128 パナシャの婚約
狩猟会の翌日。今日もホンマニ公爵様の別荘ではガーデンパーティーが催されていた。せっかく集まったのだから子供たちだけに狩猟を楽しませることはないと、今度は集まった貴族たちが狩猟に出かけているのである。
「実に気分の良い眺めなのです」
シルヒメさんの焼いたパイをパクつきながら、ひとり悦に入るタルト。エルフお嬢様の棄権により僕たちの勝利かと思われた狩猟会だけど、その後の現場検証によりユニコーンを追いかける過程で僕が他チームの狩猟エリアに踏み込んでいたことが発覚してしまった。つまり、両チームとも競技妨害により失格である。
勝負は引き分けかと思われたものの、危険行為を犯した罰ということで両者ともに敗北という判定がリアリィ先生によって下された。服従のポーズこそ免れたものの、全員今日一日はオムツを着用して過ごすよう言い渡されてしまう。
「リアルビッチもなかなかに粋な裁きをするではありませんか」
1オムツが4オムツになったことを知った3歳児は大喜びし、4人全員にオムツをプレゼントしたのだった。
「どうして私まで……」
パーティー会場の中心はすっかり大人たちの社交場と化している。目立たないよう隅っこのテーブルでお茶とお菓子をいただきながら、競技妨害をしたのは自分ではないのにと主席が不満をこぼす。
そもそもの言い出しっぺが何を言ってるんだか……
「だいたい、クセイナーさんが競技妨害なんてするからですわ」
「荷車の番をさせられていた役立たずに言われる道理はございません」
エルフお嬢様も僕たちのテーブルに来ていた。診療所のお手伝いがあるドクロワルさんを除いて、僕たちは「私はオムツを穿いています」と書かれた看板を首からぶら下げている。仲間はここにしかいないのだ。お前がルール違反をしたせいだと責める主席に、お前こそ何もしてないくせに態度デケェと言い返す。
「ふたりとも、今度もめ事を起こしたらわかってるよね?」
次に問題を起こした時は、オムツ丸出しでパーティーに出席してもらうとリアリィ先生から宣告されている。今にも殴り合いを始めそうだったふたりはピタリと動きを止め、ホホホ……喧嘩なんてしてござりませんのことよと笑って誤魔化す。ようやくおとなしくなったかと思ったら、魔導院は魔力に恵まれたことを鼻にかけているとか、学習院は教員人事まで社交界に握られ生徒を正しく評価していないだのと性懲りもなく嫌味の応酬を始めた。
自分の通う学校を誇るのは悪い事ではないと思うけど、このふたりは負けん気が強すぎて困る。リアリィ先生が両者敗北としたのも、引き分けにしたのではその場で第2ラウンドを始めてしまうからだろう。ある意味、似た者同士と言えなくもない。
「どっちも負けで決着はついたんだから、いい加減……」
「私が諦めるまで、敗北したことにはなりませんのよ」
「やめられません。勝つまでは……」
終わってないから負けてないとか、それはギャンブル中毒者の理論だよ……
「だいたい、あのような術式を使うなんて嫌がらせにも程があります」
エルフお嬢様が今度は僕に矛先を向けてきた。底なし沼に落とされて泥だらけになってしまったユニコーンを湯で洗い、身体を冷やしてしまわないよう乾かすのがどれだけ手間だったか滔々と語る。病気を浄化すると言われているユニコーンだけど、それは身体の外から入ってきた悪いものを取り除く力。体温の低下による機能障害なんかは治せないそうな。
「あの霧の術式の方がよっぽど悪質だと思うけど……」
冬の山中で方向を見失わせるなんて、遭難者が出たらどうするのだと言っておく。
「どうしてあなたには私の位置が……。まさか、最初からわかっていて?」
自分に真っすぐ向かってこられた時は心臓が止まるかと思った。霧の中で迷った様子も焦る素振りもまったく見せなかったのは、魔術を使っている者の存在に気付いていたからではないかとエルフお嬢様が疑いのまなざしを向けてくる。
「先輩はあの霧が自然の物ではないと知っていたのですか?」
「うん。獲物も感覚を狂わされてるなら近づきやすいと思ったし……」
知っていたのに競技妨害を申し立てなかったのかというアキマヘン嬢に、証拠を掴むより獲物を獲る方が楽だと思ったと答えておく。
「利用されているとも知らずに魔術を使い続けるなんて、ご苦労なことですわね……」
「どうして荷車番がそんなに偉そうなのですっ」
この間抜けとあざ笑った主席に、林道で突っ立っていただけの奴が偉そうな口を叩くなとエルフお嬢様が応じた。ふたりが再び臨戦態勢をとる。
「おふたりは私の裁定に不満があるようですわね……」
そこにリアリィ先生がやってきた。なんならふたりだけオムツ姿でダンスを躍らせてやってもいいのだぞと脅され、主席とエルフお嬢様が震えあがる。
「モロリーヌさん。診療所の手が足りないとドクロワルさんが呼んでいます」
なんでも、投げ槍で猪を仕留めようとしたムジヒダネ家の人たちが反撃を喰らい、まとめて担ぎ込まれてきたそうな。呆れて声も出ない。ヘルネストも同じようなことをしようとしたことがあるし、あの領には猪を槍で狩るのが勇者の証という風習でも残っているのだろうか。
僕までオムツダンスに巻き込まれては堪らないので、どうにかふたりをおとなしくさせておくようアキマヘン嬢に後を託す。ニヤニヤ笑っている3歳児はオムツダンスをさせようと企んでいるに違いないから、絶対に気を許さないよう言い残しドクロ先生の待つ診療所へと向かった。
狩猟会が終わると、王都での滞在期間も残り半分となる。コートヴィヴィナーナへと戻った僕たちを出迎えたのは、困惑の表情を浮かべたクゲナンデス先輩だった。公爵様たちが狩猟会で留守にしている間に、妙な噂が南部派貴族たちに流れているという。
「わたしが婚約ですかっ?」
ドクロワルさんが素っ頓狂な声を上げる。なんでも、アキマヘン家がドクロワルさんを嫁に迎えて低コスト再生薬の研究を引き継ぎ、完成した暁には南部派が独占するという話らしい。本人は狩猟会に出かけていてドクロワル男爵も自領に残ったままだというのに、まるですでに決定済みであるかのように広まっているそうな。
「あんの、おっぱい野郎っ!」
何が自分の理想に届くまで手を出さないだ。こっそり裏で手を回してやがったなっ。
「モチカ。モロリーヌさんを縛り上げて私の部屋へ。絶対に逃がさないでください」
リアリィ先生の指示を受けて、モチカさんが巻きつく精霊で僕を縛り上げる。そのままコテージで先生が使っている寝室に担ぎ込まれ、逃げられないようベッドの柱に磔にされた。伸縮自在の巻きつく精霊は緩むということがないので抜け出す方法はただひとつ。ベッドの柱をへし折るしかないっ。
「おぉぉぉ――――っ。燃え上がれ、僕の乙女ソウルッ!」
「バカなことをしてないで落ち着いてください。メルもホンマニ公爵様も、この程度のことは想定済みです。すでに手を打ってあるに違いありません」
婚姻という手を使ってドクロワルさんの研究を我が物にしようという輩が現れるくらい、自分にだって予測できた。彼女の同行を決めたふたりが予防線を張っていないわけないのだと、モチカさんがチョップを打ち下ろす。
「モチカ。モロリーヌさんの様子はどうですか?」
「何やら怪しげな呪いをかけようとしているようで、聞いたこともない魔術語を呟いています」
しばらくして戻ってきたリアリィ先生が、僕の様子をモチカさんに尋ねる。
「まったく……、公爵様に言われたことを忘れてしまったのですか?」
「公爵様に言われたこと?」
リアリィ先生がグニグニと僕のほっぺたを突いてきた。
「鍵はふたつかけておく。もうひとつの鍵が迂闊に飛び出してどうします?」
「でも、それじゃドクロワルさんの研究は……」
「もちろん続けていただきますよ。魔導院で……」
クックック……エサに引っかかりおったとリアリィ先生が喉を鳴らす。いずれ研究の独占を狙って求婚してくる者が現れることは確実だったので、いっちょ派手に見せしめにしておこうというのがホンマニ公爵様のお考えであるそうな。
「王太子を見せしめですか?」
「相手が王太子なわけないでしょう」
王太子の婚姻ともなれば、まず家同士できっちり話をつけてから祭祀を執り行い、神々に奏上した後の公表となる。噂が先行している時点で相手は王太子ではなく、アキマヘン家の分家か士族のどちらかだという。
「そういえばアキマヘン家に仕える薬師っていうのが学習院に……」
「……詳しく話してください」
研究発表会で出会った学習院の教師のことを話すと、さっそくそいつの身辺を洗わせようということになった。研究を引き継いで完成させると豪語しているところから、魔法薬に詳しい者である可能性は高いというのがリアリィ先生の予測だ。
「マーカーのことを知りませんでしたけど……」
「実際に詳しくなくても、本人が詳しいと思っていれば充分に可能性はあります」
代々同じ家に仕えることを良しとする南部派は士族の入れ替わりがほとんどない。士族としての地位や役職も世襲されることが多いから、本人の認識と実力が乖離していることも珍しくないそうだ。
「よくそんな人を雇い続けてますね」
「優秀だけど密偵かもしれない新参者と、平凡でも信頼のおける古参。モロリーヌさんならどちらを選びますか?」
「あ~、え~と……」
「つまりは、そういうことです。決して悪い事ばかりではないのですよ」
どんなことにも良い面と悪い面がある。悪い面だけを見てそれを否定するのは愚か者の陥りやすい思考停止だとリアリィ先生にお小言をいただいてしまった。
「コテージの監視を24人に増やしていただきました。モロリーヌさんが一歩でも外に出ようとしたら取り押さえるよう命じてあります」
例外は先生が同行している場合のみ。食事も全部コテージまで運んでもらうことにしたから、僕はここで一日中監禁状態に置かれるという。
「代わりといっては何ですが、食事と寝る時間以外は先生がみっちり補習してあげましょう」
ドクロワルさんのことはホンマニ公爵様に任せておけばいい。ようやく現れたロゥリング族の持つ知識と技術を伝授してもらえる生徒。公爵様が心待ちにしていることを知りながら、自分やモチカさんも届かなかったプロセルピーネ先生の弟子。公爵様が彼女を手放すことはないとリアリィ先生はニッコリ微笑んだ。
だから、安心して補習を受けるようにと……
ひとりだけリアリィ先生に特別授業をしてもらえるなんて不公平だと主張しておきながら、他の生徒たちには内緒だとダブルスタンダードを平気で口にした主席と机を並べること3日。本来であれば新学期が始まってから学ぶことになる範囲をしっかり予習させてもらう。モチカさんもいるので、実質的にはマンツーマン授業だ。
そこにロミーオさんがやってきた。昨晩、例の学習院の教師がクレネーダー子爵を訪ねてきたという。
「ウイリアム・ゼネリクと名乗っていました。南部派の領主たちから支持を取り付ければ、アキマヘン公爵も追認すると考えているみたいです」
主君と派閥の利益のために働くのが仕える者の役目。自分は士族として当然のことをしているまでと語っていたらしい。アキマヘン家と南部派に利益をもたらそうという話なのだから、アキマヘン公爵が反対する理由はない。南部派の首領という立場上、領主たちの期待を裏切ることは難しいそうな。
「バカ兄が手放しで賛同しているせいで、お父様まで支持するお考えのようで……」
頭痛が痛いと頭を振るロミーオさん。
「それ、言っちゃってよかったの?」
「あんな男にパナシャの研究を完成させられるとは思えないわ」
クレネーダー子爵がゼネリク支持派にまわるならロミーオさんのしていることは裏切り行為ではないかと言ってみたところ、上手くいくはずもない杜撰な計画に巻き込まれては堪らんと吐き捨てた。
「パナシャに期待しているのは魔法薬を製造している領だけじゃない。安価な上級再生薬に期待する消費側の領の方がはるかに多いのよ」
研究を完成させるどころか潰すのに手を貸したとなったら、この国のほとんどの領主からソッポを向かれてしまう。ゼネリクもお兄さんも、研究が完成しないという可能性をまったく考慮していないらしい。道連れにされるのは御免だとロミーオさんは言う。
「それよりも主席っ。これはどういうことっ?」
「これとは、いったい何のことですの?」
突如として矛先を向けられた主席がキョトンとした顔で尋ね返す。
「これ、新学期の学習範囲じゃないっ。ふたりだけリアリィ先生から指導を受けてるのっ?」
主席が隠すより速く、テーブルの上に広げられていたノートをロミーオさんが奪い取った。自分たちばっかり汚いぞ。北部派だから特別扱いかと動かぬ証拠を手に主席に迫る。
「私も一緒に補習を受けさせてくれるなら、他の生徒には黙っておいてあげるわ」
ロミーオさんもAクラス上位。主席に劣らずしたたかだった。




