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シーン3:【理想の成れの果て、王太子アルフレッドの滑稽な演説】

「……ああ、なんと見苦しい姿だ。あれが、あの泥舟の次期船長か?」


水鏡に映るアルフレッドの姿を見て、ガルムが鼻にシワを寄せて低い唸り声を上げる。

獣である彼から見ても、水鏡越しのアルフレッドからは『王』としての威厳も、群れを率いる『アルファ』としての覇気も、欠片も感じられないらしい。


バルコニーに立つアルフレッドの衣服は乱れ、目には濃い隈が刻まれている。

彼は拡声の魔導具を両手に握り締め、バルコニーの下――王城の広場に詰めかけた群衆に向かって、必死に叫んでいた。


映像には音声はない。

しかし、リシェラが気を利かせて水面を指先で弾くと、微かなノイズと共に、現地の音声が私たちの耳に届き始めた。


『……皆の者、落ち着くのだ! 争いは何も生み出さない! 私たちは皆、ルーヴェル王国の誇り高き臣民ではないか!』


アルフレッドの、悲痛で、しかしどこまでも空虚な声が響く。


『食糧の不足は、すぐに解決する! 貴族たちにも協力を呼びかけている! だから、略奪や放火はやめてくれ! 互いに手を取り合い、この困難を乗り越えよう! 絆の力を信じるのだ!!』


「……ぷっ」


私は思わず、吹き出してしまった。


「あははははっ! 絆の力! 聞いた、ゼノヴァル!? 今、あの男、お腹を空かせて暴れている民衆に向かって『絆の力』って言ったわよ!」


私はお腹を抱え、水鏡の縁をバンバンと叩いて笑い転げる。

最高だ。何という喜劇。


「……愚かの極みだな」


ゼノヴァルは眉間を深く寄せ、心底軽蔑したような眼差しで水鏡を見下ろしている。


「飢えと怒りに支配された群衆に、道徳など通じるものか。必要なのは、即座の『食糧』という利益か、あるいは暴動を強制的に鎮圧する『絶対的な武力』だ。……そのどちらも提示せず、ただ言葉だけで群衆を操れると思っているとはな」


ゼノヴァルの言う通りだ。

アルフレッドの演説に対する群衆の返答は、残酷なまでに明確だった。


『ふざけるな、王太子!』

『絆で腹が膨れるか! 俺の子供はもう三日も水しか飲んでねぇんだよ!』

『貴族の倉庫にはパンが山ほどあるくせに! 嘘つきの豚どもめ!』


群衆の中から、怒号と共に飛んできたのは、腐った野菜や、王城の敷地内から剥がされた石畳の欠片だった。

「ッ!?」

アルフレッドの顔面に、泥まみれのジャガイモが直撃する。

彼は拡声器を取り落とし、近衛兵たちに庇われながら、惨めな姿でバルコニーの奥へと逃げ込んでいった。


「……情けない。あの男、本当に自分が王にふさわしい器だと思っていたのかしら」


私は笑い涙を拭いながら、冷酷に呟く。

映像は、逃げ込んだアルフレッドを追って、王城の内部へと切り替わる。

彼は廊下にへたり込み、両手で顔を覆って震えていた。


『なぜだ……なぜ誰も分かってくれない……! 私は、皆が笑って暮らせる国を創りたかっただけなのに……!』


「あらあら、可哀想に。自分が間違っているとは微塵も思っていないのね」


そこに、一人の少女が駆け寄ってくる姿が映った。

ミレイユ=フォルナー。私を陥れるための神輿として、侯爵派に担ぎ上げられた、あの『愛らしい』男爵令嬢だ。

しかし、彼女の顔にも、断罪劇の時の余裕は欠片もない。


『アルフレッド殿下! こんな所にいらっしゃったのですか! 早く逃げましょう! 侯爵様たちが、王城の地下にある秘密通路から、隣国へ脱出する手はずを……!』


ミレイユがアルフレッドの腕を引っ張る。

しかし、アルフレッドはその手を乱暴に振り払った。


『逃げるだと!? 私が、この国を捨てて逃げるというのか!? 君までそんなことを言うのか、ミレイユ!』


『だ、だって……このままでは、暴徒が城に乗り込んできます! それに、結界が消えたら魔物まで……! 私、死にたくありません!』


彼女の口から出たのは、打算と恐怖だけだった。

アルフレッドは、信じていた少女のその言葉に、絶望の表情を浮かべる。

そして、その瞳に、後悔の色がはっきりと浮かび上がったのを、私は見逃さなかった。


『……クローディア。ああ……クローディア……』


アルフレッドが、狂ったように私の名前を呟き始める。


『彼女なら……彼女がここにいれば、暴動など一日で鎮圧し、食糧の流通も元通りにしてくれたはずだ。近衛と軍の諍いも、彼女の力があれば……! そうだ、なぜ私は彼女を……!』


「……っは」


私の口から、氷のように冷たい嘲笑が漏れた。


「今さら、私の価値に気づいたの? 遅いわよ、アルフレッド」


私は水鏡の中の彼に向かって、聞こえるはずもない言葉を投げつける。


「あなたたちは、私という『怪物』を檻の中に閉じ込めて、都合よく利用していただけ。でも、その檻の鍵を開けてしまったのは、あなた自身だわ」


「……」

ゼノヴァルが、無言で私の横顔を見つめている。


「泣きつく暇があるなら、せめて私を楽しませなさいな。……ねえ、リシェラ」


私は視線を水鏡から上げ、頭上の妖精へと向ける。


「彼らが逃げようとしている『王城の地下』。……そこには、あなたの言っていた『炉心』があるのよね?」


「……ええ」

リシェラが、顔を強張らせて頷く。


「追い詰められたグラディウス侯爵が、隣国への手土産か、あるいは結界を無理やり復活させるための最後の手段として……あの『禁忌の箱』に手を出す確率は?」


「……百パーセント、ね」


リシェラの断言と共に、水鏡の映像が、王城の最下層――立ち入り禁止の『地下霊廟』へと切り替わった。

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