122 話題にならないユニコーン
サンダース先輩のヒッポグリフには敵わないからと馬術競技への出場は見送ったのに、悲鳴を上げながら軽くぶち抜くなんて、イナホリプルの訓練では手を抜いているのかとアキマヘン嬢が憤慨していた。まぁ、手を抜いているというのは事実だ。競技用でないコケトリスを訓練するのは初めてなので、どこまでやらせていいのか手探りな部分はある。
「いや……ほら、イリーガルピッチは充分に訓練された競技用のコケトリスだから……」
イナホリプルは訓練を始めてからまだ半年しか経っていない。崖下り競技に出しても恥をかくことはないとロリオカンが太鼓判を押したイリーガルピッチと比べる方が間違っている。
「……いくらなんでも違い過ぎませんか?」
「イナホリプルはまだ左脚でしか踏み切れないから……」
イリーガルピッチが好き放題にかっ飛ばせる理由は、障害を飛び越える際に左右どちらの脚でも踏み切れるところにある。踏み切り位置を調整するために速度を抑える必要がないのだ。訓練が進めばまだまだタイムは縮められるからと、疑いのまなざしを向けてくるアキマヘン嬢をなだめすかす。
「もんの凄い悲鳴が聞こえて来てたの」
「鶏が絞められているのかと思ったのです」
「全部っ。全部、モロリーヌちゃんが悪いんですっ」
隣ではヨウクーシャさんとタルトがケタケタと笑っていた。あんなに怖がる必要はなかったと思うのだけど、鼻水を垂れ流しながらゴールするハメになったのは僕のせいだとドクロワルさんが強弁している。
「でも、今がチャンスよ。パナシャの鼻水を無駄にしないためにも、話題になっているうちにダメ押しといきましょう」
無駄にしていいから忘れてくれと懇願するドクロワルさんを無視して、ロミーオさんが曳きコケトリスの準備に取りかかる。「服装の制限はなし、ドレスでもOK」とデカデカと書いた看板を2枚用意し、上の部分を紐で結び付けて主席の前後に引っかけた。
「お待ちなさい。こういうのはモロリーヌさんの役ではありませんこと?」
「小さすぎて目立たないから却下よ」
サンドウィッチマンにされてしまった主席が抗議するものの、自分に僕とドクロワルさんはコケトリスを曳くのに邪魔になる。アキマヘン嬢はデモンストレーションのために夜会服を隠すわけにはいかない。手が空いていて長身で目立つ主席以外に適任者はいないとロミーオさんは譲らない構えだ。
「あのエルフ娘の恨みを買った張本人が協力できないとでも?」
「それはドクロワルさんだって同じではございませんか」
「パナシャは鼻水垂らしながらトップに立ってくれたわ」
「それはもう言わないでくださいっ」
ドクロワルさんの嘆願をさっぱり聞き流したロミーオさんに、ひとりだけ何もしていない奴がいると指摘され、主席は渋々看板持ちを引き受けた。
馬術競技はドクロワルさんがトップのまま午前の部を終了し、話題沸騰の曳きコケトリスは大盛況。ご婦人方がキャアキャア声を上げながら周囲の人たちに見せびらかしていた。黒スケとイリーガルピッチに比べるとイナホリプルの人気が今ひとつなためアキマヘン嬢がご機嫌斜めだったものの、まぁ予想以上の成功を収めたと言えるだろう。
今はお昼の休憩時間。よく働いてくれたコケトリスたちに飼料とご褒美のリンゴを与えて休ませる。午後からはお抱えの画家を連れてきたご婦人に依頼されて絵のモデルをする予定。ちなみに、そのことを耳にしたおっぱい王太子はアキマヘン嬢とイナホリプルを描かせるために宮廷画家を呼びにやったという。
「わかっていれば、楽士でなく画家を連れてきたものを……」
パーティーで演奏させるために楽士を引き連れてきたものの、画家までは用意していなかったホンマニ公爵様がおのれおのれ……と恨みがましい視線を投げかけてきていた。どうして恨まれるのが僕なのかさっぱり理解できない。
別にプッピーでもいいだろうに……
「公爵様は今日しか機会がないわけではないでしょう」
「言ったな。貴族の前でその言葉は約束と見做されるぞ……」
「絵のモデルくらいケチったりしませんよ」
コケトリスの好む果実でもご褒美にくれればお金を取ったりもしないと伝えたところ、公爵様はさっそくどこで描かせるか思案し始めた。モウホンマーニのお城でもいいのだけど、せっかくだからヴィヴィアナ湖を背景にしたいそうな。まぁ、僕としても魔導院のあるモウヴィヴィアーナのほうが都合がいい。
お昼の休憩が終わったのでコケトリスたちを画家の人から指定された場所に移動させる。僕はもちろん黒スケの担当で、依頼者はパートリオン伯爵の奥方だという40代くらいのご婦人。南部派で芸術に造詣が深い家柄だそうな。今日はデッサンだけなので背景はどうでもいいのだけど、光の当たり方は重要だと決まるまでに何度も位置を変えさせられた。
「その三脚を先に置いちゃってください。尾羽の位置は黒スケが合わせてくれますから」
コケトリスは尾羽を見せびらかしたがるところがあるので、どこから観られるのか先に決めさせてしまう。画家の人がイーゼルと呼んでいる三脚と椅子をセットすると、そちらからよく見えるよう黒スケが尾羽をひと振りした。後は見栄えが良いよう簡単に毛繕いして、伯爵夫人を背に腰かけさせる。必要な時に指示を出せるよう僕が黒スケの背後に身を隠して準備完了だ。
「知っていれば、公爵様のような濃い色のドレスにしましたものを……」
「そのお召し物なら、むしろあっちの白い方が似合うと思いますけど……」
「彩色の際に色は変えさせましょう」
伯爵夫人が身に着けているのは、ピンク地に黄色や赤がワンポイントで使われているパステルカラー調のドレスだった。40代の奥方様がこれってどうよと思わなくもないのだけど、この世界では芸術的なのかもしれないので触れないでおく。ただ、黒スケにはむっちゃ似合っていないから、そこは仕上げの段階で手を加えるらしい。
しばらくするとデッサンが出来上がってきたのか、画家を取り巻く人たちから感嘆の声が上がり始めた。イナホリプルの方に目をやれば、モデルがモデルだけに比較的身分の高そうな方々が集まっている。好タイムを叩きだしたイリーガルピッチの方は男性が多いようだ。画板を持ってチョロチョロ移動しながらスケッチしている人は画家の卵だろうか。
それからかなり時間が経って、ようやく画家の人が満足のいくものとなったのか伯爵夫人を確認に呼んだ。どれどれと一緒に見せてもらったところ、なるほどお抱えの画家だけあって相当な腕前。白地のキャンバスに木炭で描いただけにもかかわらず、立体感や光の当たり方による明暗の差がはっきりと表現されている。
モノクロ写真と違うのは、伯爵夫人が20代のお姉さんに見えることだけだろう。
「伯爵夫人。描きあがった作品を並べて皆を楽しませるのはいかがです」
「これは殿下。せっかくですから、皆様にもご覧になっていただきましょう」
イリーガルピッチとイナホリプルを描いていた人たちもデッサンを終えたらしい。おっぱい王太子の発案により即興の展覧会となった。三脚に飾られた3つの作品を中心に、画板でスケッチを描いていた人たちが左右に並び、それぞれ自分の作品を披露している。この人たちは画家のお弟子さんだそうで、召し抱えてくれる家を探しているそうな。
「今日のこの場では召し抱えていただけないだろうが、しばらくは仕事に困らないだろう。彼らも苦しい生活をしているから、正直助かったよ」
画家として成功するのに必要なのは努力や才能よりもまずお金。結局のところ、上達して名を売るためには作品を数多く発表するしかなく、それに必要な資金が用意できなければどれほどの才能も埋もれるだけだと黒スケを描いていた画家のおじさんが教えてくれた。上手くコケトリス特需に乗ることができれば、いずれ貴族家のお抱えになれるだろうと上機嫌だ。
「フッフッフ……かつてないビッグウェーブの手応えを感じているわ……」
展示されているデッサンを観賞しに集まってきた人たちを眺めながら、流行の仕掛人ロミーオさんが不敵に笑っていた。画家を召し抱えていない家の方々が、すでにお弟子さんの幾人かに仕事を依頼したという。演劇界は道案内の少女に席巻されてしまったらしいので、絵画界にコケトリス旋風を巻き起こすつもりのようだ。
「クックック……アレを御覧なさい……」
主席までニヤニヤ笑いながらやってきて、馬術競技の上位が表示されている掲示板を指し示す。どれどれと見たところ、ドクロワルさんは現在4位。サンダース先輩に至ってはランク外にまで落ち込んでしまって名前が見当たらない。トップは421グラムのエルフお嬢様とユニコーンだった。
「首位になったのにまったく話題にならないなんて、憐れですこと……」
いつの間にかトップに名前があった。走行していたことに気が付かないほど騒がれていないと、主席が実に意地悪そうで悪役じみた笑いを漏らす。満を持してエントリーしたものの、コケトリス画に会場の関心を奪われてしまったらしい。競技の走行時間はそれほど長くないから、ドクロワルさんみたいに派手に悲鳴でも上げなければ見逃されてしまうこともあるだろう。
馬術競技では上をいかれてしまったものの、この様子なら計画どおり披露会の入賞で引き分けに持ち込めるとコケトリスたちを元いた仕切りに戻す。ずっと放ったらかしにされてご機嫌斜めになったタルトが、お昼寝をするから添い寝しろとスカートをグイグイ引っ張ってきた。
「今日は下僕が頑張る日ではないのです。一緒にゴロゴロしていればよいのです」
「…………あっ……」
タルトの何気ないひと言に頭をぶん殴られた。エルフお嬢様の挑発に乗せられてすっかり失念していたけど、今日の主役は卒業する先輩たちだ。これはガチンコの公式戦ではなく、いわゆる引退セレモニー試合。三振に打ち取れるとわかっていても、あえてホームランを打たせる場面である。
だから……今日はおとなしくいい子でいたわけか……
エルフお嬢様の鼻を明かしてやろうと躍起になる僕たちをよそに、唯一タルトだけは今日の目的を忘れていなかった。精霊は人族社会の慣習なんて理解しないと思われているけど、この3歳児に限っては別。きっちり理解したうえで、それをあざ笑うかのように傍若無人な振る舞いを見せるけど、その一方で相手を喜ばせようと気を遣ってくれたりもするのだ。
「そうだったね。今日はもうお昼寝していようか」
「それでよいのです。どうでもいいエルフのことなど放っておくのです」
今年の卒業生は下級生に劣る者しかいないと思われては困るので、後はもうタルトとゴロゴロしていることにする。布靴と靴下を外し、脱がせたローブを掛け布団代わりに被せると、蜜の精霊がするりとタルトの隣に潜り込んだ。よしよしいい子いい子と頬をナデナデしてあやす。
「かわいいのね~。男の子を期待されるだろうけど、最初は女の子が欲しいのね」
頬を撫でていた僕の右手を抱え込んだまま3歳児が寝息を立て始めると、タルトを挟んで反対側に寝ころんだヨウクーシャさんがずいぶんと気の早いことを口にした。バグジードの奴が早く実包を装填できるようになることを祈ろう。
「競技では勝ち目がないと見ましたか。魔導院はずいぶんと卑劣なマネをされるのですね」
後はもう結果が出るのを待てばいいとゆっくりしていたところ、ユニコーンに跨ったエルフお嬢様が学習院の生徒たちを率いて再びやって来た。トップに立ったにもかかわらず見向きもされなかったことに相当ご立腹のようだ。取り巻きたちも声を揃えてやり方が汚いと非難してくる。
「馬術競技と披露会が同時開催されるのはご承知だったはずでしょう。片方に集中するのは作戦であって卑怯でも何でもございませんわよ」
これもひとつのやり方。卑劣などと言われる覚えはないと主席は涼しい顔だ。
「だいたい、ユニコーンなんて交配相手が見つかるかどうか怪しいものだわ。どんなに希少でも時が経てば骨しか残らないなら、子孫を残せるコケトリスの方が注目されて当然よ」
ただ珍しいというだけで利用価値は低い。そんなものをありがたがるのは、外見を取り繕うことばかり気にかけている薄っぺらな奴だけだとロミーオさんが言い放った。おっぱいが足りない奴は思慮も足りないとは酷いこじつけだと思うけど、【ヴァイオレンス公爵】という例があるのであながち間違っているとも言い難い。
「両方制覇すると大口を叩いた方が恥をかかないよう、せめて片方はという心配りですわ」
ヒポリエッタを雑種と呼ばれたことをまだ根に持っていたようで、まるで勝つこともできたと言わんばかりに主席がせせら笑う。互いに再エントリーはできないのに、さらなる挑発を繰り返す意味がどこにあるのだろう。
「それは是非とも本当の実力を示してもらいたいものだ。あの雄鶏と同士モロリーヌのね」
まったく……
主席が余計なことを言うから、おっぱい王太子に喰いつかれちゃったじゃないか……




