シーン2:【泥舟の末路と、永遠に刻まれた怪物の名】
「ええ、風の精霊たちからバッチリ報告を受け取っているわよ」
リシェラが、宙に浮いたまま得意げに腕を組む。
「まずは、あのバカ王子……アルフレッドの末路からね。彼は今、王城の最奥にある『幽閉塔』に放り込まれているわ。どうやら、あんたの一撃と、自分のしでかしたことの重大さに耐えきれず、完全に精神が壊れちゃったみたい」
「壊れた? 随分と脆いガラス細工の心ね」
「四六時中、壁に向かって『クローディア、許してくれ』『私を捨てないでくれ』って泣き叫んでるそうよ。もちろん、王太子の座は即刻剥奪。……まあ、あんな廃人をトップに戴くほど、王家もまだ狂ってはいないってことね」
リシェラの報告を聞いて、私は冷たい笑みをこぼす。
自分が頂点に立ち、私を意のままに操れると信じて疑わなかった男が、今は暗い塔の中で私の幻影に怯えながら一生を終える。
最高の喜劇だ。これ以上の罰はない。
「それで? 私を陥れた張本人であるグラディウス侯爵と、あのお花畑のミレイユ男爵令嬢は?」
「あいつらなら、もう『この世』にはいないわ」
リシェラが、少しだけ声を潜めて言った。
「王城の地下から下水道に逃げ込んだところまでは良かったんだけどね。……あんたも言っていた通り、結界が消えた下水道は『大喰らいの汚泥魔』の巣窟よ。精霊たちの話じゃ、下水道の出口付近で、侯爵の血まみれのコートの切れ端と、ミレイユが着けていた安っぽい髪飾りが、半分溶けた状態で見つかったそうよ」
「……」
「自業自得とはいえ、魔物の一番悲惨な『エサ』になるなんてね。まあ、同情する気も起きないけど」
「そうね。他者を奈落の底へ蹴り落とした人間が、自分が魔物に食われる時だけ助けてもらえるなんて、そんな虫のいい話がこの世界にあるわけないもの」
私は冷めた紅茶を一口すすり、感情の全くこもっていない声で言い捨てる。
私を悪役にして権力を握ろうとした者たちの、あまりにも呆気なく、そして自業自得な末路。
「……愚かな。自ら国の礎を砕き、その破片に潰されたか」
ゼノヴァルが、二個目のチョコレートケーキを平らげながら、吐き捨てるように言った。
「ええ、まさにその通りよ。そして、この国の地獄はこれからが本番だわ」
私はテラス席から、混乱の冷めやらぬ王都の街並みを見渡す。
暴徒による放火と略奪で、下層街は壊滅状態。
近衛兵と軍部の内乱で、治安維持機構は完全に崩壊。
さらに、王国を覆っていた『大結界』は消失し、私が裏で手を回していた隣国への『牽制(外交的圧力)』も、もはや存在しない。
「私が補填していた裏金も、周辺国に睨みを効かせていた暗部の組織も、魔物の大群を間引きしていた冒険者ギルドへの裏工作も……私が消えたことで、すべて機能停止した」
私は、かつて自分がチェス盤のように操っていた国の惨状を、心からの嘲笑を持って見下ろす。
「これからは、容赦のない隣国の侵略と、飢餓、そして魔物の脅威に、自分たちだけの力で立ち向かわなければならない。……彼らはこれから永遠に思い知るのよ。自分たちが『クローディア=エルヴァンシア』という名の、どれほど強大で絶対的な抑止力を手放してしまったのかをね」
失って初めて気づく、という言葉がある。
だが、彼らの場合は『気づいた時には、すでに喉元を噛みちぎられている』状態だ。
後悔などという生ぬるい感情では済まされない。這いつくばり、血を吐きながら、私がいたあの忌まわしくも平穏だった日々を渇望し続けるしかないのだ。
「……性格の悪い女だ。だが、魔王である我の目から見ても、これほど完璧で芸術的な『復讐』は見たことがない」
ゼノヴァルが、感心したように深く頷く。
「復讐? 人聞きの悪いことを言わないで。私はただ、自分の邪魔をするゴミを掃除して、特等席で彼らの自滅を眺めているだけよ」
私はふんわりと、かつての公爵令嬢としての、完璧に計算された作り笑いを浮かべる。
泥舟は沈みゆき、かつての乗組員たちは地獄で藻掻き苦しむ。
私の『ざまぁ』の舞台は、これにて完全なる終幕を迎えた。




