24頁 ~説伏~
ブルルルルルルルルル……
俺の携帯が震えた。
携帯の画面には、またしてもあの『番号非通知』の文字。
まるで俺の近くで、祐馬が立ち去ったのを見ていたかのような絶妙のタイミングだ。
俺は冷静を装い、周囲に潜伏していると思われる犯人を捜す素振りは一切見せず、いつも通りの堂々とした態度で人ごみから少し距離を取ると、壁を背にして通話ボタンを押した。戦争開始だ。
「宮川瑠伊、あなたの秘密をバラされたくな……」「よぉ犯罪者、お前のやってる事ってさ、立派な脅迫罪だぜ? 確か脅迫罪は罰金30万円もしくは懲役2年。刑法の中じゃそこそこ重い方だな。ちなみにお前、ド素人すぎて全然知らないみたいだから教えてやるけど、番号非通知にしたら絶対バレないと思い込んでるだろ? でもそれって大間違いだからな。この番号非通知ってのはな、実は携帯の画面に番号が表示されないようマスクされてるだけで、携帯の通話記録を漁れば、てめぇの番号もばっちり残ってるんだぜ? 携帯じゃ見れないように設定されてるけどよ、家に帰って解析ツール使えばお前の電話番号とか一発で分かるからな。それから、俺の携帯をこっそり盗んで証拠隠滅図ろうとしても無駄だからな。俺が被害届を出せば、電話会社側の通話記録も警察がちゃんと調べてくれるからな。でも、もしそうなってしまったら、窃盗罪に脅迫罪でいきなり前科2犯持ちか、こりゃすげぇな。あーさて、ここから本題なんだけど、今から言う事は最終警告だから耳かっぽじってよく聞けよ。まず最初に、俺、この修学旅行終わったら被害届け出すつもりだから。被害届が警察で受理されたら冗談抜きでガキのいたずらレベルじゃ済まなくなるからな、そこんとこはマジ覚悟しとけよ? だけどお前が謝罪するなら考え直してやってもいい。もし本気でお前が謝る気があるなら、今から5分以内までだ。山に登ると電波届かなくなるらしいしな。まぁとにかく謝る気があるなら、非通知設定解除して電話かけ直してこい。もちろん、ちゃんと名前と住所と年齢、職業性別全部言えよ。それからさ、お前、俺の秘密を知ってるとかなんとか言ってたけど全然分かってないって。俺の父さんが警視庁のサイバー犯罪専門の刑事だってお前全然知らないだろ? それに俺の父さんって堅物だから、こういう事してくる馬鹿には冗談ぬきで容赦しない人だし、俺も父さんの職業とか人脈とか全部利用させてもらうつもりだから、その辺よく考えとけ。俺の言ってる事、脅迫じゃなくて事実だからな、嘘だと思うなら納得するまでネットで調べてみろ。あ、でも謝罪するならあと4分以内だからな。それじゃ、さ・よ・う・な・ら」
ブチッ。
くくくくくく……。はっはっはっはっ!
これでもかというほどのブラフのオンパレードでまくし立ててやったぜ。ざまぁ見ろだ!!
てかやばい、やばすぎ! 俺すっげぇ興奮してる!
さっきから心臓がすげぇ速さでドクン、ドクンって鳴り響いて止まらねぇし。ていうか、いきなり心臓止まったら死ぬか。
俺の結論。
相手の情報を収集するために、ひたすら媚びる作戦は止めて、脅迫電話を逆手にとって、相手が動かざるを得ない状況を作り出すことがベストだと考えた。
電話中、ずっと一方的にまくし立てたのは、相手に何一つ言わせないためだ。
途中で相手が話を遮ろうとしてもかまわず話し続けるつもりだったけど、相手はずっとダンマリだったな。
脅すなら 土下座させよう 脅迫犯 ……なんてね。
最初はさ、脅迫女をどこかに誘導して、こそこそと相手が誰かとか、目的は何だとか、地道に確認してから対応を考えようと思ったけど、その方向だと時間がかかりそうだし、いまいち決定打に欠ける気がしてさ。
で結局、考えた末に俺が行きついた結論は、何もかも一気に叩き潰してやる事だった。
そもそも相手の土俵の上でやり合う必要なんか無いんだ。
屈強なスモウ・レスラーが相手だったとしても、土俵の外から銃で撃ち殺せば終わりだ。スポーツじゃあるまいし。
実は1回目の脅迫めいた電話がかかってきた後、平沢にこっそり頼んで脅迫罪についてスマホで調べてもらったんだ。
平沢には、1回目の電話が実は脅迫電話だったってバラしちゃったけど、まぁそれは大した事じゃないかなって判断した。
時間さえあれば、もっともっと相手に追い込みをかけられそうな材料を集めたかったのだけど、相手がいつまた電話掛けてくるか分からなかったから、ひとまず罰金とか、懲役とか、物騒なところだけ必死に抑えて、その他はこれまでネットで知った雑学に色々アレンジ加えて、デタラメにデタラメを並べ立ててやった。
大体さ、非通知の電話番号が分かるツールとか、冷静に考えれば『友達の友達の凄腕スーパーハカー』並みに怪しい存在だぜ?
だけど最初にきついパンチ食らわせて思考停止に追い込んだら、あとは考える余裕さえ与えなければ、どんな嘘を並べても、相手の頭の中で本物に化けるんだ。
当然ながら相手が正しい知識を持っていた場合はこの手が一切通用しない。
このブラフの山が看破されてしまったら、逆に俺の方が窮地に立たされていただろう。
だからそこはもう賭けだった。焼け糞だ。Eat Shit(糞喰らえ)だ!
ちなみに、父さんが警視庁のサイバー犯罪専門うんぬんっていうのも大嘘だ。
俺の父さんの職業といえば『スフィアの騎士』だからな。もちろんネットゲームの世界の話だけど。
ていうか、俺自身が一番マヌケだと思ったのが「嘘だと思うなら調べてみろ」と自信満々に言っておきながら、「謝るなら5分以内」だとか言って、碌に調べる時間を与えない矛盾したところだ。
我ながら実にいやらしくて、狭量で、余裕がない。
「ねぇ宮川君、今の電話は何だったのかしら?」
げっ……高村。いつから居た!?
「げ、ゲームの話だよ。ほら、『現実オンライン』ってすっごい理不尽なゲームがあってさ……」
「宮川君」
「は、はい、高村様?」
俺に詰め寄ってくる高村。
「……みんなが向こうで待ってるわ。私、貴方を呼びに来てって言われたのよ? そんなつまらない話聞かせないで」
「まったくだ。1人コソコソ隠れて電話でペラペラペラペラ、けしからん奴だよなぁ」
「自分の事を他人事のように言わないで。それより貴方、さっき電話で話しているとき、ものすごい怖い顔してたわ。本当は何かあったんじゃないのかしら?」
参ったな……。顔に出てたのかよ。
「そ、そんな変な顔してたのか?」
「ええ、唇の角が少し歪んで、とても辛そうに見えたわ。でも貴方の事をよく知らない人からすればきっと普通に見えたのでしょうけど、私には分かるもの」
何それ怖い。
もしかして顔面鑑定士の資格でも持ってるのか? って思ったけど、俺も高村の偽ポーカーフェイスをそれなりに見破れるからな、ある意味お互い様だ。ちくしょう。
「いやさぁ、俺ってイケメンだろ? 実は俺の事が好きだって子から電話があって──」
「嘘ね」
「ちっ」
「今舌打ちしたわ」
「い、いちいち解説しなくていいから」
「本当の事を教えて。さっきの電話は何かしら?」
「し、しつこいな、恋人と愛の言葉を交わし合ってたんだって。邪魔すんなよ」
「それも嘘ね、貴方みたいな人を好きになる生物なんて血を吸いに来た蚊ぐらいですもの」
「ひ、ひどいや高村様……」
ブルルルルルルルルル……
手に持っていた俺の携帯が最悪のタイミングで震えた。
その駆動音は間近にいる高村にもよく聞こえるほどだった。俺はブルブルと振動し続ける携帯の画面を高村には見えないようにして確認する。
画面には見たことのない数字が羅列されていた。
このタイミングで番号非通知ではないという事は、やはり脅迫者の謝罪の電話としか思えなかった。
「高村、少し時間がかかりそうなんだ。みんなに待ってくれるよう伝えてくれないかな?」
「お断りよ。それよりさっさとそのいやらしい電話にでたらどうなの?」
あっちいけよクソが!
しょうがない、あれだけまくし立てておきながら電話に出ないなんて真似すると、相手が暴走する可能性だって否定できない。とりあえず電話に出るか。
「はい宮川です」
「もしもし宮川……君ですか? わ、私は緑川律子。夕凪台中学3年6組。ち、中学3年生の女子で……す。じ、住所は──」
ふん。落ちたか。脆いな。
……って緑川って同じクラスの女子だよな。けどどんなヤツだったっけ? 名前は知ってるんだけどな。
必死に思い出そうと考えていると、高村が俺の会話を盗み聞きしようと身体を近づけてきた。
「よく聞こえないわ。音量を上げてちょうだい」
おいこらっ! 馬鹿な事言うな高村、相手に聞こえたらどうすんだよ。
「……さっき、さ、先ほ、ほどほどは、き、脅迫の電話かけて、ご、す、すいませんでした。謝る……ります」
「分かった、この場はとりあえず許すけど、次なんかあったら許さないからな」
「は、はい」
「それで、なんであんな電話掛けてきたの?」
「…………」
あれれ? 何にも言わなくなったぞ?
「…………」
「てめぇが、あたしの好きな人をいじめたからに決まってんだろうが!? ああん?」
げっ……!? 急に態度が変わりやがったぞ!?。
逆ギレか!? それともずっと猫かぶってやがったのか?
「は?」
「は? じゃねーよ。おいチビ助、その小せぇ脳みそで考えりゃ分かんだろ?」
お、俺がいじめたやつぅ!?
緑川のやつ、好きな人って言ってたよな。ということは男子か?
俺がいじめた男子といえば……。あぁ、もしかしなくてもヤツらのことか。
「おいこら糞女、テメェの男趣味にあーだこーだ言うのもなんだがよ、おまえ最悪の趣味してんのな」
「ああん? 舐めた口きいてんじゃねぇよ! てめぇの秘密言いふらすぞ?」
「あーまた言ったな、冗談抜きで社会的に死にたいのか? 律っちゃんよぉ」
「り、りっちゃん? ちっ……。わ、悪かったよ」
「まぁ俺もひどい事言った気がするから今のはノーカンにしてやるけど、お前の言う好きな人って、もしかしなくても生倉か登呂杉の事だろ? 俺、体育祭であいつらボコボコにしてやったし」
いつの間にか高村が、俺のすぐの隣で顔をピタリとくっつけて堂々と会話を盗聴していた。
おいおい、近すぎだって! ち、ちょっと俺が横に振り向けばチューできそうだぞ?
それとも先に舌出してペロペロしてやろうか?
「はぁ? 馬鹿かお前。あんな汚物を何であたしが好きになんなきゃいけねーんだよ!」
「だって俺がいじめてた男子だろ?」
分からん。さっぱり分からん。
だけどもし緑川が言う『いじめ』が、ただの『じゃれ合い』だったとしたら、交友範囲が広すぎて特定できねぇぞ?
「馬鹿か? あたしは男子なんて一言も言ってねぇよ!」
「は?」
えっ? えっ?
「てめぇ、昨夜涼ちゃんに何を吹き込みやがった?」
「昨夜? 涼ちゃん?」
ああ、佐伯の事かよ……。
「あたしはな、見たんだぞ! 深夜にお前と涼ちゃんが旅館から抜け出したとこを!」
げっ、見られてたのかよ。
……って、もしかしなくても緑川の好きな子って佐伯なのか!? ガチでなのか!?
ていうか、俺を脅すために自分の秘密を暴露しちゃってるよなこれ。いいのかよ?
「おい緑川、もしかしてお前の言う秘密ってその事か?」
「はぁ? それだけじゃねぇよ! 秘密ってのはな宮川、てめぇが涼ちゃんに告白したことだよ!」
「……………………は?」
ちくしょう! 佐伯のやつペラペラと喋りやがったのか!?
「だ、だ、誰に聞いたんだよ!?」「ちょ、ちょっと待ちなさい、今の話本当なの?」
突然、高村が横から俺の携帯を奪い取ると、もう片方の手で俺の顔面を押えながら、受話器に向かって問いかけた。
「おいこら高村、返せ!」「そうよ……高村です。悪いけど横でずっと聞いていたわ……ええ……そうね」
俺は顔面に張り付いた高村の手を剥がして携帯を奪い返そうとするが、難なくひらりと回避する高村。
女子じゃなく男子が相手だったら抱き着いてでも奪い取ることができたのに。……って、この身体じゃ、相手が男子でも無理だよな。クソがっ!
とにかく俺は必死に携帯を取り返そうとしたが、高村の身体に触れるわけにもいかないし、逆に高村に触れられるのはもっと不味いので、俺と高村は、傍から見ればバスケットボールの試合のような、奇妙な携帯の取り合いが続いた。
「……ええ、ええ、そうだったのね。教えてくれてありがとう、緑川さん。それじゃ」
高村が通話を切った。
「おいっ! ちょっ! 携帯返せよっ! か、返してください、高村様」
「みんなを待たせてしまったわ。早く戻りましょう、宮川君」
高村は俺の携帯を握ったまま、みんなが待つ楼門前に速足で向かった。
緑川のやつ、高村に何吹き込みやがったんだ!?
「それにしても驚いたわ、貴方、佐伯さんに告白したのですってね」
「そ、それがどうした」
「宮川君、佐伯さんとはすぐに別れた方がいいわ。彼女、口が軽すぎだもの」
「はぁ? 別れるも何も俺は……」「随分と遅かったね2人とも」
平沢が話しかけてきた。
楼門前の階段下でみんな退屈そうに突っ立っている。
「ごめんなさい。ちょっとトラブルがあって」
「なんか宮川君と洋子ちゃん、電話してたよね? 何かあったの?」
北条がそう言いながらすんごい目でこっちを見てる。
目から教えろビームが飛んできそうなぐらいだ。
「ええ、色々と……。でもどこまで言えばいいのかしらね、宮川君」
「と、とりあえず先にグループ写真とろうぜ。俺のつまんねぇ個人的な話は、山でも登りながら聞かせてやるよ」
やっぱり俺の運勢って大凶なんじゃないかな、脅迫者を論破して完全勝利の予定だったのに、全然思い通りにならねぇ……。
俺は息をすぅっと吸い込むと、大きくため息を吐き出した。
すると、ずっと治まっていた鈍い頭痛が、じわじわと疼きだしたのを感じた。




