第7話「休日の遭遇、そして不本意な買い出し」
第7話「休日の遭遇、そして不本意な買い出し」
「……よし。今月は防衛線の補修作業で臨時のボーナスも入ったし、スローライフ資金の進捗は極めて順調だな」
非番の休日。
レオンは要塞都市の市場を歩いていた。
普段の革のコートではなく、動きやすいシンプルなシャツとスラックスという出で立ちだ。
彼が向かっているのは、武器屋でも薬品店でもない。
都市の隅にある、古びた園芸店だった。
「すまない。注文していた『太陽樹の苗木』は届いているか?」
「おお、レオンの坊ちゃん。来てるよ。相変わらず趣味が渋いねえ。こんな前線基地でガーデニングなんて、アンタくらいなもんさ」
店主の老婆から小さな鉢植えを受け取り、レオンは銀貨を支払った。
太陽樹の苗木。
成長すれば一年中温暖な気候を保つ結界を張るという、スローライフの庭造りには欠かせない希少な魔法植物だ。
いずれ買う予定の南部の家で庭に植えるため、今のうちからコツコツと育てておこうという算段である。
(フッ……南部の温暖な気候に、この太陽樹の結界。そして揺り椅子で昼寝。完璧な老後だ)
鉢植えを大事そうに抱え、一人で悦に浸っていたレオンだったが――。
「あ! レオン殿ではないか!」
背後から聞こえた元気な声に、レオンは思わず舌打ちをした。
振り返ると、私服姿のアリアが小走りでこちらに向かってくる。
騎士団の制服姿とは違い、動きやすいチュニックに革のスカートという軽装だった。
「……奇遇だな。今日は非番のはずだが、借金の返済でもしに来たのか?」
「相変わらず金に細かいな! 今日は休日の買い出しだ。……って、レオン殿、それはなんだ?」
アリアはレオンが抱えている鉢植えを不思議そうに覗き込んだ。
「触るな。スローライフのための重要な投資物件だ」
「と、投資? よくわからないが、植物を育てるのが趣味だったのか。意外にマメなのだな」
「ほっとけ。……用がないなら帰るぞ」
レオンが踵を返そうとした瞬間、アリアの腹の虫が『きゅるるるぅ……』と盛大に鳴り響いた。
「…………」
「…………あー、その、なんだ」
アリアは顔を真っ赤にして、お腹を押さえた。
「実は、給料のほとんどを実家への仕送りと、貴殿への『借金返済(天引き)』に持っていかれてしまってな……。今日の買い出し資金が、底をついてしまったのだ」
「自業自得だ。俺は知らん。その辺の野草でもかじっていろ」
冷たく言い放ち、歩き出すレオン。
しかしアリアは諦めず、彼にピタリとついてくる。
「冷たいことを言うな! 明日の依頼の時、私が空腹で倒れたら困るのはレオン殿だろう! ほら、経費だ、経費!」
「食費は経費に落ちない契約だ。ふざけるな」
「そこをなんとか! 頼む、レオン殿〜〜!」
市場のど真ん中で、長身の女騎士が無愛想な青年に泣きついている図は、周囲から見れば痴話喧嘩にしか見えない。
好奇の視線を集め始めたことに気づき、レオンは深くため息をついた。
「……チッ。目立つマネはやめろ。一食だけだぞ」
◆
「くぅ〜っ! 生き返る〜〜っ!」
市場の裏路地にある大衆食堂。
テーブルに山積みになった串焼きやシチューを、アリアは物凄い勢いで平らげていた。
向かいの席で、レオンはコーヒー(自腹なのでちゃんとした豆)を飲みながら、冷ややかな視線を送っている。
「……お前の胃袋はどうなっているんだ。魔物より燃費が悪いぞ」
「はむっ、もぐもぐ……! 剣を振るうにはカロリーが必要なのだ! それに、レオン殿が奢ってくれる飯は最高に美味い!」
「奢った覚えはない。次の給料から天引きだ」
「げほっ!?」
むせたアリアに水を差し出しながら、レオンは呆れたように頬杖をついた。
(……やれやれ。これではスローライフへの道が遠のく一方だ。だがまあ……)
目の前で美味しそうにご飯を頬張るアリアを見ていると、なぜかそこまで悪い気はしなかった。
「……そうだ、レオン殿。実は、騎士団の仲間から聞いたのだが」
食後のフルーツ水(これもレオンの奢り)を飲みながら、アリアが少し真面目な顔で切り出した。
「最近、第四防衛線の先の『嘆きの森』で、妙な動きがあるらしい。通常ではあり得ない規模で、魔物たちが集結しているとかなんとか……」
「……『スタンピード』の前兆か?」
レオンの顔から表情が消え、錬金術師としての冷徹な眼差しに戻る。
スタンピード。数年に一度、魔物たちが群れをなして人間の都市に雪崩れ込んでくる大災害だ。
「まだ確定ではないらしいがな。騎士団の上層部も調査隊を出す準備をしているらしい」
「……厄介なことになりそうだな」
レオンは机の上のコーヒーカップを見つめた。
もしスタンピードが起これば、防衛線での激戦は避けられない。それは彼にとって、稼ぎ時であると同時に、命を落とすリスクや計画が狂うリスクが跳ね上がることを意味していた。
(……最悪の事態になる前に、資金を貯め切ってとんずらするのが一番賢いが……)
チラリと目の前のアリアを見る。
彼女は「もし大群が来たら、私の剣で全部叩き斬ってやる!」と、無邪気に笑っていた。
「……馬鹿が。お前一人でどうにかなる数じゃない」
「む? 何か言ったか?」
「いや、なんでもない。さっさと帰って寝ろ。明日は早朝から稼ぐぞ。お前の飯代を取り戻さなきゃならないからな」
「おう! 任せておけ!」
夕暮れの市場。
太陽樹の苗木を抱えたレオンの背中を、アリアが楽しそうに追いかけていく。
彼が夢見る静かなスローライフには、まだまだ波乱が待ち受けているようだった。
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