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道案内の少女  作者: 小睦 博
第5章 王都で過ごす冬

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116 卒業生お披露目パーティー

 到着した翌日はリアリィ先生とサンダース伯爵家の別邸を訪れて打ち合わせ。サンダース先輩がちゃんと説明しておかなかったのか、嫁を連れて行くと聞かされていた伯爵はモロリーヌを見て卒倒しそうになっていた。リアリィ先生が事情を説明し、最終的に僕はモロリーヌ・パンダースという伯爵家の遠縁にあたる家の娘ということにされる。


 先輩はとんだヘタレ嫡子で、とうとう意中のお相手がクゲナンデス先輩であることまで先生に説明させやがった。伯爵が男らしくないと怒りだしてしまったものの、いつまでも煮え切らないからプロポーズは自分の方からしたのだと奥さんに暴露され事なきを得る。

 どうやら、ヘタレなのは父親譲りのようだ。


 今日はお披露目パーティーの日。貴族たちにとっても一大イベントのようで、コートヴィヴィアーナの大広間には着飾った大勢の大人たちが集まっている。王様の他、東部派の首領であるドナイデッカ公爵も来ているらしい。控室からチラリと会場をのぞいてみたところ、アキマヘン嬢を連れたおっぱい王太子の姿もあった。


「僕たちが呼ばれるのは最後だから、気長に待つとしようか」


 名前を呼ばれた順に広間への階段を下りていって挨拶する段取りなのだけど、優秀な卒業生ほど後に呼ばれることになっている。サンダース先輩は今年の目玉なので最後だ。今はメイドゴーレムをパートナーにしたゴレ研の先輩が……あ、ゴーレムが階段を踏み外した。ゴロゴロと転げ落ちて行く。


「首がもげてしまったのです」

「ゴーレムは見た目以上に重いからね」


 ペンギンさん子供ドレスを着たタルトが広間を指差して笑っていた。タルトと雷鳴の精霊は僕と先輩の先導役を務めることになっている。パートナーが互いに精霊の使役者というのは珍しいので、魔導院としては精霊も使って先輩に注目を集めたいらしい。ちなみに、今日の3歳児はジラント革の勝負オムツで決めている。


 控室を見渡してみると生徒同士の組み合わせはさすがに少ない。ほとんどがあまり身分が高くなく、結婚も比較的自由な士族の子だそうな。


「領主の近縁で魔力も豊富な子は領の財産だからね。相手を選ぶのは自分じゃないのさ」

「それがわかってて、なんでギリギリまで告らなかったんです?」

「わかっていてどうにかできるようなら、誰も苦労はしないんだよ……」


 なんか悟ったような表情で自分はヘタレですと宣言するサンダース先輩。お断りされたらこれまでの関係もすべて崩れてしまうので、焦らず機会をうかがっていたなどと抜かす。


「つまり、フラれるのが怖くてズルズル後回しにしてしまったと……」

「まぁ……あえて直截的な言葉を用いて表現するならそう言えないこともない……と思う」


 それを世間ではヘタレと呼ぶのである。後始末に駆り出される方の身にもなって欲しい。なお、本日のパーティーにはマロナンデス侯爵もいらっしゃっており、サンダース伯爵が機を見て話を切り出す手筈になっていた。

 先輩は最後までとことんヘタレやがったのだ。もう玉砕しちまえよ……


 せかせかと順番どおりに卒業生を送り出していたリアリィ先生から、次で最後だと伝えられた。もう控室に残っているのは僕たちだけだ。雷鳴の精霊のちっちゃい手を取ったタルトに続いて僕たちも控室を後にする。


「秋に魔導院で開かれました競技会のダブルダウン個人戦において、見事優勝を果たしましたサンダース伯爵家ウソング殿とパートナーを務めますモロリーヌ・パンダース様。前を行きますはおふたりの精霊でありますっ」


 階段を途中まで下り踊り場で足を止めたところで、式部官というおっさんが声を張り上げて僕たちを紹介した。広間から上がる拍手に一礼して、先輩に手を取ってもらって階段を下りる。ちょっと恥ずかしいけど、夜会服に合わせた靴は不安定で歩きにくい。メイドゴーレムの二の舞は御免である。


 下りきったところで3人の公爵が待っていた。中央で冠をつけているのが今の王様、アキマヘン公爵だろう。後ろに王太子とアキマヘン嬢が控えている。向かって右にクゲナンデス先輩とドクロワルさんを従えたホンマニ公爵様。左にいる王様より幾分か歳のいった男性がドナイデッカ公爵のようだ。


「お目通りの叶いましたこと恐悦至極に存じます。臣ウソング、陛下並びに御国のため身命を賭して奉じられますこと喜びに堪えません」


 先輩がひざまずいて王様に挨拶をしている。僕は一歩下がったところで腰を落として待つ。精霊たちはもちろん王様なんかガン無視だ。


「サンダースに問う。面を上げよ。して、どちらがそなたの精霊なのだ?」

「雲に乗っております方が、私と契約している雷鳴の精霊でございます」

「勇ましきサンダースに相応しい精霊であるな」


 先輩の武勲に期待していると声をかけた後、王様はタルトに興味を移した。


「こちらの童はいかなる精霊なのか?」

「オムツの精霊でございます」


 いたずらの精霊と言ってしまうと何かあった時に容疑をかけられてしまいそうなので、タルトのことはオムツの精霊で通すとあらかじめ打ち合わせておいた。【思い出のがらくた箱】に魔法陣を書き換えてしまえることや生き物をヒキガエルに変えてしまうことは、できれば秘密にしておきたい。


「……オムツというのは……あの……赤子のするアレのことであるか?」


 別の言い回しが思いつかなかったらしい。そのとおり。赤ちゃんの穿くオムツだと答えたところ、王様にドナイデッカ公爵までそんな精霊が存在したのかと目を丸くしていた。リアリィ先生から伝えられていたらしいホンマニ公爵様だけはニヤニヤ笑っている。


「オムツはとっても優れた下着なのです。赤ちゃんにだけ穿かせておくものではないのです」

「この精霊は会話ができるのかっ?」


 ザワリッと周囲に動揺が広がる。言葉を話す精霊というのは極めて稀らしく、発芽の精霊のように片言で話せるだけでも超レア。本当は喋らせたくなかったのだけど、3歳児に黙っていろと言っても聞かないだろうから諦めた。タルトはスカートをたくし上げてジラントオムツを見せびらかし、ここぞとばかりにオムツ教の布教活動を始める。


「その革はっ! まさか……?」

「どうなされたマイツタワ殿?」


 3歳児のオムツを目にしたホンマニ公爵様が言葉を失ってプルプル震えている。そういえば、公爵様が脱皮する革を欲しがってたことをすっかり忘れてた。あの様子からすると、エプロンや長手袋にされたことは知っていても、オムツに使われたことまでは知らなかったみたいだ。


「これは……脱皮するジラントの革ではないのか?」

「どんなに穿いても擦り減らないイカしたオムツなのです」


 触ってもいいのだぞとお尻をフリフリしながらオムツを自慢する3歳児。脱皮する革とはなにかと尋ねてきた王様に、ロゥリング族の秘匿技術でなめされた革で何度でも鱗を再生できるのだとホンマニ公爵様が答えている。


「なるほど、生きている亜竜のようにしっかりと鱗で覆われておるな」

「生きていた時と同じほど頑丈であれば、魔導軽装甲並みに堅牢なのでは?」

「羨ましいのですか。あげないのですよ」


 ほうほう、こいつは珍しいと3人の公爵がオムツに見入っていたところに、目を三角にしたアキマヘン嬢が肩を怒らせてノシノシと近づいてきた。


「陛下……いかに珍しいとはいえ、衆目の前で女児の下着を撫でまわすのはいかがなものかとご注進申し上げます」

「ぬおっ?」


 ついつい革に夢中になってしまったけど、精霊とはいえ女の子のオムツだということに気が付いた王様は、電気ショックでも喰らったかのように跳ね起きて周囲に視線を巡らす。声が届かないところから眺めていた人たちの目には、あからさまな変態的行為にしか映らなかったようで、すぐ近くにいた人たちとの間にドン引きしたような妙な空間が開けられていた。


「鱗が再生する革とは珍しい素材を見せてもらった。オムツの精霊に感謝しよう」


 きまり悪そうにコホンと咳払いした王様が、舞台役者のように声を響かせて言い訳じみた台詞を吐く。ドナイデッカ公爵も負けじと大声を張り上げて、これまで見たこともないような革だから皆も見ておくといいぞと周囲に勧め始めた。まるでバグジードである。


 王様への挨拶はこれにて終了となり、先輩がドナイデッカ公爵への挨拶と、ホンマニ公爵様への感謝を述べた後は、サンダース伯爵に連れられて挨拶回りだ。


「同士モロリーヌ、とてもよく似合っていて素敵だと感心するよ。その可憐な姿に守りたいという気持ちを抱かずにはいられない。伝え聞く花の妖精のような愛らしさに惹かれない者などいないだろう」


 おっぱい王太子はタルトと契約しているのが僕だということを知っている。同士とつけたのは気付いているぞという意味に違いない。ニヤニヤ笑いを浮かべながら心にもないお世辞を連発してきやがった。あんまりべた褒めするものだから、女児に興味があると誤解を生むのでいい加減にしろとアキマヘン嬢からお叱りを受けてしまう。


 王太子の後は外国から訪れている賓客にご挨拶。船でちょっといったところにあるゴウティン海洋王国や南にあるホイデヤス都市連合国、隣国というほど近くはないのだけどエウフォリア教国といった国々の駐在大使殿がいらっしゃる。人族以外でも、ドワーフ国の大使ドワーフと緑がかった金髪に先端が尖がった長い耳をもつ種族の姿があった。

 もしかしてエルフってヤツか?


「お目にかかれて光栄の至り。王国西部にありますサンダース領のウソングと申します」

「お初にお目にかかります。わたくしはクセイナー。人族の理を学ぶため、高等学習院に在籍しております」


 なんでも、都市連合国の西方にエルフたちの住む森があって、そこを治める族長の娘であるという。交易などで人族とも関わりがあるため、社会制度や商慣習を学ぶ留学生として派遣されているそうな。


「エルフの言うことは人族以上に出鱈目ばっかりなのです」

「ちょっ、タルトッ?」


 いきなりなんてことをと思ったけど、コイツは人族の歴史も出鱈目ばっかりだと笑っていたことを思い出す。リアリィ先生もそれは認めていた。おそらく程度の違いこそあれ、どの種族だって似たようなものなのだろう。


「タルトに言わせれば、人族の歴史も出鱈目ばっかりだそうです。とある先生は、それはあくまで人族の視点でしか伝えられていないせいで仕方のない事だと言っていました」

「ふむ、それは我らとて同じことだな。他者の事情まで伝えている歴史書は少なく、たいていは理由もなく攻撃を仕掛けてきた悪者扱いだ。そんなことあるはずないのだが……」


 いきなり嘘吐き呼ばわりされて顔を曇らせたエルフのお嬢様に、精霊と僕たちでは知り得る範囲が異なるのだから真に受けることはないと説明したところ、隣で話を耳にしていた大使ドワーフも援護してくれた。


「それは認めざるを得ませんね。他種族との誤解やすれ違いが幾度となくあったのは事実ですから。わたくしの浅薄さゆえ、お心を悪くされたのでなければよろしいのですけど……」


 いちおうは納得してくれたらしく、エルフのお嬢様も言葉の上では3歳児の無礼を許してくれる。もっとも、それはあくまで表面上のことでしかなかったけど……


 彼女の放つ魔力には、強い不快感が消えることなく残されていた。






 とっても疲れた。慣れない靴でさんざん歩き回らされたため、僕の足はもう棒の様に固くなってしまっている。いったい何人の貴族に紹介されたのか、途中で数えるのをやめてしまったほどだ。僕の体力を考慮してくれない伯爵は、女性に対する気遣いのできない男に違いない。


 早く終われ終われとそればっかり考えていたので、半分以上の貴族の顔も名前も記憶に残っていない。ご老体の侯爵に代わって主席パパが来ていたのと、カリューア伯爵に挨拶したことだけはかろうじて憶えている。次席が最初の1年で園芸サークルを、今年は再生鉄で西部派を牛耳ってしまったことを耳にして、嬉しいようで呆れているような表情を見せていた。


「働きたく……じゃない、動きたくないでござる……」

「サンダース伯爵にも困ったものです。モロリーヌさんが騎士の体力についていけるわけないというのに……」


 広間を後にしたところで動けなくなってしまった僕を担いできてくれたリアリィ先生も苦い顔で、あの家は二代にわたってダメ男。クゲナンデス先輩はもったいないとため息を吐いている。


「ですが、おかげで学習院の関係者に不作だなどと言われることはありませんでした。今日はゆっくり休んでください」


 明日以降も馬術競技や狩猟会といったスケジュールが予定されている。疲れを溜めてしまわないようにとリアリィ先生の手でウサギさんに着替えさせられベッドに放り込まれた。3歳児がゴソゴソと隣に入り込んでくる。


 僕の意識が眠りに落ちるころ、タルトの反対側に誰か入ってくる気配を感じた。シルヒメさんだろうか。確認したかったけど、そのために瞼を持ち上げる気力すら僕には残されていなかった。


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