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東大寺の見学が終わった後は全クラス揃って昼食だ。
場所は奈良公園の近くにある土産物店の2階。和風な佇まいで、窓の外からの見晴らしも抜群だ。
……だけど昼食はカレーだった。
奈良にまで来てカレーかよ! と俺は思わず愚痴をこぼしそうになったが、どうやら俺と同じ事を思っていた奴がいっぱいいたらしく、周囲からは「奈良に来てカレーかよ」といった話し声がぼそぼそと聞こえてきた。
まぁでも中学生の修学旅行だし、豪華な食事なんて最初から期待するほうがおかしいか。それにカレーは普通に美味しいし、鹿せんべいよりかははるかにマシだと思えば十分すぎだよな。
鹿せんべいといえば、午前中、東大寺に向かう途中で平沢が「人間でも食べられる」って言うので鹿せんべいをひとかけら貰ったけど、まるで味がしなかった。なんだこりゃって感じだ。人間でも食べられるそうだが、所詮は鹿専用ってことか。
………
……
…
昼食後は奈良公園で自由時間。
しおりによると、この自由時間は別にグループ行動でもないのでぼっちで行動しても良い。
そういえば、本物のぼっちはどんな状況でも24時間ぼっちだって、昔のアニメで自虐的にネタにしてたよな。
例えば今回の修学旅行みたいに、あまりよく知らない誰かとグループ行動を強制されたとしても、ぼっちにとってそれはただ他人が近くにいるだけであって、精神的にはずっとぼっちなんだろう。
なんか、平沢や原田や高村を見ていると、ついそう思ってしまうんだ。
しかしそれを言えば、今井や北条だって十分怪しく思えてくる。
あの2人のそれぞれの人間関係だって、いったいどこまでが本物なんだろうか? もしかしたら、いや、もしかしなくても、表面だけの仲良しごっこをずっと続けているだけかも知れない。
そう考えると俺だって似たようなもんだ。
俺の人間関係だって、言ってしまえば大根の桂剥きのようなものでしかない。そこそこの顔の広さがあっても驚くほど薄い関係。何かの拍子に手元が狂ってしまえば、はたまた力加減を間違えてしまえば、いとも簡単に切れてしまうんだ。
いつか別れの時がやってきて、やがて疎遠になってプッツリと途切れてしまったら、俺はそれまでの思い出は胸に秘めて、また次の大根を探しに行くんだろう。
人と人との関係なんてものは、いつだってそれっきりで、脆くて、儚くて、使い捨てで、練習台で……。そんな不毛とも呼べるような事を、きっと俺は死ぬまで繰り返すんだと思う。
けれど世間はそれを「出会い」だとか「別れ」とか「一期一会」とかいう綺麗な言葉で取り繕おうとする。でもそれは俺からしたら、ただ言葉に酔って己惚れてるだけのように思えて。
だからこそ、今のグループの不自然な仲の良さは疑わしい。
きっと大根の桂剥きのように、この修学旅行が終わってしまえば俺達グループの関係だってすぐに途切れてしまうんじゃないだろうか……。
そんな不安か恐れのような灰色の感情が、ふと俺の脳裏を過る。
それはともかく、ずっと同じグループの奴らばかりとつるんでたから、たまには気分転換にのんびり1人で土産物店を回ったり、鹿と戯れたりするのも悪くない。あるいは他の誰かと一緒に店を見てまわるのも良いかもしれない。
「どこ行く?」
食事が終わって、そんな重い事を考えつつレストランの外に出ると、いきなり後ろから原田の一言。
このたった4文字の短い言葉の中には『おいワレ、ちょっとツラ貸せや?』という、なぜか関西弁の強迫めいた意味合いが大いに含まれている気がした。
「ま、まずはお土産屋さんかな? 奈良のお土産買えるのは今だけだし」
「んじゃ行こうぜ」
原田とまさかのペア行動。
なんかこのまま裏路地にでも連れ込まれてカツアゲでもされそうな雰囲気だけど、逆にポジティブに考えて凄腕のボディガードを連れ歩いてると思えばいい。ほら、なんか暗黒街の黒幕みたいな気分になれそうだし、三国志で例えるなら呂布をゲットした董卓みたいな感じだ。もはや最強すぎて怖いものなんてないだろ? ……ヤバいフラグが立っている気もするけど。
「ねね、宮川君達、ちょっと待って!」
背後から北条の声がしたので振り向くと、そこにはグループ行動メンバーの平沢、北条、今井がいた。おいおい、おまえら結局グループ行動かよ。
おそらくこのグループで一番協調性が無いのはリーダーを任された俺だろうな。
みんな一緒に行動してるってのに俺だけ単独行動考えてたし。でも自由時間ぐらい、ちょっとは好きにさせて欲しいもんだぜ。
「あれれ? 高村様はどうしたの?」
「陽子ちゃんならまだお手洗いですね。かばんを預かってますから」
「そっか、じゃあ待とうか」
「女の便所は長げぇからなぁ、あんまり遅いようなら置いていこうぜ」
「観光地の女子トイレはどこも混みますからね、すいませんがもう少し待ってあげてください」
「う、うん。まぁ今井がそう言うならしょうがないなぁ。少し待つか」
てか原田さ、女子の前なんだからさ、もうちょっと言葉の使い方に気を使ってやれよ? って散々東大寺でセクハラまがいの行動した俺が言う資格なんてないけど。
………
……
…
それにしても待つのは退屈だな……。
ふと思ったんだが、ここまで待たされるということは、最近流行りのトイレでスマホ勢に占拠されているんじゃないだろうか? 待たされて尿意を我慢している側はもう殺意の波動でも習得するんじゃね?
女子トイレの事情なんて男の俺には全然分かんないけど、男子トイレ事情ならよく知ってるぞ。
実は男子トイレも年々進化していて、近頃じゃ男子トイレの個室にはスマホじゃなくてオ○ホが全国的に設置されはじめている。しかも最近はトイレでオ○ホ勢まで登場しはじめて、長時間個室が占拠されて社会問題になりつつあるんだ。しかも男は男でオ○ホ使いまわしだし、衛生面で早くも大変な事態になってるんだぜ? ……ってなったら面白いのに。
あーもう、退屈でくっだらない事思い付いちまったじゃねーか!
さすがにこれ以上待つのはダルいな。
あ、そうだ。
「あのさ、ただ待つのも時間もったいないしさ、せっかくだから俺、そこで鹿せんべい買ってくるよ。ほら、すぐそこだし。誰か一緒に行かない?」
「わたしは遠慮しておきます。陽子ちゃんの荷物を預かってますし、それに鹿が寄って来て制服が汚れたら大変ですから」
「あ、あたしもパス……かな? 鹿の角とか、ちょっと怖いかも」
「鹿ぐらい大丈夫だって北条。原田と平沢はどうする?」
「やる事ねーし鹿にも興味ねーから待ってるわ」
「ぼ、僕はもうエサ買っちゃったけど、みんな揃ってからエサあげようかなって……」
ふむ。女子2人は鹿嫌い、っと……。
でもそんな事を知ると鹿さんをけしかけたくなるよな。
まずは俺の華麗な調教スキルで鹿を自在に操って女子に突撃させる。そして鹿が上手い事女子達のお股に突っ込んだら、その後は鹿の頭と角をつかって、こうペロンとスカートをめくることができれば……。
ちょっとやってみたいけど、流石にこれは難易度高いか。
まぁいいや、鹿せんべい買ってこよう。
「じゃあ俺、ちょっと行ってエサ買ってくるよ」
「いってらっしゃーい!」
鹿せんべいを売っている露天は、道路を挟んですぐの公園前にあった。
俺は露天のおばあちゃんにせんべい代の小銭を渡して、鹿せんべいを2セットほど買った。
すると早くもエサに嗅ぎつけたのか、鹿さんがワラワラと俺の周りにやってきた。
「早速来たな。……いてっ、おい、コラッ待て! 押すなって!」
俺は鹿にせんべいをつまみ食いされないよう、高く掲げて必死にガードする。が、その様子がかえって目立ったのか、逆に鹿がどんどん俺の周りに集まって来た。
「あ、慌てるなって。よしよし、1人1枚ずつだからな。礼儀を重んじる日本鹿ならちゃんと一列に並べよ?」
当然ながら、俺の言葉なんて鹿さんには全く通じていない。奈良語でないと駄目なのだろうか。鹿さん達は俺の事などお構いなしにどんどん俺の周囲に集まっては、濡れた鼻でクンクンと俺の身体を嗅ぎまわった。
お、おいっ! こいつら貪欲すぎだろ。
これじゃ、さっき妄想した鹿さんのスカートめくり計画は到底無理だ。
この状態で今井達のいるとこまで誘導するのは不可能に近い。それに道路渡んないといけねーし。ていうかあいつらめ、おしゃべりに夢中でこっちに見向きもしてねーな。
あっ! こらっ!
鹿さんにもみくちゃにされる俺。
も、もうだめだ……。てか、おまえら何匹いるんだよっ!
そ、そうだ。いっその事エサを全部あいつらのとこへ投げ込んでやろうか? ……って実際やったら大迷惑だろうな。
とりあえず投球ならぬ投餌フォームに入ろうとする俺。
だがその時、俺に擦り寄っていた仔鹿は、つぶらな瞳で俺をじっと見つめた……。
うっ……。
「そ、そんな目で見つめるなよな……」
仔鹿は大人の鹿達にもみくちゃにされながらも、必死にすりすりと小さな頭を俺の服になしつけて擦り寄る。
そして再び、つぶらな瞳で子鹿は俺をじっと見つめた……。
「だ、だから、擦り寄るなってば。エサが欲しけりゃ向こうへぶん投げるから走って食いに行けって!」
子鹿はキューンと鳴いて擦り寄ると、つぶらな瞳で俺をじっと見つめた……。
「ぶ、ブレザーが汚れるだろ? ああ、もうそんな目で見つめるなよ」
おい馬鹿やめろ。それ以上見つめるな。
ああ、もうだめだ……。
………
……
…
「よちよち、いい子でちゅねー! いっぱい食べて元気に育つのでちゅよー!」
俺は子鹿に攻略されてしまった。
いくらなんでもちょろすぎだろ俺。まさかの鹿ルートでエンディング寸前だ。
「こらっ! お前また横取りしようってのか? 食い意地張りやがって、全くしょうがないヤツだな、ほらっ!」
「ほらっ、そこのお前、もっと積極的にならないとご飯食べられないぞ? ア~ンは?」
「はっ!? また仔鹿かー。もうしょうがない子でちゅねー。エサがなくなったらまた買ってあげまちゅからね~」
「よちよち、かわいいなぁ~かわいいなぁ。みんな天使だよ~。あぁ、もっともっとモフモフしたいなぁ~」
「……貴方って意外と面白いわね。頭は大丈夫かしら?」
…………。
聞き覚えがある声がした方へゆっくり振り向くと、そこにはお手洗いにお戻りにおなられたお高村様と、おグループのお皆様方がお立ちにおなっていて、俺の様子をじっとお見つめになられておられた。
「あっははは……はは……」
時間が止まった。
「宮川君、可愛い~」
「こっちを向いてください宮川君。ばっちり録画していますので」
うがああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!
もうオシマイだ!!!!
こ、こ、公然と痴態を衆目に晒してしまったぁぁ!!!!
「ちょちょちょちょちょちょっ! ちょっと待てそこっ! 北条と今井! お前らだお前らっ! なななんだよっ!? その手に持ってる物騒なものは!?」
「何ってビデオカメラです。もちろん最新鋭の超高精細8Kビデオカメラですので、最高品質で録画しています。宮川君はお気になさらず続けてください」
「ふ、ふふ、ふざけんなぁ!」
「宮川君、よければこちら向かって鹿とふれあった感想でも話してください」
「とっ撮るなぁ!! 今井っ! やめろ、ばかっ、消してくれっ!?」
「何故ですか? 折角の思い出を消すなどとんでもありません。お断りします」
今井はダメだ。意外と天然だ。
「北条ももうやめてくれ、消してくれ、というかその携帯ごと全部壊してくれ」
「や、やだよ、これすっごい高いんだよ?」
「頼む!」
「だ、ダメだって!」
くっ……。し、仕方がない、こうなってしまってはもはや強硬手段しかない。
隙を見て今井のビデオカメラを力づくで取りあげてから、ん……?
サワッ……。
俺は股から尻にかけて妙な気配を感じた。
「ひゃん!!!」
な、なんかすごい高い声が出てしまったぞ!? って今の俺の声かよ!?
何事かと思って、すぐさま俺は後ろに振り向くと、仔鹿が「もうエサは無いのか~?」と言わんばかりに俺の股間にスリスリと頭をこすりつけていた。
「な、なんだ、お前かよっ!? びっくりさせやがって! だからもうエサは無いって! そこは空気読めよ。そんなんじゃ過酷な鹿社会で生き残れないぞ!?」
「ねぇ宮川君?」
「な、何でございましょうか高村サマ?」
「もう一度今の声で鳴いてくれないかしら?」
「か、勘弁してくださいよー」
「陽子ちゃん、さっきの悲鳴なら、あとで私が撮った動画ファイルを差し上げますよ」
「ありがとう、怜奈ちゃん! そうだわ。あとで着信音にしようかしら」
「そ、そ、そんな恐ろしい計画、俺は絶対に認めないからな!!」
……って、ちょっ!? そこの外人、どさくさに紛れてお前まで何撮ってんだよ!
俺を撮るな! 見るな! 俺は動物園の動物じゃねーんだよっ! 「いっつ・じゃぱにーず・すちゅーでんと」とか嬉しそうに解説してんじゃねーよっ!
肖像権侵害だぞっ! くっそがぁぁ! おいやめろ! やめろよ! やめてください! ダメ絶対! ネットにアップするのだけは許してくださいっ! ちくしょう、クソ外人め! クソがっ! HAHAHAHAって楽しそうに笑ってんじゃねーよ!!
終わった……。おわった……。オワッタ……。
人生オワタ。何もかもオシマイだ。俺、社会的に死んだ。
なんたる醜態! なんたる有様! 俺の株式上場廃止決定! 債務不履行だ! 倒産だ!
◇ ◇ ◇
「貴方、死んだ魚のような目をしているわね」
な、ナニを言ってるんですか高村様。ええっと、なんだっけ?
気がついたら俺達一行はバスの中。また佑馬にバスの座席交換を頼まれたのか、俺の隣の席には高村が座っている。
確か俺は、奈良公園で醜態を晒した後、みんなと一緒に土産物店をまわって、なんかお土産とかいうあやしい物体と財布の中の紙切れを交換して、それからえっーと……言われるがままバスに乗って、なんか寺とか見て、それで京都に戻ってるんだっけ?
今井は人が良いのか悪いのか、バスの後ろの座席でビデオカメラ片手に俺の醜態をクラスの女子に見せびらかしている。
『よちよち、いい子でちゅねー! いっぱい食べて元気に育つのでちゅよー!』
およそ俺の声とは思えない、ゾッとするような甘い声がバスの後部から聞こえてくると、女子達のひと際大きい歓声がバスの中に響いた。
自分の声を録音して聞くだけでも死にたくなるのに、さっきの俺の声は魂が粉々になるぐらいの破壊力。
ああ、もう死にたい、消えたい。豆腐の角に頭ぶつけて脳みそぶちまけて死んでしまいたい……。
「君は人気者で羨ましいよ。僕だって鹿せんべいをあげようとしたのに誰にも気付かれなくて……。それに鹿まで僕を避けようとするんだ……」
頭を抱えてのたうち回っていると、後ろの席から悲しい事を言う平沢の声が聞こえた。
「なんて羨ましい体質してるんだよ。もう俺と平沢の身体交換しようぜ」
「そんな事できるわけないじゃないか。漫画かなんかの読み過ぎだよ」
「お、おぅ……」
マジ返しされた。なんつーか平沢との会話はどうも続かないよな。1球投げるだけでスリーアウトチェンジだ。会話のキャッチボールにすらならねぇ。
もう寝よう。忘れよう。今日の事は全部悪夢だったんだ。
今日の出来事は全て黒インクで塗りつぶしてしまおう。
大丈夫。俺は自分の記憶を思い通りに消せるんだ……。
『よちよち、かわいいなぁ~かわいいなぁ~みんな天使だよ~もっともっとモフモフしたいなぁ~』
しかし、今井のビデオカメラからは、その後何回も何回も俺の痴態がリピートされ、俺の脳には決して消せないトラウマが刻みこまれた……。
■人物紹介■(2015年8月22日追記)
高村 洋子
初登場:5頁
市立夕凪台中学3年6組。茶道部。学業成績は上。
身長:162cm 体重:53kg
誕生日:5月27日
端正な顔立ちの黒髪ロングストレートだが、背中みたいな平坦な胸をしている。
あだ名は『高村様』。ただし瑠伊しか言っていない。
プライドの高い高飛車ツンデレ女子。これでも最近はかなり丸くなってきた。
だが不器用な性格でなかなか素直に言葉を出せず、どうしても相手を見下すような口調になってしまうらしい。そのせいで相手を褒めているつもりなのに誤解される事も多く、交友関係はそう広くはないようだ。
男嫌いであり、特に下品な男子は心底軽蔑しているが、瑠伊に対してはその心中は複雑なようだ。将来の夢は看護師。




