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月桂樹の唄  作者: 松山 京平
転変編
35/73

35頁 2ミリメートルの眼

 修学旅行明けの月曜日。

 くたびれた身体を引きずりながらクラスメイト達が気だるそうに次々と教室へ入って来る。

 俺は教室の自分の席で疲れたフリして狸寝入りをしながら、窓ガラスに反射する教室内の光景を薄目で見つめていた。


 だけど、どうにも落ち着かない。

 いつ誰に何を言われるかと思うと、そわそわする。


「おっす!」「おはよう!」「よう!」


 クラスの男子の誰かが発したその声に、一瞬足の小指がピクリとした。

 だが、それらの声は俺に向けられたものではなく、教室にいる他の誰かに向けられたものだと分かるとホッとした。

 教室のあちらこちらから少しずつ話し声が響き始め、そしていつもの朝の教室の賑わいへと変わる。


 ほらな? なんて事ないんだって。

 これがいつもの日常風景なんだから。

 だから俺だっていつものように堂々と普通にしていたらいいんだよ。普通にさ……。


 窓ガラスには、修学旅行で撮った写真を確認し合う女子達の姿が薄く映っている。

 後ろから聞こえてくるキャッキャウフフな甘ったるい会話を盗み聞きしていると、ふとつまらない事に気付いた。

 あいつらって、休みの間にスマホで修学旅行の写真とか送りあってたのな。無防備にもネットに自撮り画像をアップしたヤツもいるみたいだ。

 それでさらに学校に来てまたお互いに写真を見せ合ってるのかよ?

 まったく、どんだけ見せたがりなんだよ……。

 それとも仲間からハブられるのがそんなに怖いのか?


 一方、別の女子のグループからはどこどこのクラスの誰々がくっついたときの様子が、ヒソヒソ声で生々しく飛び交ってる。


 まったく……。

 本当にくっだらないのに、他人の噂話となると不思議なことに小声でもちゃんと聞こえてくるのな。この現象はなんなんだ? 人体の不思議ってやつ? 謎すぎる。

 でも、もしこの不思議な地獄耳現象を解き明かすことが出来たなら、イグノーベル賞とか取れちゃいそうだぜ?


 また、別のとある男子達のグループからは、ゲームやアニメらしき話題が聞こえてくる。

 なんつーかこっちのグループじゃ、修学旅行なんかとっくの昔に終わった事になっていて、「あんな旅行の事なんてもうどうでもいい」って感じだ。

 まぁ気持ちは分からなくもないけど。


「やっぱ幼女は最高でござるなぁ」

「もちろんxxxちゃんは処女だよな」

「しかし中の人は非処女でござるよ。デュフフフ」

「バカかお前? 中の人は処女に決まってんだろ!」


 ……前言撤回だ。

 気持ちが分かるなんて嘘だ。

 やっぱりあいつらの世界は理解できん。


 とはいえ、あいつらの会話の内容はかなり重症だな。

 あんな奴らを生み出してしまったのは、やはり現実がクソなのが悪い。うん。

 でもまぁ、本人達は幸せそうだしいいか。どうでも。



「いや、アメリカもついに量的緩和したからさ、これからは大変な時代になるぜ? なんせ世界中の通貨が……で、IMF(国際通貨基金)に潜り込んでいる工作員の連中もこのままじゃ黙ってないだろうし、ECB(欧州中央銀行)だってBOE(イングランド銀行)だって何らかの…………」



 ……。


 お前誰だよ!? 

 どこの評論家だよ!?

 てかあれか?

 ネットで仕入れたばかりの難しそうな話を、あたかも自分が考えたかのように語りたがる、いわゆる中二病の一種ってやつか? おいおい馬鹿野郎が! そういうのは俺の専売特許だろうが、ちくしょうが!

 お前論破してやろうか!?

 俺がネットの力を借りれば、お前信用失って社会的に死ぬぞ?

 大やけどする前に、飲めもしないブラックコーヒー語るぐらいにしておけよ!


「そこは大丈夫だろ。実はここだけの話、俺が持ってる最新の情報だとさ、亡国のスパイは先月官房機密費で雇った殺し屋が仕留めたらしいから、表向きの情勢は変わらないって……」


 あっ痛たたた……出ましたよ。出た! 殺し屋さんが。

 隣のやつもかなりの重症だな、おい。


 いや……。

 なんていうかさ、話題のジャンルこそ全然違うけど、俺自身にもああいう知ったかぶりは身に覚えがあるから見ているだけで痛々しいというか、自分を見ているみたいで気持ち悪い。

 俺も他人からはあんな風に見えてたのかな……。

 うっ、心の古傷が痛くなってきた。




 ……とまぁ、会話の内容は日々違うけど、朝の教室というのは大体いつもこんな感じで、修学旅行の出発前だろうが終わった後だろうが雰囲気はそう変わらない。

 あとは、俺の存在感が空気よりも薄くなって消えてしまえば最高なんだけどさ。


「よ、よう宮川……」


 原田がぎこちなく話しかけてきたので、俺はそっと起きあがる。

 クソが! 人間観察を楽しんでいたのに話しかけてくんな!


「あ、おはよう♪」


 ちくしょうめ!

 頭の中で思ってる事とは裏腹に、なぜか口調がなんか乙女チックになっちまったじゃねーか!


「あ……。ち、調子はどうだ?」

「あんまりよくないかも」

「そ、そうか……」

「ちょりーーーっす!」


 ぎこちない原田なんかお構いなしに、いきなりイケメンだけどガチホモ疑惑濃縮100%の西村が馴れ馴れしく会話に割り込んできた。


 西村てっめぇ……。

 修学旅行の夜、よくも俺にマウンティングしてくれたな!

 今すぐ相撲部員の肉壁に挟まれて圧死してしまえ!

 ……と思ったものの、残念な事にうちの中学には相撲部ないんだよな。


 あーあ。

 原田さ、こいつを粉砕してくれないかなぁ。


「なになに? 俺を差し置いてやっぱり2人は出来ちゃったの?」


 うっぜぇ……。

 西村のチャラチャラした口調にイラッとした瞬間、西村は原田の一撃によって一瞬で粉々に砕け散った。


 よっしゃぁ!!

 と、心の中でガッツポーズ。


「や……やだなぁ、原田君。そ、そ、そ、そんなに照れなくてもさ」


 血まみれになって立ち上がりながら西村はそう(つぶや)くが、その直後、土手っ腹に原田の鋭い手刀がズブリと差し込まれる。


「グホォォオ!」


 だが西村は、悶絶しながらもすぐに立ち上がる。

 な、なんという生命力なんだ……。ゴキブリかよ! ってか怖いよ原田パパ!


「ウフフフフッ……! や、ヤるねぇ原田君。なかなかいい感じに君のでっかいアレが僕に入ったよ……。ゲホッ……! マジで君のそういうところにグッと来る!」

「死ねや!」

「あ、やっ、やめて! 感じちゃう!」


 気持ち悪い捨て台詞を言いながら、西村は原田に追われて教室から逃走していった……。

 あいつら、修学旅行明けだというのにタフだなぁ。


「相変わらずだね、原田は」


 今度は平沢が俺のところへとやって来た。

 廊下の奥から西村のアッーー! という断末魔が聞こえた気がしたが、無視だ無視。


 ってかなんなんだよ、どいつもこいつも。

 何でわざわざ俺の席にやって来るんだよ? 放っておいてくれよ。

 影すら映らない存在感0のぼっちにさせてくれよ!


「はいこれ、プリントしておいたから」


 平沢はグループ行動のときに撮った写真を俺に渡した。

 あ、そうだった。グループ課題の資料に写真貼らないと。


「あ、ああ……。ありがとう」


 その写真はシール紙にプリントアウトしたものを切り取ったようで、あとはみんなで作ったグループ課題の資料にペタリと貼り付けるだけというお手軽仕様だった。

 

 平沢って意外と役に立つのな。

 この気遣い、少し前までコミュ障ぼっちだったとはとても思えない。


「じゃ、じゃあこれ早速貼らないとな」

「そうだね」


 早速俺は、プリントされたシール紙から東大寺で撮ったシールを剥がそうとする。

 だが、なるべく素肌を晒したくなかった俺は、服の袖を指先の第一関節まで覆ったままシールを剥がそうとしていた。

 袖からちょこんと覗く白い指先をがんばって動かすが、なかなか上手くシールを台紙から剥がすことができなかった。


「ぼ、僕がやろうか?」

「あ、うん。頼む」


 平沢にシールを渡すと、平沢はいとも簡単に台紙から丁寧に剥がし、グループ課題の東大寺のページに写真を慎重に貼りつけた。

 俺はただ、その様子をじっと子犬のように見ているだけ。

 しっかしまぁ、学校ってやたらとアナログ作業させるよなぁ。まぁ担任が黒田ってのあるんだろうけど。



 ともあれ、とりあえず今のところ、俺は誰にも変に思われていないようだ。

 もし俺におかしなところがあったら、まずガチホモの西村がスルーするはずがない。

 平沢や原田の場合だと、俺に気を遣ってスルーしてる可能性が考えられるけど、見た感じ、俺の異変に感づいた様子は無い。


 なんだ。大丈夫じゃないか。俺はいつもの俺だ。

 とこにでもいるような男子中学生の宮川瑠偉だ。

 普通に堂々としていればいい。


「あら、意外と手際がいいのね、平沢君」


 いつの間にか洋子ちゃんが近くにいた。


「そ、そうかな?」

「でも写真が枠から少しずれているわ」

「あ、本当だ。平沢、雑に張るなよな!」

「あっ、ごめん」


 自分は何もしてないくせに、隙あらばマウンティングする俺。


「まったく……。ほらっ、貸してごらんなさい。次のページは私が貼ってあげるわ」

「高村、自分で貼ってみたいのだったら普通に代わってって言えばいいのに」


 平沢が俺みたいな口調で洋子ちゃんに言った。怖いもの知らずかよ。


「ばっ、馬鹿にしないでちょうだい。不器用な貴方を見ているとイライラしただけよ!」

「ふぅん」


 どうやら平沢も高村の扱いに少し慣れてきたらしい。

 以前の平沢なら、成人するまで女の子と会話なんて絶対にできそうにないイメージだったのに、人というのは変わるものだな。

 もしもずっと昔の平沢のままだったら、きっとその辺に生えている植物みたいな大人になると思ってたけど、この様子じゃ高校デビューしたらチャラ男にでも転職(ジョブチェンジ)しそうな気もしてきた。


「うわっ! なにこれ!? おまえらんとこの資料すっげぇ綺麗だな!」


 クラスの山田が平沢にのしかかりながら感心したように言ってきた。


「当然よ。怜奈ちゃんが清書したんだもの」

「へぇー。さっすが今井はお嬢様だよなぁ」

「筆跡とお嬢様って関係ないと思うけど」

「そうかぁ?」


 そう言いながら山田は興味なさげに通り過ぎて行った。

 なんなんだよあいつは……。


「おはようー」

「おはようございます、皆さん」


 北条と今井が教室に入ってくるなり、かばんを手に持ったままこっちに来たので、俺は挨拶代わりに手をひょいとあげて「よう!」といった仕草で応えた。


「あ、もう写真を資料に貼ってるんですね」

「うん、なんとなくね」


 今井の問いに平沢が答えた。


 今井と平沢が普通に話す一方で、俺は余計な会話はしないようにと気を使っていた。

 なんというか今の俺って、人狼(じんろう)ゲームの狼役をずっとやらされてるようなものだから、何気ない日常会話のやりとりや、ちょっとした仕草にも気を付けないと、ふとしたきっかけで異変に気付かれて、みんなに公開処刑されてしまいそうで怖いんだ。


「ねぇ、次、私も貼っていいかな?」

「いいわよ」


 北条と洋子ちゃんのごく普通っぽい会話。

 にしても、女ってのはなんて(つら)の皮がぶ厚い生き物なんだろう。

 この2人、表面的にはごく普通の関係に見えるけど、裏では俺を巡っての敵同士なんだよな……。

 なのに、どうしてこんな普通でいられるんだよ。マジで怖いんだけど。


「ほらほら見て! る……宮川君、綺麗に貼れたでしょ?」

「せ、せやな」

「どうして関西弁なの?」

「な、なんとなく」

「なにそれー?」


 と、そう言いながら北条はクスクスと笑った。

 それからみんなは、修学旅行の思い出について語り合っていた。


 この何気ない会話の中に、いったいどれだけの偽りが混じっているのだろうか。

 みんな嘘はついてはいないけど、真実は隠しているんだ。

 当然といえば当然か。


 ……にしても関西弁か。

 思わず気持ちの悪いあの成金男の事を思い出してしまった。

 アイドルの卵らしき女の子と成金男の濃厚で醜悪なキス。

 ちょっとしたグロ画像よりもインパクトのある、消し去りってしまいたい構図。


 夢のためにあんな事まで平気でできるなんて、女は魔物だよな。

 しかもあの時、邪魔が入らなかったらあの子は食われてた(・・・・・)んだろ? おぞまし過ぎるって!

 でも、ああやって何かのために身を投げ出すことができるのは、別に女に限った事じゃないか。

 みんな何かしらの欲望に忠実なだけで、誰もが醜い魔物なんだ。

 だからみんな仮面を被っているんだ。



 クスクスと無邪気に笑う北条を見ていると、なぜかそう思ってしまった。

 やっぱり(ひね)くれてんのかな? 俺……。



………

……



 一応、俺の股間のエレファントは無事だ。


 だが俺の息子は、もはやくっついているだけの存在でしかなく、触っても何の感覚も無くて、自分の意志で自由にピクピクと動かす事もできなくなっていた。

 そればかりか最悪なことに、俺の象さんの鼻は、「小」をするときの役に立てなくて、小をしようとすると、股間のどの辺りか分からないような場所から、湧き水みたいに尿が染み出るようになっていた……。

 正直あれからまた泣いたよ。昨日……。


 だから今、俺はパンツの下に大人用のおむつを履いている。


 中3の秋、もうすぐ人生の一大イベントである高校受験がすぐそこまで差し迫ってきているというのに、また小学生みたいに「う○こマン」だとか「し○こマン」だとか、「パン○―ス」と呼ばれる事に恐怖するとは……。怖くて怖くて今にも尿が出そうだ。


 一方で、お椀型に膨らんだ胸への対策は、母さんが使っていた腰用のサポーターを力の限りギュギュッと巻き付けて、ふくらみを必死に誤魔化している。

 だけどこれがまたとてもつらい。胸はジクジク痛むし苦しい。

 このままじゃ上半身をぐにゃりと曲げることができない。

 もし強引に上半身を折り曲げようものなら、伸びきったサポーターがバチーン! と弾け、服ごと突き破ってどっかに飛んでいきそうでなんか恐い……。ああ、そんな事を考えると恐ろしくて尿が出そうだ。


 そして、長く伸びた髪は昨日母さんが思い切ってバッサリと短く切ったのだけど、朝起きたらまた髪があっという間に伸びていた。

 今朝、俺は鏡を見ながら必死ではさみで髪を切って、どうにか奇跡的に修学旅行の頃と似たような感じ髪を切る事ができたのだけど、これをこれから毎日やれる自信はまったく無い。

 この髪も、もしも学校にいる間にものすごい勢いで伸びてしまったら、ホラー映画なんか余裕で超えそうでマジで失禁ものだろうな。きっとクラス中パニックになったりして尿が出そうだ。



 とにかく、修学旅行が終わったからといって俺は油断はしてはいないつもりだ。

 引き続き、他の奴らに不用意に身体に触れられないよう、最大限の警戒をしているし、それにあの甘い匂いがする体臭にも気をつけている。

 あの体臭対策として、俺はいつもよりも何枚も厚着をしてきたが、厚着のしすぎで身体が熱くてさ、じっとりと嫌な汗が吹き出てきたし、匂いもなんか気になってきた。

 やっぱこの厚着作戦、逆効果なんじゃないか? とちょっと後悔し始めている。


 本当は昨日、父さんと母さんに身体の事を話した後、すぐにでも病院に行く流れだったけど、俺はみんなが今群がっているこの修学旅行のグループ課題だけは、どうしてもきちんと完成させたいと思ったので、父さんと母さんに無理を言って1日だけ病院へ行くのを引き延ばしてもらったんだ。

 だから、こんな身体になってでも、俺は無理に学校にやって来てるんだ。


 それにほら、すぐにでも入院させられて病院生活が長引くようなら、今日がきっと最後の中学生生活になると思ってさ……。


 とにかく俺は午前中に病院に行くことになっているので、何時間目かには学校を早退する手はずになっているのだけど、その事については、担任の黒田以外にはまだ誰にも知らせてはいない。


 父さん達の準備が出来次第、俺は学校を出て車で東京都内の特殊な病院で診てもらうことになっている。

 だから今すぐにでも迎えが来ても別におかしくはないんだけど。


 病院の名前は何だったかな……。

 確か『超難病特殊医療研究センター』だっけ?

 なんか「超」とかついてるところが中二病心をくすぐるけど、なんか裏で改造人間とか造ってそうな感じがして、怪しさ七千倍って感じ。



………

……



「リッスン! ではモーニングのホームルームだ。委員長!」


 担任の黒田がクラス委員長に指示すると、委員長の起立、礼、着席の号令に合わせて、全員が立ち上がり礼をして席に着く。

 そういえば、去年佑馬(ゆうま)が、勃起、挿入、着床とか、馬鹿な事言ってたっけ。

 あのときは本当アホだと思ったけど、今はなんかもう全然笑えないな……。


「今日、佐田はレスト(やすみ)か? 誰か何か聞いてるか?」

「何も聞いてないです」


 俺は黒田に答えた。

 どうせダンマリ決め込んでも、すぐ問いかけられるのが目に見えていたから答えてやった。


 それにしても佑馬のやつ、どうしちゃったんだろう?

 朝迎えにいったら「先に行ってくれ」って言われてさ。

 仕方がないから1人でトボトボ来たけど、まだ藤倉にフラれた事で落ち込んでるのかな?

 今日はとりあえず大人しく引き下がったんだけど。

 休みの間、電話でもすればよかったかな?

 でも昨日は俺、それどころじゃなかったしな……。




「分かった。今日は大切な話があるから静かにするように」


 また色々と考えていると、いつの間にか黒田が日本語モードになっていた。

 たったそれだけで、どうやら真面目な話らしいとクラスのみんなも理解したようで、ざわついていたクラスが静まり返った。


「実はな、修学旅行の3日目にこんなものが届けられたが、これが誰のものか知ってる奴いるか?」


 黒田は内ポケットから黒の太いボールペンを取り出した。

 見たこと無いペンだけど、なんだろう……。

 ヒソヒソとざわつく教室。しかし名乗り出るやつは誰もいない。


「これはだな、修学旅行2日目のバスの中で落ちていたものだから、他のクラスの生徒の持ち物じゃないと思うんだが、本当に誰も知らないな?」


 少し怒気交じりの口調で言う担任の黒田。

 再び静まる教室。


「宮川は知らないか?」

「し、知らないって! そんなの」


 ちくしょう! だからいちいち俺に当ててくるんじゃねーよ!

 CERNでもNASAでもJAXAでもなんでもいいから、透明になれる薬を作ってくれよ。


「佐々木は? これ見た事無いか?」

「いえ、知りません」

「緑川は?」

「知りません」

「そうか……。わかった」


 状況がよく分からないけど、黒田の口調から察するに、今回はかなりヤバそうな雰囲気だ。


「こいつはな、一見ただのボールペンに見えるが、ここにカメラが付いている」


 黒田の一言にざわつくクラス。


 黒田はペンを服のポケットとかに挟む部分、つまりはペンの蓋によく付いてあるクリップ部分を指さすが、遠くからは見る限り、そこにカメラのレンズが付いているようには見えなかった。


「非常に残念な事だが、これはボールペンではなく盗撮用のカメラだという事がすでに分かっている。そしてその持ち主もほぼ特定済みではあるが、何か思い当たることが無いか聞いてみただけだ」


  ──知ってるか?

  ──いや、見た事ないな……。

  ──体育教師(ゴリラ)が盗撮したんじゃねーの?


 だったら全国ニュースでデビューだな体育教師(ゴリラ)


「あー静かに。ちなみにこのカメラには極めて悪質な内容が記録されていた。具体的な内容は個人のプライバシーに関わる事だから一切言えない。だがもう一度聞く。この「カメラ」を先生に届けた子以外には、本当に誰も見たことが無いんだな?」


 黒田の口調は、まるで共犯者この中にいるのを探しているみたいだった。


 しかし俺は本当にあんな「カメラ」は見たことが無い。

 ただ、所有者であろうと思わしき人物が一人だけ頭に思い浮かんだ。


 佑馬……。


 もしもあのカメラがお前のだったら、流石に俺は(かば)いきれないぞ?

 俺が知ってるのは黄色いボールペンの盗聴器だけだ。


 あっ……。


 もしかして、これが理由か?

 お前が人を避けるようになったのはこの事が関係しているのか!?

 いったい、マジどうなってんだよ……。共犯者なんかいるのか?

 あ、そういえば佑馬と言えば──


「先生、そのボールペン、見せてもらっていいですか?」


 クラスの女子の誰かが言った。


「わかった。では先生が見せて回るが触るなよ。指紋とか付くと犯人候補に仲間入りだ」


  ──なにそれ怖いんだけど

  ──これって誰かが盗撮されたってことだよね、マジきもいんだけど……

  ──やだっ! アタイのトイレとか盗撮されちっゃたの?

  ──いやお前男だろ! 誰がそんなキモいの盗撮すんだよ!?


 様々なヒソヒソ話がクラス中を駆け巡る。

 あれ? なんだったかな? 途中まで何か考えてたんだけど。


 黒田が「カメラ」を持って俺の前にもやってきた。

 確かによく見ると、ペンの蓋っぽいところのクリップ部分に直径2ミリほどの小型のレンズらしきものが見える。


「これがレンズ? 拾ったやつはこんなに小さいのよく気づいたね」


 俺は素直な感想を呟いた。


「ああ、普通のボールペンとは重さや持ち心地が違うし、単純にボールペンとして機能していないからすぐ分かったそうだ」

「へぇー……」


 黒田はそのまま通り過ぎ、他の生徒にも見せて回る。


 そのとき、ブレザーのポケットに入れてあった携帯がブルブルと震えた。

 この携帯の震え方がメールだと分かると、俺はそっとポケットをのぞき込み内容を確認した。


『犯人宮川だよね?』


 なんでだよっ! 


 思わず声に出してツッコミたくなった。

 差出人は緑川。懲りずに脅迫じみたことしてきたのかよ!

 ほんとくっだらねぇな。


 俺はメールで返信する代わりに、遠くの座席にいる緑川に向かって中指立てるジェスチャーで返した。

 すると緑川は即座に携帯をいじりだすと、また俺の携帯が震えた。


『凸(`Д´メ)F●CK YOU!!』


 いやいやいや、お前なんかと遊んでる暇ねーんだよ!

 てめーは佐伯と百合百合してやがれ! ガチレズが!


 呆れているとまた携帯が震えた。

 本当しつこいな……。かまってちゃんなのか?


『おはよう宮川君。藤倉です。おそらく察しはついてると思うけど、ペン型カメラを拾ったのは私です。その事で話したいので放課後時間をください。てか絶対作れ』


 ……拾ったのはやっぱり藤倉か。

 あのボールペンがカメラだと分ってから、なんとなくそんな気がしたんだよな。

 でも困ったな。俺今日早退するんだけどな……。


 既にホームルームの時間は終わっていて、1時間目の英語の授業が始まっている。

 英語は担任の黒田の担当教科だから問題ないのだろうけど、いいのかよ……。

 とりあえずドSの藤倉に返信しておくか。


『今日早退するから放課後は無理。1人ではさみ将棋でもやってろ≧[゜▽゜]≦ 』


 ……これでよし。


『逃げるの?』


 ちくしょう! ノータイムで返事が返ってきた。

 俺が慣れない手つきで長文打ったってのに、なんだよその文字数は。しかも俺はご丁寧絵文字までオマケしてやったってのに。


 あーもう俺に話したい事があるなら直接言ってこいよ!

 本当マジめんどくせぇ。


 『逃げるの?』って当然だろ!?

 こっちは心身共に限界がきてんだ。悠馬と藤倉との板挟み将棋になんて付き合ってられるか!


 うーん……そうだな。

 いい機会だから格の違いってのを見せつけてやるか。


『今日はどこぞの社長令嬢とお見合いすんだよ。俺だって忙しいんだ( ̄^ ̄) ドヤッ!』


 よし。

 こんなふざけた顔文字入りのメールなんて今まで打った事たなかったけど、なんか変換すると色んな顔文字が出てきて面白いな。


 顔文字の変換候補を見て夢中になっていると、いつの間にか黒田は難しい顔をしながら教壇に戻っていた。


「あー諸君、この件については以上だ。各自連絡事項はないかね?」

「先生!」「あります」


 俺と今井の声が被った


「まずはミスター宮川、なんだね?」

「修学旅行のグループ課題、完成したので提出したいです」

「oh! そうだった。では各グループ、今提出できるなら持って来なさい。デッドライン(しめきり)はディス・ウイークだ」


 俺の他にも、いくつかのグループの代表が教壇の机の上に課題を提出した。


「他には提出できるグループは無いね?」


 黒田の問いに沈黙で答えるクラス。


「よろしい。では今度はミス・今井」

「急な話なのですが、本日午前中で早退させていただきます」

「おうどうした? 気分が悪いのか?」

「いえ、家の事情で、その……急きょ会食に付き合わされる事になりまして」

「オーライ! 了承したよ、ミス今井」



 ……。






 おいィィィィィイ!?


『俺は今日早退するから放課後は無理。1人ではさみ将棋でもやってろ≧[゜▽゜]≦ 』

『今日はどこぞの社長令嬢とお見合いすんだよ。俺だって忙しいんだ( ̄^ ̄) ドヤッ!』


 なんで俺が藤倉にネタで送ったメールが、いきなり現実(リアル)になってんだよ!?

 これじゃ俺と今井がお見合いするみたいじゃねーか!



『なるほどねー ニヤ(・∀・)ニヤ』


 携帯の液晶には藤倉のメールが表示されていた。


 ……ああ、もうどうにでもなーれ!




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