表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月桂樹の唄  作者: 松山 京平
転変編
41/73

41頁 あいつはもう居ないんだ

 身体が女性化してからおよそ1か月の間、俺の頭部収縮は少しずつ進行続けた。

 最初の異常は、俺の身体が完全に女性化した次の日の事だった……。


 以前から俺の歯は何本か抜けていたが、身体が女性化したのをきっかけに次々と歯が抜け落ちていった。

 そして数日後、俺はわずか14歳にして全ての歯を失ってしまった……。


 歯が無くなってしまった事により、俺は普通に言葉を話すことができなくなった。

 でも入れ歯とか、インプラント? とかいうので新しい歯を作ってくれるから大丈夫だろうと思ったけど、りさちん先生の判断でそういった義歯の(たぐい)の作製は当面見送られる事となった……。

 見送られた主な理由は、頭部の収縮が確認されたためだった。

 性転換症による頭部の収縮は過去に例がなく、今後どうなるか全く予測がつかないので、今のタイミングで異物を装着するのは危険であるのと、あと単純に骨格のサイズが変わると、せっかく作った義歯もすぐに使い物にならなくなるとの判断からだった。


 結局、その日から俺の食事は毎日味気ないゼリー状の栄養材を吸うだけとなった。

 その代わり、噛まなくても摂取できるスープ類などのバリエーションがやたらと増えた。


 言葉がまともに話せなくなった俺を気遣ってか、先生はデパートでスケッチブックとペンを沢山買ってきてくれた。以後俺は、スケッチブックを用いて先生や親とやり取りするようになった。


 とにかく退屈な日々を紛らわせるため、ときどきスケッチブックに「平坦」とか「ちっぱい」とか書いてりさちん先生に見せた事もあった。

 スケッチブックを見た先生は「死にたいか?」という、怨念がこもった文字を書き加えて俺に突き返してきたり、あるいは巨乳のイラスト書いて自分の胸に当てて、ドヤ顔で俺に見せつけたり、さらにその豊満な胸のラクガキを上下に揺らしてぷるんぷるん揺れる仕草をしたりと、どんどん現実から逃避して壊れていくりさちん先生が見れてちょっと面白かった。

 でも、そんな女を捨てたような反応ばかりするりさちん先生の姿を見て、俺はだんだん悲しくなってきた……。




   ◇   ◇   ◇




 その後も頭部の収縮はじわじわと続き、俺の病状は治まるどころか、日に日に悪化の一途を辿(たど)っていった。


 全ての歯が抜けた翌日、今度は声帯の調子ががおかしくなった……。


 最初は風邪を引いたみたいに(のど)がガラガラする程度だった。

 だが喉の調子はどんどんおかしくなって、わずか数日で、俺の声はあっという間に女性特有の透き通ったソプラノボイスへと変化してしまった……。


 急激な声の変化に不安になった俺は、『もしかしたら俺は声帯を切除しないといけないのかな?』ってスケッチブックに書いて、りさちん先生に見せた。

 すると先生は「声帯切除は女声になるよりもずっと辛いよ?」と返すと、声帯を切除するとどうなるか、真剣に教えてくれた。

 俺は当初、声帯を切除するとドラマに出てくるような悲劇のヒロインみたいに、無口になるだけだと思っていた。

 だけど現実は、そんなキラキラしたファンタジックでロマンスティックなイメージとは程遠くて、声帯を切除した人のその後の人生はとても過酷なのだと先生は語った。


 声帯を切除するという事は、首に呼吸の穴を作るのと同じだ。

 つまり一度声帯を切除してしまうと、鼻や口から息ができなくなる。できなくなるというより息をする必要がなくなる。

 その代わりに、元々声帯があった喉に開けた穴、つまり首の真っ正面の穴から呼吸して生きなくてはならない。

 吸った空気が鼻を通過しなくなるので、日常生活では匂いを()ぐ力も衰える。

 口から息を吹きつけて熱い食べ物を冷ますこともできなくなる。

 さらには、喉に開けた穴からホコリなどの異物が入らないよう常に細心の注意をしないといけないし、入浴時には喉の穴から水が入らないようにしないといけない。

 外見的にも喉に開けた穴はかなり目立つし、見た目も正直かなり良くないので、声帯を切除した人はチョーカーやマフラーなどで喉を隠している事が多い。

 当然ながら声も出せない。

 困った事があっても誰かに助けを求めるのも一筋縄ではいかなくなるし、当然ながら唄う事も叫ぶこともできない。

 そんな生活が生涯続くことになる……。

 だから、とある有名ミュージシャンは、命よりも大切な声を失う事を恐れて(がん)で亡くなり、またあるミュージシャンは、声帯を切除してでも愛する家族の為に生きることを選んだという話もある。


 女声になって困惑していた俺は、先生からその話を聞いてからは、慣れない声に悲観するのをやめた。

 それどころか、むしろ感謝さえした。

 だって、この女性の身体にぴったり合った、素敵な声になれたのだから……。


 それから俺は、病室でハミングで歌を唄う事が多くなった。

 もし歯が抜けずに残っていたら、歌詞も添えてきちんと歌えたのだけど、そんなのは頭部収縮が治まって骨格が安定したあと、義歯ができてからでもいいと思った。


 でもなんだか女性化して初めて楽しみができた。

 早くこの声で歌詞を乗せて唄いたい。

 歌詞の無い唄のままじゃ想いが唄に乗らないし、どこか寂しいと思ったから……。


 とにかく入院中は時間だけはあったので、生まれ変わったこの声がいったいどれぐらいの音域まで出せるのか色々試しもした。

 中二の冬頃に変性期を終えた俺は、もう高音域なんて出せなくなったと思っていたけど、一度試しに高いキーの歌を唄ってみたら、これがまたごく自然に、とても綺麗に唄えてしまったので、思わず感動してしまった。

 なんか気持ちの悪いナルシストだとか思われそうだけど、俺は自分の声にすっかり魅了されしまった。




   ◇   ◇   ◇




 やがて11月も終わり、12月が始まった。

 もう半月以上もの間、地下生活が続いている。

 女性化した身体にも少しずつ慣れてきたし自分の裸も見慣れた。トイレや風呂に行くたびに馬鹿みたいにドキドキする事もなくなった。


 世の中で一番強い生物は、最強の生物ではなく変化に対応できる生物だって、昔なんかで読んだことがあるけど、こうして身体の変化に慣れた自分がなんだか悲しいというか怖いというか……。


 でもさすがに『アレ』はまだ1度もやった事ないんだよな……。

 男が『女になったら真っ先にやってみたい事』第1位のアレだけど、実際女になってみると怖いというか、踏ん切りがつかないんだよな。


 まぁそれはともかく、問題は依然として首から上だ。


 エレファントが完全消失した後も、ずっと頭部収縮は続いている。

 頭の中がギュギュッと締め付けられるような、慢性的に続く鈍痛に苦しみ続ける日々。

 あまりの痛みでまともに眠れなかったこともある。


 そして、相変わらず朝起きると、枕はゲロみたいな汚物に(まみ)れ、切った髪は寝ている間にあっという間に伸びていた。

 髪は毎朝はさみでバッサリ切っていたけど、こうも毎日毎日すぐ伸びてしまうと、いい加減切るのも面倒になってきて、試しにずっと髪を切らずに放置してみたことがあった。

 すると意外にも、俺の髪は腰の辺りまでしか伸びなかった。

 放置すると際限なく伸びると思っていたから、これはちょっと予想外だった。

 だけどおかしな事に、修学旅行から帰って来た時とは違って、前髪は殆ど伸びなかった……。


 毎朝汚れた頭を洗うために風呂に入るのだけど、やはりと言うべきか、身体のときと同じように、顔や頭から気味の悪い垢が大量に出続けた。

 時には垢が出過ぎて顔面が麻痺しかけた事もあった。


 そんな日々を繰り返すうちに、いつしか俺の顔はすっかり元の面影をなくしてしまって、今はもう完全に別人の顔へと変わってしまった……。


 脱衣所でドライヤー片手に鏡を見ながら長い髪を乾かしていると、メイク補正も照明補正も無いのに、俺の瞳や肌はキラキラに輝いていて、自分でいうのも何だけど、今ではもう半端じゃない程可愛くなってしまった。

 ただ、今のままじゃ歯がないから、口を開けるとすっごい間抜け面になるんだけどさ。


 身体の異変が起きたときにも思ったけど、俺の姿はまるで誰かの意志によって都合よく造り変えられているような気がするんだ。

 いや、本当よく分からないけど、そう考えるとすんなりと納得できるんだよな……。




   ◇   ◇   ◇




「これが、うちの(せがれ)……、いや、娘ですか?」


 12月も中旬に入る頃、年末で多忙だった父さんが久しぶりにお見舞いにやってきた。


「そうですよーお父様、今月になってやっと頭部収縮は治まりました。いやいやいや、本当苦労しましたよー。一時はどうなるかと心配で心配で……。実は身体収縮がなかなか止まらなくて、わたくしかなりガチ凹みしてましたから。ですけど昨日の検査の結果も脳や器官に異常は全く見られないみたいですし、このまま順調ならもう命に別状はないかと思いますよー」


「そ、そうですか……」


 なんだよ……。なんかあんまり喜んでない感じだな、父さん。

 父さんは俺と視線が合うと、照れくさそうにしてすぐに目線を逸らした。


 それから父さんは終始俺に対して余所余所しかった。

 確かに、俺の顔はまるで別人のように変わってしまったから戸惑うのも仕方がないって分かるけどさ、それじゃなんだか血のつながった実の子として見られていないみたいで、正直ちょっとショックだよ……。


 俺はスケッチブックに『父さんこっち見て』と書いて渡すと、父さんは数秒だけこっちを見つめると、またすぐに別の方へと視線を逸らしてしまった。


 なんだよ、その態度……。


「いや、すまんな瑠伊、でも、かなりヤバいぞお前の顔」


 ヤバいって何がヤバいんだよ……。はっきり言えよ父さん。

 オークみたいだとでも言いたいのか?

 いや……。本当は父さんの言いたい事は十分に分かるけどさ。


「あぁ、お父様照れてらっしゃるんですよねー。瑠伊くんすっごく可愛くなりましたから」

「ええ、その、恥ずかしながら。……あの、妻木(つまき)先生、もしかして息子は……、いえ、娘は整形手術でもしたのでしょうか?」

「いやいやいやいや、そんなの全くしてないですってば! 収縮で顔の(ゆが)みが酷かったら整形をする用意もありましたけど、その必要は全く無かったですよー」

「そ、そうですか……」

「ええ。それよりも瑠伊くんの今後ですけど、このままもうしばらく様子を見て、それから歯の治療をして、何も無ければ退院ってところでしょうか」

「退院……。本当ですか!?」

「ええ、このまま症状が悪化しなければですけどねー。でもびっくりですよね、致死率100%の病気だったはずなのに、こんなに綺麗になって退院だなんて……。本当、奇跡としか言いようがありませんよー。ですが……」

「ですが?」

「瑠伊くんに限らず、難病を患った患者さんの多くは、その後の日常生活がむしろ本番ともいえます」

「確かにそうですね……」

「性別の変更手続きはどうにかできますが、瑠伊くんは性別も声も容姿も変わってしまったので、学校の復帰や今後の進路については、引き続きわたくし達大人がしっかりとフォローしてあげないといけません」

「あ、ああそうですね」


 あ……。そっか。すっかり忘れてた。

 確かにここに運び込まれたときと違って、今の俺は顔も声も完全に別人だもんな。

 首から下はエレファントが消失したぐらいでそれほど大きな変化は無いけど、でも胸を隠して学校通ってたし、もう隠し続けるのも限界だったよな……。


 それにしても学校か……。

 仮にこのまますんなり退院できたとしても、2学期のうちに登校できるのかな?

 いやいや、そんな事よりもわずか1か月ちょっとの入院でクソ生意気な男子が突然美少女になって教室で戻ってきたら、それはもうきっと学年中大騒ぎになるだろうな。


 その辺については、入院中に何度も考えたっけ。

 でもやっぱり、はっきり言って気が滅入るよな……。


 だってさ、元男だからという理由で、胸とか掴んで来たりする馬鹿が絶対出てくるだろうし、それどころか「やらせろ」とガチで迫ってきて強姦まがいの事をされてもおかしくないと思うんだ。

 少なくとも俺が男の立場だったら絶対におっぱい触ってやろうと思うし、隙あらばスカートめくってどんなパンツ履いてるか見ようとするよ。

 普通の女子を相手にするのと違って、なんか元男だって分かると、何やっても許されそうな気がするもんな。


 とにかくだ。

 不幸にして学内で顔の広い俺の場合、他の女子達とは根本的に距離感が違う。

 男どもが軽く一線を超えて襲い掛かってくることだって容易に想像できる。

 ていうか 男のままでも股間擦りつけてくるガチホモ野郎がいたし、なんかもう怖すぎるってあの中学。

 まぁとにかくだ。

 そんな大惨事になる前に、どうにか女子を味方につけてボディーガードにでもしたいところだけど、元男だとなんか「キモい」とか「オカマ野郎」とか、あるいはそれよりもっともっと酷い事言われそうな気もするし……。


 いやいやいや、実は案外みんな受験でそれどころじゃないかもしれない。

 てか、今、学校はどうなってんだろう?

 佑馬(ゆうま)はあれからどうなったんだろう……。


 洋子ちゃんは変わり果てた俺の姿を見て、それでもあの時みたいに好きだと言ってくれるのかな? 


 北条は……どういう反応するんだろう。

 まだ俺の事を待つつもりでいるのかな?

 もう北条の頭にある『宮川瑠伊』はこの世に存在しないんだぜ?

 いくら待っても、世界中探しても、もう二度と会えないんだぜ?

 どうすんだよ……。


 他にも今井は? 藤倉は? 佐伯は? あるいは他の女子達は?

 窮地(きゅうち)に頼れそうなやつっているのか?


 ……わかんねーよ。


 それにやっぱり怖い……よな。

 特定の誰かが怖いんじゃない。

 何が起こるか全く予想が付かないのが怖いんだ。



 まいったな……。



「あのー、差し出がましいようですがわたくしの個人的な見解を申し上げますね」

「はい……」

「今の時代は誰でもネットで気軽に情報発信できますから、このまますぐに学校に復帰となると、必ず誰かが瑠伊くんの性転換についてネットで拡散すると思うのですよ。そしたら最悪、瑠伊くんは日本中から好奇の目で見られることになるかもしれないです。だからキツいようですけど、そういう事も覚悟しておかなくてはなりません」


 りさちん先生の声が耳に入った。


 げ……。じょ、冗談じゃねーぞ!

 身近な事ばかり考えていて、そのパターンは考えてなかった……。

 た、確かにこのまま学校に復帰すれば、バシバシ携帯で写真撮られて即ネットにアップされるのは予想できる。

 しかも転換前の姿もセットでアップなんかされたら、オカマ野郎のビフォーアフターが世界中に拡散されるって事に……オエェェェー!


 だいたい目の前にいる父さんですらこの有様だからな。

 自分で言うのもなんだが、こんなに美少女に変身するとなると、もう何が起こるか分かったもんじゃねーぞ。


 俺はすぐに『それは困る。絶対に嫌だ。むしろ無色透明になりたい、てか無職がいい』とスケッチブックに書きなぐって、父さんにビシッ! と突き付けた。


 父さんはそれを見ると、俺のおでこに軽くデコピンをした。


「まいったな……。息子は嫌だそうです」

「まぁそうでしょうねー。でも今すぐに結論を出す必要もないでしょうから、その事については時間をかけてじっくり考えもいいかもしれません」

「え、ええ……。そうですね」

「では一旦この話は保留という事で、まずは性別変更の手続きについてご説明いたしますので、瑠伊くんのお父様、別室のほうでご相談させていただきたいのですが……」

「わかりました」




   ◇   ◇   ◇




「確かにしっかり生えてるね」


 その言葉を聞いたとき、それがち○こだったらどれだけ良かっただろうかと思った……。



 父さんがお見舞いに来た翌日の朝。

 驚いたことに、俺の歯が完全復活していた。

 歯が生えてようやく普通に話せるようになった俺は、りさちん先生にその事を口頭で伝えると、いきなりパジャマ姿のまま地上2階の歯科研究室へと連れて行かれ、今こうして歯の検査をしてもらっているというわけだ。



  『国立超難病特殊医療研究センター』



 研究センターと言っても地上では普通の病院みたいな事もしているので、各分野の医師の先生も、普通に患者さんの医療に携わっている。

 ちなみに『超難病』の『超』とは、超常現象や超能力など、現代科学では解明不可能な怪奇的難病を意味しているとか。

 りさちん先生的には、『超』は超エリート級の先生方が揃ってるって意味らしいけど。


 それはともかく、俺は本日最初の患者として歯科医の先生に診てもらっている。

 俺の横には5つほど診療台が並んでいて、そこにはスーツ姿のサラリーマンの人や、チャラチャラした若者や、お年寄りなど、入院患者だけではなく外来の人達もいて、その光景を見ていると、なんかやっと外の世界に戻ってきたんだなって実感した。

 でも、自分だけはピンクのパジャマ姿なので、病院内とはいえ少し恥ずかしい……。


「確かにしっかり生えてるね」


 そう言いながら、中年のベテランっぽい歯科医師のおっさんが、俺の口の中にCCDカメラを突っ込んで入念にチェックする。

 備え付けられた液晶には、作り物みたいな真っ白な歯の拡大画像が映し出されて、歯科医のおっさんは「お手本のような綺麗な歯ですね」とも言い、俺と俺の側に付き添っているりさちん先生にも丁寧に説明してくれた。


 念のためレントゲンで歯の状態を確認したところ、俺の歯は完全に新しい歯として生え変わっている事が判った。そして一通りの診察が終わると、歯科医のおっさんは別れ際に


 「超研の患者さんには医学の常識が通用しないから困る」


という、謎の敗北宣言のような、何やらよく分からない本音っぽい事を言って、次の患者さんの診察を始めたのだった……。



 りさちん先生と一緒に診察室を出ると、狭い待合室には十数人ほどの人がいて、一斉に俺の方を見た気がした。

 それから何事もなかったかのようにうつむいたり、再びスマホを弄ったりしていた。

 だけど俺だけがスリッパにパジャマ姿だったせいか、その後もやたらと刺さるような視線を感じた気がした。



………

……



「体調は悪くなったりしていない?」


 地下に戻る途中、りさちん先生が訪ねた。


「平気かな、もう快調って感じだし」

「よしよし、歯も綺麗に生えて言葉もしっかり話せるようになってるよ。これならすぐにでも退院してもいいかも知れないねー」

「本当?」

「えぇ! ……って二つ返事で胸張って言いたいところなんだけどねー、そうね、あと1週間ぐらいはリハビリして様子を見させてもらえるかな?」

「えー!? なんで?」

「わたくしの術や地下の風水の力無しでも平気かどうか確認しないといけないから」

「なんだよそれ……さすがに過保護じゃね?」

「とは言うけどね、また身体収縮して痛い目に遭いたいの?」

「う……それはお断りだ」


 うーん……。

 やっぱり俺にはわかんないんだよなぁ。

 俺が入院してから、りさちん先生は毎日のように浄化術を施しているっていうんだけど、何の変化も感じられないし……。




   ◇   ◇   ◇




 午後になって、父さんと母さんが地下4階のいつもの病室にお見舞いにやって来た。


「母さんはともかく、父さん今日大丈夫なの? 会社は?」

「ああ、有給とったから平気だぞ?」

「るーちゃんよかったわねー! 話せるようになったんだねー! お口を見せて?」


 俺が面倒くさそうに口を開けると、母さんはマジマジと俺の口の中を覗いている。

 昨日は母さん来なかったけど、入院中は毎日のようにお見舞いに来ていたこともあってか、母さんはもう俺の些細な変化には驚かなくなっていた。


「瑠伊、昨日の話の続きなんだが、お前はどうしたい?」

「どうしたいって言われても……確か学校の話だよね?」

「ああ、そうだ」


 あれからも色々考えた。

 でも、今知りたいのは学校が今どうなってるかだった。

 盗撮の件もあるし、今井が会食とやらしたのもちょっと気になるけど、やはり俺の事がどれだけクラスに知れ渡っているかが一番気になった。

 だけど、ずっとこの地下4階で軟禁状態にあった俺は、外部との連絡を禁止されていて、みんなが今頃どうしているのか見当もつかない。


 外部と連絡が取れないのは、りさちん先生の浄化術は患者の精神変化によって効果が大きく効果が左右されるからという、とても胡散臭い理由が原因なんだけど……。

 りさちん先生は、本当は母さんの面会すら拒絶したいぐらいだって愚痴をこぼしてたっけ……。


「あのさ先生、携帯確認したらダメかな……。せめてメールの確認だけでもしたいな……」

「そうね。午前中、歯科に行っても瑠伊くんもう大丈夫そうだったし。そろそろ病室を地上に移しましょうか?」

「え? マジで?」

「ええ。そこでリハビリも兼ねて様子を見て、それで問題なかったら退院かな?」

「おおー!!」

「先生、息子を、いや娘を救っていただきありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「あーいやいやいやいや、まだどうなるか分かりませんから」


 それでも気の早い父さんと母さんは、りさちん先生に感謝しっぱなしだった。

 ちなみに、父さんも母さんも先生の専門が≪生命の根源たる魂の浄化≫である事を全く知らない……。

 まぁ今頃言っても信じてもらえるとは到底思えなけど。

 俺ですら効果に疑いもってるぐらいだしさ……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ