した結果この形状になっただけで、決してサソリを作ったわけではないとクセーラさんは言い張る。たとえクソビッチでも学年10位の成績を誇る優等生。屁理屈を語らせたら相当なものだ。


「これはサソリだよっ。僕はこんなもの認めないっ」

「このゴーレムは園芸サークルの新たな戦力……壊させはしない……」


 クレーン付き自走荷車は想像以上に便利だった。これまで十数人がかりの重労働が数人で済むようになったのでもう手放せないと、園芸サークルの戦闘員たちを従えた次席が僕の前に立ち塞がる。戦力では圧倒的に不利だ。全員、底なし沼に沈めてしまいたけど、発芽の精霊がついている次席には通用しない。


「ゴーレムは刺さないんだよっ。刺さないからサソリじゃないんだよっ」


 クセーラさんがこれは毒針ではない。よく見ろとクレーンのフックを押し付けてきた。刺さないし毒もないのだからサソリではないと詭弁を弄する。


「それより例の物も完成してるんだよっ。タルちゃんにあげるんでしょっ」

「むむっ、わたくしに捧げ物があるのですか?」


 王都に向かう前、僕は軽トラゴーレムとは別にもうひとつの設計図をクセーラさんに渡しておいた。それほど複雑な構造の物ではないし、魔術で動いたりもしない。まぁ、3歳児に遊ばせるにはちょうど良さそうなものだ。捧げ物と耳にしたタルトは興味津々な様子で、早く見せろと急かしてくる。


「ぱんぱかぱ~んっ」


 ファンファーレを口にしながら、クセーラさんが倉庫の片隅に置かれていたものから勢いよく覆いを剥ぎ取る。そこに隠されていたのは、ハンドルで向きを変えられる前輪にペダルが直結された足漕ぎ車。いわゆる幼児向け三輪車だった。


「自在に曲がれるのですっ。これは画期的なのでしゅっ」


 キコキコと三輪車を漕ぎながら3歳児が興奮気味に叫ぶ。ドワーフ国には足漕ぎ車があったし、技術的には自転車だって作れなくはない。だけど、道は舗装されていないことが当たり前のこの世界では、駆動輪や操舵輪を持った乗り物というのは珍しいだろう。ぶっちゃけ、実用性は皆無である。


 雨が続けば平地にはぬかるみができ、勾配のあるところは水流に削られて溝だらけになるのだから、タイヤで動く乗り物なんて簡単にスタックしてしまう。ドワーフ国の足漕ぎ車はレールの上を走るトロッコだった。


 だけど、モウヴィヴィアーナは富裕層をターゲットにした観光地だけあってほとんどの道が石畳となっている。公爵様のお膝元であるモウホンマーニよりもよっぽど整備が行き届いているのだ。魔導院の中もしかり。ここでなら、存分に三輪車で遊べるだろう。


「下僕っ、湖まで競争するのですっ」


 三輪車に乗ったタルトが園芸サークルの倉庫から出て行ってしまった。ティコアとヒヨコがその後を追い、クセーラさんとブンザイモンさんも駆け出してゆく。


「そんなにスピードを出すと壊れちゃうよっ」

「クセーラさんの足漕ぎ車は強度もバッチリだよっ」


 キコキコと全力でかっ飛ばす3歳児を追いかけながら、乱暴に扱ったら壊れるぞと警告したのだけど、ちゃんと耐久試験もやったのだとクセーラさんが自信マンマンに叫び返す。そして、背後から響いてくるガシャガシャという音に振り向いてみれば、次席と発芽の精霊を乗せたサソリが猛スピードで追いかけてきやがった。


 ――サソリがっ、サソリがくるっ!


「下僕っ、そんなにスピードを出すと転ぶのですっ」


 追いつかれてなるものかと全力ダッシュで逃げる。後ろでタルトがなにか言ってるけど、追いつかれたら苦しみぬいて死ぬのだ。構っている余裕はない。湖畔の公園まで来たところで隠れられる場所を探す。


 ――サソリの追いかけてこれないところ……あそこだっ!


 設置してあるベンチを踏み台にし、絶対にサソリが追いかけてこれない安全地帯へと身を躍らせる。


「つめたぁぁぁ――――っ!」


 僕をサソリから護ってくれるはずの湖の水は……氷のように冷たかった。






「またあなたですか、アーレイ君……」


 僕の目の前でリアリィ山脈が今にも噴火しそうなほど激しく震えていた。大袈裟な誰かから身投げがあったと知らされたらしく、大慌てで駆けつけてきたらしい。おかげで、サソリゴーレムのクレーンで引き上げられているところをバッチリ目撃されてしまった。魔導院に戻ればひと安心だと目を離した途端にこれかと、般若の如き形相で迫ってくる。


「だって、次席が……」

「湖に飛び込むなんて予見不可能……私は悪くない……」

「クサンサさんの主張を認めます」


 サソリに追われたので水の中に逃げ込んだという僕の主張は聞き入れられず、一瞬で敗訴が確定した。寒さと恐怖にガタガタと震えながら中央管理棟の治療室に連行される。


「いったい何を考えていたんですかっ。アーレイ君っ?」


 ドクロ山まで噴火の一歩手前になってしまった。いつまでずぶ濡れの服を着ているのだと無理やり剥ぎ取られベッドの中に放り込まれる。服が乾くまでお説教だと、リアリィ先生と一緒になって僕の非常識を糾弾してきた。

 サソリから逃げることが罪だなんて、世知辛いにも程があるのではなかろうか?


「アーレイ君が身投げしたというのは本当ですのっ?」

「先輩が入水を図って治療室に運び込まれたと耳にしました」


 どうやら、僕が身投げしたという噂が魔導院中に広まってしまったらしい。主席にアキマヘン嬢の他、アンドレーアまでやってきて僕を叱りつける。


「これ以上、家の恥になることはやめてちょうだいっ!」


 相変わらず家の恥、家の恥と口うるさいけど、僕のことを理解してくれるのはアンドレーアだけだろう。


「アンドレーア、サソリに追いかけられて逃げた先に湖があったらどうする?」

「迷わず飛び込むに決まってるじゃない」

「姉様、お話があります」


 部屋の隅に引っ張られていったアンドレーアは、嫡子ともあろう者が簡単に丸め込まれてどうするとメルエラに加えて主席からもお説教されるハメになった。サソリに追われている時に余計なことを考えている暇などあるものかと抗弁するも、聞き入れられる様子はまったくない。

 誰からも理解されない僕の気持ちを味わうといいよ……


「わたくしの度肝を抜くとは下僕は侮れないのです」


 湖に飛び込むことまでは予想しきれなかったと口にしながら、タルトがゴソゴソと布団に入ってくる。冷え切った身体に冷めない湯たんぽがありがたい。三輪車のご褒美に温めてやろうと手を握ってくれた。かじかんでいた指先に体温が戻ってくるのを感じる。


「もうすぐ、タルトと契約して1年になるからね。気に入ってくれたなら嬉しいよ」

「下僕は良い下僕になったのです。ホブゴブリンにあげるのが惜しくなってきたのですよ」


 見返りがバナナだけではもったいないと抜かす3歳児。やっぱり僕を売り渡すつもりだったようだ。文句のひとつも言ってやりたいけど、ひとりではAクラスに届かなかった僕にその権利はない。最後のひと押しをしてくれたのはタルトで、三輪車はそのお礼である。


 新学期からは、どうにか僕自身の実力で順位を維持……いや、上げていかなければならない。アンドレーアに指摘されたとおり、相手の不正を暴いて優勝なんて手はもう使えないのだ。タルトは使い魔レスリングに参加したがっていたから、競技会までに充分な成績を確保して、存分におしくらまんじゅうを楽しませてやろうじゃないか。


「バナナだけでは足りないのです~。桃とイチジクにパイナップルもつけるのです~」


 あっという間に夢の中へ突入した3歳児は、商人ゴブリンとなにか交渉しているようだ。果物と引き換えに何を提供するつもりなのか問い質してやりたいけど、無理に起こすと不機嫌になるのでそれは勘弁しておいてやる。


 見てろよ……果物くらい好きなだけ手に入れられるようになってやるからな……


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