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月桂樹の唄  作者: 松山 京平
秋風編
24/73

23頁 ~仮面~

 とても長い一瞬(・・・・・・・)の出来事だった。


 どれぐらい時間が経っただろうか?

 1秒がこれほど長く感じたのはいつ以来だろうか?

 通話はすでに途切れ、携帯の液晶には現在時刻が表示されている。



『宮川瑠伊、私はあなたの秘密を知っています──』



 このたった一言を聞いた瞬間、俺はリアルタイムで血の気が引いていく瞬間を実感した。

 通話ボタンを押してすぐに聞こえたあの声は、俺に「もしもし、どちらさまですか?」と言う間も与えてくれなかったし、あるいは向こうから「もしもし、宮川くんですか」といった確認の言葉もなかった。


 携帯をポチポチ操作して通話履歴を確認すると、画面には『通話時間 6秒』と表示されていた。

 言いたい事だけ言ってすぐに通話を切った、というところだろうか……。


 声は明らかに女の声だった。

 だからといって個人が特定できない以上、相手が本当に女であるという確証はどこにも無い。男が女声出してたとか、ボイスチェンジャー機能を使ったとか、逃げ道を考えだしたらキリがない。

 そしてこれは俺の直感でしかないのだけど、目の前にいる北条、今井、高村の3人の仕業じゃないとは思う。

 でも、あまり考えたくもない事だけど、この中の誰かが、電話をかけてきた女と共犯関係にあるという可能性も十分に考えられるよな……。


 そもそも俺の身体が急激に変化したのは修学旅行が始まってからだ。

 『秘密』とやらが俺の身体のことを指すのなら、真っ先に気が付くのはここにいる5人だと思うんだ。

 けど、実際のところはどうなんだろう?

 仮に俺の身体が変だと気付いたのなら、わざわざアリバイまで作ってこんな脅迫なんかしてこないはずだし、まず最初に俺の身体を調べようとするはずだ。

 あるいは、意味深な話題を投げかけて探りを入れてきたり、肩をポンポン叩いたり、冗談交じりに肘をグリグリ当てて、俺の身体の感触を確かめようとしたり、とかさ。

 ていうか俺的にはむしろ、さっきのおかしなイタズラ電話なんかより、今井みたいに予測不能な天然さで、俺の痴態(ちたい)を周囲に平気で見せびらかすような真似をされる方がよっぽど恐ろしいんだけど。



 電話に出た瞬間を思い返す。



 あの衝撃的な言葉に、俺はどうすればいいかパニックになって言葉が出なかった。

 もしも俺が、あの時何か声を出していたら、きっと相手に動揺している事が伝わっていただろう。結果的に無言を貫き通した形になったけど、はたしてあれはベストな判断だったのだろうか?

 正直なところ、今はまだ分からない。

 とにかく不気味だ。無言電話のほうがまだ可愛げがある。


 やがて俺の思考は、前後左右上下、過去、未来とランダムに交錯し始めると、4/5拍子のリズムに合わせて、右手で三角を描(えが)きながら、左手で四角を同時に描(か)き続けるぐらいグチャグチャになって、やがて問題の核心部分からどんどん離れ、いつしかクラスの女子全員を手籠めにするものの、15股の浮気がバレて女子達に詰め寄られるという素敵すぎるハッピーエンドを迎えていた。




「宮川、今の電話は誰からなの?」


 妄想に耽(ふけ)っていた俺に、平沢が電話について興味あり気に聞いてきた。


「分かんない、どこかの馬鹿女がいたずら電話かけてきやがった。ほら、番号非通知だし」

「へぇー、なんて言ってたの?」

「なんて、と言われてもな……意味わかんねぇ事言ってたし」

「いたずら?」

「さぁ? こっちが聞きたいぐらいだって」


 釈然としない平沢。

 俺は平沢と話しながら、念のためこの部屋にいる全員の様子をそっと確認した。しかし、誰一人として怪しい様子は無いように見える。

 やはりこの中の誰かが、何らかの方法を使って、あるいは他の誰かと共謀していたずら電話を掛けてきたなんて、どうにも想像がつかないよな。


 そもそも携帯は父さんに買ってもらってからまだ1か月ぐらいしか経っていない。

 それまでは俺専用の携帯電話なんて持ってなかったから、俺の携帯番号を知っているやつは、ここ1か月以内に俺と交流があるやつしかいない。

 具体的には、父さんと母さん以外じゃ、学校の同級生ぐらいしかいないはず。

 しかも相手は俺の名前をフルネームで言ってきたから、少なくとも部外者によるいたずら電話や間違いの電話という線は薄い。

 インターネット上に俺の番号や個人情報を晒すような大馬鹿野郎は流石にいないと思うけど……。そういう類(たぐい)のケースは考えてもしょうがない気がする。


 やっぱり常識の範囲内というか、最初にピンときた第一感ってヤツで信じるなら、このふざけた非通知電話をかけてきたのって、同学年の女子、それももっと範囲を絞ると同じクラスのヤツとしか思えないんだよな。


 うーん、考えすぎかな? いや、まだまだ情報が少なすぎるな。

 迷宮入りか? 

 いやいやいや、それは早すぎだろう。推理もののドラマで言えば、まだ殺人事件すら起きてないって。落ち着け俺。


 とにかくだ。

 当面は意味が分からないという演技に徹して、また電話がかかってくるようなら相手から情報を引き出してやろうぜ。


 相手の狙いは? 目的は? 特徴は?

 なんだっていい。

 情報が増えれば相手が絞り込めるんだ。


 とりあえず今の状況を簡単にまとめるとだな……


 『脅迫的な電話を掛けてきた相手の年齢は、10代から20代、もしくは30代から90代の女性。ただし男性の可能性も否定できない。同級生の可能性が高いが、顔見知りの日本人もしくは気まぐれを起こした外国人が偶然電話してきた可能性も大いにありうる。犯行の計画性については、突発的な思いつきの可能性が高いが、そう見せかけて、裏では随分前から用意周到に計画された可能性も否定できない。犯行動機は幼稚ないたずら心からと思われるが、怨恨(えんこん)による脅迫の可能性も十分に考えられる』


 という具合だ。

 ……なるほど、わからん。っておいコラ!。

 俺の脳内に住みついている自称プロファイリングの達人は、まるで役に立たねーじゃねぇか! この給料泥棒め、ちくしょうが!



 再び、ブルルルルルルルと手に持っていた携帯が震えた。

 画面には『黒田先生』の文字。


「あ、今度は黒田からだ」


 俺はそう呟(つぶや)くと、すぐに通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てた。

 黒田から電話がかかってきたと知って、みんな俺に注目する。

 おいおい、そんなに俺を見つめるなって。俺のイケメンフェイスはどこにも逃げたりしねーよ。

 俺的にはみんなの注目を一心に集めたこの瞬間、背景にキラキラエフェクト背負ってる感じだけど、きっと鏡を見て現実を知ったら、背の小っさい間抜け面(づら)の糞ガキが1人、ドヤ顔で悦に浸ってるだけなんだろうな……。悲しい。


「はい宮川です」

「ミスター宮川、そっちはどうかね?」

「あーミスター黒田、今さっき旅館に着いて、部屋に案内してもらったところです。オーバー」

「そうか、ネクスト・ミッションは、そのままイナリ・シュラインへ向かってくれたまえ。我々ももう少ししたらムーブするから現地でランデブーだ。そこでクラス写真を撮るからな、はぐれるんじゃないぞ、オッケィ?」

「お、おっけぃ……」

「それではミスター宮川。ミッションスタートだ。グッドラック!」


 黒田が言っていた事をみんなに伝えようとしたとき、今度は今井のスマホから可愛らしい着信音を鳴った。

 今井はすぐに電話に出ると「はい、はい、わかりました、それでは失礼します」と丁寧に返事を返すと、会話は1分もかからずに終わった。


「黒田先生からでした。稲荷大社に向かうように、とのことです」

「俺も黒田から同じことを言われたぞ?」

「たぶん黒田先生は僕らが別々の部屋に泊まってると思ってるから、今井にも掛けてきたんだよきっと」


 平沢は自慢げなそぶりも見せず、ごく普通に答えた。


「なるほどそういう事ですか。だから私と宮川君両方にわざわざ電話を掛けてきたのですね」

「よし、じゃあでかい荷物置いてさっさと行こうぜ!」

「みなさん、2時間ほど山に登るはずなので、トイレなどは今のうちに済ませておいてください」


 張り切る原田に、教師みたいに注意を呼びかける今井。

 午前中のぎこちない関係を吹き飛ばすようなこの団結力が心地いい。


「あの……怜奈ちゃん、部屋の外にもトイレはあるかな?」

「ありますよ、ついて来てください」

「私も行くわ、今井さん」


 女子達は今井の後に続いて部屋からぞろぞろと出て行った。

 女将の桜さんも、中年のツアー会社のおっさんも、俺達に一言いうと今井達の後に続いて部屋から出て行った。


 ちなみにツアー会社のおっさんは、稲荷大社までの道案内を済ませると撤収するとか言ってたな。

 ということは、稲荷山から戻ってきたときは、俺達生徒だけということか?

 おいおい、マジでいいのかよ?

 こんなすごいシチュエーションで健全な男女を一緒の部屋に宿泊させるとか、もう何が起きても俺は知らないからな。



「あー女子ってのは面倒くせぇなぁ。トイレならこの部屋にあるのによ」

「うん。僕、わざわざ友達と一緒にトイレに行く行動が理解できないよ」


 そりゃ平沢はぼっちだから理解できないんだろ。

 女同士で行く理由は流石に俺にもよく分からないけど、男同士で連れションに行く理由ならいろいろあるんだぜ。

 トイレで見せ合いっこしてブツのデカさを競いあったり、色具合を確認しあったり、放水力を競い合ったり、スブ濡れになるまでぶっ掛けあったりとか、いろんな子と(・・・・・・)、いろんな事(・・・・・)ヤるんだよ。

 …………もちろん嘘だからな。


「まぁ男女一緒の部屋のトイレなんて使いにくいだろ? うんこの音とか聞こえたら気まずいし」

「あ、そっか。そうだよね、ドア越しに水とかかけられちゃうし」


 おいおい、水をかけられるとか、どこの小学生だよ……。

 今時の活(い)きのいい中学生ってのはな、その後の人生全てを引き換えに灯油をぶっかけてオイルライターを投げ込むんだぜ。クレイジーだろ?



………

……

…



 女子達がトイレから戻って来ると、出発前の最後の手荷物確認をする。

 山登りの準備の指示は今井が仕切ってくれたおかげで、俺は楽ができて助かった。

 なんでも今井は稲荷山に登ったことがあるらしくて、細かい注意点等もバッチリ説明してくれた。


 今井が言うには、山頂まで登るには階段がやたらと多くて結構大変らしい。

 山中には売店がいくつかあるけど、午後3時を過ぎると早くも店じまいを始めるそうな。

 また山中には公衆電話が1つも無くて、奥に行けば携帯の電波も届かなくなるとか。

 もちろん山中にはトイレなんて無いらしいから、漏らしたりしたら最悪だな。


 入念な準備をし終えると、俺達は鞄(かばん)を手に旅館の入り口から外へと出る。

 そして外で待っていたツアー会社のおっさんと合流し、箒(ほうき)を片手に掃除をしていた女将の桜さんに「いってきます」と挨拶をすると、稲荷神社目指して歩き出した。




   ◇   ◇   ◇




 人を不安にさせる方法。

 やり方はいろいろあると思うけど、その中の1つとして、相手に自分の存在を認知させておきながら、具体的な情報は一切与えないこと。

 無言電話なんかがその典型だけど、今回は相手が更にカードを1枚切ってきた。


『あなたの秘密を知っています』


 仮に俺の身体の事を知っているとして、こう揺さぶって来たのなら、それは実にいやらしい手を打ってきたなと俺は思った。

 特に、相手が俺に何も要求をしていないという点。

 俺を疑心暗鬼にさせて困らせるのが目的なら、ここが一番重要だ。


 何も要求してこないということは、俺を動揺させる事が目的なのだろうか、もしくは挑発のつもりなんだろうか……。

 理由はどうあれ、俺が相手の立場なら、次にやる事は他の生徒に紛れてじっと俺の反応を観察する事だ。そのとき必ず、俺の姿がはっきり見えるポジションを取るだろう。そしてさっきと同じように、コソコソと携帯で意味深な言葉で俺にゆさぶりをかけて、反応を確認するはずだ。

 少なくとも俺ならそうする。だからもし、相手が次もその手で来たのなら俺は堂々と振舞っていればいい。相手を探す必要もない。


 これは一種の情報戦だ。

 相手の思惑にハマらず、相手に情報を与えず、相手の情報を集める必要がある。

 だからここからは演技力勝負……いや、どちらかといえば胆力(たんりょく)勝負になると思う。


 けど正直なところ、このままずっと後手に回るってのは癪(しゃく)だな。

 一層(いっそ)の事、こちらから何か仕掛けてやろうか。

 よし……。




   ◇   ◇   ◇




「コンコン! さてわたしは誰でしょう?」

「さ、さっぱり分からない……いったい何者なんだ?」


 稲荷大社へ向かう途中、ついつい入ってしまった土産物店の店内。

 俺の目の前には、白い狐のお面をかぶった謎の女が立っている。


「わたしの声、分からない? そんなんじゃダメだよ? じゃなかった、ダメだコンよ? 本当に困った子だよね、る……宮川君は。そんなんだから彼女ができないコンよ!」

「ふん、人間のフリをしたキツネ風情が、人様の情事を語るとか生意気だな。斬り捨ててやろうか?」

「だ、ダメだよ。じゃなかった、ダメだコン! 虐待だコン!」

「……貴方達、いつまで遊んでいるの?」

「あれ? 高村様がいるということは、目の前のキツネ女は一体何者なんだ……」


 なんてな。

 制服のスカートからチラチラと見える艶(なま)めかしい太もも、そして抱き心地がよさそうなむちむちとした身体つき。よく見知った体型だ。


「あ、このお尻の形は……もしかして北条かな? 女狐め、北条に化けるとは全くけしからん妖怪だな。本物かどうかそのお尻を触って確認してやる」

「お、お尻……って、や、やだっ! 何言ってるの宮川君!? やめようよ、ね? あたしだよ!」


 慌てふためく女狐は、白い狐のお面を急いで外して素顔を晒した。


「もう、せっかくお面買ったのに、宮川君ってひどくない?」

「あれれ? 北条じゃないか。今までどこ行ってたんだよ。俺さ、さっきまでお尻が可愛らしい狐の妖怪と戦っていたのに……」

「はぁ……。相変わらず下衆で最低なことしているのね、宮川君。本当に汚(けが)らわしいわ」


 俺と北条の幼稚な遊びを見ていられなくなったのか、店の外から高村が呆れた顔をしながら近づいてきた。


「ふん。高村様め、いいことを教えてやろう。男ってのはな……」

「遠慮しておくわ。脳が腐りそうだもの」


 ちっ。最後まで聞けよ。

 男ってのはな、好きな女の子相手だと、ついからかいたくなるんだよ! ってカッコつけたかったのに。あー残念だ残念だ。言えなくて本当に残念だー。


「みなさん、集合まであまり時間がありません。そろそろ行きましょう」


 ツアー会社のおっさんをほったらかしで遊んでいたら、今井が出発するよう促(うなが)した。

 携帯で時間を確認すると、確かに今井の言った通り、集合時間が差し迫っていた。




 俺達は賑わう土産物店がずらりと並ぶ通りを少し駆け足気味に通り抜ける。すると眼前にはひと際鮮やかな建物が見えた。

 楼門(ろうもん)と呼ばれる朱色と白のコントラストが美しい稲荷大社の入り口のようなその巨大な建物の階段下には、すでに6組の面々が集まっていた。


「おまえら遅せぇぞ!」

「うるせーばか! どれだけ距離があると思ってんだ!」


 野郎どもが俺を見るなり罵倒してきたのでとりあえず言い返した。

 でもごめんなさい、実はあんまり距離は無いです。

 みんなでお土産屋さんとか覗いてキャッキャウフフしてリア充みたいな事してました。


「オッケェイ、エブリワン、クラス写真を撮ったらグループ行動で山に登るぞ。さぁ並んだ並

んだ」


 楼門前には多くの観光客がいたので、階段下にクラス全員がサッと集まると、すぐさまクラス写真を撮って散会した。

 前回の反省も踏まえて、俺は最前列に陣取ってしゃがむ体制で撮影に挑んだ。こうすれば身長が低い事がバレにくいからな。




「瑠伊、俺、ここで決行するから」


 クラス写真を撮り終え、ツアー会社のおっさんが黒田にペコペコ謝りながら撤収する様子をじっと見ていたら、祐馬が俺の横にやってきて小さな声でそう呟いた。


「おおっ! マジで!?」

「ああ。しかもさ、聞いて驚けよ。藤倉のほうから誘ってきたんだぜ? 今までいい感じだったし、これもうゴールしてもいいよな?」

「マジかよ! おめでとう祐馬! 先に祝ってやるよ!」

「ありがとうな、じゃあ行ってくるわ」



 祐馬は嬉しそうに藤倉達のグループへ戻っていった。

 これがドSの藤倉に踏みつけられる祐馬の日々の始まりであった……。なんてな。




■人物紹介■(2015年10月25日追記)


今井(いまい) 怜奈(れいな)


 初登場:7頁(ページ)

 市立夕凪台中学3年6組。書道部。学業成績は学年上位10位以内。

 身長:164cm 体重:54kg

 誕生日:4月4日


 ふんわりセミロングのお淑やかなお嬢様。

 クラスの内外でしっかり者のお嬢様としてみんなから尊敬されているが、一方で『庶民感覚』からずれた天然な一面もある。

 当の本人も庶民的な常識が少し足りないと自覚していて、それがコンプレックスになっている。

 実家の今井家は相当の富豪で政財界に広く影響を持っているらしく、彼女もまた、中学生にして人脈が広いようだ……。


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