第2話「不屈の女騎士、工房に押し入る」
「……昨日のハイ・オークの討伐報酬が金貨10枚。防衛線の危険手当が3枚。そこから消費した触媒の経費を引いて……よし」
翌朝。
要塞都市の裏路地にある薄暗い工房で、レオンは羊皮紙の帳簿に羽ペンを走らせていた。
安物のコーヒー(豆の購入費をケチったため薄い)をすすりながら、机の端に置かれた『南部の優良物件カタログ』をチラリと見る。
昨日のハイ・オーク討伐のおかげで、スローライフ資金の目標額まであと少しだ。
あと半年ほど安全な依頼だけをこなせば、夢の庭付き一軒家と果樹園が手に入る。
「よし。今日はギルドで薬草納品の依頼でも受けて、平和に過ごすとするか」
そう独り言を呟き、伸びをしたその時だった。
◆
ドンドンドンドンドンッ!!!
「レオン・アークライト殿! いるのだろう! 開けてくれ!」
工房の扉が、蝶番から吹き飛ぶ勢いで乱暴に叩かれた。
借金取りよりも遠慮のないノックに、レオンは無表情のままコーヒーカップを置く。
「……留守だ。帰れ」
「声が聞こえているぞ! 頼む、私には貴殿の力が必要なのだ!」
ガチャリ、と鍵を開ける暇もなく、立て付けの悪い扉がギシィッと悲鳴を上げて強引に開けられた。
そこに立っていたのは、昨日戦場で助けた銀髪の女騎士――アリアだった。
私服姿だが、腰には真新しい長剣を提げている。
相変わらず、無駄に真っ直ぐで気の強そうな瞳だ。
「なぜ俺の工房の場所を知っている。ギルドの個人情報は秘匿されているはずだが」
「受付嬢に土下座して頼み込んだ!」
「権力を使えよ騎士団……。で、何の用だ。俺はこれから忙しい」
帰ろうとするレオンの前に立ち塞がり、アリアは真剣な表情で頭を下げた。
「単刀直入に言う。私の専属のサポート術師になってほしい!」
「断る」
秒で即答し、レオンはアリアの横をすり抜けようとした。
しかし、アリアは食い下がる。
「待ってくれ! 昨日の貴殿の戦い方を見て確信したのだ。私の戦術に合わせ、その場で最適な支援と武器の修繕ができるのは、貴殿のような瞬発力のある戦闘錬金術師しかいないと!」
アリアの悩みは深刻だった。
彼女は自身の魔力出力と身体能力が高すぎるあまり、市販の武器や防具ではその力に耐えきれず、すぐに壊してしまうのだ。昨日、ハイ・オークの打撃で大剣が粉砕されたのもそれが原因である。
「一流の鍛冶師にでも特注品を打たせろ。俺はもうすぐ冒険者を引退して、南部の田舎でスローライフを送る予定だ。面倒事はお断りだ」
「鍛冶師の武器では、戦況の変化に対応しきれない! ……それに、貴殿が資金を集めていることはギルドで聞いた」
アリアはそう言うと、懐からずっしりと重い皮袋を取り出し、レオンの作業机にドンッ!と置いた。
中からは、チャリンと小気味良い金属音が鳴る。
「専属契約の報酬は相場の3倍。さらに、戦闘で使用する弾薬、薬品、触媒の経費は、我が実家と騎士団の予算から全額負担する!」
「…………」
「どうだろうか。これなら、貴殿の言う『すろーらいふ』とやらへの近道になるのではないか?」
レオンの思考は高速で回転した。
相場の3倍の報酬。何より『経費全額負担』というワードが魅力的すぎる。錬金術師にとって、触媒や素材の購入費は死活問題なのだ。
(……この条件なら、半年どころか、あと1ヶ月で目標額に到達する。しかも、ワンランク上の『果樹園・天然温泉付きの特大物件』にも手が届く……!)
数秒の沈黙の後、レオンは無愛想な表情のまま、作業机の椅子を一つ足で引き寄せた。
「……そこに座れ。契約書のすり合わせをする」
「! 本当か! 感謝する、レオン殿!」
パァァッ!と顔を輝かせたアリアが、勢いよく木製の丸椅子に腰を下ろした。
バキィッ!!!
「あ」
アリアの身体能力に任せた勢いと、身につけていた防具の重さに耐えきれず、安物の椅子が粉々に砕け散った。
尻餅をつき、顔を真っ赤にする女騎士を、レオンは冷ややかな目で見下ろす。
「……まずは、この椅子の弁償代から請求させてもらう」
レオンの静かなスローライフへの道は、どうやら前途多難らしい。
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