第13話「絶望の歩みと、特注の特攻兵器」
第13話「絶望の歩みと、特注の特攻兵器」
「……全軍、攻撃目標をあの巨獣に集中させろ! 魔術師部隊、最大火力の斉射だ!」
副団長の悲痛な叫び声が響く。
防衛壁の上から、無数の矢と魔術――炎弾や氷槍が、ゆっくりと接近してくるベヒーモスに向かって放たれた。
だが、そのすべては黒い鋼鉄のような鱗に弾かれ、傷一つ、いや煤一つすらつけることができない。
「駄目だ……! 攻撃が全く通じない!」
「ひぃぃっ! あ、あんな化け物、どうやって倒せって言うんだ!」
騎士団の兵士たちが次々と武器を下ろし、絶望の表情を浮かべる。
『ドォォォン……!』
ベヒーモスが一歩踏み出す。
たったそれだけで、レオンが仕掛けた防衛陣の氷結の沼が粉々に砕け散り、塹壕が巨大な足跡によって埋め立てられていく。
「……レオン殿。あれは、どうすればいい?」
通信用の魔導具から、アリアの震える声が聞こえてきた。
「……逃げろ、アリア」
レオンは司令塔の机に両手をつき、無表情のまま告げた。
「あのクラスの魔物は、戦術や罠でどうにかなるレベルじゃない。ただの『災害』だ。今すぐ騎士団の連中を連れて、都市の北門から退避しろ」
「なっ……!? 貴殿はどうするのだ!」
「俺の工房には、まだ運び出せていない『スローライフ用の資産(金庫)』がある。それを回収してから逃げる」
「馬鹿なことを言うな! そんなものより命の方が――」
「お前こそ馬鹿か」
レオンの冷たい声が通信機から響く。
「金がない人生なんて、死んでいるのと同じだ。……俺は、俺の目的のために最善を尽くす。だからお前も、自分の命のために最善を尽くせ」
そう言い捨てて、レオンは通信機を切った。
司令塔を飛び出し、階段を駆け下りて都市の裏路地にある自身の工房へと走る。
(……チッ。計算外にも程がある。あの化け物が防衛壁を壊せば、都市は終わりだ。スローライフ資金どころじゃない。今すぐ全財産をまとめて、王都へ逃げるしか……)
工房の扉を蹴り開け、奥にある隠し金庫から分厚い皮袋(全財産)を取り出す。
重い。これだけあれば、スローライフの規模は縮小するが、どこかの田舎でひっそり暮らすことはできる。
「よし、これで……」
レオンが皮袋を抱えて振り返った、その時。
「……やはり、ここにいたか」
工房の入り口に、アリアが立っていた。
彼女の顔は汗と煤で汚れ、手にはレオンが錬成した魔剣が握られている。
「なぜ逃げない。お前なら、今頃北門を抜けているはずだ」
「……相棒を置いて逃げるわけにはいかないだろう」
アリアは静かに、しかし力強い声で言った。
「貴殿の言う『最善』は、逃げることなのかもしれない。だが、私の『最善』は、ここで逃げずに、貴殿と一緒にあの化け物を倒すことだ」
「……お前の剣じゃ、あの鱗には傷一つつけられない。無駄死にだ」
「それでも、だ」
アリアは真っ直ぐにレオンの目を見つめた。
「私は騎士だ。守るべきものがある。……それに、貴殿がここで逃げたら、一生後悔するような気がするのだ。貴殿の『スローライフ』は、逃げて手に入れるような安いものなのか?」
「……っ」
レオンは奥歯を強く噛み締めた。
皮袋の重さが、急にただの石ころのように感じられた。
(……面倒な女だ。本当に、俺の計算を狂わせる)
レオンは深いため息をつき、金庫の中に皮袋を乱暴に放り投げた。
「……アリア。お前、死ぬ気はあるか?」
「ない。貴殿と一緒に生き残って、借金を返すつもりだからな」
「そうか。……なら、とっておきの『赤字兵器』を見せてやる」
レオンは工房のさらに奥、床下にある隠し扉を蹴り開けた。
そこから現れたのは、巨大な鉄の塊――いや、大砲だった。
「こ、これは……?」
「俺が趣味で……いや、万が一のために作っておいた『試作型・対城塞殲滅砲』だ」
レオンは巨大な砲身を優しく撫でた。
「中には俺の全財産の半分に相当する『特級爆薬』が詰まっている。これをあのベヒーモスの口の中にブチ込めば、いくら強固な鱗でも、内側から消し飛ばせるはずだ」
「口の中……? だが、あんな巨大な砲身を、どうやって奴の口まで運ぶのだ?」
アリアの問いに、レオンはニヤリと――この日初めて、無愛想な顔を崩して、狂気じみた笑みを浮かべた。
「運ばない。……お前が、これで『飛ぶ』んだよ」
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