115 コートヴィヴィアーナ
行軍を続けた僕たちはキタノアーカンにたどり着いた。目的地まではまだ半日以上かかるし、周囲には田園風景が広がっているのだけど、すでに王都モウアーカンの外縁部であるという。
王都デケェ……
都市の頭に「モウ……」とつくのは、アーカン王国が建国される以前、この辺りがモウダメイダ地方と呼ばれていたことに由来する。モウヴィヴィアーナであれば、「モウダメイダ地方のヴィヴィアナ様の街」を意味していて、モウダメ草も「モウダメイダ地方に自生するダメ草」というところから名づけられているのだと、竜車の御者台でモチカさんが教えてくれた。ハゲマッソーのように建国後に開拓が進んで造られた街にはつかないらしい。
ズシズシと進む鎧竜を町の人たちが遠巻きに眺めていた。子供たちも好奇心に溢れた視線を向けてきているのだけど、なぜか物陰からうかがう様な感じだ。
大きな鎧竜が怖いのだろうか?
「この町の人たちが目にする上流階級は徴税官や警吏です。モウヴィヴィアーナの方が特殊なのですよ」
モウヴィヴィアーナには多くの上流階級や富裕層がバカンスに訪れる。観光地の住民にとって彼らはお金を落としてくれるお客様だけど、ここには高級店なんてないから役人しかやってこない。この町に住む人たちにとって、上流階級は稼ぎを取り上げていく存在なのだそうな。
もちろんそれは町の整備や治安の維持といった形で住人に還元されているのだけど、与えられたことより奪われたことの方が人の記憶には強く残るもの。関わり合いになればまた何かを取り上げられる。そう思われているのだろうとモチカさんは首を振った。
その日はハゲマッソーで姫ガールが泊まっていたような隊商向けの宿に宿泊。翌日、王都の中心を目指して進むと、段々と田園風景が少なくなり、代わりに建物が多くなってくる。街が拡がり過ぎて外壁で囲むことができないので、「ここから王都」という明確な境界はないらしい。
「たっぷり蜜を出すのですよ」
「ずいぶんと毛並みがよく……いえ、美しくなりましたわね……」
お昼の休憩の時間。タルトがクマネストにあげる蜜をおねだりしている。ちゃん食べさせておやつに蜜まで与えたせいか、捕まった時はくすんだ黄色だった毛にツヤが現れ、迂闊なるクマは麦の穂のような黄金色の熊になっていた。見違えるようだと、主席がモフモフを楽しんでいる。
「今日はクマネストに乗っていくのです」
出発の時間になって、乳母車を【思い出のがらくた箱】にしまい込んだタルトがクマネストに跨った。赤い腹掛けにまさかりを担がせてみたい。なんて考えていたら、いつの間に仕込んだのかクマネストが3歳児を肩車して2本足で歩き始めやがった。ワイバーンにも驚かない王都の人たちにまで奇異な目で指差されている。
「あの熊、魔導院の寮で飼育するおつもりなのですか?」
「それが一番頭の痛いところです……」
モチカさんに考えるのを後回しにしていた問題を尋ねられてしまった。使い魔や騎獣に与える飼料は借り上げた宿に用意してもらっているのだけど、いちいち魔導院と生徒の負担割合を計算なんてしていたら出発の時間が遅れてしまう。どうせ宿代に含めてまるっと支払ってしまうのだからと、太っ腹な魔導院がご馳走してくれていた。モウヴィヴィアーナに戻った後は、僕が負担しなければいけなくなる。
一日に丸々と肥えた豚1頭を平らげるモモベェを引き取ってもらえてホッとしたのも束の間、懲りもせず熊なんぞホイホイ従僕にしやがって、そんなに僕を破産させたいのかとタルトの奴を締め上げてやりたい。
「ペット部門に引き取ってもらいたいところですけど……」
「使い魔は引き受けてくださらないでしょう」
「デスヨネー……がっ!」
脳天にチョップを打ち下ろされた。
「そうでしたわね、です。女の子がはしたない言葉を使ってはいけません」
いてて……女の子レッスンが続いていたことをつい忘れていた。モチカさんはこちらの興味を引くような会話でナチュラルな反応を引き出すことに長けていて、うっかり普段どおりに答えてしまうと容赦なくチョップが飛んでくる。体罰反対を訴えたところ、よろしいならば刑罰だと巻きつく精霊で逆さ磔にしようとする始末だ。
主席もこれで鍛えられたのか……
そうこうしているうちに、僕たちは王都の中心近くにあるホンマニ公爵様所有の超豪華ホテル「コートヴィヴィアーナ」に到着した。お城の大手門に続く大通りに面した一等地に広い敷地を有していて、大通りに面している部分は公園として開放されている。ヴィヴィアナ湖を模したでっかい人工池があるのは、大通りの喧騒が宿泊棟まで届かないよう距離を空けるための工夫だそうな。
お金を払えば誰でも使えるという宿泊施設では最も格式が高いとされていて、パーティーや式典に使える大広間に会議場なんかも備えているという。これ以上となると、迎賓館みたいな国賓をもてなす施設になってしまうらしい。
「お披露目パーティーに参加する卒業生とその家族はひと部屋まで無料です。モロリーヌさんはメルや私と一緒のコテージですね」
リアリィ先生、モチカさん、主席、僕と精霊たちでひとつのコテージを使うと伝えられた。監視員が3人もつくとは、先生はどれだけ僕を警戒しているのだろう。ロミーオさんはお兄さんが卒業生なので家族枠で宿泊。ドクロワルさんたち公爵様一行は、敷地の一角にあるホンマニ家別邸に滞在するそうだ。
卒業生でないアキマヘン嬢は、もちろんお城へと向かっていった。
「早くお菓子の美味しい家に連れて行くのです」
「そう急かさないでくださいまし。まずは王都に来たことを知らせておきませんと……」
着いた早々、食いしん坊はさっそく約束のお菓子をねだり始める。件の家は予約分のみ完全受注生産のお菓子工房をやっていて、お茶会や夜会向けに大人気。鮮度が要求される材料は注文を受けてから仕入れるそうなので、今日明日というわけにはいかない。ありあわせの材料で急ぎ仕上げたものより、きちんとした自慢の一品を出してもらう方がいいだろうと主席に言われた3歳児は、不満そうにむぅむぅ唸っていたもののとりあえずは納得した。
「ワロスイーツ伯爵家ですか? たしか、モチカのお母様のご実家でしたね」
「ええ、王都に来るたびにお招きを受けておりますの」
領主はたいてい王都に別邸を構えていて、領との連絡役を務める支配人を置いているものらしい。ワロスイーツ伯爵家の支配人は伯爵の姉。モチカさんの伯母さんにあたる人で、腕のいい職人を雇ってお菓子工房を経営しているそうな。
モチカさんに到着したことを報せる手紙を託し、僕たちはシルヒメさんにお茶を淹れてもらって人心地……というわけにはいかなかった。コテージをうかがっている者がいる。最初は警備の人かと思ったのだけど、それならずっとこちらに注意を向けているのはおかしい。
「見張られてますね。いつもこうなんですか?」
「そのようなことはありません」
すると、リアリィ先生のおっぱいが目当ての覗きだろうか。ここにあるおっぱいはすべて僕のものだ。誰にも渡さない。こっそり窓から外を確認したところ、ホテル従業員のお仕着せに身を包み、腰にはロープと十手らしきものを下げた屈強な男性が隠れようともせず堂々とコテージを監視していた。
なんらかの目的で警備員に紛れ込んだスパイといったところか……
素知らぬ振りをしていてもロゥリング感覚を持つ僕にはバレバレだ。近づく者よりもコテージにいる僕たちに注意を払うなんて、警備員というより牢獄の看守である。
「警備に変なのが紛れ込んでますよ。従業員の身元調査が甘いのではありませんか?」
「そのようなこともありません。家族を含めて経歴に僅かでも疑わしいところがあれば不採用にされます」
リアリィ先生は自信マンマンで心配のし過ぎだと言うけれど、それでは警備員がコテージを見張っていることに説明がつかない。ひとりだけではなく、周囲に配置された4人全員がこちらをうかがう構えだ。完全にマークされている。
「でしたら、採用責任者の首をすげ替えるべきですね」
スパイチームに丸ごと潜入を許した挙句同じ仕事に就けるなんて、責任者自身が内通しているとしか思えない。ターゲットはリアリィ先生だろうか。唯一、貴族の身分を持っているし、どんな秘匿術式を隠しているとも限らない。おっぱいだけでも充分に狙う価値がある。
「狙われる心当たりとかないんですか? あの人たち、ずっとこっち見てますよ」
「当然です。子供がひとりでコテージから出るようなら取り押さえるよう命じてありますから」
「……へ?」
コテージを監視しているのはそう命じたから。僕がひとりで抜け出すことを防ぐためのモロリーヌシフトだと、紅茶のカップを手にしたリアリィ先生が口元にニヤリと笑みを浮かべた。
……そこまでするんかいっ?
「次はワイバーンを連れた竜騎士ですか? それとも、魔導甲冑を身に着けた魔導騎士ですか?」
目だけが笑ってない微笑みを張り付けた先生が、今度はいったい誰に喧嘩をふっかけるつもりだと尋ねてきた。どちらも飛べるから『ヴィヴィアナピット』は意味がないし、分厚い金属の装甲板で固めた魔導甲冑には『タルトドリル』だってどこまで通用するかわからない。航空戦力である騎士は圧倒的な機動力を誇るから逃亡も不可能。いくら僕だって勝算のまったくない戦いを挑むほどバカではないと主張したところ、先生と主席が呆れたように目を見合わせる。
「なにそのリアクション……」
「つまり、僅かでも勝算があるなら戦いを挑むというわけですわね……」
オゥ? そう解釈してきますか?
頭が痛いと言いたげに額を押さえた主席が、そんな綱渡りの様なことをしてきたのかと盛大にため息を吐いた。
「監視をつけてもらうようお願いしたのは正解だったようです。おちおち寝てもいられません」
他の誰かと一緒でない限りコテージから出ることは禁止だとリアリィ先生に申し渡されてしまう。これは酷い。僕にはひとかけらの自由すらないというのか……
「少しは生徒を信用してくれても……」
「信用というものは――」
グワシッとリアリィ先生に頭を鷲掴みにされる。
「――積み重ねるものだと思いませんか?」
「ソノトオリデス、ハイ」
僕の信用はゼロだった。空の上なら危険はないだろうとワイバーンに乗ることを許したのに、熊を連れ帰った予測不能なバカはどこのどいつだと言われてしまっては言い返す言葉もない。
「こういう時はモチカの精霊が羨ましいですわね」
自在に伸び縮みするので散歩させるのが楽だとリアリィ先生が呟いていた。巻きつく精霊を伸縮リード代わりにしようとは、完全に僕のことをペットか何かと勘違いしているようだ。
蜜の精霊みたいに可愛がってもらえるなら先生のペットも悪くない。
晩御飯の時間が近くなってモチカさんが戻ってきたものの、なにやら出かけるときには持っていなかった箱を手にしていた。
「余りものなので、お口に合えばということなのですが……」
「ショタビッチはデキるビッチなのです。口うるさいだけのリアルビッチとは大違いなのです」
「く、口うるさいだけ……」
おあずけにされてしまったお菓子が手に入ったと聞かされて、3歳児と蜜の精霊がタコ踊りして喜びを表す。問題児にいろいろと気を回しているにもかかわらず口うるさいと言われてしまったリアリィ先生はガックリと落ち込んでいた。初めてリアリィ先生に勝ったと、モチカさんがドヤ顔でフフン……と鼻を鳴らす。
お披露目パーティーは2日後で、久しぶりに家族で楽しめるようにと今日明日は各部屋でお部屋食。デザートにいただいたお菓子を平らげてすっかり上機嫌になった3歳児は、あろうことか脚色が120パーセント混じったモノマネを始めやがった。
「採用責任者をクビにするべきですね――キリリッ」
「いやだから……そんなポーズとってないって……」
そんなドヤ顔で決めポーズなんてとっていないのに、お酒の入っているリアリィ先生と主席は手を叩いてお上手と褒めそやす。自分が席を外している間にそんな面白いことがあったのかと、モチカさんまでプークスクスと笑いだす始末だ。
「下僕も一緒にやるのですよ」
「ちょっ、絞めないでよっ」
僕にはひと欠片も信用もないらしく、モチカさんが戻ってきたところで再び巻きつく精霊を首にかけられていた。もう片側の端はタルトの左腕に巻きつけられていて、僕にも一緒にやれと精霊にギュウギュウ絞め上げさせる。
「やるからっ、やるからっ」
こうなっては仕方がない。こういう時は、いっそのこと開き直ってしまった方がダメージは少なくて済むだろう。僕は窓際に立ち皆に半身を向け右手で顔を覆って隙間から目をのぞかせながら左手を突き出すポーズを取る。
「警備にスパイが紛れ込んでいますっ――クワワッ」
「ぼぎゃふ――――っ!」
主席が口にしようとしていたリンゴのお酒が爆発した。
「ぐふっ……ごひゅっ……ぶぶっ……」
ツボに決まってしまったのか、お腹を押さえてプルプルと震える主席。その様子を見ていたリアリィ先生とモチカさんがケラケラ笑っている。
意外だ……主席って笑いの沸点が低かったんだな……




