シーン3:【新たなる遊び場(せかい)へ】
私はテーブルの上に置かれたティーカップを、ソーサーの上にカチャリと音を立てて置いた。
最後の一滴まで、見事に飲み干して。
「さて。お腹も膨れたし、極上の喜劇も見終わったわ」
私は椅子から立ち上がり、右袖の吹き飛んだ漆黒のコートをバサリと翻す。
その動きに合わせて、テラスの外で待機していたガルムたち黒狼軍団が一斉に立ち上がり、いつでも出立できる態勢を整えた。
「行くのか?」
ゼノヴァルが、口元についたチョコレートの欠片を指で拭いながら尋ねる。
「ええ。もうこの泥舟には、私が楽しめるような『遊び』は何一つ残っていないもの。……それに、こんな煤けた空気の国にずっといたら、私のお肌が荒れてしまうわ」
私は振り返ることなく、王都のメインストリート――かつて私が優雅に馬車を走らせていた道を、まっすぐに見据えた。
「次はどこへ行く気だ、クローディア。貴様の規格外の力を持て余さない場所など、この世界にあるのか?」
「さあ? なければ、私が力ずくで『面白そうな場所』に作り変えるまでよ。……大陸の西にあるという魔の森でもいいし、北の氷山に眠るという古代竜の巣を荒らしに行くのも悪くないわね」
私の言葉に、上空を飛んでいたリシェラが「あははっ、どっちの魔物も可哀想に!」と楽しそうに笑い声を上げる。
「きゅいっ! きゅいっ!」
私の懐からは、イチゴの甘さにすっかり満足したモッチが、元気に顔を出して鳴いている。
「……フッ。まったく、貴様といると退屈だけはしなさそうだ」
ゼノヴァルが立ち上がり、六枚の漆黒の翼を背中に隠して、私と並んで歩き出す。
「一つだけ条件があるぞ、クローディア。次の国に着いたら、またあの『ちょこれーと』とやらを食わせろ。……我は、もう少し人間界の甘味というものを研究したくなった」
「あら、すっかりスイーツの虜ね、魔王様? いいわよ、私が世界で一番美味しいケーキ屋さんに案内してあげる。……もちろん、支払いは王家の隠し金庫から拝借したお金でね!」
私は屈託なく笑い、ブーツのヒールを高らかに鳴らして歩き出した。
「ガルム! 遅れないでついてきなさい!」
「ハッ! 我ら黒狼族、主の征く道、地の果てまでも!」
ガルムの勇ましい咆哮と共に、黒狼たちが私たちの後を追って規則正しく行軍を始める。
世界を滅ぼす力を持つ六枚羽の魔王。
神話の時代から生きる古代の妖精。
奈落の底で最強を誇る黒狼の軍団。
そして、それらをすべて従え、あらゆる理不尽を『物理』で叩き潰す、一人の悪役令嬢。
振り返ることはない。
私を追放した愚か者たちは、今頃、自分たちが手放した絶望の大きさに泣き叫んでいるだろう。
でも、そんな彼らの悲鳴すら、今の私にとっては心地よいBGM(子守唄)でしかない。
私は顔を上げ、澄み切った青空へと向かって、最高に傲慢で、最高に自由な笑みを浮かべた。
私は悪役令嬢クローディア=エルヴァンシア。
この世界は、私が遊び尽くすための、巨大な箱庭に過ぎない。
「さあ、次はどこの国を震え上がらせてやろうかしら!」
私の楽しげな声は、崩壊していく王都の空気を切り裂き、まだ見ぬ新たな世界へと向かって、どこまでも響き渡っていった。




