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シーン5:【魔王従属、そして地鳴りと共に崩れゆく天井(おうこく)】

「……ちょっと待って。同行するって、どういうこと?」


私は腕を組んだまま、呆気にとられた顔でゼノヴァルを見上げる。

魔王が、私についてくる?

つい数分前まで殺し合い(私にとっては最高の遊び)をしていた相手が、突然パーティーに加わるだなんて、王宮の三流劇作家でも書かないような唐突な展開だ。


「言葉の通りだ、クローディア。我がこの数百年、封印の中で見守っていた世界は、人間たちの愚行によって再び腐敗しているようだからな。……貴様のような『規格外の劇薬』が、この世界にどんな結末をもたらすのか。最前列(特等席)で見届けたくなった」


ゼノヴァルは尊大な態度を崩さず、しかしその赤い瞳の奥には、長きにわたる退屈から解放されたような、好奇の光が宿っていた。


「……信じられない。魔王ゼノヴァルが、人間の小娘に付き従うなんて……。歴史の真実を知っている私からすれば、悪夢以外の何物でもないわ」


リシェラがふらふらと空中に舞い上がり、頭を抱える。

ガルムに至っては、先ほどまでの圧倒的な恐怖と、現在の奇妙な状況に脳の処理が追いつかず、完全にフリーズして「きゅぅ……」と震えるモッチを無意識に撫で続けている。


「付き従うのではない。あくまで『見物』だ。我は手を出さん。貴様が野垂れ死のうが、国を滅ぼそうが、ただ高みの見物を決め込むだけだ」


「あら、そう。なら勝手にすればいいわ」


私は肩をすくめる。

まあ、彼が本気で私を殺そうとしないのなら、隣に最強のストッパー(兼、いつでも殴り合えるサンドバッグ)を置いておくのも悪くない。


「それにしても、あなた……随分と人間に興味があるのね。歴史書じゃ『人類への憎悪で狂い果てた』って書かれてたのに」


「フッ。憎悪など、とうの昔に擦り切れたわ。……むしろ、今の我には、貴様という存在の方がよほど脅威に思える」


ゼノヴァルが、私の顔をじっと見つめる。


「自らを縛るものをすべて破壊し、ただ己の快楽たたかいのためだけに生きる。……貴様を見ていると、かつての『あの兵器』の暴走を思い出す。止める者がいなければ、貴様は本当に世界を物理的に粉砕しかねんからな」


「失礼ね。私はただ、少し激しいお散歩が好きなだけよ」


私が口を尖らせた、その時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッ!!!!


突然、奈落の最下層全体が、強烈な縦揺れに見舞われた。

「きゃっ!?」

リシェラが悲鳴を上げて墜落し、ガルムが咄嗟に地面に伏せてモッチを庇う。

私とゼノヴァルは、微動だにせずに天井――遥か上空の、王都の方向を見上げた。


「……地震?」

私が眉をひそめる。

「いや、違う。この震動の波長……魔力の脈動だ。それも、尋常ではない質量の」


ゼノヴァルが赤い瞳を細め、視線を虚空へと向ける。

彼の言う通り、足元の水晶床が揺れているのではない。この空間を満たしている魔力マナそのものが、上空からの凄まじい『引力』によって吸い上げられ、空間が悲鳴を上げているのだ。


「これ……嘘でしょ……?」

床に手をついたリシェラが、顔面を真っ白にして呟く。


「リシェラ、何が起きているの?」


「結界の解除よ……。私が中層に張っていた絶対封印は、魔王を閉じ込めるためだけのものじゃない。奈落の底に澱のように溜まった『負の魔力』が、地上へ漏れ出さないようにするための蓋でもあったの」


リシェラがガタガタと震えながら、空を指差す。


「その蓋がなくなったことで……地上の『何か』が、奈落の魔力を急速に吸い上げているわ。……まさか、王国の連中、アレを……『禁呪兵器』を再起動させるつもりなの!?」


「禁呪兵器……?」


私は壁画に描かれていた、世界を焼き尽くす巨大な太陽のような兵器を思い出す。


「王都の地下には、あの古代兵器の『炉心』が眠っているのよ! 王家はそれを隠蔽しつつ、その魔力の残り滓を利用して王都の大結界を維持していた。……でも、クローディアがいなくなって魔力制御が暴走し、結界が崩壊の危機に瀕している。追い詰められた人間たちは、絶対に手を出してはいけない炉心の『リミッター』を外そうとしているんだわ!」


リシェラの説明を聞きながら、私は王国の現状を正確に予測する。


(なるほど。暴動が起き、前線の軍は反乱寸前。そして王都を守る結界が消えかかっている。無能なアルフレッドやグラディウス侯爵が、焦って古代の遺産に手を出した……というわけね)


自分の身を守るために、世界を滅ぼしかねない禁忌の箱を開ける。

いかにもあの愚か者たちが考えそうなことだ。


「……愚かだな」


ゼノヴァルが、氷のように冷たい声で吐き捨てる。


「数百年経っても、人間は何も学んでいない。再び同じ過ちを繰り返すというのか」


彼の声には、先ほどまでの余裕はなく、かつて自分が命を懸けて止めた破滅が再び繰り返されようとしていることへの、深い失望と怒りが滲んでいた。


「ふふっ」


私は、思わず笑声を漏らした。

ゼノヴァルが、怪訝な顔で私を見下ろす。


「何がおかしい、クローディア」


「だって、滑稽じゃない。自分たちで私を追放して、泥舟を沈めておきながら、最後は自爆スイッチを押して世界ごと吹き飛ばそうとするなんて。……最高の喜劇だわ」


私はインナーの血の汚れを払い、ゆっくりと背筋を伸ばす。

私の視線の先は、もはや魔王ではなく、遥か上空の『地上の世界』へと向けられていた。


「どうする気だ、小娘。このままでは、あの兵器が完全に起動し、地上は火の海になる。……我の封印が解けた今、それを止める手立てはないぞ」


「止める手立てがない? そんなの、やってみないと分からないじゃない」


私はゼノヴァルに向かって、獰猛な、それでいてどこまでも晴れやかな笑みを浮かべた。


「あの馬鹿どもが、私の『遊びせかい』を壊そうとしているのよ。……お仕置きが必要だと思わない?」


私の言葉に、ゼノヴァルは一瞬だけ目を丸くし。

そして、堪えきれないように口角を上げた。


「……フッ。なるほど。世界を救う『英雄』ではなく、世界を壊そうとする者を物理的に排除する『怪物』か。……悪くない」


ゼノヴァルが私と並び立ち、上空を見上げる。

ガルムが立ち上がり、モッチが私の肩へと飛び乗る。

リシェラもため息をつきながら、私の頭の周りを飛び始めた。


「さあ、地上うえに帰りましょうか。王国(泥舟)の沈みっぷりを、特等席で見物ぶっつぶしにね」


私の宣言と共に、奈落の最下層から地上へと向かう、悪役令嬢と魔王の反逆の旅が始まった。

王国の愚か者たちが、自分がどれほどの怪物を解き放ってしまったのかを知るのは、もう間もなくのことだ。

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