11頁 ~真心~
新幹線は定刻通り京都駅に到着した。
自動扉が静かに開くと、夕凪台中の生徒がぞろぞろと京都駅に降り立つ。
テレビでもたまに見る現在の京都駅は、『古都京都』という、悪く言えば古臭いイメージを一新するには十分すぎるほどで、鋼鉄で編まれたセーターのような屋根に思わず目を見張った。
だけどその巨大な建造物を見る暇もなく、俺達はすぐに団体専用のバス乗り場へ移動し、再びバスへ乗り込む。
バスの中の座席順は出発時と同じで、俺はバスの真ん中辺りの窓側の席に座ると、俺に続いて隣の席に佑馬が座った。
元々は俺の隣の席は佑馬だったので、あとからやってきた高村様は俺の顔をちらりと見ると、そのまま後方の座席へ行った。
「佑馬、そっちはどんな感じなの?」
「そうだな。今のところ順調ってとこかな」
話す内容を脳内で吟味することもなく、いつものように自然と佑馬との会話が始まる。
「上手くいってるんだ」
「上手くというか、普段通りだな。特に何も変わんねぇな」
「へぇー、で、いつ決行するの?」
「それなぁ……。機会があれば、って感じだが」
ため息混じりで応える佑馬。もっと幸せオーラ全開かと思ったら、あんまりやる気が感じられないな。緊張してるのかな?
「なんだ、無計画かよ。まぁがんばれよな」
「おう」
「もう一回聞くけどさ、俺は手貸さなくていいんだよな?」
「ああ、なるべくこっちに干渉しないでくれたらそれでいいよ」
「そっか……分かった。じゃあ、俺からはなるべく絡みに行かないけど、そっちから話しかけられたらいつも通りにするわ」
「悪いな瑠伊。泣いても笑っても1回勝負だからな、どうなるかもわかんねーし、誰にも邪魔されたくないんだよ」
「うん、それは分からなくもないけど……」
バスの車内に若い女性バスガイドの訓練されたハキハキした声と、ノイズのような走行音が響くが、そんなものはお構いなしに俺はうとうとと眠りについた……。
◇ ◇ ◇
修学旅行最初の目的地は東大寺。いわゆる『奈良の大仏さん』がある有名お寺だ。
俺達のグループはバスから降りると、6人揃ってグループで東大寺へと歩き出す。
それにしても他のグループを見渡すと、男子と女子で別々になっているグループが多いな。結局どこのグループに入ろうが、こうして好きなもの同士で男女別々になるのは予想がついていた。
むしろ俺達みたいに律儀に男女3・3で行動しているグループの方が少ない。
俺達はいわゆるレアケース。男女関係なくグループ内でなんか妙に盛り上がってるから特に別れる必要ないんだよな。あとぼっち集団ってのもあるけど。
それにしても、俺達ってグループ組んだばかりの頃は、まるで江戸時代の出島に隔離されたオランダ人みたいな存在だったんだぜ?
それが気まずい雰囲気もなく、ごく普通に固まって歩いてるってんだから、本当、人生ってどうなるか分かんねぇよな。
何かに取り憑かれたかのように携帯で写真を取りながら境内を進むと『阿吽の呼吸』で有名な2駆の金剛力士像がある南大門をくぐる。
ここってゲームなら如何にも中ボスって感じだよな。同時にトドメを刺さないと倒せないとか、たぶんそんな感じ。
南大門を越えてさらに境内を進むと案内ルートが書かれた板が見えたので、その指示に従って進む。周囲には俺達の他にも他校の生徒がいたり、観光客がいたり、外人がいたり、鹿がいたり……。とにかく思った以上に境内は広い。
そしてようやく目的地の大仏殿に入ると、俺達は大仏の前に横並びになって大仏を見上げる。
「でけぇな」
「うん、すごく大きい……」
「あ、もう一度お願いします北条さん。なるべく淫らで色っぽい感じで」
「えっ? ごめんね宮川君、よく聞こえなかった。なんて言ったの?」
「い、いや……なんでもない」
「宮川君、貴方って人は相変わらず最低な人ね。神聖な雰囲気が台無しだわ」
「おやおや、そういう高村様は随分と耳年増な事で。俺は大仏様って大きいよねっ、ていう北条の声がもう一度聞きたかっただけなのにな」
「ばっ、馬っ鹿じゃないの!? ド変態っ! 貴方ついに頭おかしくなったんじゃないの!?」
「ま、まぁまぁ。よく分かんないけど落ち着いてよ? 陽子ちゃん」
北条にたしなめられた高村。高村は男嫌いって噂も聞いたことがあるけど、俺のおかげでますます男嫌いが進むな。うんうん。
それにしても、高村は本当に地獄耳だなぁ。ああ、いやらしい……。
「本当最低だわ。もっと真面目に………れたら、…たしだって、……になったのに」
そして時々、訳の分からない事を呟くんだよな、高村って。まぁいつもの事だから放置でいいけど。
それよりも俺はこれでいい。
俺は何も変わっていない。
神聖な大仏様を前にして、天罰が下りそうなほど真心に満ちたの俺の思考回路は、ごくごく普通の男子中学生だ。
よし。
旅行中はもっともっと意識して下衆になり下がろう。
女子に軽蔑されようが知った事か。今までエロネタはあまり口には出さなかったけど、もう賭けだ。煩悩の炎にありったけのエロ本を焼べて、頭ん中をピンク色に焦げ付かそうじゃないか。
そうでもしないと、これ以上ホルモンバランスが崩れて身体が変な事になったら、それこそ取り返しがつかないからな。せめて心だけは徹底的に男になって、とにかく最後の最後まで悪足掻きしてやる!
正面の大仏を見終わって、案内ルートに従って大仏殿の中を時計回りぐるりと進む。
すると、少し先行していた北条が「宮川君! みんな、こっち来て!」と俺達に向かって手を振った。
「なになに?」
「ほらっここだよ。柱くぐりすると健康になれるってやつ」
大仏殿内右側に位置する大きな柱には、子供がくぐれるぐらいの大きさのやや縦長の四角い穴がくり抜かれていた。
俺達がグループ課題で作った粗末な資料によると、この穴は大仏の鼻の穴と同じ大きさらしく、ここをくぐるとその年は良い事があるとか、頭が良くなるとか、健康になれるとか、とにかく良い事づくめだそうだ。
ただ残念な事に今年は残り2カ月もないんだよなぁ。
「あーこれがそうか。課外学習の時間にみんなで調べたやつだよな」
「うん、思ったよりも穴が小さいね。誰か行く? 僕はやめておこうかな」
「じゃあ俺行ってみるわ」
原田は一言ぽつりと言うと、かばんを雑に投げ捨て、そのかばんの上に制服のブレザーを脱ぎ捨てると、早速柱くぐりに挑戦した。
今のところ柱の周りには俺達以外に観光客は居ない。俺達の貸切状態。
「ちょっとキツイな。宮川、あっちから手引っ張ってくれ」
「う、うん」
俺は穴の出口側に回ると、原田の手を掴んで全力で引っ張った。
お、重い。な、なんか思ったより力が入らないぞ?
……いや待て、俺の握力ってこんなに弱かったっけ?
それに原田の手のひら、流石は野球部。まるで岩みたいにゴツゴツしてやがる。こりゃ殴られると死ぬな。
俺の握力が弱すぎて頼りにならないと思ったのか、原田は俺の手首をがっしりと掴んで思いっきり引っ張り込むと、一瞬俺は身体ごと原田に引き寄せられそうになったが、原田はするりと穴を抜けて立ちあがった。
「せんきゅー」
そう言うと原田は、自分で投げ捨てたかばんを拾いあげてブレザーを着た。
あーびっくりした。たぶんあれでもかなり手加減したんだろうな……。
俺の腕って今は服で隠れているけど、もう小枝みたいにポキって折れそうなほど細いし。
「おっす瑠伊! 調子はどうだ?」
「今は平気。何とも無いよ」
佑馬達のグループがぞろぞろとやって来た。どうやら上手いこと藤倉と一緒にいるようだ。
「そうか。何かあったら遠慮なく言えよ」
「ありがとう」
「ねぇねぇ、宮川は穴くぐらないの?」
俺の中ではドS認定済みの藤倉がニヤニヤしながら俺に言った。
ドラマに出てくる悪女みたいなその顔は、俺が穴をくぐった瞬間に後ろから蹴り入れてきそうで恐怖さえ感じる。
「まぁ原田がくぐれたのなら俺は余裕だろうな。でも、どう見ても藤倉には無理そうだよな。ほら、穴狭いし藤倉太いし」
「おい? 今何か言ったか? 宮川」
「養豚場に帰れよ」
「えっ? 何て? 聞こえなかったんだけどさー宮川。悪いけどもう一回言ってくれない? 大っきな声で」
「藤倉さんって、スタイル抜群だし可愛いよね! 素敵っ! それに優しいし明るいし楽しいしみんなから愛されてるし人気あるし。だからきっとこんな穴なんか簡単に抜けられるよ!」
「当然よね、当然過ぎてつまんないわ」
もうやだよこの人。怖いよ。こんな眼鏡女のどこが良いんだよ佑馬。
あ、ちなみに藤倉は顔もスタイルもお世辞抜きで本当に良い。眼鏡外して喋らなかったらマジでイケメン食い放題だろうに。
俺達が言い争いをしている間、佑馬のグループの男子2人があっさりと柱をくぐってしまったのが見えた。
「うんうん、当然だよね藤倉さん。それにこの穴をくぐると御利益があって健康になれたり、もっと美少女になれるんだって。だから挑戦してみなよ藤倉さん。ちゃんと見張っていてあげるからさ」
もちろん俺達が見張るのは、穴をくぐるときに丸出しになる藤倉の尻だ。
ついでにパンツ丸出しにしてサービスしてくれたら文句なしだ。
俺がそんな事を企んでいることなど一切知らず、柱くぐりの穴を訝しげに見つめる藤倉。
「宮川達はくぐらないの?」
「うん、後でいいよ。体調良くないし……」
「ふうん、じゃあお先に行きますか!」
よし、獲物がかかった! 第一段階成功だ。
あとは何気なく柱の穴の入口真後ろの『ベストポジション』に移動して、藤倉のいやらしい尻をじっくりと嘗め回すように鑑賞してやるぜ! ぐへへへへ。
「瑠伊、おまえ顔色良くないな、大丈夫か?」
「うん、まだちょっと良くないかも。でもここにいたらすぐ健康になると思うから」
わざとらしく俺に近づく佑馬。どうやら俺のやることに気付いたか。
だけど佑馬、このベストポジションは譲らないからな。
あ? 体調が良くない? んなもん嘘に決まってるだろ! 今は都合よく鈍痛も無いし、絶好調だぜ。
ちなみに「第一段階成功」というのは、言うまでも無く女子に柱くぐりをさせて尻を視姦する計画のことだ。
発端は学校の帰りに冗談半分で佑馬と話してた事なんだけど、「女子が柱くぐりをするときって、尻エロくね?」って話しになってさ……。
──あれさ、うまいこと女子にやらせれば拝み放題だぜ? 瑠伊。
──拝むって何だよ? 女子の尻か?
──馬鹿か瑠伊は。そのまんま言うなって。暗号で呼べ。『仏様』だ。いいな?
──了解。『仏様』だな。
──ああ。チャンスがあったら仏様をローアングルで拝みまくろうぜ!
そう。昔からこうした馬鹿げたことをやる場合は、たいてい俺と佑馬の日常会話の中で自然と計画され、そしてそれは作戦開始の合図も無く唐突に、静かに、淡々と決行されるのだ。
「ほらっ、簡単にくぐれたでしょ?」
あ……。しまった。
藤倉はドヤ顔で俺に言い放った。
ちくしょう! いつの間にか藤倉まで柱くぐっちまったじゃねぇか! せっかく藤倉の『仏様』を舐めるように視姦してやるつもりだったのに。
「はぁ……。藤倉にはがーっかりだわ。なぁ瑠伊」
「まったくだよ」
「はぁ? 何よそれ?」
「普通すぎてつまんないんだって。ここにいる大衆が求めていたのは、藤倉の面白アクシデントだったのに」
「へぇーそれは残念だったわね。じゃあ次、宮川。お前そんなとこに突っ立ってないでさっさとくぐれ」
なんかいきなり『お前』呼ばわりされた……。怖い。
「やだよ。藤倉って後ろから蹴りかましてきそうだし、ドSだし」
「そんなつまんない事しないっての! 本当信用ないなぁ。……あぁ! もしかしてまだあの将棋勝負の事、根に持ってんの?」
「そりゃ当然だ。あんな大ハンデもらっての負けは男の恥だ。しかもその後の罰ゲームがお馬さんごっこだぜ? 屈辱以外に何があんだよ?」
「そお? 私的にはご褒美だったのよ? お馬さんごっこされて喜ぶ男子もいるし。ねぇ佐田?」
「ああ、お馬さんごっこなら大好きだぞ?」
ちょっ! 佑馬おまっ……!
藤倉の尻に敷かれてた上に籠絡されてんじゃねーよっ! ていうか……もしかしなくてもドMなのか? 調教済みってやつか?
「なんなら、もう一度お馬さんごっこやってあげようか? 藤倉さん」
「え? マジで? いいの? でもやるなら外がいいな。できれば鹿の糞とか臭っさいのがいっぱい落ちてるところで」
「ごめんなさい藤倉様、許してください!」
ほらみろ佑馬、藤倉はおにちくドSだろ?
「あ、あの宮川君は、くぐらないの? 急がないと人いっぱい来ちゃうよ?」
今度は北条から勧められた。
「ああ、悪い悪い、でも後でくぐるよ。ずっと気分良くなくてさ。みんな先にくぐったら? 御利益あるみたいだよ? 俺はあとでいいから」
「あら、それはおかしいわね。宮川君、貴方さっき『今は平気。何とも無いよ』って言ってたじゃない?」
くっそ! 高村様め、そんな事いちいち覚えなくていいから。
「うっ……間違えただけだって。じ、実はたった今急に体調か悪くなったんだよ」
「マジかよおいっ!? だ、大丈夫かっ!? 瑠伊!」
佑馬さぁ、流石にその演技は大げさすぎの下手すぎだって。
「うん、ど、どうにかね。北条、俺の事はいいから先行きなよ」
「宮川君、本当に大丈夫? じ、じゃあわたし、先にくぐってみようかな?」
よしっ、行け北条! ようやく『仏様』鑑賞会の始まりだぜ!
北条はおずおずと柱の穴の前にやってくると、俺達の思惑通り尻を向けて四つん這いになろうとした。よっしゃ!
……が、北条が立ちあがると、こちらに振り向いた。
「……あのね、どうして宮川君達はそこで不自然にしゃがんでいるの?」
「北条、べ、別に深く考えなくていいから。混雑する前にさっさとくぐっちゃいなよ」
「あぁ、ここって実は健康スポットなんだよ。ここにいると御利益があるんだってさ、ネットじゃ有名なんだぜ?」
ナイスだ佑馬。
「へぇそうだっんだ。佐田君って色んなこと詳しいよね」
「まぁこの程度ならな」
「あら、それは変な話ですね。もしそこが健康スポットなら、どうして宮川君の体調がそこで急に悪くなるのでしょうか? むしろその場所から離れたほうがいいかも知れないですよ?」
「し、知らねぇよ。ネットの情報だしさ」
い、今井ーっ!
余計な難癖はやめていただきたい。わが社の観察業務に支障が出るではないか。
「ねね、さっきからこの2人ってすっごい怪しいよね? 今井ちゃん」
ちくしょう藤倉め……。それ以上余計な事してみろ! 背中にべちゃべちゃに濡れた手を突っ込んでひぃひぃ言わせてやるからな。嫌ならさっさとあっちに行って、鹿せんべいでも食んでろ!
しかし、いよいよ誤魔化すのもキツくなってきたぞ。
……さてどうする? 瑠伊。




