45頁 クリスマス・イヴの公園で
スカイツリーで何度も目撃したリア充達の現実に打ちのめされ、逃げるようにタクシーへ乗りこんだりさちん先生。
だけどやっぱり先生は大人っていうか、タクシーの中じゃ何も無かったかのように堂々としていた、けど……。
「るーちゃん、スカイツリーはどうだった? 人多くて大変だったでしょ? まぁいつもより混んでたけど、だいたいあそこはいつ行ってもあんな感じだしねー」
「……あの、りさちん先生? 先生はスカイツリーに行くのは今日が初めてって言っ……むぐっ!」
「ま、また今度連れて行ってあげるからねっ! 今日は展望台に登れなくて残念だったけどクリスマス・イヴだししょうがないよね? ね! るーちゃん♪」
先生は俺に抱きついて貧相な胸を強引に押し付けて口封じに出た。
な、なんだよっ! いきなり口止めなんかして。
まさか先生、タクシーの運転手さんまで気にしてるのかよ!?
それからりさちん先生は突然スカイツリーのすぐ隣にある商業施設『東京ソラマチ』の話しをペラペラとし始めた。
ソラマチなんて碌に見ても無いのに、りさちん先生はまるで今見てきましたと言わんばかりに「るーちゃんにはあのお店は早かったわねー」とか、寄り付きもしなかった謎のお店について自慢げに話し続ける。
俺は行きのタクシーの時と同様、先生の見栄っ張りな話にうんうんと適当に相づちを打って聞き手に回っていた。
まったく、タクシーの運転手さんがソラマチに詳しかったらどうすんだよ……。
きっとツッコミどころ満載だぞ?
先生の架空のショップ話を適当に聞き流しながらそんな事を考えていると、りさちん先生の携帯が鳴った。
「はいはい妻木ですー。あぁ! お世話になっておりますー。……えっ? あ、はい……あ、そうですかー、いえいえいえ大丈夫ですから。丁度今、外出歩行訓練を終えてセンターに戻る途中ですので……、はい、えーとそですねー、たぶんあと10分ほどで着くと思います。……はいはい、……あーそうなんですね! わっかりました。それでは後ほど、はい、はい、ではでは失礼しまーす」
いつもよりもアニメチックな作り声で電話に応対するりさちん先生。
初めて先生と会ったときはなんか無理して若作りしてるなって印象だったけど、今の電話の応対もあの時と同じ感じだ。
これが先生の外面っていうか、営業モードってやつなのかな?
でも、傍から見てるとやっぱり結構キツい……。
「るーちゃん、身体のほうは大丈夫? 痛いとか辛いとか無い?」
「別に平気だけど、ちょっと疲れた」
「そっかそっか。でもごめんね、もう少しだけ付き合ってくれないかな?」
「いいけど……どこか行くの?」
「うん。ヒミツだけどね。まぁすぐ近くだから」
「う、うん」
ヒミツってなんだ?
あの研究センターの地下みたいなおかしな場所にでも連れて行かれるのかな……。
◇ ◇ ◇
「着いたよ、起きて」
タクシーの中でウトウトしているところをりさちん先生に起こされた。
目を開けてタクシーから降りた場所は、医療研究センター前の大通り。
そこは浅草寺へ行くときにタクシーを拾った場所の丁度反対側車線だった。
ついこの間冬至を過ぎたばかりで日の入りが早いのか、夕方5時前だというのに外はかなり暗くなっていて、道路沿いの街灯が鈍い光を放っている。
「お待ちしておりました」
若く綺麗な感じの女性が話しかけてきた。
「いえいえ、とんでもないですー。こちらこそお待たせして申し訳ありません」
先生はお辞儀をしながら女性に挨拶をした。
交わした言葉から察するに、おそらくこの女性はさっきのりさちん先生の電話相手なのだろう。
女性は黒スーツ姿に黒のストレートロングの凛とした感じの人で、誰も乗っていない車椅子のグリップを両手でしっかりと握っている。
姿勢がいいからなのか、あるいはスタイルが良いからなのか分からないけど、その女性が車椅子の後ろで立っているだけなのに、なんだかすごく絵になっててカッコいい。
それに、りさちん先生と同じ黒のスーツ姿だから、まるで護衛のSPが1人増員されたって感じがする。
こうしてスーツ姿のカッコいい大人の女性が俺の前で2人並んでいるだけで、なんかちょっとしたVIP気分だ。
「はじめましてお嬢さん、私は米沢ひかりと申します」
女性は俺の正面に立つと、膝を曲げて前かがみになりながら、落ち着いた声で自己紹介をした。
「は、初めまして、宮川瑠伊です……」
「あなたが宮川るりさんですね。とても可愛らしいですね。妻木先生にお伺いしたのですが、なんでも難病を患っていたのに外出歩行訓練が出来るまでに回復されたとか」
「は、はい……、まぁ」
誰だろうこの人……。先生と同じスーツ姿だし後輩なのかな?
「そんなに怖がらなくて大丈夫だから、るーちゃん」
「う、うん……」
「突然のご挨拶で不安にさせてしまったようで申し訳ありません。ですが現時点はこれ以上の事は何も言えません。後ほど改めて自己紹介させていただきたいと思います」
俺は返事をする代わりにコクリと頷いた。
「それから、るりさんが疲れていると思い、センターから車椅子をお借りしてきましたが、お乗りになられますか?」
「あ、乗りたいです」
「ではどうぞ。足元に気を付けてください」
すごく準備のいい人だなぁ。
そう言えば、誰かに椅子に座るよう勧められるのって久しぶりだよな。
学校で友達から椅子に座るよう勧められると、まず間違いなく椅子が移動して尻もちつく羽目になるんだよな。
そういうイタズラって、もうやらなくなったよな……。
ふとそんな事を思いながら、俺は少し警戒しつつもゆっくりと車椅子に座った。
車椅子に乗るのは初めてだけど、なかなか悪くない気分だ。
羽扇があれば三国志に登場するの稀代の天才軍師、諸葛亮ごっこができるのに。
「では参りましょう。車椅子、動かします」
落ち着いた声で米沢さんが言うと、3人で大通りを道沿いに進む。
どうやら医療研究センターには戻らないらしい。
道路沿いに少し歩くと、大きな公園の入り口に差し掛かる。
米沢さんは「こちらです」と言いながら公園内に車椅子を入れた。
公園の左手側には奥へと続く土の並木道が、右手側にはベンチと子供向けのアスレチック遊具がいくつか設置されてる小さな広場が見える。
その広場の隅では、子供達が三角ベースをして遊んでいたり、遠くのベンチには若いカップルがいちゃついていたり、ペットの犬を散歩させている人も見える。
そんな暗くなった公園の景色を車椅子に乗りながら眺めつつ、俺達は土の並木道を奥へ奥へと進んでいく。
「いつもはですね、ここの広場で患者さんの《外出歩行》の練習をするんですよー」
「そうなのですね」「へぇー」
「でもるーちゃんの場合は身体面よりも精神面のリハビリが必要だと思ったから、今日は人の多い場所を回ることにしました」
「なるほど、それで浅草寺ですか。大変だったでしょう?」
米沢さんは、りさちん先生が持っているお土産袋を指さしながらそう言った。
「ええそうなんです。るーちゃんったらこんなにも可愛いものだから、どこ行っても大人気でしたよー」
「最低だったよ、あんな目に遭うって分ってたなら外出歩行はここで良かったのに」
「でも色々勉強になったでしょ?」
「なったけどさ、あんまり嬉しくないことばかり知った」
「またまたぁ~、素直じゃないんだから」
でも実際、嫌な意味で勉強になった一日だった。
たった一日外を出歩くだけで、完全に女だって事を改めて思い知らされた。
それは俺自身が渋々認めるよりも、見知らぬ誰かに女扱いされたときの方が断然説得力があった。
特に行く先々で見知らぬ男達から遠巻きに見つめられたり、あるいはスマホでいやらしく隠し撮りされている事に気づくと、さすがの俺も自分か女である事を認めざるを得なかった。
外出前、確かに俺は鏡に写る自分の美少女姿に本気で見惚れた。
でも、都会には俺以外にも可愛い女の子なんてそこら中にいるだろと思っていたから、正直ここまて注目されるなんて思いもしなかった。
母さんが買ってくれたオシャレな服の補正もあるのだろうけど、俺の容姿は、俺が思う以上にはるかにヤバい破壊力があるらしい……。
少なくとも、スカイツリーでの男達の反応を見る限り、俺は周りにいた他の女の子達を周回遅れにするぐらい突出した容姿なのだと思った。
背はこんなちんちくりんなのにさ……。
「実はですね、わたくしが少し目を離した隙に、るーちゃん、ガラの悪い男達にナンパされて大変な目に遭ったみたいなんですよ」
「あら、大丈夫でしたか?」
「うん。でも、すごい大きくて強そうな男の人が助けてくれたから」
「そうだったのですか。怖かったでしょう? でも無事で良かったですね」
「うん……。でも最低だった」
会話はここで途切れた。
どこまでも続く土の並木道を道沿いに進み、途中のY字の分かれ道を左に曲がる。
この公園、入り口は小さく感じたけど思ったより奥行きがあるらしく、意外と広々としている。
外はみるみる暗くなって、街灯がなければこの辺りはきっともう真っ暗だ。
やがて並木道のぬけると、そこには街灯に照らされた小奇麗な噴水広場があった。
「到着しました。ここです」
米沢さんはそう言って噴水前で車椅子を止めると、噴水沿いにカジュアルなベージュのコートに黒の中折れ帽を深く被った黒縁眼鏡の冴えない中年男が近寄ってきた。
「あれ? ひかりさん1人?」
「はい、熊谷さんにはこちらへ向かうよう連絡を入れておきました」
「そ。あーすいませんね妻木先生、ご挨拶が遅れまして」
「いえいえ。お久しぶりです奈良屋さん。お元気そうで何よりです」
「はじめましてかな? お嬢さん」
奈良屋とかいう男が俺の正面にやってくると、中腰で俺に声を掛けてきた。
「は、はじめまして……」
「うん。いい子だね。俺は奈良屋義春って言ってね、つまんない役者やったり、演劇の台本書いたりしてるんだ」
「す、すごいですね」
「うん、実際凄いよ? 俺、劇団の座長だし」
な、なにこの人……。
ていうか劇団の座長って凄いの?
「るーちゃん、奈良屋さんはね、毎年うちのセンターに寄付してくださる方なの。今回るーちゃんの医療費には奈良屋さんの寄付金もいくらか充てられてるんだよ?」
「そ、そうなの!? あ……あの、ありがとうございますっ」
俺はすぐに車椅子から降りると、偉そうに突っ立ってる男にペコリとお辞儀をした。
「あー、そんなの大げさに話さなくていいから。……てかお嬢ちゃん普通に立てるのか。そっちの方がびっくりだな」
「あ、はい。今日一日歩き回って疲れているだろうからって、米沢さんが車椅子を用意してくれてたんです」
米沢さんは無言でお辞儀をした。
「そうなの? 流石だねひかりさん。でも悪いね、いきなりこんな辺鄙な場所に呼び出したりして」
「お忙しいのですか? 奈良屋さん」
りさちん先生が訪ねた。
「いやいや、実はそうでも無いんですけどね、でもほら、俺って何かと人気者でしょ?」
いや、「でしょ」とか言われても全然知らないんですけど……。
「そんでもって最近は追っ手とか変なのにつけ回されてる身だからさ、研究センターに直接行くと何かと迷惑かかると思ってね」
「迷惑?」
つい俺は聞いてしまった。
「そ。俺が研究センターに行くと、うるさいのがいっぱい……ってほら、噂をすれば追ってくん1号がやって来たよ」
「せんせーい! 奈良屋せんせーい!!」
並木道の方から重戦車みたいな巨大な男が、辺りに響き渡る大声を出しながらドスドスと走ってきた。
「な? あんなうるさいのがセンターに行ったら大変でしょ?」
「ま、まぁ……そうかも」
「あちゃー、ありゃウチの所長絶対怒るわ」
りさちん先生も戸惑いながら呟いた。
少し呆れていると、大男が俺達のいる噴水前にまでやってきた。
「こ、こんなところに居たのですか!? せんせいっ!」
「声抑えような、新人君」
「ぁぁ、すいません……」
あれれ?
この大きい人って、もしかして昼間、浅草寺で俺を助けてくれた人?
「でも先生、もう勘弁してくださいよっ! 原稿の締切限界で、先方から苦情の電話が何度も何度も来てるんですから!」
「ああ、例の演劇誌の原稿ならもう一昨日には提出しておいたよ。だから今日は俺、お散歩の日」
奈良屋という人は片手で帽子を押さえながら、にやりと微笑んだ。
「はぁ? な、な、な、なんですかーそれは!? ということは……。ま、まさか、もしや! 今回もですかっ!?」
「はっはっはっはっ! うん、そうなんだ。実は今回も君はおとり役。ちなみに今回はさ、ちょっと趣向を変えて知り合いの演劇誌の人にも協力してもらっての鬼ごっこ。もちろんほら、次の原稿だってちゃんと書いてあげたよ。な? 俺って偉いだろ?」
「な、なんですか、その新パターンは……」
岩みたいな新人君の大男は、肩をがっくしと落とした。
「でもほら、熊さんがこの1ヵ月もの間、日本中を駆けずり回ってくれたのおかげで、あれだけしつこかったストーカーの梶浦さん、ついに居なくなったでしょ? それだけでもう大手柄だ」
「はぁ……まぁ」
「彼の今月のお給料、たぶん交通費だけで軽く吹き飛んだんじゃないかな?」
ニコニコと笑う奈良屋。
だけどその笑顔は邪悪で満ちているように見えた。
「あ、悪魔だ……この人」
熊さんと呼ばれた「新人君」の大男は、冷や汗を流して呟いた。
「おいおい、座長の俺に向かって随分失礼な事言うなぁ。うん、でもまぁいいや。それより熊さん、こちらの方々にご挨拶」
「あ! す、すいません! えー、わたくしは……劇団七色座の熊谷尚樹と申します! 奈良屋先生が無礼な事をしていないか心配ですが……。おや!? あなた方は!?」
「ん? どした熊さん、この子に惚れたか?」
「あ、いや……」
戸惑う熊谷さん。
「可愛いだろ、惚れるなよ?」
まるで自分の所有物を見せびらかすように言う奈良屋。
「いえ、奈良屋先生! 実は今日、浅草寺でその子が悪い男共に絡まれていたところを偶然にも目撃しまして、助けたのですよ!」
「へぇー。で、キミ。熊さんの言った事、本当なの?」
奈良屋が俺に裏取りをするかのように訪ねた。
「あ、はい。おれ……わ、私がチャラ男にからまれてるとこを熊谷さんに助けていただきました」
「なるほどね……」
するどい目つきで、大男の熊谷さんを見つめる奈良屋。
しかし奈良屋はすぐに、りさちん先生に声をかけた。
「妻木先生、ちょっと聞いていい? この子って何の病気? どこか悪いの?」
「あー病気ですかー。この子の病気については個人情報ですので、わたくしからは話せませんねー。ですがもう退院できるまでに回復してまして、今は社会復帰のための訓練中ってとこですね」
「へぇ、そうなんだ。よかったねーキミ」
「あ、ありがとうございます」
俺はぺこりとおじぎをした。
「るりさん、正式なご挨拶が遅れましたので改めて自己紹介をさせていただきますね。私は劇団七色座の米沢ひかりと申します。私とそちらの熊谷は劇団の庶務を担当してましてお芝居等は全くできませんが、どうぞよろしくお願いします」
庶務とか言ったけど、米沢さんの方はものすごく仕事ができる人って感じがする。
でも、あの、米沢さん? 俺の名前はるりじゃないんですけど……。
「実はるりさんをここにお連れしたのは、妻木先生よりご依頼を受けて、私ども七色座から、るりさんへの特別なクリスマスプレゼントと、お誕生日のお祝いをするためなのです」
「えっ?」
突然の事に、俺はそっとりさちん先生の顔を見る。
すると先生はグッと親指を立てた。
その横で大男の熊谷さんは、大きな袋から花束を取り出すと俺に渡した。
「いやぁ、どうにか間に合ってよかったですなぁ、どうぞ、るりさん」
「あ、ありがとうございます!」
両手で花束を受け取る俺。
クリスマス+誕生日プレゼントに花束もらうのは流石に初めてだ。
「いやいやいや、秘密にしてゴメンね? るーちゃんをびっくりさせたくてさー」
照れくさそうにりさちん先生が言うと、七色座の3人が盛大に拍手をしながら「おめでとう」と俺の誕生日&クリスマスを祝福してくれた。
そして、拍手が鳴りやむと、奈良屋が語り出す。
「いやぁ妻木先生には参ったよ。俺のとこにいきなり電話がかかってきてね、『うちの患者の女の子がクリスマス・イヴに誕生日を迎えるから祝いたいんですけど』って相談されてね」
りさちん先生、俺の知らないとこでそんな事してたのかよ……。
「いやいやいや、ご無理を言って本当すいませんねー」
「本当に無理を言ってくれましたよ。今日はうちの団員達も一日中サンタクロースになって各地の保育所や児童施設を回ってるし、手の空いていたメンバーで何かしようにも、時間も人手も準備も足りなくてね。それでアレコレ考えるよりも、とりあえず会ってから考えようってことにしたんだよ。だからこの通り、ここにいる中年のサンタのおじさん達は赤い服も着てないしプレゼント袋も担いでいない。手ぶらだ」
奈良屋は「何も持ってない」と両手をぶらぶらさせると、暗くなった空を見上げながら続けて言った。
「妻木先生の話ね、最初は断ろうと思ったんだぜ? でもまぁ『できません』って言うのは簡単だけど、どうにも後味悪そうでね、まずは受ける事にしたんだよ」
「いやーすいませんねぇ。恐れ入ります」
「……実は妻木先生からのお話を聞いたときにね、『こいつは何かあるな』って直感があったんだ。で、こうして足を運んだら俺の直感大当たり。るりちゃんを見て驚いたよ。まさか妻木先生の患者さんがここまで可憐な少女だとは思わなかったからね」
「……」
奈良屋は息を大きく吸って、ゆっくりと吐き出す。
その口から吐き出された白い息は、あっという間に外の冷たい空気と混ざり合って消えていく。
俺は「ありがとうございます」とでも言おうとしたけど、奈良屋のオーラが凄くて何も言えなかった。
「ま、《七色座》に声をかけたってことは、プレゼントのおもちゃ代わりにお芝居を見せるのが筋なんだろうけど、生憎俺は1人芝居演じるのが大嫌いでね、残念だけど観劇は諦めてくれ。その代わりに……」
「それだったらおれ……私と一緒に演じたらどうでしょうか?」
「む……」
奈良屋の話に被せる形で、俺は話の続きを口に出していた。
たぶん、話の口ぶりから奈良屋が言おうとした事と、俺が言い出した事は同じだと思う。
それに、ちょっとした好奇心もあった。
プロの役者の生の演技というのが、実際どれぐらいのものなのかを知りたかった。
「るりちゃんは芝居、好きなのか?」
「いえ、お芝居は全然分かんないですけど、なんかやってみたくなりました。昔もこんな感じで、ストリートライブしていた人達に話しかけたりして、それで歌やダンスを教えてもらったことがありましたので……」
「へぇー、そいつは凄いな。じゃあるりちゃん、俺とここでひと芝居やってみるか?」
「はい! あ、でも、お芝居の事なんて何にも分かんないですよ?」
「問題ないよ。ふむ、そうだな……。お題は《シンデレラ》でいいかな? るりちゃん知ってる? シンデレラ」
「はい、大まかには」
「じゃ、シンデレラが魔法で着飾って舞踏会で踊るシーンでいいかな? 分かる?」
「はい、12時の鐘がなったら魔法が解けてしまうんですよね。セリフとか全然分かんないですけど」
「よし、ならるりちゃんはシンデレラ役だ。分かんなかったらそこで立ってるだけでもいい。俺がお芝居になるように仕上げるから。でも、もしるりちゃんが演じてみたいと思ったら芝居に入ってきていいからね。アドリブも好きに入れていい。俺は君の演技に合わせよう」
………
……
…
圧巻だ。
奈良屋さん演じる司会役の一声で舞踏会が始まると、奈良屋さんは一人怪しげに右へ左へと舞うように動き回り、シンデレラの母や姉達、王子やその召使い1人1人を見事に演じ分けている。
演技が上手いのはもちろん、お芝居の中にコメディ要素も存分に取り入れて、見るものを虜にする。
暗い公園の中、スポットライトもBGMも無い噴水の前で、シンデレラが王子と踊る前のワンシーンを、たった一人でここまで表現するなんて……凄すぎる。
たった一人でここまで表現できるのに、1人芝居が嫌いだなんて余りにももったいない。
そしていよいよ、シンデレラと王子とのダンスシーンへと突入する。
俺は奈良屋さんに言われた通り、ただ突っ立ってるだけだった。
しかし、奈良屋さんはそんな俺の様子を気にすることもなく、王子とシンデレラの母と姉のやりとりを1人でやり終えると、奈良屋さん扮する王子は、突っ立ってるだけだった俺の方へズンズンとやってきて、ダンスの相手をお願いしますと跪いた。
俺は奈良屋さん演じる王子に手を引かれ、奈良屋さんのリードでぎこちなく踊る。
その間も奈良屋さんは腹話術を駆使して母や姉達の罵声、観客の話し声まで見事に演じきった。
やがて、シンデレラの魔法が解ける0時が近づく。
だがここで、俺は少し意地悪な芝居を打つことにした。
「あの……私はまだ帰りたくありません」
いつまでも舞踏会で踊り続けるシンデレラの誕生だ。
俺の中に残る少年のいたずら心が、この後のストーリーを捻じ曲げる。
奈良屋さんがアドリブを入れてもいいと言ってたので、遠慮なく入れさせてもらっただけだ。
さて、この想定外の状況を、奈良屋さんはどう乗り越えるのだろうか?
そう思ってると奈良屋さん演じる王子は、迫る運命に0時が近くなるとそわそわと焦り始め、そして時間ギリギリになると俺を振りほどいて走りだす演技をする。
なるほど……これが奈良屋さんのアドリブ。
王子とシンデレラの役割が入れ替わったって話にするつもりみたいだ。
魔法が解けそうな王子は公園の広場を右に左に走り回り、そしてド派手に転倒した……。
……ん?
奈良屋さんは転倒したままピクリとも動かない。
今の転び方、かなり危なかった気がするけど、これもまだ演技の途中なんだろうか?
俺が追いかけて、お芝居の続きを続けた方がいいのだろうか?
……い、いや待て。
なんか様子がおかしくないか?
かなりヤバい転び方だったので、他に誰か観客が居たら騒ぎになると思ったけど、辺りには俺達以外には誰も居ない。
俺とりさちん先生は顔を合わせてアイコンタクトすると、奈良屋さんの元へと駆け寄った。
「あ、あの大丈夫……ですか?」
「るーちゃん、ちょっとそこいいかな?」
「は、はい」
急いでりさちん先生に場所を譲る。
「奈良屋さん大丈夫ですか!? 痛くないですか!?」
りさちん先生が声をかけながら奈良屋さんに触ろうとした瞬間、奈良屋さんは無言で跳ねるように飛び起きる。
「きゃっ!」
「えっ、嘘!? なんで……!?」
俺とりさちん先生は目を見開いて声を失った。
ほ、本当に魔法が解けてしまったのだろうか……。
飛び起きた奈良屋さんの顔が、完全に別人になっていた……。




