表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月桂樹の唄  作者: 松山 京平
転変編
42/73

42頁 想い、そして変わる世界

 翌日早朝、りさちん先生に連れられて俺は地上5階にある小さな個室へとやってきた。

 部屋の扉を開けると、窓際には大きなクリスマスリースが飾られていた。

 モミの枝葉を模した円形のクリスリマスリースには、色とりどりの花や実やリボン、それから雪に見立てた綿(わた)や、金色に輝くベル等が飾り付けられてる。

 それとは別に部屋の隅にも、同じくキラキラと輝くオーナメントが飾り付けられたクリスマスツリーが置かれている。


 そっか、もうすぐクリスマスか……。


「瑠伊くんどうかな? なかなか素敵な部屋でしょう?」

「うん……」


 後ろからドヤ()でりさちん先生が言う。

 でもりさちん先生が自慢したがるのも分かる。

 この部屋は病室というよりホテルみたいだ。こんな部屋を見せつけられると、今までいた地下の部屋がゾンビ映画に出てくる血まみれの病室みたいに思えてくる。


「あれっ? 意外と驚かないねー?」

「いや、あのさ、病院の個室ってすっごい高いんでしょ? 父さんの安月給で大丈夫なの?」

「あぁそっちの話か。それは患者さんの方から個室を希望した場合のパターンね。瑠伊くんの場合はこっち側(・・・・)の都合でこの部屋に連れてきたから大丈夫。別に特別料金なんて取らないから心配しなくていいよ。でも他所(よそ)様の病院だとどういう扱いになるか分かんないから、また入院する事になったら注意してね」

「うん……」

「ちなみにここだけの話、これは所長の気遣いだからね。これ、秘密事項だから他言無用ね」



 俺は窓に近づくと、外の景色をじっと眺める。

 窓の外に映る景色はねずみ色に染まった冬の都会。ずっと地下室生活していた俺から見ても、外の世界はとても色あせて見えた。



「あ、なになに? もしかして一般病棟の方がよかったのかな? 瑠伊くんと同じぐらいの年のカッコいい男の子がいる部屋とか」

「や、やだよ。せっかくスキャンダルで入院した政治家みたいな贅沢が味わえるのにさ」

「あっはははは! 瑠伊くんって外見はすっごい可愛らしいのに言う事は最低だねー」

「う、うるさいな。だいたいさ、なんで俺が野郎と同じ部屋になんなきゃいけねーんだよ」

「そっかそっか、つまんないなぁー」


 そんな会話を交わしつつ、りさちん先生はいつものようにタブレットを片手に俺の体調を1つ1つチェックしていく。その間俺は、りさちん先生の平坦な胸をじっと見つめていた。


「瑠伊くんさ、わたくしの胸ばかり見てるけど、これから瑠伊くんも見られる側になるんだからね注意しなよ?」

「げっ……」


 ガン見してたのがモロにバレてたみたいだ。でもそうか……。

 男だったからよくわかるけど、つい自然と胸とか尻とか見てしまうんだよな。いわゆる本能ってやつ?


「まーいいけどね。女は見られて美しくなるって言うでしょ? あ、瑠伊くんにガン見されるって事はわたくし、まだまだイケるんじゃないかな? どうよ?」


 いや、りさちん先生はもう手遅れだと思います。……たぶん。



………

……



 りさちん先生による朝の定期健診が終わり、部屋の使い方の説明が終わると、不愛想な中年の看護師さんが朝食を運んできた。

 そして折り畳みの机の広げてその上に朝食を置くと、りさちん先生と何か難しそうな話しをしながら二人とも部屋から出て行った。

 

 個室に誰も居なくなると俺は久しぶりに携帯の電源を入れる。

 ごはんや味噌汁、目玉焼きなど、朝の定番ぽい食べ物を口に入れながらメールをチェックすると、今まで見たこと無い件数のメールが届いていた。俺は食事をしながら、だらだらとメールを読む。


 学校を早退した日から翌日の午前中までの間に送られてきたメールは、俺がメールの返信を返せなかったせいか、物騒な内容も多かった。

 最初はいつもの男どもからの雑談メールだったけど、いつまで経っても俺の返信が返ってこなかったせいか「無視すんなカス」といった少しイラついた文面へと変化し、やがて俺を例の盗撮犯と決めつけるような脅迫めいたメールまで届くようになった。

 また「今井とのデートは楽しかったか?」といった予想通りの下品な妄想交じりのメールも何件か届いていた。

 だが、入院して翌日の午後以降に送られたメールは、それまでの冗談や疑念や罵倒混じりだった文面から一転して、心配と励ましと謝罪の言葉が(つづ)られていた。


 これらのメールの時系列から当時の様子を考えると、俺が黒田に呼び出されたのは佑馬の盗撮と関係あるからだろうという憶測が広がり、そして早退したと分かると今度は今井と宜しくやっているという根も葉もない噂。

 そして翌日の下校前のホームルームになって初めて、俺が緊急入院した事を担任の黒田がみんなに報告したらしい。



 俺は引き続きメールを読み進める。


『前略。宮川君が入院したと聞き大変驚きました。聞くところによると大変な病気とのことで、とても心配しています。今は学校の事など気にせず治療に専念してください。そしてまた一日も早く、元気に登校する宮川君とお会いできる事を心待ちにしています。いずれ機会があればお見舞いにもお伺いしたいと思います。早々。 11月XX日 今井怜奈』


 今井か。相変わらず堅いよな……。

 メール送ってもらってから1か月は経ってるよな。返信するにしても、今さらなんて書けばいいんだろう?

 てか、これってよくわかんないけど、ただの社交辞令ぽい感じがする。テンプレとかあるのかな? それともやっぱ今井ってこういうメールは書き慣れてるのかな……? 



『宮川君、調子はいかがですか? 入院したと聞いて、その日から私は毎日貴方の事をとても心配しています。やはり月曜日に無理して登校してきたのは修学旅行のグループ課題を提出するためなんでしょう? もしそうだとしたら筋金入りの馬鹿じゃないかしらって思う。あ、ごめんなさい。そんな事を伝えたかったわけじゃないの。とにかく1日でも早く元気になってね。まだまだ話したい事や聞きたい事とかいっぱいあるから……(─後略─)』


 洋子ちゃん、ずっと心配してくれてたのか……。

 学校での態度はアレだけど、文面からは生真面目さが伝ってくる。

 でもなんか複雑だな。今の俺の姿を見て洋子ちゃんどう思うかな?

 軽蔑するような子じゃないとは思うけど……不安だよ。



『ホームルームで宮川君が入院ていた事を知りました。修学旅行のときからずっと無理してたんだよね? 気付けなくてごめんなさい。先生は宮川君がどんな病気で、どこに入院しているのかさえ教えてくれませんでした。みんなもお見舞いに行きたいと言ってました。だけど誰も場所を知らなくて……。昨日洋子ちゃんと2人で宮川君の家に行きました。残念ながら留守だったので授業のプリントは渡せませんでした。また明日渡しに行きます』


 北条からのメールだ。

 それにしても『気付けなくてごめんなさい』か……。別に謝る必要ないのにな。

 むしろあの時の俺は「気付かれてたまるかっ!」って感じだったし。


 メールを読み進めると、北条からはその後も毎日のようにメールが来ていた……。



『(─前略─)……宮川君、体育祭のときも無理してたよね? スウェーデンリレーのとき、宮川君がすごいやる気なさそうだったのを今でも覚えています。だけどフラフラになるまで走った宮川君を見て、わたしはもっともっとがんばらなきゃって思いました。それからリレーの後、男子にからかわれたときに宮川君が怒ってくれてとても嬉しかった……(─後略─)』


『(─前略─)……夜遅くに宮川君の家に行ってきました。玄関で宮川君のお母様とお会いしたとき、お母様はなぜか泣いていました。宮川君の身に何かあったのでしょうか? とにかく学校のプリントは渡せたけど、わたしおばさんからは何も聞けなくて……。宮川君は今どうしてるのでしょうか? とても心配です。メールの返信待っています』


『(─前略─)……神様は意地悪だと思います。どうして瑠伊くんみたいないい人が何で病気にならないといけないの? って思います。佐田君みたいな悪い人が病気になればよかったのに……(─後略─)』


『(─前略─)……もうすぐ期末テストです。わたしの進路は(セント)フローラに決めました。合格できる自信なんて全然ないけど、毎日勉強の日々です。宮川君は進路決まりましたか? 別々の高校になっても電車で一緒に登校したりできたらいいなって……(─後略─)』


『(─前略─)……テストが午前中で終わったので、近くの病院に宮川君が入院しているか聞いてきました。だけど宮川君はいませんでした。クラスのみんなにも宮川君の情報は何一つ入って来ていません。手紙も書いたけど宮川君のお母様は渡せないからと言って受け取ってくれませんでした。渡せないってどういう事ですか? もしかして宮川君は入院していないという事ですか?……(─後略─)』


『(─前略─)……宮川君は本当はどこの病院にいるの? みんな毎日心配しています。それとも実は病気なんかウソでどこか遠くへ家出でもしたの? どうして返信してくれないの? このままお別れなんて事はないよね? きっとまたイジワルしてるだけだよね?(─後略─)』


『(─前略─)……ごめんなさい。宮川君は私の事が嫌いで、本当は怒ってるんだよね? 中学一年のとき、宮川君が他の女の子に告白してから、わたしも他の女子と一緒に宮川君の事を避けてたから……。当時の私の同級生が宮川君の事が好きで、みんなその子の事が可哀想だって言うからわたしも……。でもイジワルした男子が宮川君だって知ったのは昨日のことでした。だからわたし、宮川君に無視されても仕方がないよね……(─後略─)』


『やっぱり宮川君はこのメール見てないのかな? 会ってきちんとあの時の事を謝りたいのに……。どこにいますか? どうすれば許してくれますか? 脱げば許してくれますか? それとももう……死んでしまったのですか? 一度だけでもいいから会いたいです……(─後略─)』


『神様助けてください。宮川君を助けてください。誰も宮川君の事が分からないなんて絶対おかしいよ。悪い人に捕まったの? 生きているの? 私がもっと早くに気づいて助けてあげる事ができたら、宮川君は死なずにすんだの? このままお別れなんて絶対に嫌です……(─後略─)』


 な、な、なんだこれは……。

 北条のヤツ、文面がどんどん病んできてる気がするんだけど、だ、大丈夫なのか?

 心配になった俺はすぐに返信ボタンを押そうとしたが、りさちん先生の言葉が頭に(よぎ)ると指先が止まった。



  ──必ず誰かが瑠伊くんの性転換についてネットで拡散すると思うのですよ。

  ──瑠伊くんは日本中から好奇の目で見られることになるかもしれないです。

  ──そういう事も覚悟しておかなくてはなりませんねー



 洋子ちゃんには俺の身体が普通の男じゃない事がバレている。

 原田の方は俺が元から女だったと勘違いしてる(ふし)がある……。まぁこれは俺の印象でしかないから実際はどうかわかんないけどさ。

 だけど、他にもたくさん届いたメールを読む限りだと、2人は俺の秘密を誰にも話していないみたいだ。


 ど、どうすればいい?


 怖いよ……。

 今までの俺だと、ためらう事なくメールを返信していたはずなのに。

 どうしても返信ボタンが押せない……。


 そ、そうだ。佑馬はどうしてるんだ?


 佑馬に相談しようと思い、メールのリストをもう一度見直すものの、修学旅行以降、佑馬からの電話やメールも1件も来ていなかった……。



ん……? これって……。

藤倉からメール来てたんだ。



『宮川君へ。

 3年6組の藤倉あゆみです。

 直接話すつもりだったけど、宮川君が入院してから1か月も戻ってこないのでメールする事にしました。

 話したかった事は佐田についてです。

 もう知っているかもしれないけど、例の盗撮の件の犯人は佐田です。

 佐田は去年から女子の着替えを盗撮していたらしく、さらには盗撮写真をネタに、気の弱い大人しそうな女子を次々と脅迫していました。

 私がホームルームで騒ぎとなった黄色いボールペン型の盗撮カメラを見つけたのは修学旅行1日目のお風呂の時間のことでした。

 同じクラスの永田さんが脱衣所で不自然にボールペンを置いたのを偶然私が見つけて、こっそり持ち帰りました。

 そして夜になって永田さんにボールペンの事を問い詰めると、佐田の名前が出てきました。

 永田さんは佐田に脅されて盗撮に協力しようとしたみたい。私に話してくれたとき、永田さんは辛そうに泣いていました。

 2日目の夜に稲荷大社で宮川君と会う前、私は同じ場所で佐田に呼び出され告白されました。

 だけど私はボールペンの事を佐田にきつく問い詰めると、佐田は観念して全て吐きました。

 あの時、佐田にあやうく乱暴されそうになったのだけど、偶然宮川くんがやってくるのが見えて佐田は逃げ去りました。

 あの夜、佐田の話を聞いて色々なことを知ったけど、私が許せなかったのは佐田が宮川君が犯人になるように小細工を仕掛けていた事でした。

 佐田は盗撮カメラに、宮川君の座席から盗撮した画像を仕込んだと事まで白状しました。

 修学旅行明けにこの事を宮川君に話したかったけど、宮川君はすぐにと入院してしまってずっと伝えられずにいました。

 みんなにも宮川君からの返信が1件も来てないみたいなので、きっと宮川君は意識が無いほど重い病気なのだろうと思いました。だから盗撮の一件についてメールで残す事にしました。

 ちなみに佐田は今も登校拒否をしています。

 犯人が誰かについては一部の関係者以外には公表されていません。

 だからもしも宮川君が盗撮犯だというメールが来ているようなら、それは明らかに出処不明のうわさ話によるものだから気にしないでください。

 ちなみに、私はそういう根も葉もないデマは大嫌いなので「宮川だったら盗撮なんかセコイ真似せず堂々と覗くはずだ」って東大寺のときの宮川君の不審な行動を例に挙げてみんなに誤解を解いておきました。

 はやく元気になって、また学校で会える日を楽しみにしています』



 佑馬のやつ、馬鹿な事しやがって……。何やってんだよっ!

 おまえなら盗撮なんかしなくても、普通にしてりゃ彼女の1人や2人ぐらい作れそうなのにさ、本当、大馬鹿野郎だよ……。


 藤倉のメールをそのまま信じるなら、俺は佑馬によって盗撮犯に仕立て上げられていた。

 だけど不思議と佑馬には怒りが沸いてこなかった。むしろ北条じゃないけど、佑馬が盗聴や盗撮に傾倒する事を注意できなかった自分が、なんだかとても情けなく思えた……。



………

……



 藤倉のメールを最後に、俺はメールを読むのが嫌になって携帯の電源を切ってしまった。

 みんなが心配してくれるのはとても嬉しい。

 だけどさ……。


 電源の切れた携帯を覗くと、完全に別人になったロングヘアーの美少女の顔が映る。


 その顔を見て俺は、今まで通り普通に学校に通うなんて、とてもじゃないけど無理だと思った。

 今の自分の姿が、かつての宮川瑠伊ではないから……。

 どうすればいいか、どう振舞えばいいか、もう全然分からないんだ……。




   ◇   ◇   ◇




 翌日の午後、母さんが担任の黒田を連れ病室へとやってきた。

 俺はそんな事は全く知らされてなくて、「ヘイ! ミスター・宮川?」という胡散臭いイングリッシュを聞いた瞬間、ベッドの布団に潜り込んでしまった。


「るーちゃん、ほら、先生が来てくれたわよ?」


 うるせーばか!

 何いきなり教師呼び込んでんだよ!? てか他人の前でその呼び方やめろよ!


「あー大丈夫ですからお母さん。……宮川、別に姿を見せたくないならそのままでもいいからな。午前中に医師の先生と宮川のお母さんから大体の話は聞いたよ」


 俺は布団の中で丸くなって気配を殺しつづける。

 ベッドの横にある長椅子にドシリと座る音が聞こえた。おそらく黒田だろう。


「学校の生徒達にも他の先生方にも、君が入院したという事以外は何も話していない。君がどんな病気で、どこに入院しているのか、他には誰も知らない」

「ね? るーちゃん、大丈夫だから出てきて?」

「いやいや、お母さん無理強いは良くありません。このままで結構ですから」

「あ、はい」

「入院中大変だったみたいだね。なんでも致死の病から奇跡の復活を遂げたとか。その代わり、君自身の姿はまるで別人のようになってしまった……って聞いたよ」

「……」

「そして君は今、その性別と容姿ことで苦しんでいるともね。私も1人の人間として、とても心が痛む思いだよ」


 それからしばらく沈黙が続いた。

 俺は布団の中で息苦しいのを我慢しつつも、顔を見せる気にはなれなかった。


「そうやって先生にも顔を見せられない君だ。その様子じゃ、まだ学校には来れそうにないんだろうね。ただね、君が高校に進学する気が少しでもあるのなら、進路だけ今すぐにでも決めないといけない。もう願書の提出まで1か月もない」


 高校か……。

 正直、こんな姿になってしまったら、もう行きたくないのが本音だ。

 もしも高校初日に、女子の制服着て通学する俺に誰かが気付いて、中学の頃は男でしたなんて言いふらされてもみろよ。とてもじゃないけど3年も通える自信なんてないよ……。

 だからといって中卒のままで母さんに心配かけるのも悪いし……。


「そうやって布団の中でいつまでも隠れていようが、時間は決して待ってはくれないよ、ミス(・・)・宮川。辛いだろうけど、その事だけは頭に入れておいて欲しい」


 そうだよな……。黒田の言う通りだ。

 いつか決めなきゃいけない……。

 いや、いつかじゃなく、今すぐにでも将来の事を考えないといけない。きっと、今決めようが来年決めようが、答えはそう大して変わらないと思う。

 そう思った俺は、静かに布団から這い出ると、横にある長椅子に座っている黒田を見た。

 およそ1か月ぶりに見た黒田の顔は、修学旅行に見たときよりもやつれて見えた。


「宮川君かい?」

「はい……。宮川、るい……です」


 変わり果てたソプラノボイスで答える。声が震えた。

 黒田は俺の顔を、まるで間違い探しでもするかのようにじろじろと見た。


「見た目も声もまるで別人だ。学校にいた頃のミスター・宮川と同じ人物とはとても思えない」

「ほ、本物だからな、ファ○キン・ティーチャー黒田」

「ああ、その薄汚い英語を使う生徒はミスター・宮川しかいない。ということはやはり君は……宮川瑠伊君か?」

「う、うん……」


 黒田は出来の悪い生徒を懐かしんだのか、ふふっと笑った。


「先生、母さん。俺さ、高校受験は絶対するから。どこに行くかはまだ決めてないけどさ……」

「本当? るーちゃん?」

「うん、今決めた。でも、やっぱりみんなの知ってる宮川瑠伊はもうどこにも居ないって事にしたいんだ……。そうでもしないとこれから先、俺、とてもやって行けないよ」

「るーちゃん……」


 何もかも投げ出して逃げるようで、本当に、本当に情けないけど、俺は変わり果てた自分自身を肯定できないでいる。

 だからいっその事、ゲームみたいに全部リセットして、一から別人として人生を歩みたいと思った。


「そうか……。君はそれで本当にいいのか?」


 別人になるという事は、今まで俺と親しかった奴らとお別れしなくてはいけないという事だ。

 街で偶然再会しても他人のフリをしなくてはいけないし、同窓会なんて行けやしない。

 今までの人生を全否定することのなるのだから、当然昔話もできない。

 でも……。


「うん……決めた」

「そうか……。わかった、先生も最善を尽くそう」



 それから黒田は学校の事や受験の話をすると、ほどなく帰って行った


 これでみんなともお別れだ……。

 たった数年程度の付き合いしか無い奴らばかりなんだ、俺の事なんてすぐに忘れるって……。


 だから、もういいだろ?

 昔の俺はもう世界の何処にもいないのだから、これぐらいの不義理は許してくれよ……。





 俺はまた、ベッドの上で独り泣いた……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ