第3話「初任務、そして経費の無駄遣い」
第3話「初任務、そして経費の無駄遣い」
「……いいか、アリア。今回の依頼は『アーマード・ボア』5頭の群れの討伐だ」
要塞都市から少し離れた、切り立った岩場が続く渓谷。
岩陰に身を潜めながら、レオンは無表情のまま隣にいる銀髪の騎士に指示を出していた。
「あいつらは装甲のように硬い外殻を持っているが、知能は低い。お前が前へ出てヘイト(敵意)を稼ぎ、この狭い谷間まで誘導しろ」
レオンは足元の地面をトントンと靴の先で叩いた。
そこにはすでに、錬金術による精巧な『罠』が仕掛けられている。
「誘導さえしてくれれば、俺が仕掛けた『強酸の沼』の錬成陣が起動し、あいつらの自慢の装甲ごと溶かして身動きを封じる。そこを上から岩を落として圧殺。以上だ」
「なるほど! 私が囮になればいいのだな!」
「そうだ。いいか、絶対に『自分から攻撃しようとするな』よ。あの強酸の触媒は、スライムの粘液から抽出した安物だ。これなら経費は銀貨2枚で済む」
「任せておけ! 私の足の速さなら、誘導など造作もない!」
アリアは自信満々に胸を叩くと、渓谷の奥で土を掘り返しているアーマード・ボアの群れに向かって駆け出していった。
◆
(……やれやれ。囮役がいてくれるだけで、これほど安全で低コストな罠が組めるとはな)
岩陰で待機しながら、レオンは内心で小さくガッツポーズをした。
これまでの単独任務では、罠を仕掛けても自分が囮にならざるを得ず、被弾のリスクを減らすために高価な触媒を使わざるを得なかったのだ。
「こっちだ、魔物ども!!」
アリアの元気な声と共に、怒り狂った5頭のアーマード・ボアが地鳴りを立てて突進してくる。
彼女の足運びは見事で、魔物との距離を完璧に保ちながら、レオンの仕掛けた罠のポイントへと一直線に向かっていた。
(完璧だ。あとはあいつが罠のラインを越えた瞬間に起動させれば――)
レオンが錬成陣を起動しようと指先を向けた、その時だった。
「ブモォォォォッ!!」
群れの一頭が、突如として不規則な動きを見せ、アリアの真横の崖壁を蹴って跳躍した。
そして、彼女の退路を塞ぐように前方へ着地したのだ。
「なっ……!?」
前後を挟まれたアリア。
罠のポイントまでは、あとわずか数メートル足りない。
(チッ、変則的な動きをする個体が混ざっていたか! だが、あいつの身体能力なら横に避けて――)
レオンの期待とは裏腹に、アリアは腰の長剣を勢いよく引き抜いた。
「させるかあっ!!」
なんと彼女は避けるのではなく、正面からアーマード・ボアの突進を大剣で受け止めようとしたのだ。
ガァァァァンッ!!!
凄まじい金属音が渓谷に響き渡る。
アリアの膂力と剣技は確かに一流だった。巨大な魔物の突進を、その場に踏み止まって見事に受け止めている。
「どうだ……っ! これなら、足止めできる……っ!」
「馬鹿野郎!! お前の剣の耐久値が保つわけないだろ!!」
ピキッ……。
レオンの怒号とほぼ同時に、アリアの長剣に亀裂が走った。
このままでは剣が砕け、彼女は魔物に轢き潰されてしまう。しかもその背後からは、残り4頭の魔物が猛スピードで迫っていた。
「……あーもうっ! 俺の経費が!!」
レオンは頭を抱えたくなる衝動を抑え、腰のポーチから小瓶を二つ取り出した。
一つは赤、一つは緑の液体。両方を同時に空中に放り投げ、杖の先で精密に撃ち抜く。
パリンッ!!
「錬成――『爆炎の嵐』!!」
二つの液体が空中で混ざり合い、凄まじい化学反応を引き起こした。
アリアの頭上を飛び越え、アーマード・ボアの群れの中心で大爆発が巻き起こる。
轟音と共に猛烈な炎と爆風が吹き荒れ、硬い外殻を持つ魔物たちは悲鳴を上げる間もなく、黒焦げの肉塊となって吹き飛ばされた。
◆
「……す、すまない。咄嗟に体が動いてしまって……」
静まり返った渓谷で、煤だらけになったアリアがしょんぼりと肩を落としていた。
その手にある長剣は、刃がボロボロに刃こぼれしている。
レオンは無表情のまま、手帳に羽ペンで何かをカリカリと書き込んでいた。
「……今の爆炎の触媒には、『火竜の鱗粉』と『風精霊の涙』を使用した。原価にして金貨5枚だ」
「き、金貨5枚……!?」
「さらに、お前のその剣の修繕費で銀貨3枚。今回の討伐報酬を差し引いても、完全に赤字だ。……お前の給料から天引きしておくからな」
「ううっ……。すまない……返す言葉もない……」
耳を伏せた大型犬のように落ち込むアリアを見て、レオンは深いため息をついた。
(……だがまあ、あの状況で逃げずに立ち向かう度胸と膂力だけは本物か。……使いようによっては、もっと効率的な狩りができるかもしれないな)
「ほら、さっさと討伐証明の牙を剥ぎ取るぞ。日が暮れる前に帰って、俺はスローライフの物件選びの続きをしないといけないんだ」
「! ああ、手伝うぞレオン殿!」
嬉しそうに尻尾を振るようなアリアの背中を見ながら、レオンはそっと胃のあたりを押さえた。
彼の静かでローコストな平穏への道は、まだまだ遠そうである。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
もし少しでも「面白かった!」「続きが気になる!」「レオンのスローライフ計画を応援したい!」と思っていただけましたら、
ページ下部より【ブックマークの追加】と、【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、毎日の執筆の何よりのモチベーションになります!
いつも応援ありがとうございます。次回もよろしくお願いいたします!




