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月桂樹の唄  作者: 松山 京平
秋風編
32/73

32頁 ~東へ~

 早朝4時。原田が朝練に出て行ったのを確認すると俺は布団の中から起き上がり、着替えての入ったかばんを手に持って脱衣所へと入る。

 とにかく肌の露出が多い浴衣姿なんて誰にも見せたくなかったから、こんな朝早くからコソコソと着替えをしている。

 俺は浴衣から制服に着替えると鏡も見ずに脱衣所を出て、いつでも出発できるよう、荷物をまとめる。

 他のみんなはまだぐっすり眠っているので、起こさないよう、静かに荷物を整理していく。


 こうして黙々と荷物をかばんに詰め込んでいると、このままみんなの前から姿を消したくなってくる。

 さよならの一言も言わず、みんなが寝ているうちにかばん1つで旅館を出て、ヒッチハイクでもしながら、誰も知らないどこか遠い場所へと行きたくなる。

 でも、こういうセンチメンタルなのって、やっぱり自分に酔ってるだけの中二病なのかな?



  ──神様なんて……いるのかしら



 洋子ちゃんの(つぶや)きが脳内でリピートする。

 その神様というのが『何でも願いを叶えてくれる存在』って意味なら「いないよ」ってあのとき答えたかった。


 世界は無情で出来ている。

 どんなに幸せだろうが不幸だろうが、善人だろうが悪党だろうが、死というのは無慈悲に訪れるものだから……。


 昨日からずっと続く頭をメリメリと締め付けるような頭痛や、胸や尻がパンパンに腫れる嫌な感覚のせいで、俺はろくに眠りにつくこともできず、一晩中いろんな事を考えていた。

 もしも俺が、今日明日にでも死ぬとしたら、いったいどれだけ『生きてきた証』を残せたのだろうか、とか、後は他に何をやり残したんだろうとか。とにかく。色々。


 たけど、身体中の鈍い痛みは俺の考え事を完全に無視するかのように、ズキズキとした鈍い痛みをずっと与え続けた。風船が膨らんだような感覚がする胸はチクチク痛むし、しかも、下腹部を内側からギュギュッと摘ままれ続けるような不快な痛みまでもが加わっている。最悪だ。



………

……



「大丈夫? 宮川」

「あ? ああ、平沢。ちょっといろいろヤバい感じ」

「先生呼ぼうか? 救急車がいい?」

「あ、大丈夫。そこまで酷くはないから」


 とはいうものの、寝てないこともあって体調がかなりヤバい感じ。


 時計を確認するといつの間にか朝7時。


 目の前のテーブルには、白いご飯にお味噌汁、それから卵焼きに焼き(ジャケ)と野菜に漬物。あとは海苔とデザートにリンゴ。

 一見すると庶民的なメニューって感じだけど、逆にそれが旅館の雰囲気と相まってとても健康的に思えてくるから不思議だ。


 だけど、この状況に至るまでの記憶がはっきりしない。

 原田が朝練に出て行ったのが朝の4時で、その後俺はむくりと布団から起きて、脱衣所でパパッと着替えて、それからかばんの荷物をまとめていた。

 その記憶が最後で、その間の記憶がまるまる消し飛んでいる……。


「そ、それじゃあいただきましょう」

「いただきます」


 テーブルを囲って黙々と食事をする。


「平沢さ、平沢が起きた時って、俺どうしてた?」

「どうって言われても、別に普通だったけど?」


 なんだよそれ……。

 まるまる意識が飛んでるのに普通にしてたとか超怖いんだけど。

 意識高い系男子じゃなくて意識無い(・・)系男子かよ俺は。


「そ、そっか」

「それがどうかしたの? 宮川」

「あ、いや、朝から気分悪くてさ、顔に出てないかって思っただけ」

「言われてみれば、少しやつれてますね、宮川君の顔」

「そ、そっか……」


 なんだろう、平沢に言われたら話半分で聞き流すことができたと思うのに、今井に言われてしまったら、まるで有罪が確定した気分になる。ちなみに罪状は猥褻()陳列罪だ。


「おいおい大丈夫かよ? 今日地獄の3日目だぞ?」


 やめてくれよ。原田の口から地獄なんて言葉が出てくるとか、今日の予定どんだけヤバいんだよ。


「確か座禅1時間に、ミュージアムで戦争の展示物の見学、それから鉄道博物館ですね」

「そうそう。なんか今年は楽勝みたいだよ? 去年までは座禅の後に全員滝行だったらしいし」

「なんだ、滝行無かったのかよ、楽しみにしてたのによ」


 やめてください。死んでしまいます。

 滝行と言えば、寒い冬山で滝に打たれながらお経唱えて、「心頭滅却すればー」ってやつだろ? なんか必殺剣とか習得するのに必須の修行みたいな感じの。

 もしそんなのが今年もあったら、俺の人生そこでストップするじゃないか。だって今の俺のHPの残りが1みたいな感じだもの。ダメージ床踏むだけでゲームオーバーだぜ?



………

……



 8時。目の前には伏見稲荷大社の楼門が見える。

 また意識が飛んでしまったらしい……。


「おい、そっちの旅館はどうだった?」

「どうだったと言われてもな、普通としか」


 普通と言っても俺が言う普通は、今井基準だからな。

 ていうか誰だっけな、俺に話しかけきてるやつの名前。


「なんだ、つまんねーな」


 いやいや、本当は面白すぎる事がいっぱいあったんだけどさ、言えそうにない事ばっかりなんだ。

 そもそも、修学旅行で女子と一緒の部屋で寝たなんて言えないって。もうそれだけで普通にありえないシチュエーションなんだよな。


 でももし、俺の身体が普通のままだったら、昨夜はきっとすごいテンションになってて、夜遅くまで女子と色んな話して盛り上ってたはずなんだ。そして何かすごい事を期待したり、都合のいい妄想に浸ってワクワクしていたはずなんだ。

 いやでも、グループのみんなはノリ悪そうだから、ドン引きされてお通夜みたいになってたかも知れないけど。


 だけど現実は、自分の身体の事を必死に隠し通す事で精いっぱいだったし、北条と洋子ちゃんはもう開戦前夜みたいな雰囲気だし、嫌な意味でドキドキしっぱなしだ。


「ヘイ! エブリワン! 各グループ点呼取れ!」


 あれ? 担任の黒田だ。

 昨日救急車で運ばれたって聞いたけどなんだありゃ。ピンピンしてるじゃないか……。



………

……



 また意識が飛んでた……。今度はバスの中か。

 さっきよりも頭痛が酷くなってきてる。まるで西遊記に登場する孫悟空の気分だ。

 三蔵法師に罰として着けられた頭の輪っかが、グリグリと締め付けているような感じの頭痛が続く。

 歯もガタガタするし、下腹部もギュギュってつねられてる感じもするし吐き気もひどい。


 隣の席の祐馬(ゆうま)は朝からずっと(ふさ)ぎ込んでいて、俺と会話なんかとてもできそうにない雰囲気だ。


 まぁ無理もないよな……。


 祐馬は昨日藤倉にフラれてしまって誰とも会話する気がないんだろう。

 それにもう藤倉目当てで、高村とバスの座席を交代する必要もなくなってしまったし。

 でも正直、祐馬がここまで落ち込むなんて予想外だ。


「フラれたわー」


 とかいう感じで、気だるそうに言ってくると思ったのに。

 そういえば、昨夜藤倉がなんか言ってた気がするけど、あれ? なんだっけな……。



………

……



 ()っっっ!!


 静寂の中、背中に強烈痛みが走ると同時に、バチン! バチン! といい感じの音が数回鳴った。


 黒衣のハゲが棒状のもので俺をシバキまくってやがる。

 ち、ちくしょう……。なんでこんな事になってんだよ。


 あ、ああ。座禅させられてたんだっけ?

 確かグループ課題で座禅について調べたとき、こうやって坊主に叩かれるのは、寝ていたり怠けているヤツに制裁するって意味じゃなくて、「しっかり励みなさい」っていう、どちらかというと応援的な意味合いらしくて、叩かれた方も「ありがとうございます」とお辞儀をするらしいんけど、目の前の糞坊主の叩き方は、確実に俺を殺しにかかってたぞ!?


 痛ててて……。

 なんか風邪ひいたみたいに身体がだるくなってやがる。



「死ねぇーー!!!」


 その掛け声の直後、バァン! と棒状のものでシバかれた音が何度も何度も遠くから聞こえてきた。

 ちょっ!? 今死ねって言ったよな!? 暴行罪……いや、殺人未遂じゃねーか!

 あ、頭が痛くなってきた……。

 おかしい。この寺の座禅は事前に調べたのとなんか全然違う気がするんだけど。疲れてんのかな俺。



「それでは大惨寺(だいさんじ)の座禅体験会はこれにて修了でございます。皆様お疲れさまでした」


 お、終わった。

 まわりのみんな待ってましたと言わんばかりに立ち上がると次々と大きな仏像が飾られた広間から立ち去っていく。


「ごめん、原田、手貸してくれないかな?」

「おう、座禅で足しびれたのか?」

「ううん、なんか身体に力が入らなくてさ……」

「ミスター宮川、どうした? アーユーオーケイ?」

「ノーサンキュー。ノーティーチャー! ファ○ク・オフ(うせろ)

「フ○ッキン・ボーイ! ミスター宮川、そんなダーティなイングリッシュを使っちゃダメだよ。 学校に戻ったら特別に居残り授業で再教育だな」


 ちくしょう!

 黒田の野郎もファ○キン・ボーイって言ったじゃねーか! 再教育って何だよ!? なんか理不尽だ。


「で、どうすりゃいい宮川?」

「あ、できたら肩貸して欲しいんだけど」

「お、おう……」


 本当情けないな。

 ずっと座禅させられたせいか、俺は自力じゃ立ち上がれそうになかった。




   ◇   ◇   ◇




「気が付いた? もう少しで到着するからね」

「あ、ああ」


 到着?

 ってあれ? ここは新幹線の中か……。


 俺は隣の座席の北条の膝の上に倒れ込んでいた。いわゆる膝枕(ひざまくら)状態。

 向かいの座席の今井や洋子ちゃんが心配そうにこちらを見ているだけで、何も言ってこなかった。

 新幹線の車内はとても静かで、クラスのみんなも疲れ切って眠っているようで、行きの新幹線の賑わい様とは真逆だった。


「宮川君、まだ気分が悪そうね。着くまで休んでるといいわ」


 洋子ちゃんの言葉に甘えて俺は再び目を閉じる……。


「いま何時かな?」


 目を閉じたまま俺は聞く。


「もうすぐ午後3時だよ」

「もうそんな時間なんだ」

「うん。あっと言う間だったね」

「そうね。あっという間の修学旅行だったわ」

「こういうのって終わってみれば、そう感じますね」

「うん……」


 俺はむちむちの北条の膝枕から起き上がろうとしたが、ぐにゃりと視界が曲がってしまって、自力で起き上がれそうになかった。


「休んでていいからね、宮川君」

「うん……」


 こんなに堂々と女子に膝枕なんてしてもらうと、来週学校に登校したときにみんなに何言われるか分かったもんじゃないな……。

 どうせきっとまた、昔、城崎に告白したときみたいに学年中の噂になって変な事になるのかなって一瞬思ったけど、こうして見える範囲で周りの見渡すと、みんな意外と俺の様子を気遣ってるように感じられた。


「あのさ、記憶がはっきりしないんだけど……何があったか教えてくれないかな?」

「貴方、新幹線のホームで倒れたのよ?」

「えっ? そ、そうなんだ。覚えてない……」


 新幹線どころか、ミュージアムも鉄道博物館もさっぱり記憶にないんだけど。


「丁度、新幹線が駅に着いたところだったから、ちょっとした騒動だったわ」

「ははは、ごめん」


 でも、その時以外はまるで問題が無かったかのような口ぶり。

 なんか怖いな。聞くに聞けないし。



 ちなみになんで膝枕になってるかというと、平沢が席を外している間に俺が何度も倒れそうになったのを見かねて、北条が膝枕してくれたらしい。


 そんな女子いねーよ! って今井から聞いたときは思ったけど、どうやらマジらしいんだこれが。

 まさか、意識失ってる間にカップルが成立したとかじゃないよな?。




   ◇   ◇   ◇




「じゃあ、ここで解散だぁー。お前らぁ寄り道はするなよぉ!」


 学校のグラウンドに到着したバスから、ゾンビのようになりながら降りると、他のクラスのバス近くで体育教師(ゴリラ)の声が聞こえてきた。


「やっとついたなー」「マジ3日目糞つまんなかったわ」「いや1日目からつまんなかったって」「だよなぁ」「じゃあ先帰るわ。また月曜日な!」「おう! またな!」


 他のクラスから聞こえてくるさまざまな会話を聴きながら、俺はバスのトランクからかばんを受け取る。


「お、重い……。」


 なにこのかばん、クソ重いんだけど。

 誰か俺が気を失ってる間にかばんの中に岩でも入れやがったのかな……?

 あ、もしかして、他のヤツと荷物まちがえて無いかこれ?


 俺は念のためかばんを開けて中身を確認するが、やはりというべきか、かばんの中身も外見も間違いなく俺のものだった。


 カバンの持ち手部分を肩にかけて、身体全体を使って持ち上げる。

 やはり、以前よりも俺のかばんはずっしりとしていて、まるで米俵(こめだわら)でも引っさげてる感じがする。もっとも米俵なんて一度も持ったことなんかないけど。


「おいおい、大丈夫かよ」

「へ、平気……ちょ、超余裕!」


 原田が話しかけてきたけど、俺はやせ我慢しながらヨロヨロとした足取りで担任の黒田の近くへと移動する。


「みんな、忘れ物はもうないかね?」


 クラスの全員が黒田の元へ集まり静まり返ると、黒田が締めの挨拶を始めた。


「今回の修学旅行は君たちだけでなく、先生にとっても最後の修学旅行だった。君たちとはもっと楽しい思い出を作りたかったが、途中で倒れてしまって申し分けないと思います」


 あれ? 黒田のやつ、珍しく日本語だけで話してる。

 ああそっか。黒田は本年度で定年退職だもんな。


「今回の修学旅行、スケジュールに不満を持つ生徒も多いと思います。けどね、僕は英語を教えているが、将来君たちが成長して大人になって、この先いろんな国の人とも交流することになったとき、一番大切な事は英語を上手に話せる事じゃなくて、この日本という国の事をよく知っている事だと先生は思います。今はつまらない修学旅行だったと思っている生徒諸君もいるかも知れない。でも日本の有史以来、諸説あるが西暦で言えば645年の大化の改新から、連綿と続くこの国の歴史と文化は、今、多くの外国人に尊敬されており、また、いくら外国人がお金を積もうが、歴史というものは決して買い取ることができないかけがえのないものです。海外の人からすれば、僕達の国の歴史や文化について知っている人間と知らない人間とでは、人を見る目が全然違ってきます。だから将来、この3日間がつまらないかったと思っても、決して無意味だったとだけは思わないでほしいのです。それから……」


 な、なげぇ! まだ続くのかよ!?


「ミスター宮川。来週月曜日、授業が終わったらちょっと来なさい」

「げっ! な、なんでだよっ!」


 いや、今の話の流れおかしいでしょ、また不意打ちかよ!


「進路希望調査を提出していなのは宮川だけだぞ」

「進路は(セント)フローラ女学院でお願いします」

「却下だ」

「ちっ」


 黒田を囲んだ6組の連中から失笑が漏れる。


「ミスター宮川、休みの間、ちゃんと考えておくこと。いいね? では解散。各自気を付けて帰りなさい。ゴーホームだ!」


「おっしゃあ!」「やっと終わったねー」「いこうぜ!」


 蜘蛛の子を散らすように6組の連中が帰路に就く。

 俺も帰るか。でもこのかばんどうしよう。台車とかないよな?


「宮川君、ちょっといいかしら?」

「な、何? 洋子ちゃん」

「な、何よその呼び方。な、馴れ馴れしく呼ばないでちょうだい」


 台詞とは裏腹に照れた仕草を見せる洋子ちゃん。


「それよりもあなた、聖フローラに行くって本気なの?」

「まさか。あの世に行く方が早いんじゃないかな」

「……冗談でもそんな事言わないで」

「ご、ごめん……」


 俺は地面に置いていたかばんを肩にかけると、身体全体を使ってかばんを持ち上げようとするが、よろめいてしまった。


「だ、だいじょうぶ?」

「はは、もうダメかもしれないな。身体がどんどん弱ってきてる」

「そんな……。いいわ、私が持ってあげるから」

「い、いいよ、祐馬にでも持ってもらうよ」

「佐田君なら真っ先に帰ったわ」

「へっ?」


 そういえば黒田のまわりに集まってたとき、祐馬のやつ全然見かけなかったな。

 いくらなんでも藤倉にフラれた事引きずりすぎだろ。


「じゃ、こうしましょう」


 俺か祐馬の事を考えていると、洋子ちゃんは俺のかばんの2つある持ち手のうちの1つを強引に手に取った。俺と洋子ちゃんの間に俺のかばんが宙づりになっている。


「あの、これすっごい恥ずかしいんだけど」

「平気よ」


 俺達はゆっくり歩きながら、いつもの学校の帰り道を歩く。

 3年間通ったこの道で、時々俺の前を1人で歩く洋子ちゃん姿を何回か見かけたことがあった。


「私、決めたわ」

「は?」

「医者になりたい。どうすればいいのか、なれるかどうかも分からないけど、今決めたわ」

「そ、そう……」


 進路すらまともに決められない俺にとって、洋子ちゃんのその一言はとても重くて、どんどん距離が離されていく気がした。


「それとね、私、宮川君の彼女になるから」

「はぁ!?」

「でもこれは私が勝手に決めた事だから気にしないで。宮川君は私の事嫌いになってもいいから」

「あの、意味わかんないんだけど」

「私ね、宮川君の人生最後彼女になるの」


 お、重いよさすがに……。


「てことは、俺、死ぬんだな……」

「そうね。でも、みんないつかは死ぬわ」

「そ、そりゃそうだけどさ」


 そんな言い方ないよ。まるで死刑を宣告された気分だ。


「嫌そうね」

「嫌というか、理解できないし分かんない」

「そう? 私がお医者さんになって、宮川君の病気なんかばっちり治してあげて、それから2人で一緒にずっと楽しく生活するの。私が全部面倒みてあげるから、宮川君は無理して働かなくてもいいから」

「やだよ。そんなヒモみたいな生活」

「あら意外ね。でも嫌って言うのなら、死ぬだなんて馬鹿な事言うのはやめて、もっともっとたくさん、いっぱい長生きして、好きなだけ女の子と遊べばいいのよ」

「なんだよ、それ……」


 あ、これってもしかして、「死ぬな」って言いたいのか?

 でもこればっかりは、俺には分からないよ……。


「だから。死なないで。お願い……」

「そんな事言われ」「昨日の返事、私、聞かなかったことにするから。ずっと、ずっと待ってるから! 元気になるの待ってるから!」


 洋子ちゃんはそう言うといきなり走り出して、綺麗なロングヘアーを揺らしながら町中に消えていった。

 その後ろ姿は、稲荷山で走り去った時と同じで、一瞬、この光景が人生最後なんじゃないかと思えた……。


「かばん持つなら、最後まで持ってってくれよ……」




※当然ながら大惨寺なんていうお寺はフィクションです。

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