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月桂樹の唄  作者: 松山 京平
秋風編
26/73

25頁 ~願い~


「と、とりあえず先にグループ写真とろうぜ。俺のつまんねぇ個人的な話は、山でも登りながら聞かせてやるよ」

「んなもんどうでもいいからよ、さっさと撮って行こうぜ。時間ねーぞ?」


 一連の脅迫電話の件や、俺が佐伯に告白した件といった、俺個人に向けられるであろう諸々(もろもろ)の話題を逸(そ)らすため、とにかく俺はグループ写真を撮るよう誘導した。

 けれど、下手な誤魔化(ごまか)しなんてしなくても、俺を待っていたみんなは、さっさと写真撮影を済ませて奥にある千本鳥居を見に行きたい、って感じだった。


 何て言うかもうね、この修学旅行、俺個人についてはあまりにも色々な事がありすぎて、何があったとかいちいち人に説明するのが嫌になってくる。

 俺の事なんて全部秘密にしておきたいのに、そこらじゅうから灯油をぶっかけられてる状態っていうか、なんかちょっとしたきっかけで火がついて、あっという間に火達磨(だるま)になりそうで気が滅入(めい)る。


 それはともかく、これが本日最後のグループ写真の撮影だ。

 平沢が慣れた手つきで三脚を組み立ててカメラをセットすると、グループ写真はあっと言う間に撮り終わった。

 これまで色々な観光地でグループ写真を撮ってきたので、俺もみんなもさすがにもう撮影には慣れた感じだ。

 それでも女子は毎回毎回、身だしなみをやたらと気にしたりして実に女の子らしいというか、撮影前に気合入れて前髪を入念に手入れしてる仕草を見ると、ちょっと髪の位置やら向きやらが変わったところで大した事ないのになって、いつも思うんだけど。


 ともあれ、渋滞で中止になった金閣寺を除けば、グループ課題の最後の仕上げである写真撮影は今のところは順調。

 もっとも平沢がこの先カメラを落としたり、盗まれたりしなければの話だけど……なんてな。

 こうして、今のうちにいかにもなフラグを脳内で立てておけばたぶん大丈夫だろう。トラブルというのは、いつも想定外のフラグが引き金になるものだから。


「よし、じゃあ旅館に帰ろか」


 もうこれ以上の厄介ごとは御免だと言い放つ俺。

 さっきの脅迫電話の件が話題にならないようにと先手を打っただけなので、別にどんな話を切り出しても良かったんだけどな。


「何を馬鹿な事を言ってるのかしら? 千本鳥居を見ないで帰るなんてありえないわ」

「だ、だってさ、もう15時過ぎてんだぜ? 当初の予定より1時間以上遅れてるんだぜ? 日が暮れて遭難したらどうすんだよ」

「それなら早く行きましょう。時間がもったいないです」

「だな、勝手に帰ったら殺すからな、宮川」

「そんなぁ」


 風邪を引いたときみたいな頭痛が気になりはじめた俺は、正直今すぐにでも撤収したい気分だった。根拠は無いけどなんか嫌な予感がするんだ。

 山登ってる間に、何かヤバい事にならなきゃいいけど……。

 でもこの頭痛の感覚って、風邪というよりも、これまでずっと苦しめられた、あの身体中の痛みに似ている気がする。

 いや、似ているというかこれはもう完全にあの痛みだ。

 体の内側から造り変えられるような、気味の悪い鈍痛。

 それにこの痛み、バスの中で抜けた奥歯とも十分関係がありそうで、やっぱり嫌な予感しかしない。

 ま、まさかとは思うけど、山に登ったら気圧か何かの影響で、耳穴や目から脳みそがグチャァァって垂(た)れて出てきたりしないよな?



………

……

…



 子供のようにひたすら「帰ろう、帰ろう」とダダを捏(こ)ねたおかげで、どうにか俺が危惧(きぐ)していた電話の話から興味を逸らす事に成功した。……かなり強引だった気もするけど。

 ひとまず稲荷大社の本殿でお参りをした後、さらに奥へと進み、ゆるやかな階段を一段一段登る。

 案内図を確認してからそのまま進むと、朱色の鮮やかな鳥居がずらりと並ぶ光景が見えた。


「すごいなこれは……」


 行く先々でつまらなそうな感想を吐いていた原田も、さすがに目の前の朱色のトンネルには圧倒されたようで、そう一言漏らすとスマホで写真を撮り始めた。


「なんか異世界とかに行けそうだね」

「おいおい、ラノベの読みすぎだって平沢。こういう場所ってのはさ、やっぱり巫女服姿の狐耳の可愛い娘が出てくるのが定番だろ?」

「定番っていうかテンプレだど思うけど、宮川って随分(ずいぶん)マニアックだよね。僕の事言えないよ?」

「いや、学校で毎日ラノベ読んでる平沢には叶わねーよ」

「あれはただの参考書だけど……」

「お前らってさ……」

「なんだよ、原田」



「きもちわるい」


 ですよねー。

 ていうかさ、「きもちわるい」とか「きもい」って言葉、俺あんまり好きじゃないんだよな。

 だって、自分が気に入らない事全てに「きもい」とレッテルを貼ってしまえば、『俺はこいつらみたいな下等生物とは違って判ってるヤツなんだ、偉いんだ』と、まるで麻薬キメたみたいに、謎の優越感でお手軽にトリップできるんだぜ?

 大体日本人ってのはさ、麻薬は悪い悪いと言って散々に規制しておきながら、「きもい」っていう言葉の麻薬はみんな大好きで、大半は口に出さないヤツばかりだけど、みんな絶対、毎日のように「きもい」「きもい」って心の中で吐き捨ててるはずだし、しかも、癖(くせ)になってるのか、なかなか自重しようとしないんだ。本当マジできもいよな。


「ふん。全然わかってないな原田。世の中、キモくないやつなんて1人もいないんだよ! キモくて当然なんだよ。そんなのいちいち気にしてたら死ぬぞ?」

「でもTPOぐらいは弁えてほしいわ、宮川君」

「TPO? は? 何それ高村様?」

「『空気読め』って意味よ。本当、これだから男子は……」

「おい、だってよ。わかったか平沢、空気読めよ」

「ど、どうして僕だけ……」



 どこまでも続く朱色のトンネル。

 まるで美術館の中をゆっくり鑑賞するかのように俺達は歩く。


「綺麗だねー」

「うん、そうだね。ほら、鳥居の1つ1つに会社の名前とか個人の名前とか書いてるよ。これって寄付した人かな?」

「そうみたいですね」

「そういえば平沢さ、赤色で思い出したんだけど、2学期の始業式、なんでモヒカンだったんだ?」


 今まで敢(あ)えて誰も聞こうともしなかった平沢のモヒカンの件。

 俺はふとした好奇心から、ごく自然に、無意識的に平沢に聞いてしまった。

 それはまるで自分から地雷を踏み抜くようだった。


「今ならもう言えるかな、本当つまらない事だよ、とっても」

「ほう」

「僕のパパ、以前から某アイドルグループのファンでさ、いい歳して握手券目当てに結構な量のCDを買い込んでたんだ。だけど夏休みの終わりぐらいについにママが怒って大喧嘩になったんだ」

「うわぁ……」

「それからずっと僕の事なんかほったらかしで、毎日毎日くだらない喧嘩が続いて、僕が喧嘩を止めようにも話全然聞いてくれないし、連日の受験勉強を邪魔されてストレスが溜まりに溜まって……、ついにやっちゃったんだ」


 そう言うと平沢は自分の頭を指さした。

 つまり赤モヒカンにしてしまったということか。


「おいおい、他にも手はあるだろう」

「うん、でも自分でいうのも何だけど、真面目な僕が不良みたいになったら喧嘩やめてくれるかなって思ったんだけど、結局パパもママもボクの事なんかどうでもよかったんだろうね、僕がここまでしても、まともに取り合ってくれなかったよ」

「それはまた、随分とひどいですね……」

「それで僕、なんかもう家の事はどうでもよくなっちゃって……。とにかく早く独り暮らししたいなって思い始めて。だから高校はそれまで志望していたとこより1ランク上げて、学生寮がある東京の皇京(こうきょう)大(だい)付属(ふぞく)高校に決めたんだ」

「えっ!? 皇大付属って偏差値がすっごいとこだよね?」


 北条がびっくりした声を張り上げて驚いた。


「うん、1番じゃないけど、全国で上から10番目ぐらいだったかな?」

「す、すごいねー!」


 今までただのガリ勉君としか思われていなかった平沢が、尊敬と羨望(せんぼう)の眼差(まなざ)しで見られている。まぁ普通に凄いよな。……受かればだけどな!


「そうだったのか平沢……。てっきり暴走族でもやってたのかと思ってた」

「貴方が話すと、会話のレベルが底辺まで落ちるわね」

「あはははは、僕、バイクも興味あるからいつかは乗ってみたいと思うけど、世紀末にでもならなきゃモヒカンで暴走は無いよ」

「なんだつまんねーな。モヒカンやれよ平沢」

「髪が伸びたらやってもいいけど、皇京の校則ゆるゆるだったらね」

「それってさ、やらないって意味だよな」

「正解。さすが理解が早いね、宮川」


 う、うぜえ……。

 平沢のくせにそんなつまんねー事、ドヤ顔で言うな、ちくしょうが!



………

……

…



 先の見えない朱色のトンネルを喋りながらだらだらと進むと『おもかる石』と書かれた看板が立っている場所に着いた。

 看板の横には石灯篭(いしどうろう)が2つ並んでいて、その灯篭の上にはそれぞれ人の頭よりちょっと小さい丸い石が乗ってあった。


「これがおもかる石ですね。みなさん、願い事を思い浮かべてこの石を持ち上げてみてください」

「怜奈(れいな)ちゃんってガイドさんみたいだね」

「そうですか? でもこうして案内するのも意外と楽しいです」

「将来はツアーガイドさんにでもなるの?」

「興味はありますけど、きっと家族は許してくれないでしょうね」

「そっか。怜奈ちゃんのおうちって、なんだか大変そう……」



 願い事か……。

 女子が何やら雑談にふけっているけど、俺にはその内容が少しも頭に入ってこなかった。

 今の俺の願いといえば、この身体の事以外に無いって。


 体が元に戻りますように。

 体が元に戻りますように。

 体が元に戻りますように。


 大事なことなので3回祈った。

 それで、この石を持ち上げればいいんだな?


 俺はガシッとおもかる石を両手でしっかり掴むと、力を込めて持ち上げようとした。

 だけど石はピクリともしない……。

 まるで、石灯篭に張り付いているかのようだ。


 俺は腰を落とすと、気合を入れて必死に踏ん張り、とにかく力と知恵と勇気を振り絞って石を持ち上げようとした。

 が、やはり、このおもかる石なるものはピクリともせず、俺には持ち上げることができなかった。


「お、おい……持ち上がらないんだけど、これはいいのか?」

「ええ、反応は人によりますから」


 んな非科学的な……。人によるって、ねーよ!

 あれか? 俺は伝説の剣を引き抜けない村人Aみたいなものなのか?

 というよりもこれってさ、俺の力が情けないほど弱ってるってことなんじゃ……。


「じゃあ俺もやってみっか」


 俺がピクリとも動かせなかった石に原田が挑戦しようとする。

 あー無理無理、そっちのはガッチリと固定されてるから。

 原田が持ち上げたらきっと石灯篭ごと引っこ抜くことになるよ。

 ……ほらね。


「なんだこれ、拍子抜けだな。見た目と違って軽すぎんだろ」


 俺が必死に踏ん張っても持ち上げられなかった石を、原田はまるで発泡スチロールを持ち上げるみたいに軽々と持ち上げてしまった。


 あ……ありえねぇよ。

 い、いや、待て待て待て。

 原田はリアルチートだから信用に置けないって。あの石クソ重かったんだぞ?

 たぶん何かの間違いだって。


「じゃあ、僕もやってみようかな?」


 平沢か。

 平沢はもやしっ子ぽいから無理だろ。戦闘力でいえば2ぐらいしかないぜ。

 仮に持ち上げたとしても、やせ我慢しながらカッコつけて、体をプルプル震わせながら「か、軽いよこれ」とか言いそうだし。


「あ、本当だ。意外と重くなかった」

「だろ? 宮川のやつが大げさすぎなんだよ」

「マジか!? うそ……だろ……?」


 平沢は得意げに片手で持ってみせた。

 ち、ちくしょう、必死でやせ我慢しながらカッコつけてるくせに生意気だな。


「で、これが持ち上がったらなんかいいことあるの? 今井」


 平沢が今井に聞いた。

 そうだ。このおもかる石の意味について全然分かんなかったな。

 修学旅行のしおりにも書いてないし、グループ課題の事前調査でも調べて無い。


「これはですね、持ち上げたときに、思っていたよりも重かったか軽かったかで、願い事が叶うかどうかが分かるんです」

「へぇー、という事は腕力はあんまり重要じゃないんだな」

「ええ、『自分がどう感じたか』ですから。それで答えですけど、持ち上げた時に思ったよりも軽かったと感じた場合はその願いが叶って、逆に重かったと感じたら、残念ながらその願いは……ダメということです」


 えっ……。


「おおー! じゃあ俺はプロ野球選手になってメジャーデビューできるのか!」

「ぼ、僕も高校受験、ちょっと自信がついたよ!」

「お二人とも良かったですね」

「ほ、北条と高村様はどうだった?」

「わ、わたしは、か、軽く感じた、のかな……」

「な、何とも言えないわ」


 男どもと違って、女子2人は微妙な反応だな……。


「い、今井はやらないの?」

「私はお正月に一度やりましたから。良い1年でありますようにとお願いしながら持ち上げたら、驚くほど軽かったんです」


 あれが軽いとか……ねーよ!


「そうなんだ、なんか普通だな」

「普通が一番ですよ。占いなんて気休め程度でいいんです」


 普通が一番、か……。

 身体の異常を経験してから、俺はその言葉を死ぬほど実感してるよ。


「み、宮川君はどうだった?」


 北条が心配そうに聞いてきた。

 ……とはいえ俺はあの様だったしな。

 願いの内容はともかく、叶うか叶わないかの答えは、誰が見ても分かりきってる。


「お、俺はさ、真面目な話、身体の事を願ったんだよ。ここだけの話、前からずっと体調悪くてさ。ほ、他のヤツらには言うなよ?」


 あ、つい言ってしまった。

 真面目に健康の事を願った結果、それが願いが叶わないって、まるで死刑宣告だ。

 しかもそれを堂々と公表してしまったものだから、ほら、みんな一気に葬式モードに突入だ。


「そうだったんだ……宮川、大丈夫なの?」

「た、確かに、宮川君は修学旅行に来てから様子がおかしいですものね」

「ま、まぁ気にすんな宮川。たぶん、調子悪い時期が続いてるだけだろうし、飯食って寝てりゃそのうち治るって」

「うん、きっとそうだね。あはははは……」


 俺は笑顔でカラ元気を振りまいたけど、その後、なんかみんな急に俺に優しくなった気がして、ちょっと笑えるような、笑えないような。

 特に昨日の夜、俺がぶっ倒れたときの事の真相を知ってる原田なんかは、心配なのか、時々俺の事をチラチラ見てくる気がするし。

 でも本当、ここまで大げさにするつもりは無かったんだけどな。



………

……

…



 進んでも進んでも、朱色の鳥居だらけだ。

 俺達が歩いてきた道は、最初のスピリチュアルな森の雰囲気からは少しずつ変化して、今はちょっとした登山道みたいな感じになっている。

 ここに来るまでには、途中に大きな池があったり、お店があったり、線香焚(た)きまくりで蝋燭(ろうそく)立てまくりの祠(ほこら)があったり、茶屋みたいな食事処があったりで、見ていて飽きなかった。


 けれど、この奥に続く道は、ただひたすら鳥居と階段があるだけで、俺達はその階段を一段一段、黙々と登るだけだった。

 景色を見渡す余裕もなく、ぜいぜいと息を切らしながら階段を登っていると、後ろからブレザーを掴(つか)む感触がした。


 誰だよまったく……。

 階段だらけで死にそうなのに、俺を杖代わりにでもするつもりか? 勘弁してくれよ。


「はぁ……はぁ……。ごめんなさい、少し休みましょう」


 振り返ると、息を切らした高村が苦しそうに言った。

 今の場所がどの辺りか分からない。途中に分かれ道があったような気もするけど、まだまだ道半ばといった感じだろうか。


 石階段が続く道からほんの少し外れて柵から身を乗り出すと、はるか遠くまで見渡せる京都の街の風景が広がる。

 その大パノラマの景色から見える山の木々の中に、点々と秋色に染まり始めた紅葉が見えた。


「もう少しだけ頑張ろうぜ、高村様。みんな待ってるかも知れない」

「う、うん」


 石階段に戻って1段1段階段を上ると、辺りには狐の石像や祭壇みたいなのがたくさん並んでいて、どこか墓場にも似た雰囲気の場所に辿り着く。

 けれど、途中の分かれ道を間違えてしまったのか、他のみんなの姿はどこにも見当たらなくて、俺たち二人は完全にはぐれてしまったみたいだ。


「はぁ、はぁ、じゃあ、あっちで休もう、ここだと通行する人の邪魔になるしさ」

「え、ええ……」


 乱れた呼吸のまま高村にそう言うと、俺達は登山道から少し外れた、整備されていない荒れた道を進む。

 その荒れた道の周囲は、狐の石像が祭られた祠がたくさん立ち並んでいて墓場みたいだ。

 その墓場みたいな一角に、階段とはとても呼べないけど座るには丁度いい段差があったので、高村はそこに腰を下ろした。


「みんな……、先に行っちゃったのかな、はぁ、はぁ」

「き、きっと、とっくに奥へいってしまったわ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 おかしいな……。なんか異様に息苦しい。

 俺、身体に異変が起きてからそれなりに鍛えてたんだぜ?

 確かに3年間ずっと帰宅部だったけどさ、山登りってここまで息切れするものなのか?


 しばらく、俺も高村は呼吸を整える。

 すこし落ち着いてから高村はペットボトルのお茶をかばんから取り出して水分を摂る。

 俺はポケットから携帯を取り出して画面を確認すると、今井が言っていた通り、電波は完全に圏外になっていた。


「宮川君、座ったら?」

「いや、俺はいいよ。ここ狭いしさ」

「そう? ならお茶は飲まないの?」

「へ、平気」

「嘘ね」

「う、嘘じゃないって」

「目が泳いでるわよ」

「い、いちいち解説しなくていいよ」

「本当は水筒とか持ってきてないのでしょう?」

「う……」


 なんでそこまで分かるんだよ! うちの母さんじゃあるまいし。

 狼狽(うろた)える俺の様子に、少し笑顔を見せる高村。

 その笑顔は普段でもなかなか見せないぐらいの、とびきりの笑顔だった。


「やっぱりね、本当仕方がないんだから……。これ、あげるわ」


 高村はかばんからペットボトルを取り出すと、俺に渡してくれた。

 俺はそれを受け取ると、我慢できず蓋(ふた)を開けてごくごくと一気にお茶を飲んだ。


 あれ? このペットボトルのお茶の蓋って……開いてたような?

 それにちょっと中身が少なかった気がするし、しかもペットボトル用の可愛らしいカバーまで付いてるし。

 そんな疑問を感じながら、ふと座っている高村の方を見ると、俺と高村はつい目が合ってしまった。

 高村はなにやら「しまった」といったような微妙な表情を見せたかと思うと、露骨に俺から顔を背けて、自慢のロングヘアーで完全に横顔をブロックしてしまった。


「高村さ、このお茶ってフタが空い……」「道に落ちてたのよ、きっとどこかのおじさんが飲みさしにして捨てたんだわ」

「マジかよ? でもこれさ、なんでかわいいブタさんのカバーがしてあるんだろ? おっさんらしくねぇよなぁ?」


 俺はペットボトルの首を掴んで、マジマジと見つめた。


「か、返してちょうだい」


 再び俺のほうを向いて、高村は訴えかける。


「やだ。どこかのおっさんに返さないと」

「宮川君は疲れているのてしょ? 私が後で返しておくわ」

「いいよ、高村も疲れてるんだろ? 後で俺が警察に渡しておくからさ」

「と、とにかく返してちょうだい」


 高村がそう言うと、ブタさん柄のカバー付きペットボトルを俺から奪おうとして圧し掛かって来そうになった。

 俺は横からペットボトルを奪おうと伸びてきた高村の手を乱暴に振り払うと、すぐさま飛び退いて高村から距離を置いた。

 俺の身体に触れられる事に対する強烈な警戒心からの行動ではあったけど、それはまるで、高村を露骨に毛嫌いするかのような乱暴な振舞となってしまった……。




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