第12話「大スタンピード襲来、そして開戦の炎」
「――来たぞ!! 各員、配置につけ!!」
夜明け前。
要塞都市グランツの南側防衛壁に、見張り兵の悲痛な叫び声が響き渡った。
地鳴り。
それは数十、数百という規模ではない。数千、いや数万という魔物の群れが、大地を踏み荒らす音だった。
「……信じられん。なんだ、あの数は……」
防衛壁の上に立つ騎士団の副団長が、双眼鏡を持つ手を震わせていた。
暗闇に覆われた平原の向こうから、波のように押し寄せてくる魔物の大群。
ゴブリンやオークといった下級魔物を先頭に、キメラ、サイクロプス、そして空には無数のワイバーンが飛び交っている。
「……あれが、嘆きの森の奥から『逃げ出してきた』連中か」
防衛壁の中央、全体を見渡せる司令塔で、レオンは無表情のまま状況を分析していた。
「前衛の歩兵部隊は下がらせろ。あれは壁で受け止める波じゃない。……アリア、準備はいいか」
「いつでもいけるぞ、レオン殿!」
防衛壁の真下、巨大な塹壕の端で、アリアはレオンが描いた錬成陣の上に両手をつき、膨大な魔力を練り上げていた。
彼女の身体から溢れ出る青白い魔力の光が、夜明け前の闇を照らしている。
「よし。敵の先陣が『ライン』を越えるまで待て」
レオンの視線の先。
平原の中央に、彼が密かに立てておいた一本の赤い旗がある。
そこが、レオンの構築した巨大防衛陣――『キルゾーン』の入り口だった。
「グルァァァァァッ!!」
魔物の大群が、赤い旗を越えて雪崩れ込んでくる。
その瞬間。
「アリア! 今だ!!」
「応ッ!! はぁぁぁぁぁぁっ!!」
アリアが自身の全魔力を、足元の錬成陣へ一気に叩き込んだ。
『バシュゥゥゥゥンッ!!!』
アリアの魔力を起爆剤として、塹壕全体に張り巡らされた巨大な錬成陣が、一斉に真っ赤に発光した。
「錬成――『焦熱の地獄』!!」
レオンが指を鳴らした直後。
ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
平原の半分を消し飛ばすような、規格外の大爆発が巻き起こった。
塹壕に仕掛けられていた『火竜の血』と『爆雷岩』が連鎖的に起爆し、天を衝くほどの巨大な火柱が何十本も立ち上がる。
先陣を切っていた数千の魔物たちは、悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして炭化し、吹き飛んだ。
「な……っ!?」
「なんという威力だ……! これが、たった一人の錬金術師の力だと!?」
防衛壁の上にいた騎士団員たちが、その圧倒的な破壊力に言葉を失う。
しかし、レオンの顔に安堵の色はなかった。
「……驚くのは早い。あれはただの『挨拶』だ」
レオンの言葉通り、爆炎と土煙が晴れた後には、焼け焦げた平原と、巨大なクレーターが残されていた。
だが、スタンピードの勢いは止まらない。
後続の魔物たちが、仲間の死体を踏み越えて、再び波のように押し寄せてくる。
「アリア、第二陣の陣形を起動しろ! 『氷結の沼』だ!」
「了解っ!」
アリアが再び錬成陣に魔力を流し込む。
今度は、焼け野原となった地面から強烈な冷気が噴き出し、突進してくる魔物たちの足元を瞬時に凍りつかせた。
「弓兵部隊! 動きの止まった魔物へ一斉射撃! ワイバーンは対空魔術部隊で落とせ!」
レオンの的確な指示が飛び交う。
物理と魔術、そして錬金術を完璧に組み合わせた防衛戦術。
レオンという「最高の指揮官兼砲台」を得た要塞都市は、文字通り鉄壁の要塞と化していた。
(……いける。このままのペースで削り続ければ、被害を最小限に抑えつつ、俺の『特別報酬』の条件はクリアできる……!)
レオンが手帳の計算式を修正しながら、勝利を確信しかけたその時だった。
『ドゥゥゥゥン……』
戦場の喧騒を切り裂いて、腹の底に響くような重低音が響き渡った。
「……なんだ?」
レオンが双眼鏡で平原の奥を覗き込む。
氷結した沼地を無理やり突き破り、魔物の群れを掻き分けながら、巨大な影がゆっくりと前進してきていた。
全長は20メートルを優に超える。
全身が黒い鋼鉄のような鱗で覆われ、背中には巨大な火山のような突起物がいくつも並んでいる。
「……冗談だろ」
レオンの無表情な顔が、今日初めて、明らかな「絶望」に歪んだ。
「『災厄の巨獣』……。おとぎ話の化け物まで、森から逃げ出してきたっていうのか」
ベヒーモス。
歩く自然災害と呼ばれる、超弩級の魔物。
その巨体が一歩を踏み出すたびに、大地が揺れ、防衛壁にヒビが入る。
「レオン殿! あ、あんなもの、私の剣でも……!」
下で待機していたアリアの声にも、明らかな恐怖が混じっていた。
レオンの構築した最強の防衛陣でさえ、あの化け物の前では、ただの小石の集まりにすぎない。
要塞都市グランツは、開戦からわずか数十分で、最大の危機に直面していた。
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