114 子供らしくない考え
晩餐会のメインディッシュは長時間かけてよく炙られた豚の丸焼きだった。ドングリを食べさせて育てた特製ドングリ豚だそうな。コックさんが豚を乗っけたワゴンを引きながらテーブルを順番に回ってくれるので、食べたい部分を指定すれば切り分けてくれる。
「モロリーヌちゃんには、そこの脂身の塊を出してあげてください」
皮が美味しいのだと主席が教えてくれたにもかかわらず、ドクロワルさんは僕に脂身を出すようコックさんに伝えた。およそ8割が脂身で構成されていそうな塊が僕の前に置かれる。当の本人は皮のみだ。
「脂身も美味しいよね」
若様は僕につき合ってくれたのか、わざわざ脂身の多いところを指定していた。いいヤツだ。主席の指示とはいえ騙さなければいけないとは心苦しい。脂身は冷めるとギトギト感が増すので、アツアツで油がトロリとしているうちにやっつけてしまう。
「あ、脂身が好きなの?」
「好きというわけでもありませんけど、食べないと痩せてしまいますので……」
脂身をモクモクと食べる僕に若様が顔を引きつらせながら尋ねてきた。ご飯じゃいくら食べても肉がつかないのだと口にした瞬間、若様の肩越しに見えるドクロのお面から凄まじい怨念が噴き上がる。
「モロリーヌちゃんに脂身のおかわりを……」
再び、僕の前に脂身の塊が出された。
「下僕のイチゴも寄越すのですよ」
メインディッシュが終わりデザートの番になると、途端に3歳児が騒ぎ出す。イチゴとクリームをあしらえたケーキが出されたのだけど、さっさと自分の分を平らげてしまい僕のイチゴを要求してきやがった。口をあんぐりと開けて待ち構えているので、仕方なくイチゴを食べさせてやり、用意されているナプキンで口の周りについたクリームを拭ってあげる。
「モロリーヌの精霊は可愛らしいね」
「食いしん坊で困ってますよ」
持ち上げる精霊とは大違いだという若様に、バカ高いフルーツに目がなく半日で大金貨2枚分をひとりで食べてしまった。口があってものを食べられる精霊は食費が洒落にならないと、役に立たないトリビアを教えておく。
「それでも、そんな風に可愛がっているなんて……モロリーヌはやさしいね……」
お姉さんみたいで素敵だと、頬を染めて目を逸らしながら口にする若様。体中から力が抜けて気分が重くなる。もうバラしちゃってもいいのではないかと向けた視線の先には、してやったりと悪魔の如き微笑みを浮かべる主席の姿があった。
晩餐会の後、主席に連れられてこの屋敷の主の元を訪れる。部屋に入ると主席パパにホンマニ公爵様の姿まであった。どうやら、3人でお酒をいただいていたらしい。
「君のことは孫娘から伝えられているよ。およそ、想像しがたい内容ばかりだったがね」
「うぅ……」
もう還暦を迎えたであろう男性が腰かけるように勧めてくれる。この人が主席のお爺さん、ペドロリアン侯爵であるようだ。お前の伝えてくる内容はさっぱり意味がわからんと言われてしまった主席は恥じ入るように縮こまった。
「もっと無鉄砲な若者を想像していたのだが、ずいぶんと可愛らしい恰好をしているな。やはり、【鉄のホモ】の息子ということか?」
「違いますっ。これはリアリィ先……準爵に無理やりっ」
この人は学習院時代の父のことを知っているようだ。女の子の格好をしているのは僕がホモだからだと思ったらしい。変に誤解されるのは嫌なので、ひとりでフラフラできないようモロリーヌにさせられてしまったのだと説明しておく。
「準爵の苦労が忍ばれるな……」
「メルクリアは良くも悪くも常識的だ。こいつに比べたら、シャチョナルドの若造がかわいく思えるだろうさ」
公爵様も侯爵もリアリィ先生の味方だった。バグジードほど非常識ではないと主張したところ、自覚なしの天然と言われる始末だ。
「君は自分が理性的な人間だと思っているだろう?」
「まあ……それなりには……」
「それは間違っていない。私もそう思う。つまり君は、我々に理解できない行動規範に則って動いているということだ」
バグジードみたいな生徒は珍しくない。多かれ少なかれ、誰にだって自分は上級階級に属しているのだという自負心はある。自己を抑制できないのは問題ではあるものの、決して非常識ではなく、むしろ上流階級にありがちな思考だとバカにしたように公爵様が鼻で笑う。
「君は違う。君は常に危険を承知のうえで理性的に行動を選択している」
普通は逃げるだろ常識的に考えて……という状況で、理性的に行動した結果が騎士やワイバーンとのタイマンバトル。若さゆえの無軌道ではなく、それが正しいと判断しての行動だけに口で叱っても通じないのはわかっている。わかっているけど他にやり様もないので、苦肉の策として女の子の格好で行動を抑えようということらしい。
僕の思考は同年代ではあり得ないほど成熟しているというのがリアリィ先生の見解。他に類を見ない精霊や術式を手に入れたというのに、それを誇ることも派閥に加わって地位を得ようともせず、何を思ったのか学業に身を入れ始めた。まるで、そんなもので自分は変わらないとでも言いたいかのように。普通は逆。バグジードの振る舞いこそ歳相応なのだと公爵様に言われてしまう。
「精霊や秘匿術式を手にしても揺らがないほどに自分というものが確立していては、いくら叱ったところで同じ状況に陥れば同じ行動を選択するだろう。ならば、そういった状況を招かぬよう行動を制限するしかない。少年、あまりメルクリアの手を焼かせないでやってくれ」
「それはまぁ……僕も先生を心配させたいわけではありませんし……」
おかしな子供だと思われないよう歳相応に振る舞ってきたつもりだったけど、教育者の目は伊達ではなかった。力を手にすれば、それを見せびらかしたくなるのは当然。新しい技を覚えたからと許嫁の関節を容赦なく粉砕した【ヴァイオレンス公爵】こそ、正しい子供の在り方であったようだ。
「ほう……心配ときたか。なるほど、子供らしくないな……」
悪い事をしたから叱られるとは理解しても、相手が自分を心配しているから叱るということにまで考えが及ぶ子供は少ない。そこまで他者に共感できるのに無鉄砲を繰り返すということは、よほど強い動機。譲れないナニカがあるのだなとペドロリアン侯爵が目を細めた。
「そんなものはひとつしかありますまい」
クックック……と笑いながら主席パパが握った右手の小指を突き立ててみせる。
「お父様っ!」
なんて品がないと主席が声を上げたものの、お酒をいただいていた御三方は誰だ誰だと下世話な話に突入していた。
「突如、Aクラスになると言い始めたそうだから、Aクラスに在籍する生徒であることは間違いないだろう」
「件の左腕を失ったという女生徒では……」
「親バカと笑われましょうが、我が娘に3000点……」
なんだその3000点というのは?
クイズ番組じゃないんだぞ……
「こっち、ということもあるかもしれませんぞ」
なにしろ【鉄のホモ】の息子だと、今度は侯爵が握った右手の親指を突き立てた。
「お爺様までっ!」
領主ともあろう者がはしたないと主席が金切り声を上げるものの、酔いが回ってきたのか大人たちは頓着しない。完全に大声で井戸端会議をするオバサンに成り下がっている。
「親バカと笑われましょうが、我が息子でファイナルアン……」
「ねえよっ!」
空気が凍った。
ヤバイ……相手が次期侯爵ということも忘れて反射的に怒鳴りつけてしまった。
御三方が目を丸くしてこっち見てる……
「今のはいいツッコミでしたな」
「タイミングはばっちりだ」
「コンビ名は『クマとカマ』で……」
ダメだ。この酔っぱらいども……
テーブルの上を見てみれば、僕と主席に出されたのはリンゴから作った軽いお酒だけど、御三方のグラスに注がれているのはいかにも強そうな琥珀色のお酒。ウイスキーというヤツだろうか。
「もうっ、お客様の前だというのにっ……」
プンスカと怒った主席がグビリと自分のグラスを飲み干した。喉が渇いたのか、シルビアという公爵様のシルキーにお願いしておかわりをもらう。
「最近、モロリーヌの涙という本を入手してね。これによると、どうもエロスロードの小僧があやしいのではないかと……」
「あそこの家は発展的ですからな……」
うおぉぉぉい……公爵様まで邪教に染まってんのか?
ってか、どっから入手したんだそんなもん?
「お爺様っ、そんな話を続けるおつもりなら下がらせていただきますわよっ」
おかわりをグビグビと口にした主席が、用が済んだのならもういいだろうと空になったグラスをテーブルに叩きつける。
「おぉ……そうだな、ここからは大人の時間だ」
ペドロリアン侯爵の許しを得て、主席に手を引かれ部屋から退出させてもらう。だけど、ギャハハハ……と笑い声を上げる御三方の魔力には、僕を探ろうとするかのような強い好奇心が混じっていた。
アレ、本当に酔っぱらってんのか……
主席の部屋に戻ると遊んでいたはずのタルトと蜜の精霊の姿がない。と思ったら、主席のベッドに入り込んでおやすみ中のようだ。グフフフ……さすがは3歳児、やる時はやる。
「出発前に皆のところに戻らなければなりませんから、私たちも休みますわよ」
ふぁっ?
明日も早いからと、主席が僕の手を引いて寝室に入れてくれた。
「小さいころのパジャマがまだあったはず……」
えっ? えっ? 主席のパジャマを貸してくれちゃうの?
衣装ダンスから取り出した真っ白なウサギさん着ぐるみパジャマを主席の手で着せられる。主席はクマネストみたいな黄色いクマさん。学年一の優等生は着ぐるみの人だった。
「むぅ~、わたくしを端っこにするのではないのれふ~」
主席に抱っこされて布団に押し込まれたところ、寝ているはずのタルトが真ん中でないと嫌だと寝言を言いながらパンチを繰り出してきた。3歳児と蜜の精霊を起こしてしまわないようにベッドの上を移動する。
「バナナが襲ってくるのです~。悪いバナナは皆食べてしまうのですよ~」
主席と僕で精霊たちを挟む形にすると、満足したのかバナナの夢に戻ったようだ。
「んふふ~。さぁヌトリエッタ~、クマさんが来ましたよ~。一緒におやすみしましょうね~」
ふにゃふにゃに顔をふやけさせた主席が可愛くて仕方ないといった様子で精霊たちを抱き寄せた。よく見たら、火照ったように頬が赤く染まっている。もしかして、酔っぱらっているのではあるまいか……
「モロリーヌさんもですよ~」
主席が腕を伸ばして僕の背中をポンポンしてきた。
ふおぉぉぉ……精霊たちを挟んでとはいえ、主席の寝顔が目の前に……
パジャマからなのか布団からなのか、それとも微笑む様に開かれた唇から漏れる吐息のせいなのか、なんかいい匂いがして……
はうぅぅぅ……いつもはカッコイイ主席がかわいい。チュウしたい……
ヤバイ。胸がクラクラして頭がドキドキしてきた。これが恋なのかと思ったのも束の間、なんだか本当に視界が揺らぐ。っていうか、僕は湯にあてられた様にのぼせ上がってしまっていた。頭が重くて身体に力が入らず意識が遠くなる。
あぁぁぁ……これからという時に……無念……
翌朝目が覚めた時、まさか着ぐるみ姿を同級生に目撃されてしまうとはと主席は落ち込んでいた。やっぱり酔っぱらっていたらしい。3歳児は着ぐるみ仲間ができたことが嬉しいらしくご機嫌だ。蜜の精霊にも着ぐるみをあつらえるよう主席に要求している。
ウサギさんの着ぐるみは似合っているからモロリーヌが使うようにと僕に譲られた。
魔導院一行が泊まっていた宿に戻ると、【皇帝】と【禁書王】がここからは別々だと挨拶にやってくる。僕たちは王都のある南に向かうけど、【皇帝】はここから西へ、【禁書王】の実家は東に向かった後、再び北上した辺りにあるそうだ。
「くれぐれもバカなことをしでかさないようにね。魔導院に戻った後、次席からもお仕置きだよ」
「ふっ……どうせやらかすに決まっている。お仕置きは覚悟しておくんだな」
リアリィ先生や主席の手を煩わせるようなら、後で次席からもお仕置きされるぞと【皇帝】が脅してきたところ、【禁書王】の奴がお仕置きされることは確定だと鼻で笑いやがった。
「あなたなちこそ気を抜かないでください。西部派領に魔物が戻ってくるころですわよ」
夏の大遠征でいったんは駆逐されたものの、軍が引き揚げ空白地帯になれば魔物たちが戻ってくる。西部派領に再び出没し始める時期だから気を抜くなと主席が【皇帝】に警告していた。
「あのふたりとは違うよ。魔物相手に腕試しなんてバカなことは考えないさ」
脳筋ズと一緒にしないでくれと言い残して、【皇帝】は共に西に向かう西部派の生徒たちと宿を後にした。【禁書王】は実家から迎えが来ているのだけど、ペドロリアン侯爵に挨拶しないわけにはいかないので、今日屋敷に参上して明日この街を発つらしい。
ホンマニ公爵様の一行に従って、僕たちもモウペドロリアーネを後にする。見送りに来てくれた若様に、帰りも立ち寄るからモロリーヌにはまた会えると主席が約束していた。
帰りもやらせるつもりなのか……




