123 オムツをかけた勝負
悲鳴を上げながらしがみついていただけのドクロワルさんですら腕自慢の大人たちに並ぶ成績を残した。馬で上回ることができたのはたったのふたりしかいない。黒スケを本来の乗り手が操ったらどれほどなのだと、おっぱい王太子が僕にエントリーを勧めてくる。
「殿下が興味を持たれるべきはコケトリスではなく卒業する先輩方のはずです。競技に参加するつもりはありません」
だけど、貴族にいいところを見せようと頑張ってきた先輩たちの努力に水を差す気はない。タルトに言われたとおり、今日は僕やコケトリスが目立ったところで空気の読めない輩と後ろ指をさされるだけだ。他に優先しなければいけない相手がいるだろうとキッパリお断りしておく。
「私としたことが君に正論で諭されるとは……。認めたくないものだな、自分自身の――」
「その歳で若さゆえの過ちとか言うつもりじゃないでしょうね?」
おっぱい王太子はもう結婚していてもおかしくない。というか、立場を考えれば奥方がいない方がおかしい年齢。若さを言い訳にできる時期なんてとっくに過ぎている。
そこの薄っぺらでも嫁さんにもらって、さっさとドクロ山から撤退しやがれよ……
「……同士モロリーヌ。またずいぶんと容赦がないね……」
そんな捨てられた子犬みたいな目をされても野郎に優しくする理由は一切ない。たとえおっぱい星からやって来た同士であろうとも、目指す頂が同じである以上は敵である。
「勝利の可能性だけ残しておこうとは、見下げ果てた根性だな……」
エルフお嬢様は何も言わなかったけど、マダお兄さんは空気を読んでくれなかった。僕がエントリーしないのは負けないための口実。魔導院は口先だけのあさましい連中だと、ここぞとばかりに好き放題言ってくれる。脇役が主役を喰っているという状況が理解できないらしい。
「パクリスギこそエントリーするの。この子は卒業生でない自分やクセイナーが活躍しても仕方ないと言っているの」
さすがに見かねたのか、お前こそ卒業生なのだからいいとこ見せてこいとヨウクーシャさんからツッコミが入った。魔力が衰退しているとはいえ侯爵家の分家とあって発言力は強いようで、しっしっと手を振ると数名の生徒がエルフお嬢様の元から離れていく。おそらくは同じ東部派なのだろう。
「確かに少々出過ぎたマネをしてしまったようです。ですが、宮廷画家までお呼びになるとは、いささか公平さを欠いておりはしませんか?」
馬術競技に参加した卒業生だけで見れば、士官学校の候補生が1位でサンダース先輩が2位。どちらも腕自慢の大人たちによってランク外まで追いやられてしまったものの、それは馬も騎手も経験の差があるのだから仕方がない。だけど、在校生がより上位にいたのでは彼らが不甲斐ないという印象を観戦に来た人たちに与えてしまう。
自分のしたことも大人げなかったけど、宮廷画家にアキマヘン嬢とイナホリプルを描かせて話題をさらったのはやり過ぎではなかったかと、ユニコーンから降りたエルフお嬢様がおっぱい王太子を追及し始めた。
「配慮が足りなかったと言われては言葉がないな」
「そうおっしゃっていただけるのでしたら、ぜひとも再戦の場を設けて――」
「無用ですね」
決着をつける機会を要求しようとしたエルフお嬢様の言葉を遮って、そんなものを用意されても参加するつもりはないと伝えておく。そもそも勝手に勝負を挑んできたのはエルフお嬢様の方だし、コケトリスを充分にアピールできたからアキマヘン嬢とロミーオさんも満足してくれただろう。こちらの目的はほぼ達成されている。
「余計な争いごとに首を突っ込んではリアリィ準爵に叱られてしまいます」
原因を作ったのも喧嘩を買ったのも主席なのに、どうせ怒られるのは僕なのだ。そんなバカバカしい勝負なんてやってられるものか。
「同士モロリーヌ――」
おっぱい王太子が顔を強張らせて僕を睨みつけてきた。不敬だとでも言うつもりか?
「――それはご褒美というものだろう」
「まだ諦めてなかったんですか?」
自分だけあのおっぱいに叱ってもらえるなんてズルイのではないかと口を尖がらせる王太子。未だ未練を捨てきれてないらしい。
「そこの薄っぺらにでも叱られていてください」
「こんな薄っぺらに叱られたって嬉しくもない」
怒りが振動として伝わってくるくらいおっぱいが震えてくれなければご褒美にならないだろうと王太子が同意を求めてきた。その意見には賛同せざるを得ないものの、それを口にしたら命が危ないと僕のロゥリング感覚が伝えてくる。
「ぐぎぎ……薄っぺら薄っぺらと……人の苦労も知らないで……」
これでも毎朝お腹がタプタプになるまでミルクを飲んでいるのだと、エルフお嬢様が全身から怒りのオーラを立ち昇らせていた。
「羨ましい話です。わたしなんか紅茶にミルクを入れることさえ我慢しているというのに……」
節制しないとすぐにお肉がついてしまうのだと、罪の意識もないままドクロワルさんが容赦のない追い討ちをかけた。持つ者の余裕に、持たざる者の怒りが一気にレッドゾーンを突破。脳みそがオーバーヒートしてしまったのか、エルフお嬢様はタプタプなドクロワルさんの胸元を睨み付けたまま言葉もなくワナワナと震えている。
「さすがはパナシャだわ。言葉にも重みがあるわね」
「言葉に『も』ってなんですかっ? 言葉以外の何を指してるんですかっ?」
「そんな残酷なこと、とても私の口からは申せません」
どちらかと言えば持たざる者であるロミーオさんとアキマヘン嬢が、冷めきった口調でドクロワルさんの悩みどころをチクリと刺す。
「私とさほど変わらないのですから、体重を気になさる必要はございませんでしょう」
「身長が全然違うじゃないですかっ」
主席より20センチほど背が低いにもかかわらず体重は変わらないという事実に、ドクロワルさんがうわぁぁぁん……と泣き声を上げた。主席は決して持たざる者ではないと思うのだけど、それでもドクロ山には遠く及ばない。
「やはり……あなたたちふたりが諸悪の根源のようですね……」
この乳女どもめとエルフお嬢様は憎悪に身を焦がしていた。取り巻きのひとりが貧乳はステイタスだと慰めたものの、華麗なローリングソバットを顎に叩き込まれて沈黙させられる。
「もはや勘弁なりません。かくなるうえは、狩猟会で圧倒して魔導院など口先だけの連中だと白日の下に晒して差し上げます。卒業生の面目など知ったことではございませんっ」
とうとうエルフお嬢様は実力不足の卒業生がどう思われようとも構わないとブチ切れてしまった。
「ウドの大木と切り株女にもやし小娘、3人まとめて叩きのめして御覧に入れましょう。人族やドワーフに狩猟で勝っても自慢になりませんから、せめてものハンデですわ」
「言ってくれましたわね、この薄っぺらっ!」
「切り株って……高さがなくて横に広いってことですかっ?」
長身を揶揄された主席と、体形のことを指摘されたドクロワルさんがいきり立つ。もやし小娘というのは僕のことのようだ。少なくともタルトのことではないと思う。
「受けて立ちますわよっ。負けた方はオムツを穿いて服従のポーズですわっ!」
「ちょっ、主席っ?」
すっかりエキサイトした主席が、勝利したところで何ひとつ得られるもののない勝負を受けてしまった。しかも、負けたらオムツ服従ときたもんだ。よくもこんな変態的な条件を考え付くものだと感心する。
「上等ですっ。せいぜいお尻を洗って待っていることですね……」
人族が森の中でエルフに勝とうなど片腹痛いと高笑いを響かせながらエルフお嬢様は去っていった。
「勝負を受けたのはそっちの3人ね。私たちは関係ないわよ」
「何もお手伝いできませんが、せめて邪魔だけはしないよう控えておきます」
「ズッ、ズルイですっ。見放すんですかっ?」
やるべきことはやった。これより先は知ったことではないとロミーオさんとアキマヘン嬢が離脱を宣言する。コケトリスを流行らせることに協力したのに、ここで見捨てるのかとドクロワルさんが縋りついたものの、ええぃ離せとふたりに冷たくあしらわれてしまう。
「先輩方なら必ずや勝利できるものと確信しております」
確信しているなら手を貸してくれても良さそうなものなのに、アキマヘン嬢は徹底して今回の勝負にかかわらないつもりのようだ。オムツがよっぽど嫌なのだろう。その気持ちは理解できる。
「この勝負はそもそも王太子殿下が望まれたものですよね……」
「もちろんアキマヘン家を代表してソナイーナさんに加わっていただきますわ」
「お兄さんが見てますよ。一緒に頑張りましょうね」
「そんなっ?」
だけど、逃がしてなるものか。披露会で入賞する一方、馬術競技はエルフお嬢様に花を持たせて引き分けで手打ちにしたかったのだ。そこに横槍を入れやがったおっぱい王太子の落とし前はつけてもらう。ことの発端は君のお兄さんだと僕が口にすると、すかさず主席とドクロワルさんがアキマヘン嬢を道連れにした。
「兄様……どういうおつもりですか……」
「待ってくれイーナ。君は誤解しているっ」
妹にオムツを穿かせようだなんて、いったいどういう性癖をしているのだとお兄さんに詰め寄るアキマヘン嬢。自分はおっぱいにしか興味がないと王太子が弁解するものの、火に油を注ぐ結果となったようだ。護衛の人たちに命じて変態を捕らえさせ、これからお説教だと何処かへ引きずってゆく。
「あの護衛の人たち、アキマヘン嬢を言い訳に使ってない?」
「彼女もわかっていますわよ」
アキマヘン嬢の命令なんて無視しても構わないのにあえて文句も言わずに従うのは、おっぱい王太子を力ずくで取り押さえるのに妹君の指示があったという理由が欲しいから。都合よく利用されているのではないかと言ってみたところ、互いに理解したうえで利用し合っているのだろうと主席はクスクス笑っていた。
「でも、森で育ったクセイナーはきっと狩猟に慣れているの。自信マンマンだったの」
魔導院に入学するようなお嬢様に狩猟の経験なんてあるのかと、ヨウクーシャさんが心配そうに尋ねてきた。紳士にとっては嗜みでも、狩猟が得意なご婦人というのは聞いたことがない。やろうと思ってできることなのかと訝しんでいる。
「クックック……人族とドワーフですって? 胸元の薄っぺらな女は考えることも浅はかですわね……」
どうやら僕の正体が割れていないことを計算に入れたうえで主席は喧嘩を買ったようだ。こちらには霧の中で気配を殺しているジラントの先手を取れる者がいるのだぞと喉を鳴らす。
確かに僕は狩猟を叩き込まれているけど……
「狩猟に使える弓や魔導器なんて持ってきてないし、人族用の弓なんて重くて引けないよ」
「はうあっ!」
狩猟会に参加するつもりなんてこれぽっちもなかったので、道具なんて何ひとつ用意していなかった。ロゥリング族の弓は引くときは軽いけど、刻まれている魔法陣を発動させるともの凄い反発力を生じる魔導器である。人族の弓を借りたところで僕に引けるはずもない。
「猪や鹿なら底なし沼に落っことせるだろうけど……」
そんな大物とそうそう出会えるわけがない。鳥の類なら飛んで逃げるだろうし、ウサギ程度の重さでは沈んでくれないだろう。
「なっ、なにか方法はないんですのっ?」
「獲物を見つけることはできるけど、仕留めるのは他の人にやってもらうしかないね」
モチカさんが持っている氷の槍を撃ち出す魔導器を借りてはどうかと主席が言うものの、あれもやっぱり大物相手にしか使えない。威力があり過ぎるので、鳥やウサギに使った日には獲物として価値がなくなってしまうのだ。食肉にも毛皮にもならないのでは、獲ったうちに数えてもらえないと思う。
「子供に使わせる練習用の弓に魔法陣を刻むって手もあるけど……」
「それでいきましょうっ!」
弓なんて扱ったことのないドクロワルさんが諸手を挙げて賛成してくれたけど、この方法にはいくつか問題があった。
「そんなおもちゃみたいな弓が術式の力に耐えられるかどうか……」
術式で反発力は得られても、それに耐えうる強度が備わっていなければバラバラになってしまう。素材から厳選して作られるロゥリング族の弓とは違うのだ。
「むむぅ~、耳障りなビッチどもの声が聞こえてくるのです」
騒ぎ過ぎたようで、タルトが目を覚ましてしまった。むぅむぅ唸りながら目をこすっている3歳児に、なんとかしてくれと主席とドクロワルさんが縋りつく。
「話は聞かせてもらったのです。わたくしにど~んと任せるのですよ」
自信マンマンな3歳児に主席もドクロワルさんも歓声を上げているけど、お昼寝を邪魔されて不機嫌なはずのタルトがこうも簡単に手を貸してくれるなんておかしい。嫌な予感がする。
「お前たちのオムツはわたくしが用意してあげるのです。この機会にビッチから足を洗うのです」
そうきやがったか……
なるほど、新たにオムツ教の信者が3人増えるとなれば機嫌もよくなろうというものだ。違う、そうじゃない……と期待を裏切られたふたりが泣きついていたけど、タルトは聞く耳など持たんと言わんばかりにオムツの素晴らしさを語りだした。




