シーン4:【禁呪炉心の脈動、そして「泣きつく」ための愚行】
水鏡の映像が、王城の地下深く、冷たい石造りの『地下霊廟』を映し出す。
そこは歴代の王族が眠る神聖な場所であると同時に、王国最大の『嘘』が隠された場所でもあった。
霊廟の最奥。重厚な扉が、今まさに物理的に破壊されようとしている。
扉を壊しているのは、宰相グラディウス侯爵の私兵たちだ。そして、その後方で脂汗を流しながら指示を出しているのが、他ならぬ侯爵本人。
さらにその後ろには、絶望のあまり半ば正気を失ったアルフレッド王子と、彼に縋り付くミレイユの姿もある。
『急げ! 早くその扉をこじ開けろ! このままでは暴徒どもが押し入ってくるぞ!』
侯爵が金切り声を上げる。
「あら、宰相閣下ったら。あんなに慌てて、ダイエットにはちょうど良さそうね」
私は温泉の縁に肘をつき、退屈そうに欠伸を噛み殺す。
『だ、駄目です! 侯爵! その奥は、王家の血を引く者しか立ち入ってはならない禁忌の……!』
アルフレッドが止めようとするが、彼の声には何の力もない。
『黙っていろ、青二才! 貴様の甘ったるい理想のせいで、この国は滅びかけているのだぞ! こうなれば、地下に眠る『古代の遺産』の封印を解き、絶対的な力で暴徒を鎮圧し、隣国へ寝返るための手土産にするしかない!』
侯爵が本性を露わにし、王太子に向かって唾を吐きかける。
「……愚かな。自らが何をしようとしているのか、全く理解していないらしい」
ゼノヴァルが、赤い瞳に深い怒りを宿して水鏡を見下ろす。
「あれは兵器の『炉心』だぞ。魔力を供給する『本体』は破壊されたとはいえ、炉心だけでも星の魔力を無尽蔵に吸い上げ、周辺の空間を消滅させるだけの爆発力を持つ。素人が手を出せば、王都どころか、この大陸の半分が海に沈むぞ」
「あら、壮大な花火大会になりそうね。特等席で見なきゃ」
私がふふっと笑うと、ゼノヴァルは信じられないものを見るような目で私を見た。
「貴様、本当に狂っているのか? あれが完全に起動すれば、貴様の言う『遊び場』そのものがなくなるのだぞ」
「だから、完全に起動する前に『物理』で止めるって言ってるじゃない。……それに、まだ起動すらしていないうちから止めるなんて、野暮でしょう? 私は、彼らが絶望の底で『自分たちが何を引き起こしたか』を理解した瞬間の顔が見たいの」
私の言葉に、ゼノヴァルは深くため息をついた。
「……貴様は、ある意味で我よりも魔王らしいな」
水鏡の中では、ついに霊廟の奥の扉が破壊された。
侯爵たちがなだれ込んだ先――そこには、巨大な水晶のドームに覆われた、脈打つ『黒い太陽』のような球体が鎮座していた。
古代魔力炉(アポカリプスの炉心)。
『おお……これだ! これこそが、絶対の力……!』
侯爵が狂喜の声を上げ、炉心を制御している『封印の祭壇』へと駆け寄る。
彼は、王家から奪い取った鍵(おそらくアルフレッドから無理やり奪ったのだろう)を、祭壇の窪みへとねじ込んだ。
『やめろぉぉぉッ!!』
アルフレッドの絶叫と同時に。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!
水鏡からすら、ビリビリとした震動が伝わってくるほどの、凄まじい魔力の奔流。
黒い太陽が、ドクン、と大きく脈打つ。
その瞬間、王都全体を覆っていた『大結界』が完全に砕け散り、代わりに炉心から噴き出した漆黒の魔力が、王城の天を突く巨大な光の柱となって立ち上った。
「ッ! 始まったわ……! あの炉心、周囲の魔力を吸い上げながら、臨界点に向けて自己増殖を始めたのよ!」
リシェラが顔色をなくして叫ぶ。
映像の中では、炉心から溢れ出した高熱の魔力波によって、侯爵の私兵たちが一瞬にして灰に変わっていく様が映し出されていた。
『な、なんだこれは!? 熱い、熱いィィィッ!』
侯爵も片腕を焼かれ、悲鳴を上げながら床をのたうち回っている。
アルフレッドは、自分の足元で広がる地獄絵図と、世界を終わらせる光の柱を見上げ、完全に膝から崩れ落ちていた。
『ああ……私が、私がクローディアを追放したばかりに……。彼女がいれば、こんな……。助けてくれ……クローディア……!』
「……」
私は、そのアルフレッドの泣き言を聞いて。
スッと、温泉から立ち上がった。
インナーから滴るお湯を火魔法で一瞬にして蒸発させ、空間収納から取り出した新しい『特注の戦闘服』――漆黒のロングコートと、動きやすさを極限まで追求したタイトなインナー、そして魔物素材で強化されたブーツを素早く身に纏う。
「クローディア……?」
ゼノヴァルが私を見上げる。
「さあ、お茶会はおしまい。十分楽しんだわ」
私は首をコキッと鳴らし、口角を限界まで吊り上げる。
「泥舟のネズミどもが、私に助けを求めているのよ? かつて私をゴミのように捨てた連中が、鼻水と涙で顔をグシャグシャにしながら『助けて』と這いつくばっている。……こんな最高のステージ、行かない理由がないでしょう?」
私は、ガルムに向かって右手を突き出す。
「ガルム! 群れをまとめなさい! これから私たちは、奈落の門をぶち破って、地上へと『凱旋』するわよ!」
「……ウォォォォォォォォンッ!!」
ガルムの咆哮に、温泉でくつろいでいた黒狼たちが一斉に立ち上がり、殺意と闘気を取り戻した獰猛な声で応える。
「リシェラ! あなたも来るわよね? 千年越しの人間どもへの恨み、晴らす特等席を用意してあげるわ!」
「も、もちろんよ! あんた一人じゃ、あの炉心の構造を解析できないでしょうからね!」
「モッチ!」
「きゅいっ!」
モッチが私の肩に飛び乗り、定位置である私の胸の谷間――いや、今はロングコートの懐のポケットへと潜り込む。
そして、私は最後に。
私の隣に立つ、漆黒の魔王へと視線を向けた。
「ゼノヴァル」
「……何だ」
「あなたも、特等席で見物するんでしょう? 遅れないでついてきなさい」
ゼノヴァルは、私のその傲慢な命令に対して。
フッ、と赤い瞳を細め、薄く笑った。
「ああ。貴様のその狂気、最後まで見届けてやろう」
私は背を向け、奈落の上層――地上へと続く長い長い縦穴へ向けて、力強く足を踏み出した。
崩壊する王国の悲鳴が、ここまで響いてくる。
さあ、お掃除の時間だ。
私がどれほど恐ろしく、そしてどれほど『必要』な怪物だったのかを、あの愚か者たちの魂に直接(物理で)刻み込んでやる。




