シーン2:【王太子との再会、泥にまみれた「理想」の末路】
「……クローディア! ああ、神よ、感謝します! 君が生きていたなんて……!」
アルフレッドは、まるで砂漠でオアシスを見つけた遭難者のような顔をして、私に向かって駆け寄ってきた。
その後ろには、アルフレッドの袖を弱々しく掴むミレイユと、片腕を布で押さえながら脂汗を流しているグラディウス侯爵の姿がある。
彼らの背後――霊廟の奥からは、ズゥゥゥン……という不気味な地鳴りと共に、黒い太陽(炉心)の異常な魔力光が明滅し続けている。
「……」
私は一切の表情を崩さず、真っ直ぐにアルフレッドを見据えた。
私の横では、ゼノヴァルが「これが貴様の言っていた元婚約者か」とでも言いたげな、呆れ果てた視線を彼に向けている。
「クローディア! 良かった、本当に良かった! 奈落の扉が吹き飛んだ時は何事かと思ったが、君が……君の強大な力で、地獄から舞い戻ってきてくれたんだな!」
アルフレッドは、私の前に並ぶ屈強な黒狼軍団や、禍々しいオーラを放つゼノヴァルの存在にすら気づいていないかのように(あるいは、都合よく脳内で認識から除外しているのか)、両手を広げて私を抱きしめようと距離を詰めてくる。
「君は、私を……いや、この国を助けに来てくれたのだろう!? 君なら、あの霊廟の暴走も止められるはずだ! さあ、手を取り合おう、クローディア!」
(……本当に、どこまでおめでたい頭をしているのかしら)
自分から冤罪をでっち上げ、生還率ゼロの奈落へ突き落としておきながら。
いざ国が崩壊しそうになれば、「助けに来てくれた」と無邪気に信じ込めるその思考回路。
ある意味、尊敬に値するほどの『無能(お花畑)』だ。
私は、歓喜の涙を浮かべて抱きついてこようとするアルフレッドに向かって。
インナーの裾を軽く翻し。
ドゴォッ!!
「……ガッ、ブッ!?」
一切の魔力を込めない、純粋な身体能力のみによる『前蹴り』を、彼の鳩尾に深々と突き刺した。
「殿下ァァァッ!?」
ミレイユが悲鳴を上げる。
アルフレッドの身体は、くの字に折れ曲がりながら後方へ吹き飛び、霊廟の石壁に激突してズリズリと滑り落ちた。
ゲホッ、ゴホッ!と胃液を吐き出しながら、彼は信じられないものを見るような目で私を見上げる。
「ク……ロー、ディア……? な、なぜ……?」
「なぜ? それはこちらのセリフよ、アルフレッド」
私は、蹴り上げた脚をゆっくりと下ろし、冷え切った声で紡ぐ。
「あなた、自分の口で言ったわよね。『貴様のような悪逆非道な女は、この国に不要だ』って。……不要だと言われて捨てられた女が、どうして元サヤに戻って泥舟の穴塞ぎを手伝わなきゃいけないの?」
「そ、それは……っ! あの時は、私が間違っていた! 君が裏でこの国を支えてくれていたことに、気づけなかった私の不徳だ!」
アルフレッドが、痛む腹を押さえながら必死に弁明を始める。
「暴動が起き、軍が乱れ、結界が崩壊し……私はようやく気づいたんだ。君のその『冷酷さ』は、国を守るために必要な強さだったと! ミレイユの言っていた嫌がらせも、きっと何かの誤解だったのだろう! だから、やり直そう! 君を再び王太子妃として迎え入れると約束する!」
……ああ。
ここまで来ると、怒りを通り越して、純粋な『笑い』しか込み上げてこない。
「……っふ、くくくっ……」
私は肩を震わせ、下を向く。
「クローディア? 分かってくれたのか……?」
「あははははははっ!! 傑作!! 本当に傑作だわ!!」
私は顔を上げ、腹を抱えて大爆笑した。
アルフレッドの顔が、戸惑いに歪む。ミレイユが青ざめ、侯爵がギリッと歯軋りをする。
「やり直す? 王太子妃として迎え入れる? ……ねえ、アルフレッド。あなたはまだ、自分が『上』の立場にいるとでも思っているの?」
私は笑い涙を指で拭い、一瞬で表情を『零度』まで冷却させた。
「あなたたちの国は、もう終わりよ。暴徒に火を放たれ、魔獣に囲まれ、おまけに自分たちで地下の爆弾のスイッチまで押しちゃった。……私があなたたちを助けるメリットが、この世界のどこにあるっていうの?」
「メリット……? そ、そんな冷たいことを言わないでくれ! 私と君の間には、幼い頃からの絆が……」
「絆(笑)。……その絆とやらで、あの暴走している炉心を止めてみたら?」
私が冷たく切り捨てると、アルフレッドは完全に言葉に詰まり、唇をワナワナと震わせた。
「き、貴様……腐ってもエルヴァンシア公爵家の令嬢であろう!」
アルフレッドの代わりに前に出てきたのは、火傷を負った腕を押さえるグラディウス侯爵だった。
彼は脂汗を流しながらも、持ち前の傲慢さで私を睨みつける。
「王家を見捨てるというのなら、公爵家の名に傷がつくぞ! だが、ここで我々を救い、あの炉心を止めれば、私が責任を持って貴様の『名誉回復』を約束しよう! なんなら、エルヴァンシア家の領地を今の倍に増やしてやってもいい!」
侯爵は、必死に『飴』をちらつかせて交渉を試みる。
彼にとっては、領地や権力といったものが、人間の行動原理のすべてなのだろう。
「……ふふっ。領地を倍? 名誉回復?」
私は鼻で笑い、右手を軽く上に向けた。
『魔力圧縮・爆風』。
ドンッ!!
私の掌から放たれた見えない風の塊が、侯爵の巨体を吹き飛ばし、アルフレッドの隣へと叩きつけた。
「グギャァッ!?」
「領地なんて、欲しければ私がこの国を更地にして、全部自分のものにするわ。名誉? 私がそんな下らない紙切れのために動くと思っているの?」
私は、床に這いつくばる無様な二人の男を見下ろす。
これが、私を追放した王国の頂点に立つ者たちの姿。
あまりにも滑稽で、あまりにも脆い。
「……本当に、虫唾が走るな」
私とアルフレッドたちのやり取りを黙って聞いていたゼノヴァルが、ゆっくりと前へ進み出た。
彼が歩を踏み出すたびに、地下空間の重力がミシミシと悲鳴を上げる。
アルフレッドと侯爵は、ゼノヴァルの放つ圧倒的な『魔王の威圧感』に、息をするのすら忘れて固まった。
「お、お前は……誰だ……? その禍々しいオーラ……人間では、ない……?」
アルフレッドが震える声で問う。
「貴様ら人間が、何百年も前に『悪』として歴史に刻んだ存在だ。……まさか、自分が何に怯えているのかも分からんほどに歴史を忘却したか」
ゼノヴァルの赤い瞳が、アルフレッドを冷酷に射抜く。
「己の理想を語るだけで、その理想を支えるための血と泥を他者に押し付ける。己の無能を棚に上げ、危機に陥れば都合よく他者に縋り付く。……貴様のような男が『王』の器だというのなら、この国が滅びるのは必然よ」
ゼノヴァルの言葉は、鋭い刃となってアルフレッドの脆弱な自尊心をズタズタに切り裂いた。
アルフレッドは顔を真っ赤にして何かを言い返そうとしたが、ゼノヴァルの重圧に押し潰され、声を発することすらできなかった。
「……ねえ、ゼノヴァル。私の獲物を横取りしないでよね」
私が横から口を挟むと、ゼノヴァルはフッと鼻を鳴らした。
「安心しろ。あのようなゴミに触れる気はない。……それよりも、クローディア。時間切れのようだぞ」
ゼノヴァルが視線を向けた先。
破壊された地下霊廟の奥。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッ!!!!
黒い太陽――アポカリプスの炉心が、ついに限界を超えて膨張を始めた。
王城の地下全体が、異常な熱量と光に包まれ、石畳が融解していく。
暴走の最終段階(臨界)が、ついに始まったのだ。




