124 役立たずだった主席
オムツをかけてエルフお嬢様と狩猟で勝負するハメになってしまった。王都でロゥリング族用の弓なんて手に入らないので僕は役に立たない。女の子たちに頑張ってもらうしかないのだけど、そもそも弓で矢を飛ばせるのはアキマヘン嬢ひとりという始末である。
「まさか……弓を引いたこともないのに狩猟勝負を受けて立つなんて……」
「ぜっ、全員が射手というわけではないのでしょうっ?」
とりあえず弓が射れるよう士官学校の訓練場をお借りしたのだけど、アキマヘン嬢は弓の扱い方こそ習っているものの狩猟をしたことはなく、主席は狩猟経験がないわけではないのだけど、猟犬に指示を出す役で弓を持ったことはない。ドクロワルさんはどちらの経験も皆無というありさまだ。
人族の狩猟はロゥリング族と違って、猟犬を操る人、弓を射る人、捕らえた獲物を処理する人、荷運びをする人と分業体制で行われるらしい。主席は僕を射手に据え、獲物の解体はドクロワルさん。荷運びはアキマヘン嬢とイナホリプルと考えていたそうな。
本人は何をするつもりだったのだと問い詰めてやりたい。
「私も練習用の的を射たことがあるだけですので、とても動物に当てられるとは……」
自分が習ったのはあくまで競技としての弓術。木立や地形に紛れている野生動物を見分けられるかも疑わしいとアキマヘン嬢が不安そうな顔を見せる。これは仕方ないだろう。使っているのも結構長い弓なので、身を屈めた姿勢で射ることは難しそうだ。堂々と立ち上がっての立射しかできないのでは、矢をつがえている間に獲物に気付かれてしまうと思う。
「サンダース先輩に期待するしかなさそうだね」
馬術競技での失敗を繰り返さないよう、僕たちはサンダース先輩をリーダーとする狩猟チームを組むことにしていた。好成績を残してしまっても目立つのは先輩だから問題ない。
「王都でなら狩猟に使える魔導器も手に入ると思うのですが……」
「それはリアリィ先生に禁止されちゃったからねぇ……」
競技の場で使用していいのは生徒が作った魔導器だけというのが魔導院ルール。プロ職人の手による魔導器を持ち込んで、そこから何が学べるのかと言われてしまっては反論の余地もない。学習院にはそんなルールないので不利なのだけど、それをどうにかするのも学習の一環だそうな。
「ドクロワルには獲物の処理をお願いするとして、ペドロリアンは荷物持ちくらいしか役に立たんな」
「はうっ……」
「解剖なら任せてください」
リーダーとなったサンダース先輩がメンバーに仕事を割り振った。獲物を探すのは僕、射手は先輩といちおうアキマヘン嬢、獲物の解体はドクロワルさんで、主席は荷物持ちである。
「魔導院のお嬢様に解体をやらせるのかい? 結構血生臭い仕事だよ」
今日、この場を使わせてもらえるよう手配してくれた士官学校の候補生が声をかけてきた。エルフお嬢様とドクロワルさんを例外とすれば、唯一サンダース先輩を馬術競技で上回った候補生で、その名をミテゴルアン・ホーレイといった。
なんと、アーレイ子爵家の分家の倅だという。
「彼女は従軍経験もある一人前の治療士だ。心配には及ばない」
「こんな子がっ?」
夏の遠征で腹わたがはみ出てしまった兵士も治療したことがあると聞かされ、ホーレイ候補生がビックリしていた。家畜の解体場で大はしゃぎしながら牛の肝を撫でまわしていたと教えてあげたかったけど、僕がアーレイだと知られるのは嫌なので目につかないよう主席の後ろに身を隠しておく。
「まだ卒業するような歳じゃないだろう?」
「アンドレーアさんとは同級生です」
「お嬢様とっ?」
まだ2年しか在学していないではないかと驚きに目を見開くホーレイ候補生。もっとも、彼の知っているアンドレーアは純真可憐なお嬢様で、メルエラは聡明だけど酷い意地悪だという。
そいつらはきっと影武者に違いない。
「さっさとオムツに穿き替えれば余計な苦労をしなくて済むのです」
椅子にだらしなく寝っ転がってゴロゴロしていたタルトが、いい加減諦めてお菓子の家に連れて行けとブーブー文句を垂れ始めた。今日はこれからワロスイーツ伯爵家の別邸にお招きされている。指定された時間は午後のティータイムなのでまだかなり早いのだけど、食いしん坊な3歳児は待ちきれないようだ。
タルトはもう主席たち3人にオムツを穿かせる気マンマンで、『エアバースト』の魔導器を狩猟に使える術式に書き換えられないかこっそり尋ねてみたところ、簡単にできるけどそれではオムツがエルフひとりに減ってしまうのでお断り。潔く負けてこいと宣告されてしまった。
「主席がオムツなんて条件をだすから……」
「すっ、過ぎたことを言っても始まりませんわ」
若者らしくもっと前向きに考えようと主張する主席。今さら恨み言なんて言っても仕方がないのはわかっているけど、元凶となった本人の口からそれを言われるのは釈然としない。
「ヘルネストの迂闊が伝染ったなら、もう迂闊ビッチでいいよね」
「私があの人と同じですのっ?」
「採用したいのは山々なのですが、もうすぐビッチでなくなるのです」
一緒にしないでくれと叫ぶ主席を無視して改名を提案したものの、どうやらタルトの中ではすでにオムツを穿くことが決定事項とされているようだった。
とりあえず主席は意外に役立たずということが判明したので、一旦コートヴィヴィアーナへと戻り軽い昼食を済ませる。この後、僕たちはモチカさんに連れられてワロスイーツ伯爵家の別邸を訪れる予定。ドクロワルさんたちは南部派女子グループで観劇に出かけるそうだ。
「羨ましくなんてありませんから、お土産なんて気を遣わなくていいんですよ」
僕たちが王都でも評判の甘味をご馳走になりに行くと知ったドクロワルさんが、別れ際にどう受け取っていいのか微妙な言葉を残してくれた。ツンデレ解釈によれば期待しているという意味になるけど、ポッチャリ解釈なら我慢できなくなるから持ってくるなということになる。
「どっちなんだろうね……」
「ドクロビッチにわける分なんてないのです」
ウシシ……と笑うタルト。強欲な3歳児は独り占めする気を隠そうともしない。
「タルトさんのことを伝えたところ、伯母はとっておきを用意すると申しておりました」
「さすがはショタビッチなのです。ビッチにしておくには惜しい手回しの良さなのです」
いったい何様のつもりだとパンチを喰らわせたくなるのをぐっと堪える。主席パパから借りたペドロリアン家の馬車に半刻ほど揺られ、3歳児がウトウトし始めたところで目的のお屋敷に到着した。タルトがパッチリと目を覚ます。
「ようこそ我があばら家へ。ゾルディエッタお嬢様は3年ぶりかしら」
「入学して以来、王都に足を運ぶ機会がめっきり減ってしまい寂しく感じておりました。本日のお招きに感謝いたします」
お屋敷の玄関をくぐると、ワロスイーツ伯爵家の王都における支配人。モチカさんの伯母さんだというややぽっちゃり気味のご婦人が出迎えてくれた。パートリオン伯爵夫人に似て、フリルやリボンでゴテゴテと飾られた少女趣味丸出しのドレスに身を包んでいる。
もしかしたら、こういうのが流行っているのかもしれない。
「可愛らしい子がふたりいらっしゃるわね。どちらが精霊さんなのかしら?」
「わたしくなのです。こっちがわたくしに仕えるシルヒメで、そっちは下僕なのです」
精霊に言っても仕方のない事ではあるものの、実に酷い紹介である。タルトと契約しているのが僕で、シルヒメさんはタルトが従えているシルキーだとモチカさんが紹介し直してくれた。
「最近噂になっている、はっきりと会話できる精霊というのがこの子なのね」
あちこちの夜会やお茶会に出されるお菓子を納めているだけあって、このご婦人の元にはひっきりなしにお誘いが届くらしい。お披露目パーティーに姿を見せた喋る精霊は最近注目の話題なので、こうしてお招きできたことは自慢の種になるとタルトを抱き上げた。はやくはやくと急かす3歳児をあやしながら茶会室へと案内してくれる。
「これがとっておきなのですか。さっそくいただくのですよ」
お茶とお茶請けのお菓子が出されたところで、タルトがもう辛抱堪らんとお皿にフォークを突き立てた。僕たちの前に出されたのは扇形に畳んだクレープ生地の上にスライスしたバナナとキウイフルーツを交互に並べ、生クリームで飾り付けをして上からチョコレートソースをかけた、チョコバナナキウイクレープとでも言うべきもの。一粒だけ添えられているイチゴの赤が鮮やかで見た目にも華やかだ。
「むむっ、これは凍乳ではありませんか。このバナナの熟させ方は、はなまるビッチより上なのです。黒いソースのほんのりとした苦味が甘さを引き立てると同時にくどくなり過ぎないよう抑えていますから、これなら飽きずにいっくらでも食べられるのですよ」
より目になった3歳児が食通ぶって語る。どれどれと僕も口にしてみたところ、タルトが凍乳と呼んだのは生クリームではなかった。
これ、アイスクリームじゃないか。魔術で冷やしたのかな……
まさかアイスクリームが食べられるとは思っていなかった。タルトの言うとおり、チョコの苦味とキウイフルーツの酸味が口の中をサッパリさせてくれるので、甘さがベタベタと残る感じがなくて食べやすい。ついつい食が進んでしまい、気が付けば一番に食べ終わっていた。
「お気に召していただけたようでなによりですわ」
「意地汚い下僕なのです」
「あうっ……」
まさか、タルトに意地汚いと言われる日がこようとは……
ほどよく熟させたバナナはこれで終わりなのだけど、代わりにイチゴを使ったものならまだ用意できるとスイーツ伯母さんがおっしゃってくれたのでおかわりをいただく。もちろんタルトも一緒だ。
「これはワロスイーツ家の秘匿技術ですの。自作できないかとミルクやクリームを凍らせてみたのですけど、ジャリジャリになってしまいましたわ」
すでに試したことがあるらしい主席がため息を吐いた。僕はアイスクリームに詳しいわけではないものの、普通に凍らせただけではシャーベットになってしまうことくらいは想像がつく。空気を含ませるのがポイントだとかテレビでやっていた記憶があるし、ソフトクリームの機械が材料をウニウニかき回しているのを見たことがあるから、多分その辺りにコツがあるのだろう。
ただし、そのことは黙っておく。聞きかじっただけのニワカ知識でしかないので、過度な期待を寄せられても困るのだ。きちんとしたものに仕上げる自信なんてありはしない。
「素晴らしいお菓子なのです。ご褒美を取らせるのです」
もしやオムツではあるまいなと思ったところ、タルトが取り出したのは一本の竹べらだった。魔法陣が刻まれていて、どんなベタベタしたものをかき混ぜてもくっつかない魔導竹べらだそうな。
「いまいち使い道が思い当たりませんが、もしや秘匿術式なのではありませんか?」
「精霊からいただいた魔導器ですもの。これは家宝にいたしますわ」
弾いて触れさせないという術式ならすでにあるものの、触れてもくっつかない術式というのは聞いた覚えがないとモチカさんが興味深げにのぞき込んでいる。竹べらを受け取ったスイーツ伯母さんは、そんじょそこらの珍品財宝より貴重だと大事そうに布でくるんだ。
「今年の魔導院は話題に事欠きませんわね。羨ましい限りですこと……」
競技会で不正に手を染めた生徒が一斉に検挙された話から、ドクロワルさんの新たな上級再生薬、魔導院祭で道案内の少女が話題になったことやぼったくりピンドンに至るまで、訪れた人たちからあれやこれやの噂が広まっているらしい。
「できればピンドンというものに挑戦したかったのですが、あれは同じ時期に熟すよう栽培していないと無理ですわね」
あんな十数種類もの果物を一度に使うようなメニューは再現できないとスイーツ伯母さんが首を振った。ピンドンは魔導院祭に向けて収穫時期を調整できる園芸サークルだからこそ提供できた逸品だという。
「先ほど出しましたものは溶けてしまいますので、日持ちするものを用意いたしましたわ。皆さんで楽しんでくださいませ」
今日は来ていないリアリィ先生やドクロワルさんにもと、スイーツ伯母さんは最後にお土産をどっさり持たせてくれた。ここでは卵パフと呼ばれている、前世でいうところのカステラのようだ。遠慮を知らないタルトはもちろん大喜びで【思い出のがらくた箱】にしまい込む。
甘いお菓子を大量に持ち帰った僕たちをリアリィ先生は喜んでくれたものの、唯一ドクロワルさんだけはなんてものを持ち帰るのだと激怒した。
パクつきながら怒っているせいで、あんまり迫力なかったけど……




