昔語り:竜の咎人(前編)
31 years ago
Side:Luna
静かな田園地帯の真ん中で思いっきり伸びをする。
やっぱり田んぼはいい。何しろお米ができるのだから。
「………ルナ、まだ着かぬのか?」
「おやおやせっかちだねぇ、君は。
村とか街に着いたら着いたで早くまた旅に出よう、とか言う癖に」
私のからかいに隣を歩くジョーカーは拗ねたように視線をそらした。
まったく可愛らしいことだ。
出会った頃はあんなに敵意剥き出しだったのにねぇ。
魔族の彼女、ジョーカーとの出会いを切っ掛けに闇ギルドを作ることを決めた私は、現在旅をしている。
もちろん正規ギルドの仕事は長期の休みをとって。
ジョーカーと出会ってすぐに楽に動けるようにとランクSSへの昇格試験を受けた甲斐があるというものだ。
まあすぐと言っても昇格の意思をユエに伝えて、そこからそれに相応しい結果を残してからの昇格試験だったから一年かかったけど。
しかもSSになったらなったで同じランクSSの無能二人組の教育を命じられて面倒ったらなかった。
今は自己研鑽?に努めるとかなんとか言っててそうでもないけど、一時期はストーカーかってくらいしつこかったし。
そんなこんなの紆余曲折があってようやく身辺が落ち着いた私は、かねてからの願いのひとつであるジョーカーの孤独をなくすための旅の真っ最中なのだ。
「人間が多い場所は好かぬのだ」
「まあそうだろうね。最初の頃の君は酷かったし」
「あれは、別に……」
初めてまともな人里におりたとき、ジョーカーは殺気を剥き出しにして道行く人達を睨み付けていた。
まあその気持ちは分からないでもない。
だけどそれを隠してこそ意味がある。
その場はともかく悪目立ちしすぎるので慌てて転移して再び人気のない場所に戻ったが、普通に町中を歩けるまでの私の苦労は語り尽くせない。
そんなこんなでジョーカーは未だ村だとか街だとか、一定以上の他人がいる場所は嫌いなのだ。
「そもそもルナがどうしてもコメとやらを食べたいと言うから、妾も着いてきているのだぞ!」
「ふふっ、別に着いてこなくてもいいよと言ったじゃないか。留守番しててもいいって」
「…………」
私が正規ギルドの依頼に出ている間の彼女の棲家として、私は簡単な家を用意していた。
私も大体そこに泊まっているのでシェアハウス的なあれだ。
仮の闇ギルド本部、ということにもなっているが、今のところそういった役割としては殆ど機能していない。
「それにさすがにある程度は人里に足を向けないと、ギルドのメンバーが集まらないだろう?」
ジョーカーを連れて山をおりてすぐ闇ギルド自体は作った。名目上っていうか、形だけのものだけど。
所属してるのは私とジョーカーだけだしね。
だから私達の本来の旅の目的はギルドメンバーの勧誘なのだ。
私だって決してお米が食べたいからではなく、この辺に有望そうな人がいそうな気がしなくもないかもしれないなぁ、と思ってここに来ようと思ったのだから。
決してここが“帝国”一の隠れた名米の産地だからとかではない。
毎年数少ない量しか出荷されない米をどうにかして刈り取ってすぐに食べたいからとか、そういった不純な動機からではないのだ。
「そのような者、存在するかどうかも怪しいものではないか。
妾はこのまま、そなたと二人きりでも構わぬ」
「おやおや、愛の告白かい?」
「違う!仕方なくだ、仕方なく!」
「そうは言っても二人しかいないギルドなんてギルドじゃないし、どうせなら幹部とかそういうのがいた方がそれっぽいし……だからってその辺のゴロツキを集めても教育が大変だし品位が下がる。
やっぱり悪の美学とでも言うべきものはどんな存在にだって、ある意味私達みたいな存在にこそ必要だしね」
「………妾の話をまったく聞いておらぬな、そなた」
「そんなことはないさ。ちゃんと聞いていたとも」
聞いていてスルーしているのだから。
「まあともかく、出会いはどこに転がっているかわからないものなんだから。
私と君があの場所で偶然出会ったように、ね?」
「………ふん。まあ妾としてももうしばらくそなたの我儘に付き合ってやらなくもないぞ」
「ツンデレだねぇ、相変わらず」
最初の頃と比べたら随分ツン要素は減ったけど。
いつか完全にツンが消えてただのデレデレになりそうなのは気のせいかな。
………まあ、どうでもいいけど。
「あ、ジョーカー村が見えたよ。
設定はいつも通りのやつでいこうね」
「宿に泊まるのか?」
私とジョーカーが街中とかの宿に泊まるときは大抵、私が考えた設定で周囲の人間と接することにしている。
ジョーカーは人見知りのお嬢様で、私はその付き添い兼護衛って感じ。
さすがに女の二人旅は目立つし、何よりジョーカーは外見幼女だ。
姉妹と言うには私達の顔立ちも髪や目の配色も違いすぎる。
なので人間嫌いのジョーカーが他人と殆ど話そうとしなくても疑問を抱かれないよう、箱入りお嬢様設定にした。
宿を借りるときにこの設定をよく使うんだけど、今回はお米を買うのにこういう村だと余所者には警戒心が働くかな、と思ったので設定を適用しようと思っている。
そして変に警戒心で面倒な思いをすることがないよう、米を購入したらさっさと立ち去るつもりだ。
「いいや、お米を買ったらそのまま野宿しよう」
「何故だ」
本当はすぐ拠点に帰ってもいいんだけどね。
同じことを思ったのか、ジョーカーは訝しげな顔をしている。
うーん、なんか理由を言ったら怒られるか呆れられるかしそうだなぁ。
「お米はすぐ食べたいだろう?」
「家に帰って食せばいいではないか」
「飯盒炊飯って知っているかい、君?」
この日のために用意してあるんだよね、道具。
勿論この世界には存在しないから全部自作で。
ジョーカーからしたら訳のわからない言葉の羅列に、それは何だと聞く代わりとでも言うようにため息が小さな口からこぼれ落ちる。
ある程度悟ったらしい。
「………またそなたなりの風変わりなこだわりか」
「先に帰っていてもいいよ」
「よい。付き合うと言ったであろう」
「ふふ。君も大抵風変わりだと他人からは言われそうだ」
まあこういうのは一人でやっても味気ないから、その申し出はありがたいんだけどね。
着いた村は予想以上に閑散としていた。
皆家に籠ってるのかな?気配は感じるのに外に人影は皆無だ。
この時期なら丁度米の収穫期で色々忙しくしていると思ったのだけど。
「すみませーん!」
「ルナ、そなたもう少しどうにかならぬのか…」
取りあえずこういう時は誰かしらに出てきてもらわないとね。
そう思って大声を張り上げてみたんだけどジョーカーには呆れられてしまった。
いいじゃないか、実際建物の中から人が出てくる気配がするんだし。
「……どちら様かな?」
出てきたのは壮年の男性だった。
農作業で鍛えたのだろうまあまあな筋肉と日焼けした肌が農家、という感じにさせる。
「突然申し訳ありません。旅の者です。
こちらが有名な米の産地だと聞いてやって来たのですが……」
一応いいとこのお嬢様の護衛という役割だからそれなりに礼儀正しくしておかないとね。
ジョーカーはジョーカーで既に慣れてきたらしい人見知りな、いかにも箱入りですといった態度で私の陰に隠れている。
か弱い(見かけ詐欺だけど)女の二人連れに、男性もあまり警戒心を抱くことはなかったのだろう。
そうでしたか、と言ってこの村の村長の家まで案内してくれた。
正直不用心すぎて笑える話だ。まあ私達相手にはどんな用心をしたってほぼ無意味なんだけど。
「このような辺鄙な場所までようこそ起こし下さいました」
私達を迎えてくれた村長はそう言って頭を下げた。
村長の家への道すがら男性には私達の設定――つまりお嬢様とその護衛であるということは話してあったため、それなりの対応をと考えたのだろう。
それに私達が着ているものは素材からして一級品だ。それなりに観察力のある人間なら少なくとも一般階級ではないことくらい予想がつく。
「いえ、急な訪問をしてしまい、こちらこそご迷惑をおかけしています。
見たところ何か――問題が起こっているようですが」
「お二人がここまでやっていらしたことから予想しておりましたが、やはり知らないようですね。
途中で他の村や町などには寄られなかったのですか?」
「はい、近くまで転移で来たもので」
「そうでしたか……」
村長は深く息をつくと、すぐにこの辺りから立ち去るべきだと私達に告げた。
「実は一週間ほど前に、ここから離れた場所で囚人の脱獄があったのです」
「もしかして、それを警戒して村は」
「はい。その脱獄犯は終身刑を言い渡されておりました。
主な罪状は大量殺戮に窃盗、強姦と……申し訳ない、若い女性に聞かせるような話でもありませんでしたね」
「いえ、お気になさらずに」
むしろそういうのはこっちの方が得意です。
だとか言い出しそうになってしまったが、背後のジョーカーの視線が痛いため我慢した。
それにしてもどうやら私達への不用心さは警戒すべき相手が男の脱獄犯だったから、のようだ。
「一週間たって離れた場所でも警戒が続いているということは、その脱獄犯はまだ捕まっていないということでしょうか?」
「その通りです。脱獄犯は直系竜族の血を引いているようで、自警団や兵士をものともせず逃走を続けていると聞いています」
「竜族?珍しいですね。竜族が罪を犯すなんて」
竜族は国の王である皇帝に絶対服従を誓う種族だ。
しかもそれは本能による統率。直系はそれが更に強いという。
それを打ち破るようなものがいるとも思えないのだが。
「竜族の血を引いていると言っても半分だそうです。
半人半竜、と言ったところでしょうか。竜族の力を持つというのに皇帝陛下に逆らう大罪人として監獄につながれていたようです」
なるほど、ハーフである分忠誠心がなく、しかし竜族の力を持っていると。
しかも兵士達に後れをとらないということから直系竜族の血の力は強いと見た。
確かにそんな相手が近くに潜伏しているかもしれないとなったら、目の前の彼らのような者は家にこもって身を守るしかないだろう。
「そういうわけで、貴女方も一刻も早く戻られることをお勧めします。
米でしたら既にある程度は収穫を終えていますので、少しでしたらお譲りすることもできますし」
「わかりました、お言葉に甘えさせていただきます。
ではこの袋に入る分で構いませんので、売っていただいてよろしいですか?」
「―――それで、村人の助言には従わぬのか?」
袋いっぱいに米をもらって意気揚々と村を出た私達は、近くにある林の中でキャンプの準備の真っ最中だ。
既に日も暮れていて、辺りは暗く静まり返っている。
周辺にいた獣の類は私とジョーカーが一度威圧を放って遠ざけたため、無粋な輩に食事を邪魔される心配もない。
「ふふっ、君結局一言もしゃべらなかったね。まあいつもの事だけど」
「話す必要性を感じぬのだ。それにしてもそなたの事だ、望みを叶えてやろうかとあの村人達にも言うかと思ったが」
「あぁ、脱獄犯の捕獲とかかい?
今の私はお米を楽しむのに忙しいからねぇ、それに君の望みを叶えている最中だし」
「とってつけたように言っても無駄だぞ、ルナ」
「ふふ、喜んでいる癖に」
私がからかえばジョーカーはふい、と顔を背けた。
その向けた視線の先を見通すように目を細める。
「哀れなことだな、あの村人達も。そなたに望めていれば今頃助かったかもしれぬと言うのに」
「あれ、気にしているの?意外だね」
「否。どうでもよいわ、あのような虫けら共」
「相変わらず過激だねぇ、君。
さっさとご飯を食べてしまおうよ。折角無粋な輩が来ないように色々と準備をしたんだから。
このままじゃ意味がなくなってしまうじゃないか」
私が手ずから握ったおにぎりを上手くキャッチして、ジョーカーは不満げに頬を膨らませる。
そういう表情をするとすっかり幼女だ。これが合法ロリ、というものなのだろうか。
「だから家に帰ればいいと言ったではないか」
「だって屋外がいいんだよ、飯盒炊飯は」
「妾は面倒事は好かぬぞ」
「じゃあ君は見ているだけでいいさ」
「そういうことでは……」
む、と一気に彼女の眉間にしわが寄る。
じゃあどういうことなんだろう。後で聞いてみようかな。まあ答えてくれなさそうだけど。
「おいおい楽しそうじゃねぇか。俺も混ぜてくれよ」
そして話しているうちに邪魔者が来てしまったようだ。
予想していたよりも早いな。それに気配探知の魔術とかを使えないはずだから、遠くの夜空に広がる飯盒炊飯の煙を頼りに来たはずだ。五感もなかなか鋭いと、脳内メモに追加しておかなければ。
そんなことを呑気に考える私を責めるようにジョーカーが睨んでくる。
「ルナ、そなたまさか計算ずくだったのではあるまいな?」
「やだなぁジョーカー、照れるじゃないか」
「………おいおいお嬢さん方、聞いてんのか?」
首元にひんやりした感覚がした。
恐らく追手から奪ったのだろう剣は血に塗れていて、このままだと服が汚れてしまいそうだ。
ついのけぞった私に邪魔者―――脱獄犯の男は獰猛に笑う。
「動くなよ。そこのお嬢ちゃんもだ。一応、女には優しくしたいからな」
「血だらけだね、君。生臭いな」
「おっとそれはすまねぇな、さっき近くの村のやつらを皆殺しにしてきたもんで。
それよりも――口の利き方には気をつけろよ、女」
やれやれ、そっちこそ口の利き方には気を付けることだ。
一気に周囲に熱を放って首元の剣を溶かす。
いい加減血が垂れてきそうだったし、汚れるのは御免だ。
同時に男の方には魔術の氷でできたナイフを数十本突き刺しておく。
変に暴れられても迷惑だし、地面に縫いとめておいた方が楽だ。
「ぐぁ……っ!」
「いやぁ、手荒なことをしてしまってごめんよ」
男を見下ろしつつ足裏で何本かのナイフを更に深く男の身体に突き刺しておく。
ジョーカーはさほど興味がないのか、遠巻きにこちらを見ているだけだ。
「それを、どうするのだ?
小汚い獣風情を屋敷に入れるのは好かぬぞ」
いや、口は色々出してきてるか。
まあそれなりの興味は抱いているようで何よりだ。
「てめぇ、女ぁぁぁっ!!」
「元気が有り余っているようで何よりだ。君、名前は?」
脱獄犯は答えない。荒い息を吐きながら何とか脱出しようと足掻いている。
それ、私の魔術なんだから君程度の力じゃ脱出不可能なんだけどなぁ。
力の差もわからないなんて、むしろ獣以下なんじゃないだろうか。
まあその辺りは後々の教育でどうにかなるだろうけど。
「名前なさそうだし、私がつけてあげるよ。君、今日からエースね。
あと今日から私達闇ギルドの幹部その一だ」
「……本気か、ルナ。獣風情にわざわざ名前なぞつけおって」
「妬いてるのかい?」
「ば、馬鹿にするでない!!」
「はいはい」
暴れる様が更にうっとうしく、私は先ほどと同じ数のナイフをエースに突き刺した。
エースの絶叫をBGMにおにぎりにかぶりつく。
うーん、五月蠅いけどまあいいや、これくらいなら。
段々元気もなくなってきたし、そろそろ痛みと失血で意識を失うだろう。
「君、次に目が覚めたら特訓だよ。
今のままじゃ弱すぎだし、何もかもが粗削りだ。
明日から忙しくなるから、取りあえず今のうちにゆっくり眠っておくといい」
「誰が、テメェらみたいなのに……殺してやるぞ、…クソアマ……」
「ルナ」
その時ずっと距離を保っておとなしくしていたジョーカーが動いた。
こちらに近づき、何をする気かと思えばエースを蹴り飛ばす。
あーあ、折角その場から動けないようにナイフで固定したのに。
遠くに転がる男の傍に転移してまた蹴り、転移してまた蹴り……すごい、ジョーカーが一人サッカー的なことをしている。一人パス回しだ。ちょっと楽しそう。
「この獣、妾が殺してもよいか?」
いい加減飽きたのか、気絶して反応がなくなったエースを放って私を上目遣いで見つめるジョーカーはたぶん本気だ。
そんなに気に障ったのかな、幹部集め。脱獄犯とか響きがかっこいいと思ったんだけど。
それに直系竜族の血はなかなか優秀だし、幹部にして損はないはずだ。
「何が気に入らないんだい?」
「生意気ではないか。身の程もわきまえずに」
「そこを教育してあげるのさ。そうだ、じゃあ君が教育係をすればいいよ。
そうすれば君が好きなように痛めつけられるだろう?まあ殺すのはダメだけど。
殺す一歩手前までやっちゃっても、私だったら治せるし。
ストレス発散のためのサンドバック役には丁度いいんじゃないかい?」
「……サンドバック、とは何だ?」
「あ、そこの説明しないとダメだったか。まあそれは戻ってからね」
前にも言っただろう、と私は微笑む。
「時間だけはたっぷりあるんだから、一匹くらい汚らしい獣風情を飼ってみたっていいじゃないか。
どうしても生理的に無理とか、教育してみても使えないとかだったらちゃんと責任もって殺すからさ。ね?」




