シーン3:【禁呪炉心の脈動、そして空を覆う漆黒の太陽】
「あああああッ! もう駄目だわ! 臨界点突破! 星の魔力が完全に炉心に直結しちゃった!」
私の頭上で、リシェラが耳を塞ぎながら絶叫する。
彼女の悲鳴をかき消すほどの、凄まじい魔力の轟音。
霊廟の奥に鎮座していた『黒い太陽』が、脈打つたびにその体積を倍々に膨らませ、ドーム状の霊廟を内側から食い破り始めた。
ゴォォォォォォォォォォォォォッ!!!!
凄まじい熱波と衝撃波が、私たちのいるフロアへと押し寄せる。
「主よ!」
ガルムが即座に私の前に立ち塞がり、背後の黒狼たちも一斉に魔力の防壁を展開して衝撃に耐える。
ゼノヴァルは片手を軽く前にかざし、自身と私の周囲の重力を操作して、熱波の直撃を逸らしている。
「きゅ、きゅいぃぃぃ……ッ!!」
コートの懐の中で、モッチが恐怖に震えて丸まり、キュゥキュゥと鳴き声を上げている。
「大丈夫よ、モッチ。絶対に熱い思いはさせないから」
私はコートの上からモッチを優しく撫で、自身の魔力を展開して完璧な断熱結界を張る。
「……ッ、あっついィィィ!」
「殿下! こっちへ!」
一方、結界も張れずに無防備な状態のアルフレッドと侯爵、ミレイユの三人は、熱波に煽られて床を転げ回っている。
彼らの豪華な衣装はチリチリと焦げ、髪の毛は縮れ、顔面は煤と恐怖で無惨な有様だ。
ズズズズズズ……ッ!
王城の地下そのものが、地震のように激しく揺れる。
いや、揺れているのは地下だけではない。
『なんだあれは!?』
『空が……空が黒く……!』
吹き飛んだ奈落の門の向こう側――地上の王城広場から、群衆の阿鼻叫喚が聞こえてくる。
炉心から噴き上がった漆黒の光の柱が、王都の空を突き破り、上空で巨大な『黒い渦』を形成し始めているのだ。
それはまるで、世界のすべてを飲み込もうとする巨大なブラックホールのようだった。
「……空間が、削り取られている」
ゼノヴァルが、空の渦を見上げて冷徹に分析する。
「炉心は、自らを維持するために周囲の物質と魔力を強制的に変換しているのだ。このままでは、王城が消滅するどころか、大陸の地殻そのものが抉り取られ、海が流れ込むことになるぞ」
ゼノヴァルの言葉に、アルフレッドたちが絶望の声を上げる。
「そ、そんな……! 私の……私の国が……!」
アルフレッドが、焦げた床に両手をつき、ポロポロと大粒の涙をこぼす。
「ひぃぃッ! い、嫌だ! 私は死にたくない! 王太子殿下、ミレイユ! 私は一足先に逃げさせてもらうぞ!」
グラディウス侯爵が、完全に正気を失ったように叫び、アルフレッドたちを見捨てて地下の脱出通路(隠し扉)へと全速力で駆け出した。
「あ、お待ちください侯爵様! 私を置いていかないで!」
ミレイユも、あっさりとアルフレッドの手を振り解き、侯爵の後を追って必死に走っていく。
「ミレイユ……君まで……!?」
信じていた女にまで見捨てられ、アルフレッドは完全に心が折れたのか、その場にうずくまってしまった。
「……なんて見苦しい」
私は、逃げ出す侯爵とミレイユの背中を、氷のような視線で見送る。
「追わないのか? あ奴らこそ、貴様を陥れた元凶であろう」
ゼノヴァルが尋ねる。
「追う必要なんてないわ。あの隠し通路の先は、王都の地下水路に繋がっているけれど……結界が消えた今、あそこは下水道に住み着く凶悪な『大喰らいの汚泥魔』の巣窟になっているはずよ。……無事に逃げ切れるとは到底思えないわね」
私が冷酷に言い放つと、ゼノヴァルは「なるほど」と頷き、アルフレッドへと視線を向けた。
「では、この抜け殻はどうする? ここで焼き殺すか?」
「……」
私は、うずくまって泣きじゃくるアルフレッドを見下ろす。
怒りすら湧かない。ただ、路傍の石ころを見ているような、完全な無関心。
「放っておきなさい。彼にとって一番の地獄は、自分の理想が崩れ去り、誰からも見捨てられたこの現実の中で、『自分が無能だった』と永遠に後悔し続けながら死ぬことよ」
私はアルフレッドから視線を外し、霊廟の奥で膨張を続ける『黒い太陽(炉心)』へと顔を向けた。
「さあ、泥舟の喜劇はこれでおしまい。……次は、私の『大掃除』の時間よ」
私はインナーの袖をまくり上げ、首を左右に振って骨を鳴らす。
体内の魔力が、これから始まる最大級の『暴力の行使』を予感し、歓喜に打ち震えている。
「本気か、クローディア。アレは純粋な星のエネルギーの暴走だ。お前がいかに規格外の怪物とはいえ、物理で殴り合えるような相手ではないぞ」
ゼノヴァルが、警告するように私の横に並び立つ。
「物理で殴り合えない相手? ……ふふっ、冗談言わないでよ」
私は口角を限界まで吊り上げ、獰猛な笑みを浮かべる。
「私はね、この世界の『美味しいお菓子』と『ふかふかのベッド』、それにモッチのような『可愛い動物たち』が大好きなの。……あの馬鹿どもが泥舟を沈めるのは勝手だけど、私のお気に入りの遊び場まで道連れにしようとするのは、絶対に許さないわ」
私は右の拳を強く握りしめる。
「それに……アレを壊せば、私がこの国で『一番強くて、一番ヤバい怪物』だってことを、誰の目にも明らかにしてやれるじゃない」
私の極めて自己中心的で、しかしどこまでも清々しい狂気に満ちた論理を聞いて。
ゼノヴァルは、数秒間ポカンとした後。
「……ハッ。ハハハハハハハッ!!」
奈落の底で私が顔面を殴った時と同じような、腹の底からの大笑いを響かせた。
「素晴らしい! 我が何百年も思い悩んでいた『世界の救済』という呪縛が、貴様のその圧倒的な自己中心思考の前に、あまりにも馬鹿馬鹿しく思えてきたぞ!」
ゼノヴァルは笑い声を止め、赤い瞳に燃え盛るような闘志を宿して、私の隣へと一歩踏み出した。
「良かろう。貴様のそのイカれた『大掃除』、我も少しだけ手伝ってやろう」
「あら、見物するだけじゃなかったの?」
私がからかうように言うと、ゼノヴァルはフッと鼻を鳴らす。
「気が変わった。……かつて我を苦しめた『忌まわしき遺産』を、貴様と共に物理的に粉砕するのも、悪くない余興だと思ってな」
彼の背中から、六枚の漆黒の翼が巨大に広がり、王城の地下空間を覆い尽くすほどのプレッシャーが放たれる。
「……まったく。あんたたち二人とも、本当に頭のネジが外れてるわね。でも、やるなら付き合うわよ! 魔力炉の弱点の位置は、私が『解析』してあげる!」
リシェラが空中で身構え、翠緑の瞳を光らせる。
「主よ! 我ら黒狼族は、後方の安全を確保し、飛散する魔力の残滓を喰らい尽くしましょう!」
ガルムが咆哮を上げ、黒狼たちが一斉に戦闘態勢に入る。
「よし」
私は、かつてないほどの高揚感と共に、暴走する黒い太陽へと向けて走り出した。
「さあ、ブッ壊すわよ!!」
世界を滅ぼす禁呪兵器の炉心。
それを迎え撃つのは、追放された悪役令嬢と、最強の魔王のコンビ。
王国の滅亡を賭けた、最凶で最高に痛快な最終決戦が、今、始まる。




