シーン1:【奈落の快進撃、魔王の散歩と黒狼軍団の無双】
「邪魔よ」
ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!
私の右拳から放たれた『魔力徹し』が、奈落の深層に巣食う巨大な八本足の魔毒蜘蛛の堅牢な外殻を容易く貫通し、内部の体液ごと後方へ吹き飛ばす。
緑色の体液が雨のように降り注ぐが、私は指先一つで展開した魔力防壁でそれを完璧に弾き落とし、歩みを一切緩めない。
「あら、ごめんなさい。少しはみ出たかしら?」
「……気にするな。我の『散歩』のついでだ」
私のすぐ横を歩く魔王ゼノヴァルが、軽く右手を振る。
ただそれだけで、上空から襲い掛かろうとしていた三匹の吸血翼竜が、見えない巨大なハンマーに叩き潰されたように、無惨な肉塊となって地面に激突した。
重力魔法・『圧壊』。
詠唱はおろか、魔力を練る素振りすら見せない、文字通りの『呼吸をするような』魔法の行使。
「ふふっ、流石ね。私の拳より早いじゃない」
「貴様のその野蛮な近接格闘に巻き込まれるよりは、遠距離から処理した方が衣服が汚れずに済むからな」
ゼノヴァルは涼しい顔で、六枚の漆黒の翼を優雅に畳んだまま、私と歩調を合わせて進んでいく。
私たちの後方には、リシェラがふんわりと宙に浮きながらついてきており、さらにその後ろでは……。
「主の御手を煩わせるな! 残党は我らが喰い尽くせ!」
「「「ワォォォォォォンッ!!」」」
黒狼族の長ガルムの号令と共に、数十匹の巨大な黒狼たちが、私とゼノヴァルが撃ち漏らした(あるいは粉砕しきれなかった)魔物たちに群がり、凄まじい勢いで蹂躙していく。
奈落の最下層から、かつて黒狼たちが縄張りにしていた中層の『温泉洞窟』へ向けての帰還。
本来なら、一歩進むごとに命を懸けるべき極限のデスロードのはずだ。
しかし、完全覚醒した魔王と、タガの外れた私、そして奈落の環境に適応した黒狼の軍団という、チートの詰め合わせのようなパーティーの前では、どんな凶悪な魔物も『ただの障害物』に過ぎなかった。
「きゅいきゅいっ!」
私の肩に乗ったモッチが、私が魔物を殴り飛ばすたびに「すごいすごい!」と言わんばかりに跳ね回っている。ゼノヴァルの威圧感にもすっかり慣れたらしく、時折彼の漆黒の翼を興味深そうに突っついたりしている。
「おい、小娘。この白い毛玉はなんだ。我の翼の魔力粒子を食べているようだが……腹を壊さんのか」
ゼノヴァルが鬱陶しそうにモッチを指差す。
「モッチよ。奈落のアイドル兼、私の非常食よ。可愛いでしょう?」
「……貴様の感性は、本当に理解できん。魔王である我に懐く生物など、魔族の中でもごく一部だというのに」
「それはあなたが、昔からそんなしかめっ面で、難しそうな歴史の事ばかり考えているからよ。もっと肩の力を抜いて、今を楽しまなきゃ」
私はゼノヴァルの背中をバンバンと叩く。
魔王の背中を気安く叩く人間など、後にも先にも私くらいだろう。ゼノヴァルはため息をつきながらも、特に振り払う様子はない。
(ふふ……本当に、最高のパーティーね)
私は周囲に転がる魔物の死骸を眺めながら、心の中でほくそ笑む。
私一人でも奈落を踏破することはできただろう。でも、この規格外の連中と一緒に、絶対的な暴力でダンジョンを『散歩』するのは、格別の爽快感がある。
やがて、見覚えのある広大な洞穴――私が物理的に造形した、巨大な露天風呂のある『温泉洞窟』へとたどり着いた。
「よし、到着ね。地上へ乗り込む前に、ここで少し休息を取りましょう。お湯に浸かって、魔力の回復と情報整理よ」
私が宣言すると、黒狼たちは歓喜の声を上げて、それぞれの寝床(私がくり抜いた岩壁の窪み)へと散っていく。
「……信じられん。本当に奈落の岩盤をくり抜いて、温泉まで引き当てているとは」
ゼノヴァルが、もうもうと湯気を立てる巨大な浴場を見て、呆れたように呟く。
「ええ、凄いでしょ? 私の最高傑作の一つよ。魔王様も、何百年ぶりかの垢を落としていったら?」
「我輩は魔力で身体を清浄に保っている。……が、まあ、悪くない提案だ」
ゼノヴァルは小さく頷き、浴場の端へと歩いていく。
私はリシェラを振り返る。
「さて、リシェラ。あなたが中層に張っていた封印が解けたことで、地上の『アレ』がどうなっているか……見せてもらえるかしら?」
リシェラは私の言葉に、コクリと頷いた。
「ええ、もちろんよ。でも、見たら後悔するかもしれないわよ。人間どもの愚かさの極致みたいな光景だから」
リシェラが浴場の水面の上へふわりと舞い降り、両手を広げて呪文を紡ぐ。
「『遠隔水鏡』!」
彼女の魔力によって、温泉の水面が波打ち、やがて巨大な鏡のように滑らかになる。
そして、そこに映し出されたのは。
「あらら……」
私の口から、思わず楽しげな声が漏れた。
そこには、赤蓮の炎に包まれ、黒煙を上げる『ルーヴェル王都』の無惨な姿が、鮮明な映像として映し出されていた。




