43頁 こっちみんな!! (★)
連日、社会復帰に向けてのリハビリテーションの日々が続いている。
俺の1日の殆どは、基礎体力を取り戻すための体力トレーニングと、高校入試に向けての受験勉強がメインだ。
勉強については「今から得意科目で80点から90点とる勉強よりも、苦手科目に集中して30点から70点とれる勉強をした方が良いよ」と言うりさちん先生のアドバイスを受けて、毎日毎日、呪文のような意味の分からない数学の勉強に特に力を入れている。
他にも社会復帰学習の一環として、これから女性として生きていくための生活指導や基礎知識の学習、それから女性としての危機意識の持ちようとかを、りさちん先生から色々と教わっている。
地下の病室にいるときはまだ、自分が女になってしまった事に対して心のどこかで他人事のように思っていた。病気だから仕方がないんだと、ずっと病気のせいにしていた。
だけど、以前とは変わり果てた姿でリハビリを繰り返すうちに、これから女として生きていかなくてはいけないという現実をひしひしと実感させられる日々。
俺、もう女なんだよな……。
今まで通り当たり前のように学校に行って、当たり前のように授業を受けて、当たり前のように友達とくだらない話をして、時には軽く殴り合ったり、背後から飛び乗ったり……。
もうそんな生活は二度とできない。そんな日々にはもう戻れない……。
俺は今まで、その気になれば何でも出来ると信じていた。
でも今は、何かにつけて尻込みしてしまうようになってしまっている。
女性特有の防衛本能ってやつでも働いているのだろか?
そんな自分自身に、言葉では表現できそうもない不安と苛立ちを覚える毎日を繰り返す……。
◇ ◇ ◇
「ほら、るーちゃん見て見て。これなんかとっても似合うと思うわ!」
12月24日。クリスマス・イヴの午後。
母さんは沈んだ俺の気持ちなんてまるで知らないみたいに、気分よく女ものの服を吟味している。
病室の丸テーブルの上には、クリスマスプレゼント代わりに母さんが買ってきた服が丁寧に折りたたんだ状態で山のように積み上げられている。
それを母さんは1着1着手に取っては広げ、「あら、これもいいわねー」とかなんとか言いながら確認している。
せめてその衣服の山に男物の服でもあれば精神的に楽になれるのに、母さんが手に取る服は全て女モノだった。しかもボトムズは全部てスカート。もう勘弁してくれよ……。
「ね、るーちゃん、ちょっと着てみない?」
「や、やだよ」
丸テーブルに積まれた服は大人の落ち着いた色の服が多い。
ホワイト、グレー、ベージュ、ブラック、それからボルドー。
ちなみにボルドーというのはフランス南西部の都市の名前でワインの名産地だそうだ。
そこから転じてボルドーと言えばワインレッドの兄弟みたいな赤色を意味するのだとか。
同じ赤系統の色でもボルドーとワインレッドとの違いというものがあるらしく、ボルドーの場合は彩度が抑えめだそうだ。
とにかくこの妙に細かい知識、いったい誰の受け売りでどこから仕入れたのかさっぱり分からないけど、母さんは服を広げながら得意げに話していた。
でもはっきり言って、これは母さんの趣味とは程遠いファッションだ。
これまでの母さんの趣味のままなら、まず間違いなく幼稚園児か小学生低学年の小さな女の子が好きそうなパステルピンクとかファンシーカラーな服ばかり買ってくるはずなのに。
「絶対似合うって! 着ようよ、るーちゃん!」
「やだってば!」
「もー! せっかくるーちゃんが好きなアルグロの写真をお店の人に見せて、コーディネートしてもらったのにー」
なるほど……な。そういう事か。
つまりこれらの服はお店の人が選んだってわけか。
「だから全然違うってば。アルグロはもっと鮮やかな赤と黒がベースなんだって」
「そうよ、知ってるわよそれぐらい。でもそんな派手なのだと外じゃ着れないでしょ? だから普段着ていけるような感じでお願いしますってお店の人に頼んだのよ?」
「あ、そう……」
やっぱりお店の人に無茶言ったんだな……。
でも俺はさ、そんな女っぽい服なんて着る気分じゃないんだよ、母さん……。
「るーちゃん……。この服じゃ嫌だった?」
「……」
「るーちゃん?」
あーもう!
そんな目で見るなよ! 母さんのくせに。
わかってるよ! 女になったんだから可愛い女ものの服を着させたいんだろ?
べ、別に女もののファッションだって観るだけなら嫌いじゃねーよ。でもさ……。
「あ、お母様、瑠伊くんのお洋服ご用意してくれたんですねー。まぁまぁまぁ、とっても可愛らしいじゃないですかー」
なぜか黒のスーツ姿でりさちん先生が病室にやってきた。
「え、ええ……。でもるーちゃんが……」
「るーちゃんが……」って、どこの小学生だよ母さん。
「い、嫌じゃないけどさ母さん、でも女になれって言われてるみたいで抵抗あんだよ……」
「何言ってるの瑠伊くん。外見はもう完全に女の子よ? 正直その姿だったら入れ替わりたいぐらいよ? ま、でも仕方ないかー。あのさ瑠伊くん、瑠伊くんってまだ現実を受け入れられない感じなのかな?」
「う、うん……」
「そっか。でも少しずつ慣れて行かなきゃね。ほら、バンジージャンプだって1度やれば2度目は紐無しでも平気って言うでしょ? だからアイドルのプロデューサーにでもなった気分で、ちょっと頑張ってこれに着替えてオシャレしてみない?」
なんか無理やり俺を乗せようとしてるけど、言ってる事が無茶苦茶だ……。
でも断わると母さんが面倒くさい事になりそうだし。
「はぁ……。もう母さんたち勝手にしなよ」
「お! 瑠伊くんの許可が出たよ! じゃあ少し待ってて。鏡すぐ持ってくるから」
………
……
…
りさちん先生が持ってきたスタンドミラーには、漫画雑誌の表紙やファッション誌にデカデカと載ってそうな美少女 が映っていた。
その美少女の服装は、頭より一回り大きなボルドーカラーのベレー帽に白のセーター、ミニスカートも控えめなチェック模様が入ったボルドーカラー、そして生足を覆い隠す黒のタイツに、黒のショートブーツ。
上品なコーディネートだけど、なんかちょっとしたアイドルみたいだ。
「すごいすごい! すっごい可愛いじゃん瑠伊くん!」
「そ、そう?」
「アルグロみたいねー、るーちゃん!」
「いや全然似てないって」
アルグロの場合、道化師のような赤と黒のハーキリンチェック(ひし形のチェック模様)がトレードマークだ。
スカートやタイツに赤や黒を取り入れてるけど、雰囲気は似ても似つかない。
とはいえ母さんがさっき言ったように、アルグロの衣装は派手だから、とてもじゃないけど普段着向きじゃない。
どこのお店で買ったのか知らないけど、この服をコーディネートした人のセンスは悪くないと思う。
きっと母さんの無茶な要望を説得して、無難に丸め込んだのだと思う。
「瑠伊くん瑠伊くん、可愛いポーズしてみてよ」
「や、やだよ」
「いいからいいから!」
りさちん先生は嫌がる俺の背後に回ると、後ろから俺の手首をつかんで強引にポーズを着けた。
これじゃまるで飼い猫扱いだ……。
俺は抵抗して中指でも立ててりさちん先生の鼻に突っ込んでやろうと思ったが、猫みたいなポーズになったとき、俺はその姿を見てピタリと硬直してしまった。
「うわぁ……瑠伊くんヤバいわー」
確かにこれはヤバい。可愛い。
なんだこりゃ?
お人形さんみたいじゃないか。
冗談抜きで俺は自分の姿に見惚れてしまっていた……。
それはいつもの自覚ある中二病的なナルシストではなくて、めちゃくちゃ可愛い他人の女の子を見ているような感覚だった。
しかもそれが他の誰でもない俺自身の姿なんだから、なんかもう色々ヤバい。
それに服が変わるだけでこうも印象が変わるものなのかと我ながら驚いてる。
それでもさ……。
やっぱり鏡に映る美少女が俺だなんておかしいよ……。
「るーちゃん小学生みたいねー!」
「やめてくれよ。母さんだって小学生みたいにちっこいくせに」
「でもるーちゃんより高いもん!」
「高いもん!」じゃねーよ! いい加減年齢考えてくれよ母さん……。
とにかくこれじゃロリコン趣味の変態野郎がドッと押し寄せて来そうで怖い。
もう少し背が伸びてカッコいいお姉さんみたいな感じにならないものかな?
試しに背伸びしてみる。
すると鏡には小学校高学年の女の子が無理して高校生の真似してるように見えた。
ち、ちくしょう……!
こんなの、ちっともロックじゃねぇ!
「それじゃ瑠伊くんの準備も出来たし、そろそろお出かけしましょうか」
「は?」
「は? じゃないわよ。わたくし昨日言ったよね? 明日からは《外出歩行》の訓練始めるって」
「聞いてないんだけど……」
「言ったよー? リハビリの一環だからねって。またぼーっとして聞いてなかったのでしょ? 別に素っ裸で街中を歩けなんて言わないから大丈夫だって! ほらほら、瑠伊くんすっごく可愛いしさ、私も一緒に行ってあげるから」
「いや、そんないきなり言われても……」
「あ、そうだ! 何なら2人でゼニーランドとか行ってみる?」
「や、やだよ、なんでそんなバカップルの聖地に行かなきゃいけないんだよ。行きたきゃりさちん先生が1人で行けばいいでしょ? ほら、今日クリスマス・イヴだし1人行くには最高だよきっと」
「いやいやいやいやいやいや、そ、そんなおっかない話止そうよ瑠伊くん。冗談だからね! ま、まぁわたくしの年にもなると、クリスマス・イヴなんてスーパーの特売日みたいなものだから別にどうってことないわよ」
「うわぁ……」
年に1度の大イベントも、りさちん先生にかかればスーパーの特売日になってしまうらしい……。
そんなりさちん先生見ていると、なんだかとても悲しくなってきた。そしてなぜか、クリスマスイヴの夜に独り、こたつでインスタントのうどんをすする先生の姿が思い浮かんだ……。
りさちん先生に捧ぐ、エターナル・ロンリー。
メリー・クリスマス!
………
……
…
エレベーターで1回ロビーに降りると、大勢の外来の患者さんが広々とした待合フロアでじっと待っているのが見えた。
結局、こんなナウでヤングなオサレ姿で《外出歩行》とかいうのをやらされる事になったのだけど、エレベーターから降りた途端、なんかいきなりジロジロ見られてる気がした……。
それに他人の話がやたら気になる。
別に俺の事を噂されてるわけでもないのに自意識過剰になるかな?
てか、なんで病院のロビーってのはこんなに人がいるんだよ!
こっちみんな! おまえらさっさと帰って家でミカンでも食ってろよ!
ちくしょう……。
何で俺が痴態解放ファッションショーみたいな目に事になってんだよ……。
これじゃただの羞恥プレイじゃねーか!
ポニーテールを揺らしながら歩くりさちん先生に連れられてエントランスから外へ出ると、冷たくて新鮮な冬の空気が俺の身体を包みこみ、空を見上げると灰色の曇が空を覆いつくしていた。
「それでは先生、娘をどうぞよろしくお願いします」
「はい、お任せください」
母さんはこれから担任の黒田と話しがあるらしくここで別れた。
そしてりさちん先生は俺の手をぎゅっと握って歩き出す。
なんかりさちん先生、VIPを護衛するSPみたいでちょっとカッコいい。
「瑠伊くんって東京にはよく来るの?」
「滅多に来ないかな? 8月に秋葉原に行ったっきり」
「そっか。じゃあ瑠伊くんさ、もう一度秋葉原に行ってみたい?」
「やだよ。男ならともかく、こんなんじゃ行きづらいって」
「あぁ、確かにそうだねー。じゃあ適当にぶらぶらしてみようか」
「う、うん」
りさちん先生は大通りに出ると、いきなりタクシーを捕まえた。
外出歩行なんていうから近所をぶらぶら歩くだけ思っていたのに、いったいどこに行くつもりんだよ……。
タクシーの後部扉が開くと、りさちん先生は先に俺に乗るよう促し、続いて先生もタクシーに乗り込む。
「浅草寺へお願いします」
「わかりました」
「せ、浅草寺に行くの?」
「うん。わたくしのオゴリだから気にしなくていいよ」
「そういう問題じゃなくてさ、あそこも人多いよね……」
「そりゃ有名な観光地だからねー」
「はぁ……。マジで行くの?」
「マジよ」
何が外出歩行だよ。これってりさちん先生が行きたいだけじゃないのか?
「こんな機会でもないと、わたくしも遠出なんてなかなかできないからさ、折角だしちょっと付き合ってよ」
「う、うん……」
「ありがと」
りさちん先生が申し分けなさそうに言った。
そっか、やっぱり医師の人って休みが取れても遠くに行けないのかな?
「先生はさ、休みの日に遠出とかできないの? ほら急患がーとかで、すぐに病院に戻らないといけないとかさ」
「わたくしは超インドア派だから、遠出なんてしようとも思わないのよね。休みの日なんて1日中引き籠って家でゲームしてるもの」
「はぁ?」
「だから、外出して時間消費するぐらいならずっとゲームしていたいって事よ」
なんだよそれ……。
多忙で都内すら観光できないと思ったじゃないか!
意味わかんないよ! つか俺の心配返せよ!
「へ、へぇー……。そんなに楽しいの?」
「楽しいに決まってるよー? 瑠伊くんはゲームやらないの?」
「あんまりやらない……。でも父さんが夢中になってるよ。なんかいつも『俺はスフィアの騎士だから』って大人げない事パソコンに向かってブツブツ言ってるよ」
「あー、それそれ! 『エターナル・スフィア・オンライン』でしょ!? わたくしもそれやってるから、ゲームの中でお会いしてるかもしれないねー」
「ふぅん……」
「そのゲームね、もう何年もやってるのだけどこれがまた止められなくて超楽しいのよ! ボリュームもとんでもなくて、やりたい事は何でもできて……」
あー。また地雷踏み抜いてしまった……。
これ平沢と同じパターンだ。放置したら趣味を語りまくるんだよな……。
予想通り、りさちん先生は堰を切ったかのようにそのゲームについてペラペラと話しだした。
途中で難しい専門用語ばかり出てきて、もう何言ってるかさっぱり分からなかったけど、先生が幸せそうに話すものだから、俺は浅草寺に着くまで適当に相づちを打って聞き手に回っていた。
◇ ◇ ◇
大きな雷門が目の前にででん! とある。
浅草といえばこの雷門の提灯だ。
俺はこの雷門の前で唄ったり踊ったりするミュージシャンのMVを沢山見てきた。
でもこうして実際に来てみたら、人が多くてかなり狭く感じる。提灯はやたらとでかいけど……
「チョットイイデスカ? カメラ OK」
「あ、撮りましょうかー?」
「ノーノー、カワイイコ オネガイシマス」
「oh! ペラペラペラ……」
りさちん先生が、男2人組の外人と何かペラペラ話してる。
ちくしょう! 俺、アメリカ弁は話せないから何言ってるか分かんねーよ……。
『うふん♪ ちょっとそこの2人、わたくしとホテルに行かない?』
『ノー! アナタ臭イデース! 加齢臭スゴイ!』
『Oops! ブラザー! コノ人クサイヨー! ギブミー ●ァブリース!』
とか言ってるのかな……?
「あ、るーちゃん! この外人さん達と一緒にと写真とってあげてよ」
「は?」
「ほらほら、突っ立ってたら他の人の迷惑になるよ?」
「ちょっ!? いきなり何さ!?」
他の人の迷惑って、その前に俺がりさちん先生に迷惑してるんだけど……。
てか、りさちん先生まで「るーちゃん」て何事だよ!?
………
……
…
「アリガトゴザイマース!」
「ぐっばーい」
ふん。
外人共がすっごい笑顔でニコニコ接してくるから、思わずこっちも満面の作り笑顔で対抗してやったぜ!
アメリカ弁はさっぱり分からないけど、世界に誇る日本人の愛想笑いテクがハンパじゃない事を彼奴ら見せつけてやろうと思って、ついノリでさ……。
──ねね、あそこにいる子、ちっちゃくて可愛い!
──おい、今の子すげぇ可愛い子いたぞ?
──わたしゃあの煙が苦手でねぇ。でもおじいさんったら煙ばかり食べて……。
──お前ロリコンだったのかよ! あ、でもマジで可愛いな!
──よっしゃー写メゲッツ! 奇跡の1枚キタコレ!
──あ゛あ゛~ かわええんじゃぁ~ 幼女はええのぅ!
「じゃ、行こうか? るーちゃん。手離しちゃダメだからね」
「う、うん」
「携帯の電源ついてる?」
「ううん……」
「じゃあ、つけておいてね?」
「う、うん……」
久々に携帯の電源をonにして雷門を通り抜ける。
そして浅草寺へ続く仲見世通りを、りさちん先生の腕にしがみつきながら歩く。
すれ違いざまに観光客が俺の方をチラチラと二度見三度見してくる気がするけど、たぶん気のせいだよな……。
いやいや落ち着け。
こんな目立つ格好なんかしてるから、変に自意識過剰になってるだけなんだって!
それに観光地だから人通り多いのは当然だし、いちいち気にしてたらキリがね―よ。
辺りを見渡す。
身体の芯まで冷え込むこの日、行き交う人々の服装は浅草寺という場所柄もあってか、ファッション性よりも防寒を重視した人が多い。
アウターの大半は地味な黒やグレーなどのモノクロカラーのコート姿が目立つ。
そんな中、やはり俺のファッションはかなり浮いていた。
これじゃまるで葬儀に純白のウェディングドレスを着ているようなものだ。
下を向けば膝丸出しの短いスカートが見える。黒のタイツを履いているとはいえ、この恰好はこの上なく寒い。こんなの着ているのは俺ぐらいだ。
しかも上着はロングコートじゃなくて黒のポンチョ だから下半身が寒いし、それになんか見た目的に攻撃魔法とか使えそうだし。
「るーちゃん、欲しいものがあったら言いなよ? 今日は私のオゴリだから」
「だから、先生までその呼び方何なの?」
「だってその恰好じゃ『くん』付けは似合わないでしょ?」
「なんだよ、そんなの別にいいのに……」
「まぁまぁまぁ、欲しいもの買ってあげるからさ」
「先生、なんでもいいの?」
「ええ、遠慮しなくていいからね」
「じゃあさ、俺、今すっごい欲しいものがあるんだけど……」
「ん? なになに?」
「国家権力」
「あーのーねー! 却下だよ却下! お金で買えるものね」
「ちぇっ。じゃあ雷おこしでいいや」
「そうね、この辺りのお土産屋さんで売ってそうだから見てみようか?」
「うん」
りさちん先生の腕にしがみついたまま小さな土産物屋を覗く。
その店には雷おこしの他にも、多く種類のお土産がところ狭しと並べられていた。
「るーちゃん、雷おこしはそこの2000円のでいい?」
「あーダメダメ。先生わかってないなぁ、お金の桁が全然足りない。2000万円くらいは欲しい」
「何でよ?」
「雷おこしと言えば、二重底の箱に賄賂用の小判を敷き詰めるのが基本でしょ? それを有力な政治家に山吹色のお菓子でございますって渡して、それで『儂は山吹色のお菓子が大好きでな』ってなってトントン拍子に……」
「あーはいはい却下ね。るーちゃんは変なテレビ見すぎ。 あーすいませーん、そこのかみなりおこしくださーい! …………ほら、るーちゃんのおやつも買ったからもう行くよ?」
「お、おやつ……」
こうして俺の政界進出の夢はあっけなく終わった。
◇ ◇ ◇
う……。また凶だ。
俺の手には、またもや凶と書かれたおみくじが。
浅草寺のお参りを済ませ、りさちん先生に強引に連れられて仕方なくおみくじを引いた結果がこれだ。
京都でおみくじを引いたときも凶だったけど、やはり俺の運のパラメーターはかなり低いらしい……。
「るーちゃん、どうだった?」
「また凶だよ」
「また?」
「うん、修学旅行でも凶引いたから」
「あらあら、可哀想に」
俺は財布から京都で引いたおみくじを取り出してりさちん先生に見せた。
「ほらこれ、京都の平安神宮で引いたやつ」
「あら本当だ。でもほら、先生も凶だよ。こりゃ帰りは一緒に交通事故だねー」
「じ、冗談じゃねーぞ!?」
「まぁまぁまぁまぁ、浅草寺のおみくじは凶が多いって言うでしょ? それに凶はそれ以上落ちることもないから何かを始めるにはいいって言うし」
「はぁ……。物は言いようだね」
「そうそう、この世は全て気の持ちよう、ってね」
先生ポジティブだなぁ。
でも実際、俺はゼロからのスタートを選んだもんな。そう考えた方がいいかも知れない。
『凶のみお結び下さい。それ以外はお持ち帰りください。』
おみくじがたくさん結び付けられてる柵にそう書かれていたので、俺とりさちん先生はそこにおみくじを結び付けた。ついでに京都で引いた凶のくじも結び付けた。
やっぱり凶のクジなんて持ち歩くものじゃないな。
でもこれでようやく凶のくじとはおさらばだ。明日ここにカチカチの凍り豆腐が降ってきても俺のせいじゃないからな。
………
……
…
おみくじを引いた後、特に目的もなく浅草寺の境内をぶらぶらと歩き回った。
ああ違った。今日は外で歩くこと自体が目的だから『目的もなく』というのは間違いか。
りさちん先生的には、近所を歩こうが観光地を歩こうが獣道を歩こうが、今にも崩れ落ちそうな老朽化した橋の上を渡ろうが、《外出歩行》の大義名分は通るわけだ。……たぶん。
まぁそれはともかくとして、歩き疲れた俺達は境内の木製ベンチが多数設置されている場所に並んで座る。
俺も久しぶりに歩きまわってかなり疲れたけど、それ以上にりさちん先生の方がしんどそうに見えた。
この疲れ具合の差はきっと歳の差だ。
ああ、若いって素晴らしい。
「疲れたわね、るーちゃん。平気?」
「うん。それより、りさちん先生は気分転換になった?」
「まぁまぁかなー。でもさすがに疲れたわよ。リアル観光地なんて何年ぶりかなぁー」
「リアル?」
「ああ、ゲームの中じゃ世界各地を飛び回ってるからねーわたくし」
「あ、そう」
この人にゲーム世界の話をさせると現実世界が消滅するので冷たくあしらう。
「ところでるーちゃん、お手洗いは平気?」
「さっき行ったばかりだから全然平気だけど?」
「じゃあ、りさちん先生はちょっとお花摘みに行ってくるからさ、るーちゃんここで待っててくれない?」
「うん」
りさちん先生はトイレに向かって歩いて行った。俺はその後ろ姿をじっと見つめる。
先生がトイレに入ると、入れ違いで男子トイレから金髪に染めた若い男が出てきた。
どこかで見た事がある顔だよな……。
あ……!
切れ長の目に見慣れた顔つき、そしてあの歩き方。
『どこかで見たことがある』なんてレベルじゃないだろ!?
間違いない。
髪こそ派手に染めているが、それは確実に佑馬の姿だった。
■人物紹介■(2016年3月16日追記)
宮川 瑠伊(2)
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市立夕凪台中学3年6組。帰宅部。学業成績は中の下。
身長:157cm→146cm 体重:44kg→36kg
誕生日:12月24日
性転換後の瑠伊。『性転換症(仮称)』を克服した唯一の男性患者。
髪をバッサリ切っても翌日にはすぐに伸びてしまう事以外は完全に普通の女性へと化してしまった。
男だった頃の面影はもはやなく、身長体重ともに大きく減り、歯は顔の変化の際に抜け替わって声は透き通るようなソプラノボイスへと化した。
外見は完全に別人状態ではあるが、中身は生意気な男子中学生のまま。
作中のイラストはZock様より頂きました。ありがとうございます!




