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道案内の少女  作者: 小睦 博
第5章 王都で過ごす冬

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127 コケトリスの駆けるところ

 猪は水場の近くを好む。この沢を水場にしている猪が1頭しかいないはずはないと、二匹目のどじょうを狙い沢に沿って登っていく。そこそこの魔力を感じたので黒スケにこの場で待つよう指示して獲物を確認してみると、立派な角を生やした大きな鹿がいやがった。


 ハズレかよ、ちくしょうめ……


 ムカついたので、近くにあった石を拾って自慢の剛速球――今では80キロも出ていないと思う――を固くて食べられそうもないケツにぶち当ててやる。あんな奴が我が物顔でウロついていたのでは、この辺りにメス猪はいないだろう。もっと上まで登っていく必要がありそうだ。


「せっかくの鹿を追い払ってしまったのかい?」

「角がそこそこ立派ってだけですからね」


 どうして逃がしてしまったのだとサンダース先輩は言うけれど、時間が限られているというのにモモベェのエサなんて獲っていられない。オスに用などないのである。


 主席のいる林道から標高差で100メートルくらい登ったところで、落差5メートルほどの滝にぶち当たった。迂回して登れなくはないけど、ここから先は傾斜がきつく本格的な登山になってしまう。素人が弓なんて構えていたら転落しかねないので、登るのはここまでとして横に移動しながら獲物を探してゆく。


 近くにウサギやヤマドリらしい気配をいくつか感じたものの、時間がもったいないのでこれもパス。その先から感じる大物っぽい魔力のある場所へ足を急がせた。


 やべぇ……熊だよ……


 ちょっとした段差があって僕の方が高い位置にいたため、地面に伏せ顔だけのぞかせて確認したところ、魔力の主はクマネストより若干小柄な熊だった。モミジグマだろうか、夕陽のような赤みの強いオレンジの毛並みをしている。


 獲ることができれば間違いなくエルフお嬢様を上回るだろう。だけど、この霧の中では15メートルという距離まで接近しなければならない。一撃で仕留めそこなえば、怒り狂って逆襲してくることは確実。最初の一射で確実に急所を射貫けなんて、あのふたりには高すぎる要求だ。


「熊です。迂回しましょう」

「獲らないのですか?」

「急所を外したら3秒後にはガブリだよ」


 先輩たちの待っているところまで戻り熊がいることを告げると、アキマヘン嬢が不可解そうな顔で尋ねてきた。手負いとなった獲物は死に物狂いで反撃を試みるから、狩猟というものは狩人の側にも危険が大きいのだと教えておく。


 猪をターゲットにしたのは仕留めそこなってもコケトリスの方が強いから。リアリィ先生は勘違いしているみたいだけど、僕は決して超限界チャレンジ芸人ではない。

 石橋を叩いたら壊れてしまったので、仕方なく飛び越えただけである。


「獲物を甘く見積もって、魔導騎士を4人も失った騎士団があったよね」

「それは……」


 僕の言っているのがこの国の最高戦力。王国魔導騎士団であることに思い当たったのだろう。その最高司令官の娘は、ひとつ頷くとそれ以上何も言わなかった。






 熊のいた場所を大きく迂回して次の獲物へと向かう。そろそろ帰り道に必要な時間を考えなくてはいけなくなったころ、ようやく猪に出会えた。1頭目より大きいヨウクーシャ級の猪だ。霧のせいでわかりづらいけど、牙が見えないのでメスだと思う。


 エサとなる植物の根っこを探し当てたのか、夢中になって鼻先でゴリゴリと地面を掘っている。今が絶好の機会だけど、急ぎ過ぎて音など立ててしまったら元も子もない。気取られないよう慎重に狙撃ポイントへと射手を案内する。


 ふたりが矢をつがえ、サンダース先輩がゆっくりと弓を引き始めたところで――


「ブゴォォォ――――ッ!」


 ――僕たちが狙っているのとは異なる方向から飛んできた矢が猪のお腹に突き刺さった。


 魔導器の魔力を感じる方向だ。僕が猪に気を取られている間に、獲物から30メートルくらいの位置にまで近づいていやがった。

 やってくれたな、あのエルフッ!


「イリーガルピッチッ!」


 お腹にブッスリと刺さった矢は内臓を傷つけているだろう。あの状態で暴れられたら、もう獲物としては期待できない。手負いになった猪が僕たちに目をつけるより早く、イリーガルピッチにとどめを刺すよう指示を出す。猪の主な攻撃手段は突進して相手を下から突き上げること。跳躍して頭上から襲いかかってくるコケトリスに対しては哀しいほど無力だ。


 突進をかわされた猪がイリーガルピッチに踏んづけられるのを横目に、一緒についてきた黒スケに跳び乗る。他の狩猟者が近づいている獲物を手負いにするなんて競技妨害では済まされない。狩猟に通じたエルフが、その危険性を知らないはずないだろう。


「モロリーヌちゃん、どこへっ?」

「とっ捕まえてやるっ!」


 魔導器の発する魔力に向かって黒スケを駆けさせたものの、何かしらこの霧の中を見通す手段を持っているようだ。僕が追ってくることに気が付いたのか相手は逃げ出した。


 やっぱり、ユニコーンに乗ってやがるな……


 思った以上に動きが素早く、魔力の位置を頼りに『ヴィヴィアナピット』を使ったのでは底なし沼の形成が間に合わない。相手の姿が見えないのでは先読みして設置しておくのも不可能だ。


 なら先回りしてやる……


 森の中を駆ける分には黒スケの方が速いようで、徐々に差は縮まってきている。だけど、僕たちが通ってきた林道に出られてしまったらもう追いつけない。黒スケを西に向かわせて、そこにあるはずの尾根を目指した。林道は大きく迂回していたけど、コケトリスならショートカットできる。


 術式の効果範囲から脱したのか急に霧が晴れ、稜線が視認できるようになった。視界が開けて気分が良くなったのか黒スケの足が軽くなる。羽ばたき大ジャンプで段差を駆けあがり、『ヴィヴィアナロック』を足場にして谷を超え、一直線に目的の尾根へとたどり着いた。

 馬とは違うのだよ……馬とはね……


 足元を見下ろせば、100メートルほど斜面を下ったところに林道が見える。高低差では70メートルを少し超えるくらいか。目標の魔力が数百メートルほど離れたところを高速でこちらに向かってきていた。あのスピードなら、15秒もあれば眼下に見える林道を駆け抜けていくだろう。


 だけど、僕と黒スケがここを駆け下りるのに必要な時間はその半分だっ。


 黒スケが尾根から身を躍らせ、下りだというのに地を蹴ってその身を加速させた。ジェットコースターみたいな勢いで斜面を駆け下りながら、途中に突き出た岩をかわし、倒木を速度が落ちないよう低く跳び越える。残り10メートルというところで大きく跳ね上がり林道の真上に飛び出すと、空中で翼を羽ばたかせて急減速。疾走してくるユニコーンの前に立ちはだかるように降り立った。


「悪いけど、衝突は御免だから……」


 あんな勢いの体当たりを喰らっては堪らないので、『ヴィヴィアナロック』で水の壁を作り出し道を塞ぐ。目の前に突然現れた障害物に急停止をかけるかと思われたユニコーンとエルフお嬢様は――


「はあっ!」


 ――なんと、走ってきた勢いのままジャンプして水の壁を飛び越えた。日の光に輝くようなユニコーンの白い馬体が空中に美しい弧を描き、僕の頭上を通り過ぎていく。


 ゾブリッ……


 そして、『ヴィヴィアナピット』によって作られた底なし沼に華麗な着水を決めた。


「なんですのこれはっ?」


 大ジャンプからのダイブである。ユニコーンの前脚は肩のあたりまで埋まり、後ろ脚も腿の半ばまで潜ってしまった。もう、首とお尻を突き出した状態で埋まっていると言っても過言ではない。身動きの取れなくなったユニコーンが助けを求めるようにいななき、似合わないメガネなんかかけちゃってるエルフお嬢様もしきりに首を振る。


「逃げても構いませんけど、主のいないユニコーンは獲物です。腹わたを抜いて持ち帰ることにしますよ」


 鐙から抜いた足を鞍に立てて、地面の固いところまでジャンプして脱出することを企てていたエルフお嬢様の動きがピタリと止まった。


「この子を殺そうというのですかっ?」

「生徒から犠牲者が出ることも厭わないくせに、そんなにユニコーンが大事だと?」


 信じられないと驚きの声を上げるエルフお嬢様。だけど、猪が手負いになっても無事でいられたのはコケトリスを連れた僕たちだったからこそだ。他の参加者であれば、ドクロ従兄のようになっていてもおかしくない。

 人より珍しい馬の方が大事だとでも言うつもりかコイツは……


「あれは……驚かせて逃がすはずが、当たってしまったのです……」


 霧による減衰が思いのほか大きくて、頭上を飛び越えていくはずの矢が命中してしまった。お願いだから信じてくれとエルフお嬢様が涙目になって言い訳する。


「下手くそが自分の腕前を過信した報いです」

「お願いですっ。殺すのだけは許して下さいっ」


 オムツ服従でも何でもするから、命だけは勘弁してくれと泣きつかれてしまう。まぁ、ユニコーンに罪はない。腹いせに生き物を殺すほど、僕は血に飢えているわけではないのだ。また子供っぽくないと言われてしまうかもしれないけど、【ヴァイオレンス公爵】のようにはなれない。


「それでは、あの霧を発生させていた魔導器と……そのメガネを渡していただきましょうか」


 審判の前でシラを切られては困るので、競技妨害したことを白状するまで魔導器とメガネは預かっておく。これまでエルフお嬢様はメガネなんてかけていなかった。あの霧の中を見通すためのメガネに違いない。


 凝った装飾の施された短杖とメガネを受け取り試しに使ってみる。霧に包まれた中でメガネに魔力を流すと、顔を向けた方向にある霧が薄くなった。視界の真ん中だけ、ポッカリと穴が開いたように遠くまで見通せる。


 こういう仕組みか……これはセットで使う魔導器だな……


「あの……それはエルフに伝わる秘術で……」

「約束したとおり、競技妨害を自主申告して棄権すればお返しします」


 メガネはいらないけど、この霧を発生させる術式は僕と相性が良さそうだ。だけど、エルフお嬢様から奪った魔導器では魔導院ルールにより使用が制限されてしまう。こっそり解析だけさせてもらって、魔導院に戻ってから似たような魔導器を自作した方がいい。

 タルトなら、どんな術式なのか教えてくれる……と思う。


「コケトリスじゃ引っ張り上げるのは無理だから、しばらくそのままでいてください」

「そんなぁ……」


 助けが来るまでの間、下手に動かないよう伝えて信号弾を打ち上げる。ここまでズッポシ埋まってしまっては牛にでも引き上げてもらうしかない。身軽さと軽快なフットワークを身上とするコケトリスの牽引力ではピクリともしないだろう。


 しばらくすると、主席と合流した先輩たちや近くのエリアで狩りをしていた参加者たちが集まってきた。信号弾が打ち上げられたということは、なにがしかの危険があるのだろうと狩猟を切り上げてきたらしい。なんだこりゃと底なし沼にハマったユニコーンを取り囲んでいる。主席はもう笑いが堪えられない様子で、その場にうずくまって地面をペシペシ叩いている始末だ。


 コナカケイル氏とモモベェが救援に駆けつけてくれたので、事情を話しユニコーンを引っ張り上げてもらった。






 ホンマニ公爵様の別荘へ戻ると、エルフお嬢様は約束どおり審判の元に自首しに行った。今のうちだと、預かっている魔導器をタルトに見てもらう。属性と大まかな魔法陣の構造だけでもわかればしめたもんだ。


「エルフはまだこんな術式を使っていたのですか。千年前とどこも変わっていないのです」


 魔導器を一瞥した3歳児は、まったく改善の跡が見られないと無造作に投げ返してきた。


「まさか、下僕にそれを使ったのですか?」

「まあね。むしろ助かったけど……」

「相変わらず学ぶということを知らないおバカさんなのです」


 なんでも、大昔にエルフとロゥリング族が争ったことがあって、通用しないことがわかりきっているシロモノだそうな。


「クセイナーさんは、僕を人族だと思っていたみたいだし……」


 ぶっちゃけ、余計ないたずらなどしなければ普通に勝てていたのではないかと思う。霧が姿を隠してくれなければアキマヘン嬢は獲物に近づけなかったから、頼みは結局当てられていないサンダース先輩だけになっていたはずだ。


 あんなに笑われることもなかったろうに……


 わき腹の肉がつってしまっても笑いが止まらなかった主席は、とうとうドクロワルさんのイボ汁吸入器で意識を飛ばされ、猪と一緒に荷車に乗せられて戻るハメとなった。診療所に運ばれていったので、プッピーに改造されていないことを祈ろう。


「あのエルフにはこれを穿かせるのです」


 3オムツが1オムツに減ってしまったもののゼロでないなら許してやろうと、満面の笑みを浮かべたタルトがお尻の部分にドングリの描かれたオムツを取り出した。


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