125 クセイナーの収獲
王都の中心から西に向かうこと1日。南へと向かうヴィヴィアナ川を越えた先には、山々が峰を連ねる山岳地帯がある。標高にしてみれば千メートルに満たない山ばかりなのだけど、王都からほど近いこの場所は上流階級専用の狩猟場であるらしい。
山の中腹にはいくつか別荘が建てられていて、もちろんその中にはホンマニ公爵様のものもあったけど、そこは卒業する先輩方に譲りサンダース伯爵家の別荘にやっかいになった。
エルフお嬢様も僕たちと同じことを考えたようで、チームパクリスギを結成して建前上のリーダーにマダお兄さんを据えたようだ。同じ北部派ということで主席の家の別荘に宿泊の申し込みがあったという。僕たちがペドロリアン家の別荘を使わなかったのは、意地悪な主席が正体を隠しておきたがったからでもある。
狩猟会の中心となるのは主催者でもあるホンマニ公爵様の別荘。日が昇り始めたところで装備を整え向かってみると、まだ早朝だというのに庭ではガーデンパーティーの準備が進められていた。
「――――」
「鋼の網ですか。もちろんあるのですよ」
リアリィ先生に貸し出されているシルヒメさんが衣擦れの音で何か伝えたところ、タルトが【思い出のがらくた箱】から夏に使ったバーベキュー用の焼き網を取り出した。どうやら、獲れた獲物をこの場で振る舞おうという趣向らしい。庭の一角にかまどが作られている。
「モロリーヌさん。言わなくてもわかっていると思いますが……」
また馬鹿なマネをするつもりではあるまいなとリアリィ先生が睨み付けてきた。
「ヘルネストじゃあるまいし、猪に飛びかかったりしませんよ」
「あなたの言葉は信用なりません。サンダース君、しっかり見張っておいてください」
「ペドロリアンもいますから、いざとなったらふたりで取り押さえます」
任せましたよと言い残して、リアリィ先生はパーティー準備の監督に戻ってゆく。武器もないのに僕が何をするというのだろう。ロゥリング族は狩猟民族であって、決して戦闘民族ではないというのに……
「主席、蜜の精霊はタルトと一緒にここに残していきたいんだけど……」
とりあえず問題をひとつ片付けておくことにする。僕たちの敗北を期待しているタルトにクマネストを連れてこられては狩猟にならない。なにか別のもので気を引いておかなければ、獲物を全部散らされてしまうだろう。
「ヌトリエッタが足手まといとでも言うつもりですの?」
「オムツは数だよ主席。少なくともタルトはそう考えてる。ガラガラの魔導器だって持ってるし……」
「まさかっ?」
僕たちの狩猟場所であの魔導器を使われたら終わりだと伝えたところ、主席が顔色を真っ青にさせて息をのんだ。蜜の精霊には、ここで3歳児と遊んでいてもらわなければならない。
「庭の隅で蜜を出していてくれれば、クマネストが他の場所に行きたがらないだろうから」
「ヌトリエッタ、ここは任せましたよ……」
主席にこの場を託された蜜の精霊が、ど~んと任せておけとタルトそっくりな仕草で胸を叩く。これでよし。卵パフはまだ残っていたはずだから、ここで蜜の精霊と食べているようタルトに伝える。食いしん坊は一も二もなく同意した。
「なんだか目立ってない?」
おかしい。まだ狩猟会は始まってないというのに、集まってきた参加者の視線が僕たちに集中している。コケトリスを連れているせいだろうか?
「不躾な視線が多いですわね」
「アキマヘンさんがいらっしゃるからでしょうか?」
「見られているのは先輩方です。お気づきでないのですか?」
主席が不機嫌そうに鼻を鳴らし、これまで社交の場に姿を見せなかった公爵令嬢が珍しいのではないかとドクロワルさんが口にしたところ、そうではないとアキマヘン嬢がため息を吐く。注目を浴びているのは僕と主席にドクロワルさんの3人だそうな。
「その亜竜の革です。御三方とも当たり前のように身に着けていますけど、領主ですら誰ひとり所持していないことをお忘れですか?」
今日はさすがにワンピースではなく鎧下に作業着を着て、僕とドクロワルさんはお揃いの貫頭衣エプロンだ。主席も軍服の様な格好にチャップスを着けていた。そんな装備を身に着けている生徒なんて他にはいないのに、自覚がないのかとアキマヘン嬢は呆れている。
「すっかり忘れていたよ……」
「いつも普通に使ってますから……」
「ぬぐぐ……」
ドクロワルさんは普段調合をする時に使っているし、次席もバリバリ農作業に愛用しているから、貴重なものだという意識なんてなかった。完全に実用品扱いかとアキマヘン嬢が目を三角にしているものの、飾っておくために作ったのではない。これでいいのだ。
「今度は装束で人目を引こうというのですか?」
そこに、つくづく魔導院は目立ちたがりだとエルフお嬢様がやって来た。グレーのパンツに白い上着を着て、左腕と体半分を革の防具が覆っている。胸当てをつけていないのは必要がないせいだろう。しっかり葉の落ちた森で目立たない色を組み合わせているあたり、狩猟には慣れているようだ。
「あんな役立たずを仲間にして勝てると思ってらっしゃいますの?」
荷物持ちくらいしか役に立たないと言われたことを棚に上げて、主席が視線でマダお兄さんを示す。
「私ひとりいれば充分。メンバーなんて関係ありません。あなたこそ弓も持たなければ犬も連れていないご様子。それで何ができるのですか?」
「むぐっ……」
主席が手ぶらなのを見てエルフお嬢様がクスクスと笑う。荷物持ちということを見抜かれてしまったようだ。
「むっ、胸が弓を引くのに邪魔になるからですわっ」
「そうですよねぇ。抑えるにしても限度がありますし……」
「ぬぐわっ……」
ドクロワルさんの何気ない呟きが苦し紛れの言い訳を致命の一撃へと変えた。そこに悪意が含まれていれば、負け惜しみだと笑い飛ばすこともできただろう。だけど、すべて本気で言っているがゆえに、それはダイレクトにエルフお嬢様の薄っぺらな胸を抉る。
「こっ、この乳ドワーフが……。森の中でエルフを敵に回したことを後悔なさい……」
全身にやる気を漲らせながらエルフお嬢様は去っていった。勝ったも同然と油断してくれることを密かに期待していたものの、あれではダメだ。全力で獲物を狩り尽そうとするに違いない。
「わざわざ相手のやる気を引き出さなくってもいいのに……」
「完膚なきまで叩き潰すには必要なことですわっ」
まるでムジヒダネさんが乗り移ったかのような物言いに頭痛を覚える。互いに死力を尽くしてなんて、いつの時代の格闘技マンガなんだ。魔術のあるこの世界でそんなことしても、真っ黒な消し炭になって燃え残るだけだろう。もちろん、物理的な意味で……
「せめてサンダース先輩がくじでいいところを引き当ててくれれば……」
集まった全員が好き勝手に狩猟を始めたら誤射するバカが現れるに決まっているので、狩猟エリアはいくつかに区切られていて、ひとつのエリアに入れるのは1チームまでと定められている。どのエリアにどの順番で割り当てられるのかはくじ引きだ。場所も重要だけど、やはり一番肝心なのは順番だろう。後になればなるほど獲物は少なくなってゆく。
「僕たちは一番東のエリアで午後イチだったよ」
「いっちゃん遠いエリアで順番は最後って正直に言いましょうよ」
肝心なところでヘタレなサンダース伯爵家の嫡子はくじ引きでもヘタレやがった。狩猟はホンマニ公爵様の別荘をよ~いドンで出発し、交代の時間までに戻ってこないと失格。別荘の立ち並ぶ場所から一番遠いエリアは大物が期待できる一方、移動に時間がかかるという欠点も抱えている。狩猟にかけられる時間がその分減ってしまうのだ。
「素晴らしく運がないですね先輩は……」
こういう時に引きが強いのは主席なのだけど、名目上はリーダーだとサンダース先輩に引かせたのが裏目に出てしまった。チームパクリスギは良いところを引いたらしい。弓を手にユニコーンに跨ったエルフお嬢様が、意気揚々と西のスタート地点に向かっていく。
別荘地からは東西に林道が伸びていて、だいたい500メートルごとに狩猟エリアが区切られている。この林道を駆け抜けて、指定されたエリアにたどり着いたところで山頂に向かって山に入るのがルール。別の狩猟者とかち合う危険があるので麓に向かうことは禁止である。
先端に笛の付いた矢が放たれると、狩猟エリアが遠い順に参加者たちが林道へと駆けこんでいった。一番遠いエリアに向かう人たちは大物狙いのようで、空の荷車を牽いている。林道に入る順番からすると、チームパクリスギは西の二番目に遠いエリアのようだ。
「午後からということは、午前中は手が空いているわけですね」
空いた時間を使ってアキマヘン嬢に練習させておきたかったのだけど、勝手に森に入るなど言語道断。早朝の内に獲っておいた獲物を集まっている方々に振る舞うので、捌くのを手伝えとリアリィ先生に捕まってしまった。なお、ドクロワルさんも出番が来るまでは臨時診療所でプロセルピーネ先生のお手伝いである。実態が丸投げであることは言うまでもない。
ガーデンパーティーの裏方を仕切っているのはシルヒメさんだった。シルビアという公爵様のシルキーは給仕に当たっているのだけど、どうもシルヒメさんの方が位が高いらしい。傍から見ていると、まるっきりコック長とメイドである。帽子の高さではなく、おっぱいの大きさで序列が決まっているのだろう。
「――――」
衣擦れの音では何を言っているのかさっぱりだけど、首チョンパされたヤマドリを渡されたので、腹わたを抜いて湯にくぐらせ羽をむしる。使えそうな羽根は取っておき身をよく洗って返せば、開いたところにシルヒメさんが塩や香辛料をゴシゴシとすり込んでゆく。
無性に白いヒゲメガネのフライドチキンが食べたくなった。
しばらくして大物を仕留めたのか早くも荷車が戻ってくる。猪でも獲れたのかと見に行ってみたら、乗せられているのはドクロワルさんの従兄だった。動かないからと迂闊に近づいて、まだ息をしていた猪にど突かれたらしい。意識を失っていて下手に動かしたら危ないからとドクロ先生が呼ばれ、魔力同調を使った治療術を施して魔法薬が飲めるところまで回復させる。
「あの歳で魔力同調まで……しかも、ずいぶんと手慣れているように見える……」
「すでに治療士協会の正会員だそうよ。ホンマニ公爵様が自慢されてたわ」
「治療現場を経験しているのか……例の上級再生薬も出任せではなさそうだな……」
看護士では手に負えないような重傷者をあっさり回復させたドクロワルさんを見て、近くにいる大人たちが魔導院はここまでハイレベルになったのかと感心していた。自領に呼べないものかと考える貴族もいたみたいだけど、すでにホンマニ公爵様がツバをつけたものと見做されているらしい。残念そうにため息を吐いている。
「ヤーブドゥクを失ったのは殊の外痛手であったな。ファルノスミーレが少しでも治療術を身に付けてくれることに期待するしかないか……」
ヤーブドゥク……ファルノスミーレ……どっかで聞いたような……
って、ヤベエッ……ここにいるのはムジヒダネ家の関係者かっ?
子爵本人かどうかはわからないけど、嫡子殺害の実行犯だと知られては面倒だ。顔を見られないうちにこそこそと裏方に戻る。改めて見回してみれば、近くにカリューア伯爵の姿もあった。どうやら、知らず知らずのうちに西部派貴族の集団に紛れ込んでいたらしい。
アーレイ家以外にも気をつけなきゃいけない家があるってことを忘れていたよ……
シルヒメさんが調理をしているテーブルの陰に隠れて鳥を捌き続けていたところ、第一陣の参加者たちが帰還し始めた。獲物の質、数ともにチームパクリスギがダントツで、鳥とウサギを合わせて7羽。キツネを2匹に鹿と猪を1頭ずつ仕留めたという。どれもきれいに急所を射貫いているので毛皮に傷がなく、鹿はメスなので食肉にもなる。猪は残念ながらオスであったためモモベェの胃袋行きだ。
次点となったチームがキツネとイタチ1匹ずつに鳥を3羽という成果――これでもかなりの収獲だと思う――だったので、2位にダブルスコアの大差をつけたと言っていい。鹿は狩人の守護神である【月の女神】様に捧げられた後、集まった貴族たちに振る舞われることになった。
第1陣が全員戻ったところで、入れ替わりに第2陣が猟に出かけていく。皮を剥がれた鹿が運ばれてきたのでシルヒメさんとふたりで枝肉にしているところへ、血相を変えた主席が飛び込んできた。鹿と猪を1頭ずつとは本当かと詰め寄ってくる。
「猪はオスだったから魔獣のエサに持ってかれちゃったみたい。鹿はご覧のとおり」
今は左右の後ろ脚にロープを引っかけて吊るし、シルヒメさんがゴリゴリとノコギリで真っ二つにしている最中である。
「エサが豊富だったんだろうね。脂身がほどよくついた上物だよ」
これを上回るとなれば、よく肥えたメスの猪か熊でも仕留めるしかない。
「褒めている場合ではないでしょうっ!」
どうにかなるのかと肩を掴んで揺さぶってくる主席。勝手にオムツ勝負を受けてしまったのは主席なのに、どうしてか僕が問い詰められている。
この世界は人知の及ばない不思議で満ち溢れていた。




