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事故にあった残る三人は藤上結羽、堀川明菜、あとは赤城と顔見知りらしい隣のクラスの女子生徒だ。

緒方諒の体に、彼女たちのうち誰かの心が入ってる可能性がある。

藤上結羽は事故以来、ずっと欠席している。聞き耳をたてている限り、クラスで彼女と仲が良いらしい女子生徒も彼女と連絡がとれず、とても心配してるようだ。

まさか学校にも行かずに遊び歩いてるなんど、誰も考えすらしてしないに違いない。

そう――結羽自身が別人になっているのなら、辻褄があう。

堀川明菜は小さい頃に遊んだ記憶はおぼろげだし、そんな昔のことはたいして参考にはならないだろう。

これはあくまで勘に過ぎないが、結羽の中にいるのは明菜ではないかと諒は考えている。

明菜とは一度、ゲームセンターの前で会っている。そのときの態度とこの前見かけた結羽の態度にどこか共通したものを感じていた。

あとは隣のクラスの女子生徒だ。彼女なら学校にいればいくらでも声をかける機会はあるだろう。だが諒は彼女の名前を知らず、あの女子生徒が人格交換に巻き込まれたという確証もない。それでも以前と態度が違えば周囲の人間が不審に思うはずだ。本人に直接あたる前に、まずはある程度の情報収集をするべきだろう。




それで諒は翌日からさっそく、あの女子生徒について聞いて回ることにした。他人と話すのに慣れてない諒にはなかなか辛いものがあった。

赤城の外見でなければ、今よりもっと苦戦していたかも知れない。本人にとっても他人にとっても、やっぱり見た目は大事だと諒は思った。。

結果として、あの女子生徒が橘琴音という名前だと分かった。加えて最近の彼女に妙なところはないかときくと、『前からそんなに口数が多い方じゃなかったけど、近頃はもっと無口になった』らしい。あと『名前を呼んでも反応が鈍かった』り、『教室や自分の席をたまに間違えた』り、『クラスメイトの名前を覚えてなかった』りするという。

諒にはよく分かる。これで琴音が人格交換にあった可能性が高くなった。

折を見て、赤城に電話をかける。琴音は彼のことを知っていた。それなら赤城の方はどうだろう?


「何だ緒方? 何か思い出したか?」


「う、うん……あのさ、橘琴音さんって知ってる?」


「? それ、何年の何組のやつだ?」


その反応で知らないことが分かった。交流が広そうだからもしかしたらと思ったのだが。


「いや彼女、赤城くんの顔見知りみたいだったから」


「橘、ね……聞いたことも見たこともない名前だな、やっぱ。つーか俺も有名人だなぁ」 


「前に同じクラスだったりは?」


「ないな。絶対にない」


赤城はそう断言した。


「そう……ありがとう」


諒は通話を終えた。

そうなると琴音が一方的に赤城のことを知っているということになる。それとも琴音の中にいる誰かと面識があるといういうことか。




下校時、諒は商店街に寄り道した。藤上結羽と接触するためだ。

制服なら目立つだろうが、私服姿となると周りの通行人に埋没してしまって発見は難しい。根気よく捜すよりなさそうだ。

手始めに前に見かけたゲームセンターに向かう。学校帰りの制服姿の男女の中で私服でいる女子を捜す。


「…………」


いない――見つからない。いつもいるとは限らないか。

諦めて、他をあたる。とはいっても心当たりは皆無だ。ただぶらぶらしてても時間の浪費にしかならない。


「あっ……」


見つけた。距離は遠いが、おそらくそうだろう。藤上結羽らしき少女がショッピングセンターの中に入っていく。

諒も、急ぎ足でそのあとを追う。

自動ドアをくぐったときに結羽の姿がなかったため、見失ったかと諒は焦った。だがエスカレーターで上階にあがっていく後ろ姿が一瞬だけ視界に映り、そちらに行く。

諒と結羽の間に他に人を挟んでいなかったため、彼女がエスカレーターからおりてすぐについていくことができた。

CDコーナーで結羽はひとしきり音楽を視聴したあと、次に服を見に行った。

尾行など、当然したことはない――諒は気が付かれないかひやひやしていた。

どのタイミングで声をかけるべきか? 先ほどから様子をうかがってるものの、なかなか機会がない。更に今の結羽の剣呑な雰囲気のせいで、なおさら尻込みしてしまう。

ショッピングセンターを出た結羽は、そのまま駅のある方角に歩いていく。とたんに人が多くなる。


「……っ」


しまった。見失った。目を離さないようにしてたつもりだったが、この人ごみだと結羽の姿が人の体で隠れてしまう。改札に続く階段を見上げる。どうやら電車に乗るわけではないようだ。

そうなると、いったいどこに行ったのだろう?

駅前を離れ、隣接するビルの路地に目を向ける。路地を抜けると人気は極端に減った。

左右を見る。結羽はこっちにも来てな――


「っ――!」


誰かが物陰から出てきて、諒の胸ぐらをつかんだ。


「あんた何? さっきからずっとあたしの後、尾けてきてさ?」


結羽が敵意をむき出しにして諒を睨んだ。


「この前、ゲーセンで声かけてきたやつだよね? ナンパの次はストーカー? 警察でも呼ぶ?」


「違う違うって! 君にちょっと用があって」


「言い訳とか見苦しいんだよ。つきまとってたのは事実なんだから」


「ご、誤解だって藤上さん!」


「はあ……またか、いい加減にしてくれない?」


結羽はうんざりした顔をした。


「あたしは堀川。堀川明菜。藤上なんて名前じゃないんだよっ!」


「…………」


「分かった? それじゃもうついてこないでよ?」


手を離して結羽――明菜は行こうとする。


「ア……アキちゃん?」


つい、諒はそう口にしていた。とたんに明菜は戻ってきて、先ほどより強い力で諒につかみかかる。


「今……あんた、何て言った?」


「あ、いや……」


「何いきなり馴れ馴れしく人の名前を呼んでんだよっ!」


「いや、だから……僕は緒方諒だよ。覚えてない?」


「緒方諒ぅ?」


少し考える素振りをしてから、明菜は声を張り上げる。


「嘘を吐いてんじゃないよっ」


「う、嘘じゃないって……ほら、小さい頃よく遊んじゃないか?」


「いくらなんでも似ても似つかないんだよっ! 顔が!」


「そ、そりゃそうだよ。この体は僕の体じゃないし。堀川さんと同じだよ」


「……本当に、リョウくん?」

 

明菜の口調から棘が抜けた。


「あ、ああ……久しぶり、アキちゃん」

 

笑いかけると、明菜は手を離した。


「それにしても……」


「?」


「昔はもっと男らしかった気が……思い出って、美化されるもんだね」


「なっ……何だよ、それ?」


どうにも納得がいかなかったが、信じてもらえたのは僥倖だった。

明菜にはあらためて、現在の状況をざっと説明した。事故にあった六人の間で人格交換が発生した可能性、そしての体に今は明菜の体に赤城が入ってることなど――。


「あたしは別に今のままでもいいんだけど」


「えっ!?」

 

予想もしなかった言葉だった。諒は当然のように明菜も元の体に戻りたがっていると思っていたからだ。


「なっ、何で?」


「家もいいし小遣いもいいし、前と比べたら文句なんてないからね。生活に不自由もしてないし」


「ちょ、ちょっと待ってよ! それだと赤城くんがっ――」


「言ってみただけだってば。いちいち本気にしないでくんない?」


「…………」

 

本当にそうなのだろうか――真顔で言われたら冗談かそうでないかなど、諒に分かるはずもない。




 あれから明菜が諒の家に行きたいと言い出したので、彼女を家に招くことになった。

 とはいっても諒自身の家ではなく、あくまで赤城の家ではるが。


 「堀川さんは、昔のことってどれくらい覚えてるの?」


 「んー……リョウくんとよく遊んだのは覚えてるけど、どこでどんな遊びをしたとか、そのへんは曖昧だね」


 「そう……」


 「あとリョウくんがあたしの初恋の相手だったことくらいかな?」


 「え?」


 「っていうかリョウくん以外に仲がいい男子っていうか、友達がいなかったしね」


 「…………」


 「言っとくけど、あんたのことじゃないから」


 と、明菜は釘をさした。


 「は? 僕が緒方諒なんだけど?」


 「リョウくんはリョウくん。あんたはあんた」


 「いや、同一人物……」


 「確かにあんたは緒方諒かも知れないけど、あたしが好きだったリョウくんじゃないし」


 どうやら堀川さんは、過去の思い出に固執しているらしい。それほど今が辛いってことだろうか?

 小さい頃に一緒だった『リョウくん』という男の子だけが、堀川さんが唯一心を許していた相手だった。 だがそれは今の成長した『緒方諒』ではない。

 『リョウくん』は明菜の思い出の中にしかいない。明菜にとって今の諒は、他の人間とたいして変わりはないのだろう。

 それから諒は明菜を自分の部屋に案内し、麦茶を淹れた。


 「ところでこの子、あんたの知り合い?」


 堀川さんが自分の体――つまり藤上さんの体――を指して言う。


 「うん。そうだけど?」


 「……彼女か何か?」


 「違うよ! ただのクラスメイト!!」


 「別に、そんな必死に否定しなくてもよくない?」


 「へ?」


 「あんたがどこの誰を好きになろうとあたしには関係ないし? とやかく言う権利もないじゃん?」


 「それも、そうだよな」


 「…………」


 明菜が目を眇めて諒を見る。


 「え? 何かまずいこと言った?」


 「何も? ただあんたは好きな女に告白する勇気もなくて挙句ストーカー行為に及ぶチキンかつ変態な犯罪者予備軍なんだなって思っただけだけど? 問題あんの?」


 「ありまくりだよっ!! だいたいあれは誤解だって説明しただろ!?」


 「犯罪者はみんなそう言って罪を逃れようとすんだよねえ」


 「あのさ……僕に何か恨みでもあるの?」


 「いやないよ? ただからかうと面白いだけ」


 「…………」


 いつまでこんな非生産的な会話をしなけりゃいけないんだろうと、諒は溜息を吐く。


 「あんた、この子とやりたいって思わないの?」


 「ふ、藤上さんにそんな……そんな風になりたいなんて思わない。もっとこう、健全な――」


 「だから童貞なのかぁ、あんたは。その調子じゃあ当分は無理じゃない?」


 「なっ……ば、馬鹿にするなよ。僕だってその気になればできるんだ」


 「うわ……いかにも負け組の台詞っぽい」


 「そういう堀川さんはどうなんだよ?」


 「あたしは男なら誰とでも寝るような軽い女じゃないんだよ」 


 「つまり、僕と同じってことか?」


 堀川さんが僕の脛を思い切り蹴った。


 「だっ!? ぐぐっ……」


 「ところでさ、緒方……」


 「ん?」


 「この子の胸、けっこう大きいよ?」


 「っ!?」


 「それに柔らかいし」


 「っ――!?」


 「揉んでみる?」


 「駄目に決まってるじゃないかっ! もともと自分の体じゃないからってやりたい放題だな……」 


 「あんた、この子とやりたかったんじゃないの?」


 「はっ?」


 「だからナンパしたり、ストーカーまでしてんでしょ?」


 「し、しつこいな……」


 「どうせ今は二人だけだし。男の部屋で二人きりですることなんて、決まってるじゃん」


 「ぼ、僕にはそんな気は……」

 

 このようなやりとりをしている最中、明菜はずっとにやにやと笑っていた。からかわれていると分かってはいても、女性に免疫のない諒はひたすら彼女に翻弄されるばかりだった。

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