表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月桂樹の唄  作者: 松山 京平
転変編
36/73

36頁 異世界ボイス

 1時間目の英語の時間は「カメラ」騒動等の影響もあり、事実上のホームルームだった。

 その1時間目もようやく終わり、不穏な雰囲気を残したまま休み時間になると、教室内は「カメラ」騒動の話で持ち切りだった。


 盗撮といえば世間的には男がやらかすイメージなので、やはりというべきか、クラスの女子達はこぞって男子の誰かがやったのだろうと(はな)から決めつけているようだった。

 男というだけで無差別に犯人扱いされている男子生徒の間では、早速犯人探しの話題で盛り上がっていて、「おまえ前から怪しいかったもんな、白状したらどうだ」とか「○○って盗撮しそうな顔じゃね?」といったような、冗談か本気か分からないような会話が飛び交い、互いの腹の奥底の探り合いが始まっていた。


 一方では、そんな幼稚な犯人探しなどには歯牙にもかけず、いつものように塾の課題ついて話し合っている成績上位グループがいたり、また、こんな騒動なんてどうでもいいと、いつもの調子でゲームやアニメの話題に盛り上がる連中もいたりと、一歩引いて教室を観察してみると、どいつもこいつも不思議と怪しく見えてくる。


 怪しさで言えば俺自身も巨大な爆弾を抱えているようなものだ。

 俺は自分の身体の事ばかり気になっていて、話題になっている犯人捜しの話題に乗りつつも、内心では身体の事がバレないかビクビクしていた。




「あっ……」

「どうした宮川? 犯人分かったのか?」

「進路希望調査の事すっかり忘れてた」


 盗撮事件について話している途中、俺は進路について黒田に考えておくようにと言われていたのを思い出した。


「お前(セント)フローラ女学院だろ?」

「宮川なら女装したら行けそうだよな」

「いや、宮川は男顔だから無理だろ……いや、もしかしたら行けるかもな?」

「ねーよ!」


 そういう方向の話マジでやめろ! シャレになってねーから!


 という言葉が後に続いて出そうになったが、舌がくるくると回りそうになる前に口を閉じた。

 聖フローラ行きを全力否定する形となったけど、今の返しは流石に必死すぎたか?

 もっと単純に「女子高いいなぁ~行きてぇなぁ、絶対ハーレム余裕だろ?」という感じで上手く返せばよかったか?

 とはいえ、偏差値だけ推測すると聖フローラは俺の学力じゃ、今から必死で頑張ってギリギリって不合格って感じだから、この選択はでかい賭けになる。


 ……って、ああ、なに真面目に変な事考えてんだよ!

 俺は土下座されたって女子高なんかには絶対行かねぇからな!

 てか後ろから背中押されたって、どうせ不合格になって崖の下に真っ逆さまに落ちるだけだからな!


夕凪(ゆうなぎ)でいいんじゃね? 俺は夕凪に決めたし」


 男子の誰かか言った夕凪というのは夕凪台(ゆうなぎだ)高校。

 ここより下は最底辺しかないと言われている崖っぷち寸前の高校と位置付けられてる。

 『普通』とか『平凡』とか、本当につまらない話しか出てこない高校だ。


 でもなぜだろう?

 いわゆる底辺高を勧められるよりも屈辱的な気分になる。

 最初から妥協ありきで決めたようで気に食わない。

 それ以前にやっぱり俺、心の底じゃ普通っぽい事を毛嫌いしてるのかな……。


  ──俺はお前らなんかとは違う。一緒にするな。


 誰かと何かについて話すとき、俺の心の奥底では、いつもこんな幼稚で反抗期のような考えがこっそりと、まるで夏のジメジメとした湿気のように付きまとっている。

 カッコよく言えば男のプライド。

 だけどその実態は傲岸(ごうがん)で醜い自己偏愛。


 現実的に考えれば、そもそも今の段階で進路についてはもう選択肢はあまりないというのにさ。


「夕凪なぁ……。うーん、どうしようかなぁ」


 と、悩むフリ。

 ただ進路以前に、今の俺の身体がいつまで持つのだろうかという心配もあって、進路と言われても、いまいち現実的に受け止められないんだ。


「ミスター・宮川 カモン!」


 げっ……。

 声のする方を見ると、まだ休み時間だってのに、担任の黒田が教室の扉前で手招きしていた。

 ちなみに黒田の手招きジェスチャーは手のひらを上に向けて指を「来い」と動かす英米式だ。

 うちの学校でそのジェスチャーをやると「地獄へ(ほふ)ってやるからちょっとテメェ体育館裏に来い」という意味になる。

 ……嘘だけどな。


「ちっ、噂をすればだ。ちょっと行ってくるわ」

「おう」


 はぁ……まいったな。

 進路なんて放課後になったら考えるつもりだったのに、と適当な事を思いながら俺は黒田のいる方へ駆け足で走り寄った。

 駆け寄る際、胸に付いたぜい肉(・・・)が、ほんの少しぶよぶよと揺れた気がした。


(いま)(がた)ご両親が学校に来られた到着された。すぐに出発の準備をしなさい」

「もう来たの?」

「うむ」

「……あの、先生は俺の両親から何か聞かされました?」

「いや、何も聞いてないし、仮に聞いていたとしてもこの場では話す事ではないだろう」

「……そうですか、わかりました」


 俺は席に戻ってかばんを手に取り、急いで教室から出ると、そのタイミングで2時間目の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。


 偶然とはいえ、進路の話の周囲に振っておいて良かった。

 2時間目の開始前にいきなり学校早退とか絶対不自然だろって思ったけど、俺が進路の話題を話したおかげで、その進路の事で黒田に呼び出しを喰らったと思われたほうが、少しは気が楽だった。

 でも、今井が変な早退理由を朝っぱらからぶちまけてくれたおかげで、後で誤解されるんじゃないか少し心配だけど。

 ともあれ、俺が病院に行っている間に勝手に公式カップル認定とかされたら、それはそれで面倒な事になりそうだよなぁ。



『なるほどねー ニヤ(・∀・)ニヤ』



 藤倉からのメールを思い出す。

 きっと藤倉の頭の中では、すでに俺と今井がどっかすごいオシャレな場所で豪華な会食でもする構図が焼き付いてるんだろうな。


 まったく、微笑ましい誤解じゃないか。

 だけど、その誤解が本当だったらどれだけよかっただろうか。

 でも現実は、検査結果次第で、余命を宣告されるかもしれないんだ……。


 それにしても、学校を早退してでも参加しないといけない会食、か。

 何なんだろうな。

 時代錯誤な政略結婚?

 いやいやいや、単純にコネづくり? 中学生から?

 うーん……わからん。


 いろんな事を考えながら、黒田と一緒に校門へ向かうと、校門前には父さんと母さんがいた。


「どうも、うちの愚息がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いえいえ、お気になさらず……」

「今はまだ何も言えないですが、検査結果が出次第、後日またご相談させていただきたいと思います」

「わかりました、わかりました」



 父さんと黒田の形式ばった会話が終わると、宮川家の一行は車に乗り込み東京へ出発した。




   ◇   ◇   ◇




「るーちゃん、気分はどう?」

「最低だよ。ずっと頭痛が続いてるし、お腹も痛いしさ」


 車の中、後部座席で横になる俺。

 助手席に座っている母さんが、時々ちらちらと俺の様子を心配するように見る。


「そう……。もう少しだから」


 先行き不安なせいか、気分まで最悪になってきた。

 父さんの車ってこんなに乗り心地悪かったっけ、イライラしてくる。

 大体ゲームばっかりしてるから運転が下手くそになってんだよ。


「音楽聞く? るーちゃんが好きなアンドロの曲」

「アルグロだって! いつになったら覚えるんだよ!」

「そうそう、それそれ」

「いらない……。頭痛いのにロックなんて聞いたら破裂しそうだよ」

「そう……」


 まったく……。そんな気分じゃないって察してくれよ。

 部屋にポスターまで貼ってんだぜ? 母さんもいい加減覚えてくれよ!

 てか父さんは何で一言もしゃべんないんだよっ!?

 変な気使いやがって。ちくしょう……。


 あー。そうか。

 どうせまた父さんの事だから、運転しながらロクでもない事考えてるんだろうな。

 昨日のあの時、あきらかに父親じゃなくて男の目してやがったからな。

 ちくしょう、地面に埋めてやろうか! 土に還してやろうか!?



………

……



 ──す、すまん。でも横乳ぐらいしか見えなかったし、先っちょは全然

 ──死ねよ変態!!

 ──ああ、悪かった! 悪かったよ……謝る。

   だけど瑠伊、その、()も無いのか?



 あの時の父さんの何気ない問いは、俺を絶望へと落す最低最悪の、そして考えたくも無い核心へと迫る言葉だった。 


 もしも、もしも……()がなかったら、俺はこの先どうすればいい?

 いや、そもそも俺にこれからの人生の選択肢は与えられるのだろうか?

 病院に行ったらそのまま寝たきりになって、モルモットのように実験台にされて、そしてそのまま死んでいくかもしれないんだ……。


 医師に余命を宣告されたらどうする?

 やり残した事は無いか?

 ロックバンドでメジャーデビュー? こんな身体で?

 無理無理っ!

 いや、昔流行った女装バンドという線は……?

 無い無い。

 もう、そういう理想を抱くのは辞めようぜ?

 叶いもしない夢物語考えたってさ、自分が(みじ)めになるだけだって。

 とはいえ、仮にもしも……もしも、明日死ぬとしたら、俺はいったい何をしたいのだろう?

 修学旅行のグループ課題は出したけど、そんなちっぽけな事より、もっともっと大きな、一番やり残したい事が、俺にはあっただろうか?


 分からない。

 まるで分からない。

 分からないのに、泣きながらいろんな事が次々と思い浮かんだ。

 けれど頭の中に過ったのは、元の体に戻ってみんなと遊びに行ったり、『アルグロ』のライブを見に行ってモッシュに巻き込まれたり、高校受験に合格したりとかといったような、小さな夢ばかり。それでも、その当たり前のような風景へのあこがれが、今はとても遠くに感じる……。

 そんな小さな夢よりも、もっと大きな形の無い可能性を必死に探してはいるけど、はっきりした姿は未だ見えなくて……。





 あいつの声が聞こえた気がした。

 凛としたあの声が。

 もう聞く事もできない懐かしい声。





《それではここでゲストのご紹介です。今期話題の大ヒットアニメ『レッドコート・ガール』の主人公アデル役の城ヶ崎(じょうがさき)(つばさ)さんです!》

《みなさんはじめまして。アニメ『レッドコート・ガール』のアデル役を務めさせていただております城ヶ崎翼です。本日はどうぞよろしくお願いいたします》

《まぁまぁまぁ、随分と可愛らしいですね。そしてこの落ち着いた声。皆さん、あのアデルと同じですよ! ちなみに失礼ですが、その声は地声なんでしょうか?》

《はい、地声なんです》



 車内のラジオから聞こえてきたその声は、聞き覚えのある声だった。

 間違いない。間違えようがない。


「あら、るーちゃん起きた?」

「う、うん」


 目をゆっくりと開けた俺に、母さんが優しく声をかけてくれた。


《城ヶ崎さんはまだ中学3年生という事だそうで》

《はい、来年の春に卒業です》


 俺と同じ中3……。


《となると今は受験勉強で忙しいんじゃないでしょうか?》

《はい、今は時間を作るのがとても大変なんです。でも中学1年の頃からずっと受験の準備をしていたので大丈夫です!》

《はぁーすごいですねぇ。しかも大丈夫だと言い切りますか。いやいや、かっこいいですねー! わたくし、僭越(せんえつ)ながら受験勉強など全くした覚えがありません》



「よく言うわ。このパーソナリティ(おっさん)皇京(こうきょう)大卒だぜ?」

「へぇそうなんだぁ、あなたって何でも詳しいのねー」


 黙々と車を運転している父さんがようやくしゃべった。

 流れる景色は都会の一般道。

 時折信号待ちに引っかかりつつも、父さんはイラついた様子も無く落ち着いて運転しつづけている。



《城ヶ崎さんは声優を初めて2年目という事ですが、先ほど紹介した10月より全国で放送が始まったアニメ『レッドコート・ガール』が初出演という事で、何か身の回りで変った事はありしたか?》

《はい! 放送が始まってから周囲が一気に騒がしくなりました。学校の友達に『生アデルだー』って言われたりもして》

《本当、声がそのままですものねー》



 間違いない……。



 城崎(しろさき)(つばさ)

 中一の頃の昼休み、みんながいる前で堂々と俺が初めて告白した女の子。

 今、ラジオから聞こえる凛としたあの声は当時のまま。

 あの声に、姿に、俺は一目惚れしたのを今でも覚えている。


 フラれてしまった俺が自慢するのもおかしな気がするけど、彼女は別格だった。

 ただ一言。中学生とは思えないほど綺麗だった。

 『可愛い』という言葉は彼女には似あわない。城崎は少し大人びた雰囲気が漂う『美少女』という言葉そのものだったから。

 古い表現かもしれないけど、城崎には高根の花という表現がぴったりで、教室に差し込む光を浴びて輝くストレートのロングヘアーが、とても印象的だった。


 性格は……実はよく知らない。

 当時の俺は彼女と話なんてとてもできそうになくて、俺は授業中に遠くの席から、じっと彼女のいる窓際の席を見つめていただけだったから。

 でも直接彼女を見つめると誰かにバレてしまいそうだったので、退屈そうに窓の外でも見るフリでもしながら、視界の隅に入る彼女の姿を俺は必死に目に焼き付けようとしていた。


 ラジオから流れてくる彼女の言葉で判断するならば、たぶん城崎は変わっていない。

 中学生とは思えない、凛とした姫騎士のような当時のイメージと同じまま。



  ──あたし、誰とも付き合う気が無いから。



 フラれたときの言葉が(よみがえ)る。

 そうか……。あの時から城崎はもう決めていたんだな。

 本気で声優になるって事を。



《それにしてもデビュー2年目で主役とは驚きですねー》

《はい、原作も大好きだったし、とても幸せな巡り合わせだと思います!》



 今ならわかる。

 世の中には、醜悪な中年に己の身体を売り渡してでも上り詰めたい女の子だっているって事を。

 城崎はきっと、俺みたいな幼稚な悪ガキなんかにかまってる余裕なんてちっとも無かったんだろうな……。

 出会った時から、いや、きっと生まれたときから彼女とは大差がついていた。

 そんな強烈な劣等感を、今になって植え付けられた気がした。


《学校が終わったら、いつも何をしていますか?》

《オーディションに受かる前までは授業で習ったところの復習をして、予習したり、漫画読んだり、アニメの録画見ながら気分転換にクッキーを焼いたり……》



 ラジオからの会話が続く。

 様々な質問に対する城崎の返答は、実に女の子らしい女の子をしていた。

 それはまるで「男ども、おまえらはこういう女の子が大好きなんだろ?」という、陰謀めいた雰囲気をも感じさせるほどに。


《では最後に、これからやりたい事やチャレンジしたい事はありますか?》

《いっぱいあります。もっといろんな役を頑張りたいですし、お芝居とかもやってみたいです!》



 やりたい事……か。


 そうだ。

 もしも俺の命かあと1日だけだったら何がしたいか? という問いの答え。

 その答えがたった今、見つかった。



 あの凛とした声を、その笑顔を、輝く髪を、濡れた瞳を。

 最後にもう一度、俺の記憶に、はっきりと焼き付けたい。


 だから、もしもこのまま死んでしまうのなら、俺は彼女に会いたい。




 城崎翼に……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ