126 ロゥリング族の狩猟
お昼の時間となり、第二陣で狩猟に出かけたチームが帰還してくる。やはり後発だと獲物が少なくなっているのか、一番収穫の多いチームでキツネ1匹にウサギが3羽。ホーレイ候補生率いる士官学校のチームは収穫ゼロだった。
「手ぶらというわりには、ずいぶん清々した顔をなさってますわね」
「この狩猟会で重要なのは獲物の数じゃないからね」
第二陣で出かけた12チームのうち、指定された時間を過ぎても戻ってこないチームが3つある。帰還できないような事故が発生したならば信号弾が打ち上げられるはずなので、手ぶらで帰るのが恥ずかしくてまだ狩りをしているのだろうと、主席に尋ねられたホーレイ候補生は呆れたように肩をすくめた。
「大人たちは狩猟の腕前なんかに興味はないよ。卒業生たちが、ちゃんと指示されたことを守れるかどうかを見ているんだ」
狩猟会だからタイムオーバーも失格で済むけど、軍務の途中で手柄を優先して命令を無視することは重大な軍令違反。時間までに戻らなかったチームのメンバーは、要注意人物だと仕官後に叩き直されるハメになるそうだ。言われてみれば、戻らなかったのは魔導院が1チームに学習院が2チーム。士官学校のチームは成果にかかわらずきっちりと帰還している。
「半人前の成果なんかに誰も期待しちゃいない。試されているのは行動だよ」
「あまり、入れ知恵をしないでくれると助かりますわね。ホーレイ君……」
憶えておくといい……と得意気な顔で語るホーレイ候補生の背後から、問題児に余計なことを覚えさせるなとリアリィ先生が声をかけてきた。
「これ以上、悪知恵を働かせるようになられては困ります」
「失礼いたしました。準爵様」
僕がいつ悪知恵を働かせたのかと抗議したものの、初心なベリノーチ先生を怒らせて補習させていたのはどこのどいつだとリアリィ先生は聞く耳を持たない。主席とホーレイ候補生も、補習させるためにわざと教員を怒らせるなんてと呆れている。
「見た目に反して、凄いことを考える子だね……」
「なにかと予想外なことをやらかしてくれますから……」
本人は勝算ありと考えているものの、やっていることは綱渡りなので危なっかしくてしょうがない。悪いことに、同級生の対抗心を煽るから止めるのにひと苦労だと、主席は僕を悪者にして自分だけ良い子ぶりやがった。
エルフお嬢様の喧嘩を買った張本人が偉そうに……。オムツ穿かせんぞコラ……
第二陣以降で時間を過ぎても戻らないチームが出てくるのは毎年恒例のことらしい。そのため、僕たち第三陣の出発までにお昼の時間を設けているのだという。エルフお嬢様の獲った鹿が、簡易な祭壇に捧げられた後に昼食として訪れた人たちに振る舞われている。
タルトの余計な口出しによって、貴重な心臓の部分は炭の中に投じられ真っ黒焦げにされてしまった。心臓は【月の女神】様が好む部分だそうで、これにはお供えされた女神様しか口にできないという意味がある。儀式を簡略化しているのだから、それくらいの誠意は見せないと神様は振り向いてくれないらしい。
【月の女神】様の加護にはアッチの意味での命中。すなわち、懐妊の加護もあるのだと知らされたご婦人たちが、もったいないと抵抗する紳士たちから取り上げてかまどにぶち込んだ。
「タルトちゃんは何でも知ってるんですね」
「わたくしに知ることができるのは半分だけなのです」
僕とプロセルピーネ先生が脂身の塊を平らげるのを監視しながらドクロワルさんが物識りだと褒めたところ、3歳児は珍しく謙遜してみせた。多少なりとも成長しているのかもしれない。
「タルトにしては控えめだね」
「これまでのことは知っていても、これからのことは知らないのです」
過去は知っているけど未来は知りえないから半分だと言うタルト。前言撤回である。それは自らを全知と称するのとどう違うのか問い詰めてやりたい。
「おふたりとも、間もなく出番ですわよ」
さっさと準備せいと主席が呼びに来た。3歳児を締め上げるのは諦めて、残っていた脂身を口の中に放り込む。汚い主席にオムツを穿かせてやりたい気持ちはあるけど、僕までオムツ服従につき合わされるのは御免である。これは社会的な意味で命がけの勝負なのだ。
「蜜をいくら出してもらってもいいから、ここでいい子にしてるんだよ」
「わたくしはいつだって良い子なのです」
蜜に雷鳴の精霊と一緒に卵パフを頬張っている3歳児の頭をいい子いい子してその場を後にし、騎獣たちの準備に向かう。エルフお嬢様の収穫を超えるためには大物を仕留めるしかないので、ヒッポグリフ2頭には荷車を牽かせた。狙いは太ったメスの猪、次いでメスの鹿である。熊が獲れれば一番いいのだけど、狩人の側にも危険が大きいので素人にはオススメできない。
時間が近づいてきたところで東のスタート位置に着く。僕たちに指定されたエリアは林道を5キロほど進んだ先。移動だけでも時間がかかるので、ぐずぐずしている暇はないと開始の合図と同時に黒スケを林道に駆け込ませた。
荷車を牽いたヒッポグリフがついて来れていることを確認し、ママチャリよりは早いスピードで駆けさせる。途中、大きく張り出した尾根をグルリとまわり込み、しばらく行ったところで「東1」と書かれた看板が立てられている場所に到着した。ここから先が僕たちの指定された狩猟エリアである。
「この辺りは獲物の気配がないですね。もっと先に行きましょう」
戦闘態勢に入っていれば別だけど、気配を隠している野生動物の魔力はおおむね身体の大きさに比例する。この辺りはネズミか小鳥の類しか残ってなさそうなくらい生き物の魔力が薄かった。おそらく、前のふた組はここから山に入ったのだろう。
「そんなことまでわかるのか……」
なんてインチキな種族なのだとサンダース先輩が呆れていた。同感である。聴覚や嗅覚と違ってロゥリング感覚は天候や地形に影響されないから、洗濯機の中にいるような大嵐だろうが、間に山を挟んでいようが魔力は感じ取れるのだ。インチキ呼ばわりされても仕方がない。
さらに数百メートルほど先に進んだところで黒スケを止める。ヒッポグリフ2頭とイナホリプルはここで待機。役立たずの主席に番をしていてもらう。イナホリプルを連れて行かないのは、気配を殺して動くことを覚えさせていないから。例によってアキマヘン嬢が遺憾の意を表明したけど、飼育サークルの馬場で身に付くものではないとご納得いただいた。
「この沢に沿って、一気に登っちゃいましょうか」
自分より高い位置にいる獲物を弓で射るのは難しい。平地で的を射たことしかないアキマヘン嬢ではまず当てられないだろう。できれば同じ高さかやや上から狙いたいので、先に上まで登ってしまい、横に移動しながら獲物を探すことにする。
沢を登っていく間にイタチを見つけたので、アキマヘン嬢が見分けられるかどうか試してみた。20メートル以内にまで近づけばなんとかわかるみたいだけど、すぐに気取られ逃げられてしまう。弓を構える時間すらない。
「申し訳ありません。せっかくの獲物を……」
「あれは食べても美味しくないから、いくら獲ってもエルフお嬢様には並ばないよ」
矢をつがえる間さえなかったとしょんぼりするアキマヘン嬢。小さいうえ毛皮にしか価値がないので、あんなのを狙っていたらオムツの刑は免れない。最初っからターゲットではないので、練習にいくら逃げられたって構わないと伝えておく。
「こんな時間だというのに霧が出てきたな」
いつの間にか僕たちは深い霧に包まれていた。ジラントが出た時の、足元すらおぼつかないような霧に比べればまだマシなものの、15メートルくらいまで近づかなければ物の形がはっきりしない。雨が降ったわけでもないのに、真昼間に霧がかかるのかとサンダース先輩が首をひねっている。
そのとおり。これはおそらく自然の霧ではない。
僕たちの斜め後方、50メートルくらい離れたところに魔力の収束する気配があった。誰かが魔導器を使っている時の感覚である。さっきから黒スケが少しずつ僕の指示したコースから外れていくところから察するに、霧で視界を妨げると同時に方向感覚を狂わせる魔術のようだ。おそらくは、エルフお嬢様の仕業だろう。
根拠はないけど、森の中で惑わせるっていうところにエルフっぽさを感じる。
だけど、せっかくなので黙っておくことにした。黒スケが惑わされたのだから、獲物だって感覚を狂わされているとみて間違いない。この霧の中ならアキマヘン嬢でも当てられるところまで獲物に近づけるだろう。
「霧を利用して獲物に近づけますね。【月の女神】様のご加護かもしれませんよ」
明らかに競技妨害ではあるものの、エルフお嬢様は距離を保って近づいてくる気配はないし、証拠もないので追いかけても逃げられてしまったらそれまでだ。ユニコーンと追いかけっこをするよりも、今の状況をせいぜい利用させていただく。
おあつらえ向きに、僕のロゥリング感覚がイタチやキツネよりもはっきりした気配を捉えていた。期待していた獲物かもしれないと沢から逸れて木立の中にコケトリスを隠し、先輩たちには見失わない程度に離れてついて来てもらう。霧が正面から流れてくる位置。すなわち風下にまわり込み音を立てないよう近づいてのぞき込んだところ、僕たちの登ってきた沢を水場としているらしき猪の姿があった。
「イノシシを見つけました。体重はド――」
おっと、ここで地雷を踏み抜くわけにはいかない。
「――うやら、主席くらいですね」
ドクロワルさんと口から出そうになったのをとっさに誤魔化す。ロゥリング族が極端にとび抜けているというだけで、ほとんどの生き物は魔力を感じることができるとタルトは言っていた。この距離で【ヴァイオレンス公爵】のような癇癪を爆発させられたら、警戒心の強い野生動物には間違いなく気付かれてしまうだろう。
殺気を漏らさないよう、猪の頭を練習用の的だと思って心を落ち着かせてから狙うべしと言い含め、射手のふたりを狙撃ポイントへ導く。霧のおかげでふたり同時に狙えるようになるとは、邪魔者様様である。
「まだです……」
片手を上げて弓を構えようとするふたりを抑えた。野生動物の動きには呼吸の様なものがあって、周囲に気を配っている時と、目的の物に意識が向いている時間が交互にやって来る。狙うのはもちろん、目的の物に気を取られた瞬間だ。
慎重に辺りをうかがっていた獲物が沢に出てきて水に口をつけ始めた。上げていた手を下ろすと、サンダース先輩、次いでアキマヘン嬢が弓を引き絞り狙いを定める。あらかじめ打ち合わせていたとおり、まず先輩が矢を放ち、1拍遅れてアキマヘン嬢の弓が弦音を響かせた。
「先輩……」
「面目ない……」
眉間に深々と突き刺さって獲物の命を奪ったのはアキマヘン嬢の矢。先輩の放った矢は猪の目の前をかすめて沢に飛び込んだ。もっとも、僕たちは猪の右手方向から狙っていたので、眉間に当たったのは驚いた獲物がこっちを振り向いたからではある。先輩の名誉のために、ここは犠牲フライで1打点としておこう。
さっそく血と内臓を抜いてくれるようドクロワルさんにお願いすると、手際よく首の動脈を切り裂き、魔力同調を用いて死んだ獲物の心臓を魔術で動かし血を搾り出す。
やっぱり知っていたのか……
このやり方。話だけはロリオカンから聞かされていた。魔力同調が必須なのでロゥリング族でも使える者は限られており、ロリオカンも自分ではできなかったので見るのは初めてになる。ただ、ロリオカンが口にしていた「血を搾り取る姉」というのがプロセルピーネ先生である予感はしていたのだ。しっかり弟子に教え込んでいたらしい。
下準備に手間がかかるものの、調味料で味付けしたタレと血液を入れ替えるといった荒業も可能。「タレコミ」といって、味がよく染み込んで美味しいそうな。
「できれば、もう一頭獲りたいですね」
この猪は体重が50キロくらいのメスだった。腹わたを丸っと取り出された獲物を流水で洗いながら、同じくらいのメス猪がもう一頭獲れれば勝利は確実だと告げる。我ながら欲張りだとは思うけど、霧を発生させてくれている誰かさんのおかげで猪2頭も充分現実的なラインだ。
この魔術のカラクリもなんとなくわかってきた。よくよく観察していると、霧の奥にうっすらと見える木立の影が陽炎の様に揺らめいてその位置を変える。知らず知らずのうちに景色が変わっているので、普通の人では目印を見失い迷ってしまうだろう。
だけど、僕には通用しない。林道に残してきた主席の魔力と遠くに感じる大勢の人間が集まっている気配。ホンマニ公爵様の別荘の方角から自分の位置は見失いようがないのだ。もちろん、獲物の魔力を捉えるのにも何ひとつ支障はない。
森をホームグラウンドにしているのはエルフだけじゃないって教えてやんぜ……
オムツを穿かせてな……




