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シーン5:【地上へ。悪役令嬢、王の帰還(凱旋)】

「どきなさい」


ドガァァァァァァァァァンッ!!!!


私が振り抜いた右の裏拳が、道を塞いでいた巨大な岩石の魔物ロック・ゴーレムの顔面を粉砕する。

上層へ向けての快進撃。それはもはや『戦闘』というより『障害物競争』に近い。

王都の地下――炉心から噴き上げる異常な魔力の波動によって、奈落上層の魔物たちは完全にパニック状態に陥り、狂乱しながら私たちに襲いかかってきた。

だが、そんなものは、これから始まるメインイベント前の準備体操にすらならない。


「遅いぞ、小娘。貴様が拳を振るう間に、我が五匹は消し飛ばせる」


ゼノヴァルが私の真横を、重力魔法で宙を滑るように進みながら冷笑する。

彼の背後では、空間が捻じ曲げられて圧縮された魔物たちが、文字通り『無』へと還っていく。


「うるさいわね。私は手触り(感触)を楽しみたいのよ。全部魔法で消し飛ばしたら、ストレス解消にならないじゃない」


私は血と泥にまみれた右手を振り払い、ロングコートの裾を翻してさらに加速する。


「アオォォォォォンッ!!」

後方からは、ガルム率いる黒狼の群れが、私たちの作った道をなぞるように怒涛の勢いで進軍してくる。奈落の最下層から這い上がってきた『真の捕食者たち』のプレッシャーに、上層の有象無象は悲鳴を上げて逃げ惑うばかりだ。


「もうすぐよ! この上のフロアが、奈落の入り口……『大封縛の門』よ!」

私の頭上を飛ぶリシェラが、魔力探知の結果を叫ぶ。


「ええ、分かっているわ。……もう、熱気と『悲鳴』がここまで届いているもの」


私は螺旋階段を、一段飛ばしどころか、十段ごとの大跳躍で駆け上がっていく。

そして、ついに。

数日前に私が突き落とされた、巨大な青銅の扉――『大封縛の門』の前へと到達した。


しかし、その門は私の記憶にある姿とは全く異なっていた。

門の表面には、高熱でドロドロに溶けたような跡があり、隙間からは炎と黒煙が地下へと逆流してきている。

そして、扉の向こう側から聞こえてくるのは……。


『助けてぇぇぇッ!』

『開けろ! ここを開けてくれ! 魔物が……魔物がぁッ!』

『熱い! 焼けるゥゥゥッ!』


群衆の悲鳴。絶望の叫び。そして、甲高い魔獣の咆哮。

結界が消滅したことで王都に侵入した野生の魔物たちと、暴動の末に王城の地下まで逃げ込んできた民衆たちが、この閉ざされた門の前で大混乱に陥っているのだ。


「……愚かな人間どもめ。自分たちで奈落への蓋をしておきながら、逃げ場を失ってその扉に縋り付くか」

ゼノヴァルが、門の向こうの惨状を透視するように見据えて吐き捨てる。


「あら、良いじゃない。これぞ絶望のフルコース。……でも、少しうるさいわね」


私は門の前に立ち、ゆっくりと右拳を握り込む。

門の向こうには人間がいる。普通に殴り破れば、その衝撃で扉の前にいる人間たちはミンチになってしまう。

それはそれで面白いかもしれないが、私がこれから『見下してあげる』観客が減ってしまうのは惜しい。


「……ゼノヴァル。少し、あなたの力を貸してちょうだい」


「ほう。我に頼み事とは珍しいな。……良いだろう。何をすればいい?」

ゼノヴァルが、面白そうに赤い瞳を細める。


「扉の向こう側の空間に、ほんの数秒でいいから『絶対重力ゼロ・グラビティ』を展開して。扉が吹き飛ぶ衝撃を、重力で真上へ逃がすのよ」


「……なるほど。力業と繊細な空間制御の合わせ技か。狂人にしては、悪くない作戦だ」


ゼノヴァルが前に進み出ると、右手を青銅の門へとかざした。

「我が重力にひれ伏せ(ダウン・フォース)」

短い詠唱。それだけで、門の向こう側の空間がグワンと歪むのが、魔力的な波長で理解できた。


「完璧よ」


私は右足を引き、体内の魔力を限界まで圧縮する。


「さあ、泥舟のネズミども。お待ちかねの救世主あくやくの登場よ」


私は満面の笑みと共に、数十トンの青銅の門に向かって、渾身の右ストレートを叩き込んだ。


ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!


世界が砕けるような轟音。

青銅の扉が、私の拳の衝撃で内側から爆発したように吹き飛ぶ。

だが、ゼノヴァルの重力制御によって、扉の破片と衝撃波は、門の前にいた群衆を避けるように、真っ直ぐ上空(天井)へと逸らされていった。


「きゃぁぁぁぁぁッ!?」

「な、なんだ!?」


扉が吹き飛んだ先。

王城の地下空間にひしめき合っていた数百人の民衆と、彼らを追い詰めていた十数匹の巨大な魔獣たちが、突如として開かれた『奈落の口』を前に、完全に動きを止めた。


もうもうと立ち上る土煙。

その奥から、ゆっくりと。

ブーツの音を響かせて、私が歩み出る。


「あら。随分と賑やかなパーティーをしているじゃない」


私の声が、水を打ったように静まり返った地下空間に響き渡る。


「……あ」

「あ、あんたは……!」


群衆の中から、数人の貴族が私を指差して震え上がる。


漆黒のロングコートを翻し、圧倒的な魔力のオーラを全身から立ち上らせる私。

その右隣には、歴史上の災厄である六枚羽の魔王ゼノヴァルが、絶対的な威厳を持って見下ろしている。

上空には、伝説の古代妖精リシェラ。

そして私の背後からは、巨大な黒狼ガルムを筆頭とする、数十匹の『奈落の軍勢』が、地を這うような唸り声を上げて姿を現した。


「クロー……ディア……様……?」


誰かが、信じられないものを見る目で呟いた。


「ええ、そうよ。追放された悪逆の公爵令嬢が、あなたたちの大好きな『奈落』から帰ってきてあげたわ」


私は群衆を見渡し、極上の、そして身の毛もよだつような冷たい微笑みを浮かべる。


「さあ……泣き叫びなさい。這いつくばりなさい。そして、私という怪物を手放した己の愚かさを、その身に刻み込みなさい!」


王城の地下。

王国の滅亡が迫る炎と絶望の中で。

悪役令嬢クローディア=エルヴァンシアの、最高に痛快で、最凶の凱旋ショーが幕を開けた。

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