15
Side:Luna
あーすっきりした。
聖女に対する復讐も無事に終わって、私はいい気分で魔王城に戻った。
ちなみに召喚条件である戦争の終結は既に達成しているので、前の世界に戻るのも戻りたいと思えばすぐだ。
それはセイ達も同じはずだけど、たぶんまだ戻ってないんだろうな。
こういう時彼らは私のことをきちんと待ってくれる。
「ヒヴィごめんね、二人の事任せちゃって」
戻って見たヒヴィの顔はだいぶげっそりしていた。
私が人族の国に行っていたのは三十分かそこらだ。
そんな短時間でこうも疲れた顔をしているなんて、二人は何をしたのだろう。
一応聖女の支配から助けてくれた恩人でもあるのに。
「ルナ、ようやく戻ってくれたか……我は疲れた…」
「あはは、ごめんね。君との別れを惜しみたいからなるべく早めにと思っていたのだけれど、あの二人はなかなか君をてこずらせたらしい」
「大変だったぞ……。それにしても……今日でお別れか」
ヒヴィは少し寂しそうな顔をした。
私達は今日のうちにこの世界を去る。
私のこの国での身分は魔王妃だ。あまり長くいれば色々と厄介なことになるだろう。
「君はまた妃に逃げられることになってしまうのか……
そう考えるともうしわけないし、いっそのこと私の事を公衆の面前でふっておくかい?」
「何を言うのだ、ルナ相手にそんなことはできるはずがないぞ」
「そう?じゃあ雲雀に頼んでおくかい?」
あいつならその点楽にやってくれるだろう。
そう思って提案したのだが、それにもヒヴィは首を振った。
「それも駄目だ。ルナ達が去ることについては我の方でどうにかしておくから、心配はしなくでいいぞ。
それより勇者達のところに行こう。ルナに会えず野生の獣のように気が立っているのだ」
「野生って」
何となく想像できてつい笑ってしまった。
それにヒヴィもにっこり微笑んで私の手を引く。
数日過ごす間にヒヴィはこの手をつなぐ動作に大分慣れた。最早習慣と言っていい。
「ルナに頼まれた通り湯殿に案内したぞ。
配下の話では少々病的なくらいに身体を洗っていたらしい」
「見張らせていたのかい?」
「世話係に、と思って手配したのだが、拒否されて突っ立っていたらしいのだ」
「あぁ、そういうの嫌いだからね、あの二人」
セイなんかは“王国”の城でも自分の支度とかは大体自分でやっていた。
流石に式典の衣装とかそういう凝ったやつは手を借りてたけど。
「ここだ。一応来客用の部屋を使ったのだが……」
「引きこもっている、と。二人とも、さっさと開けて。お昼ごはんだよ」
呼びかけに扉がすぐさま開き、中から私を抱きしめて捕まえようと腕が四本伸びてくる。
それをかわした私はヒヴィの後ろに隠れた。
二つの殺意が襲い掛かる。私にではなく、ヒヴィにだけど。
「ルナ?」
「お前、どういうつもり?」
「何故我が怒られるのだ……?」
それについては申し訳ない。
「ごめんね二人とも。一応私、ここでは魔王妃っていう身分だから。
他の男の人と抱き合ったりとかすると体裁が悪いんだ。
だからそういうのはあっちに戻るまでなしでお願いするよ」
「ハァ!?」
「ルナ、ひどい……悲しい」
セイとシルヴァはそれぞれ愕然とした表情を浮かべた。
そんな顔をされると心が痛むのだが、ヒヴィはこれから再び妻に逃げられるという汚名を背負ってくれるのだ。
せめてこの世界にいる今くらいは我慢して欲しい。
冷静に考えて私達、すごくヒヴィに迷惑かけてるし(魔王妃になったり勇者になったり色々と。全部ヒヴィはとばっちりだ)。
「ごめんね。でも今日のうちにはちゃんと前の世界に帰ろうと思っているから、もう少しだけ。一応別れは惜しみたいし」
「別れを惜しむなら今惜しんだでしょ。早く帰ろうよ。
ルナのことだからどうせ魔王以外とはそんなに関わってないだろうし」
「ん。昼もあっちで食べればいい」
「ヒヴィとは昼食で別れを惜しむんだよ。その後もう一人とも話したいし……」
「もうひとり?」
あ、そう言えば雲雀の事は知らないんだっけ。
言ってもいいよね、と確認の意味でヒヴィを見ると、彼は考えるように目を伏せ何故か内緒だ、と微笑んだ。
どうせこの後バレるのに?今のヒヴィの口調とかは雲雀と結構似てないから、すぐわかっちゃうと思うけど。
それにもうすぐこの世界からいなくなるセイ達に隠す意味もあまりない気がする。
ただ本人がこう言っているのに私がそれに反するのもどうかと思うので、一応私も黙っていることにした。
「もう一人親しくしたやつがいるから、そいつにもね」
「親しくした、やつ?」
セイが意味深に言葉を拾う。
しまった。やつ、なんて普段の私なら絶対言わない。
地球にいた頃の癖がこんなところで出てくるとは。
「ともかく食事にしよう。ルナの好きなものを作らせたのだ」
「ふふっ、君はそういうところが女性にモテそうなのに、勿体ないね。
そういうわけだから二人とも、お昼にしよう。こっちについてきて」
「「………」」
何だか背後からおどろおどろしい念を感じるけど、まあ気にしたら負けだ。
それに例え望んだことではないとは言え聖女とあれだけべったりしてあんなに臭いをぷんぷんさせていたんだから、同罪だろう。
「……そもそもさぁ、何でルナは魔王妃なんてものになったわけ?」
食事の席でそう問いかけてきたのはセイである。
雰囲気はかなりとげとげしい。
それにしてもいくら私達以外に人がいないとは言え、そんなに敵意をむき出しにすることもないだろうに。
「言ってなかったっけ?
ただの召喚獣扱いだったら魔王のヒヴィとはなかなか会えなくて不便になるからだよ」
この世界で私のこと、私の事情を知っているのは雲雀とヒヴィだけだ。
そもそも私をここに喚ぼうと思い立ったのが雲雀なのだから、彼とコンタクトがとれないのでは意味がない。
「我はこれまで何人も妃を迎えているから、特に怪しまれなかったのだ」
「………ルナに不用意に触ったりしていないだろうな?」
「我はそんなことしていないぞ。周囲を誤魔化すために手をつないだくらいだ」
「それが俺達からしたら不用意に触ったに入るけどね」
ピリピリした空気にため息を吐いた。
いや、たぶん私だって無関係じゃないんだけど。
でもこんな空気で食事なんて、せっかくの好物だって美味しくなくなってしまう。
「ヒヴィは恩人なんだから、そんなに酷いことを言わないで欲しいな。それにもうすぐ正午を回ってしまう」
別れを惜しもうと思って食事したのに、これだったら二人には申し訳ないけど部屋にいてもらった方がよかったかもしれない。
セイ達が正午がどうした、という顔をしているのを横目に、私はヒヴィに頭を下げた。
「ヒヴィ、今までありがとう。楽しかったよ」
「我も楽しかった。ルナのおかげで女人も少しは平気になったように思うのだ」
「あはは、じゃあ次のお妃サマもすぐ見つかるかもね」
「善処する……」
そう言うヒヴィの表情は少々ひきつっていて、たぶん次の王妃が現れるのはもう少し先だろうと私に思わせた。
まあしばらくは戦後の処理とかでも忙しいだろうしね。
ちなみにもしも私が張った結界がこの世界で困った存在になってしまったときのため、結界を解除する権限をヒヴィに与えてある。
それ以外で何かとんでもない不具合とかが起きた時のために、クリューベルにも話をつけてあった。
もしもの時はあっちの世界の神ごしに連絡がくるようになっている。
あちらにこっちから話しかけるなんて無理だ、とクリューベルは涙目だったが。
そういったもろもろのアフターケアの話は勿論セイ達には内緒だ。
色々怒られそうだし、呆れられそうだし、いい顔されないことはわかっているからね。
秘密を持つのは悪い事だけど、それだけじゃない。秘密にしておいた方がいいことだって世の中にはある。
………これがそうなのかは、まあ置いておくけど。
「ヒバリともきちんと別れを惜しんでから帰ってくれ。そうでないと意味がない」
「勿論だよ。さよならヒヴィ」
「色々とありがとう、ルナ」
ヒヴィがゆっくる一度目を閉じる。
一秒後に目を開いた彼はヒヴィではなく雲雀だ。
横に座る私、正面に座るセイ、私の反対側に座るシルヴァを見て顔をしかめる。
「………おい。説明しろ馬鹿女」
「第一声がそれか。戦争終結、二人も取り戻して祝賀会の最中だよ」
「とてもそんな空気には思えないけどな。ヒヴィルースにはちゃんと礼を言えたか?」
「当然。子ども扱いしないでくれないかな」
「ふん」
鼻を鳴らした雲雀はそこで状況に追いつけないでいるセイ達に気付き、私を改めて見た。
「言ってないのか?」
「よくわからないけど、ヒヴィが内緒だって言うからね」
「……アイツは俺の性格をよくわかってるな」
「君の性格?陰険で腹黒で人でなしなところかい?」
首を傾げれば口の中に食べ物を突っ込まれた。
大好物なのでそのまま咀嚼する。
それにしても黙ってろと言う代わりに食べ物を食べさせるその癖はどうにかならないのか。
「シルヴァと、………何ていったか、草薙…そう、草薙誠司だったな」
「陽から聞いたの?」
「敵の情報を集めるのは当然のことだろ」
敵、ねぇ。まあ勇者様ではあったけど、そんなに情報戦を必要としたわけでもないだろうに。
陽の名前まで出てきたところでようやく我に返ったらしい二人は、確認するように私を見た。
「ルナ、まさか……?」
「そいつも、地球の?」
もういいだろうと視線で問いかければ首肯された。
自分で名乗ればいいだろうに、雲雀は私に任せるつもりらしい。
「ここにいるのは正真正銘、日本人の白重雲雀。
私のあっちでの……まあ、何て言うかな、友達、みたいな?
同い年で幼馴染で、陽とも勿論交友がある。陽の事大好きだし。
色々あって魔王をしてたヒヴィと身体を共有しているんだ。
一日の半分、午後十二時から午前十二時までヒヴィの身体に憑依してる」
「俺とお前が友達ねぇ……」
「他になんて言えばいいんだよ。腐れ縁か?」
「別に。まあそういうわけだ。あと少しの付き合いだし、よろしくするつもりはない」
そしてどうしてそういう態度なのか。
孤高の一匹狼(笑)かと言ってやりたくなる。
言葉通り関わる気がないのか、雲雀はすぐに視線をこちらに移した。
「お前、いつこっちからいなくなるんだ?」
「まだ決めてない。君ともまあ、別れを惜しもうと思ってたし……」
「ふーん。じゃあヒヴィルースの仕事片付けるから、これ食ったらお前も執務室に来い」
「え?まあいいけど…」
他人が入っていいのか?機密文書がわんさかあるだろうに。
確かにもうすぐいなくなる身だけどさ。
「お前らは部屋にこもってろ。四時頃には終わらせる。
流石に今まで人族の方で過ごしてたやつらを執務室に入れるわけにはいかない」
あ、やっぱりそうだよね。
「冗談!何でルナを二人っきりにさせないといけないんだよ」
「認められるはずない。ルナも部屋にいよう?」
ただそこはブレない二人だ。即座に反応して噛みついてきた。
雲雀はうるさそうに顔をしかめている。
私はこの場合どっちの側につくべきか……
「お前らが認める認めないの話じゃない。ここでは俺がトップだ。
あと月。お前何甘い顔してんだ。シめるとこはシめろ。つけあがるぞ」
うっ。そう言われるとなんかツライ。
下手に昔の事を知ってる相手からの言葉だと特に。
確かに甘い顔をしてしまっているとは思う。惚れた弱みというやつだ。
「はぁ……食う気が失せる」
面倒そうにため息を吐いた雲雀はそのまま立ち上がった。
どうするのかと黙って見ていたら抱え上げられた。
「ちょ、雲雀冗談だろう!?まだ全然食べてない!」
「デブになるぞ。食事は運ばせる。ケーキもある。
お前はそっちで殺気立ってるやつらを一言で説得しろ」
「何で私が」
ちょっとあまりにも私はうまく使われ過ぎではないだろうか。
大体そんなことしたら後々二人から何を言われ何をされることか。
「ザッハトルテ」
「ごめんね二人ともちょっと待ってて。三時半にはちゃんと戻ってくるから!」
雲雀は愉快そうに、めずらしく大声をあげて笑った。
食事はすぐに届けられた。
届けてくれたのは魔国の軍でも結構高い地位にいる(つまりは実力も高い)魔族だ。
普通はそういうことをしないのだが、たぶん雲雀がその辺りは考えてくれたんだろう。
料理はさっきまでいた部屋にあったのを取り分けてきたものみたいだったし、普通の召使いだとセイとシルヴァの不機嫌オーラで気絶してしまうから。
実際この魔族も顔色が悪くふらふらしていたので(とは言っても彼はアンデット属で、元々顔色は最悪だし動きもにぶめだ)、私としてはごめんなさいと頭を下げたい。
「ケーキは三時だ」
「わかってる。それよりわざわざ二人になってまで話したいことは何だい?」
問いかければ雲雀はふんと鼻を鳴らした。少々満足げに見える。
私が雲雀に従ったのは、なにもケーキにつられたからというだけではない。
ケーキはまあ……六割くらいだ。
「特に何が、というわけじゃない。
強いて言うなら何となくあいつらの不満顔が見たかっただけだ」
「あのさぁ……」
呆れた。でも確かに雲雀らしい。
「いいからさっさと食え。それで、聖女はどうした?」
また私の口に食べ物を詰めた雲雀。
質問する癖に物を詰め込むなと言ってやりたいが、美味しいのでまずは飲みこむ。
「別に、どうもしてないよ。ヒヴィから何か聞いてるの?」
「簡単にな。地面割って結界張ったとか、馬鹿かよお前」
「画期的な考え方だろう?最高の解決方法じゃないか」
「画期的じゃなく物理的の間違いだろう」
それには肩を竦めておいた。
あれができたのは私だけだ。
ヒヴィでもシルヴァでも、圧倒的に魔力量と技術が足りない。
あとはまあ……神からもらった力の割合的にも。
「で、聖女だ」
「聖女聖女ってうるさいね。惚れた?」
「………」
「……そんなに本気で怒らなくてもいいじゃないか」
少しからかっただけなのに、雲雀は予想外に本気でこっちを睨んできた。
もそもそと苛立たしそうに私の好物であり雲雀の好物でもあるたまご焼きを咀嚼している。
まああんな女に惚れたと思われるなんて屈辱なんだろうな。
「聖女は人族の方に預けてきた。煮るなり焼くなり好きにしろってね」
実際は火炙りにしていたが、まあそれは些細な違いだ。
「そんなことで済ませるとは思えないがな」
「聖女の今までの信心深い行いを一般に公開してやったのさ。
だから今更あの女を敬う人間もいないし、そもそも国の王も死んでる。
新しい国王が王族から選ばれるか、それとも国民のクーデターが起こるか」
ただクリューベル曰く王族にそんなに見込みのある者はいないそうで、一応裏工作もしておいた。
クリューベルが推してるメンバーに秘密裏に声かけたり、武器あげたりとかね。
だからたぶん、革命が起こるんじゃないかなぁ。
その後がどうなっても私的にはどうでもいいのでそれ以上の手出しをするつもりもない。
と言うか単純に私の意図としては、火種を起こせればと思っただけなのだ。
「………もうここからいなくなるお前が何をしてもいいが、あまり目立つな」
「大丈夫さ、どうせ結界の向こう側の話だ。
聖女についてはこれで十分だろう?女は隠し事が多いものだ」
「――その隠し事を黙って察するのが男の仕事だと、陽は言っていたな」
「それを覚えてるんだったら黙っててよ」
雲雀は無言で肩を竦めた。
「…………聞きたいと思っていたんだけどさ、君はそもそもどうしてこの世界に来ることになったの?
君からしたら眠っている間だけだとしても異世界に来るのはデメリットでしかなかったはずだ。
今となってはヒヴィのような信用できる存在ができたけれど、この世界に来る前の君はそんなこと欠片も考えていなかっただろう。
なのにどうして君はこの世界に来ることを望んだの?
ヒヴィが言っていたよ、君にとっても異世界に来ることは好都合だったって」
いい機会だ。こうやって雲雀と話せるのもこれが最後だろう。
陽とは違って、雲雀とは恐らくもう二度と会うことはできない。
これだって不確かな可能性の話だけれど、私が陽と会えるとしたらそれは混ざりあった血のなせる業だ。
雲雀とはそういったつながりがない。勿論陽に手紙を託せば言葉のやりとりはできるだろうが、それだけだ。面と向かって話せる機会はこれっきりと言えた。
「どうして、ね。まあ強いて言うなら……気分だな」
「……ちょっと。一応私は腹を割って話そうとしたんだけど?」
こいつ、ここまできてもはぐらかすつもりか。
青筋を浮かべた私に満足そうに雲雀は不細工、と言って笑った。
「お前、油断すると話し方変わるから気を付けた方がいいぞ」
「変わってない。それより話を変えるな」
「おい月。これまでに俺がお前にやった物、憶えてるか?」
「……だから話を変えるなって言ってるんだけど」
はぁ、と分かりやすくため息を吐いても雲雀はどこ吹く風だった。
そう、こいつはこういうやつだ。
「貰ったもの、ね。花の形の髪飾り、ルビーのネックレス、青いドレス、ピンキーリング、サンダル、誕生日のメッセージカード、バレンタインデーの薔薇、ホワイトデーのお菓子、遊園地のチケット、くまのキーホルダー、マフラー、別荘に行った時の写真とそれが入った写真立て、着物の帯の飾り玉、腕時計、イヤホン、ヘアピン、学校の帰りに寄ったゲームセンターでとったぬいぐるみ、うちでやった桃の節句の祝い事のときの桃の枝、それから君の家の」
「俺と地球で最後に行ったところは?」
「どっかの家主催のパーティー。私がそっちから消える二週間くらい前に開かれたやつ」
「へぇ…憶えてるもんなんだな」
自分から聞いてきたくせに、雲雀は本当にびっくりした顔をしていた。
失礼な奴だ。私はそこまで忘れっぽい人間じゃない。
「忘れるわけがないだろう」
「……ふん。記憶力と外面だけはよかったからな。
お前、まだあっちのこと憶えてるか?景色とか、人の顔とか、そういうの」
「わかんない。景色は結構霞んでる。顔も……自信はあんまりない」
「じゃあこれやる」
そう言って雲雀が差し出してきたのは一冊の本だった。
いや、違う。アルバムだ。私の知ってる人達がみんな映ってる。
「は……?え、なんで、ここにこんなのが」
「昨日の晩俺もここの神に会ってきた。
その時にまぁ、言ってみれば今までの慰謝料請求だな。
俺が今日眠るときに手に持ったものは特例として異世界に持ち込めるようにした。お前にやる」
「いや、だって………」
こんなの昨日の今日で用意できるものじゃない。
ここに映っている人達は皆それぞれそれなりの家系出身で、成長した今となってはそう簡単に集まれる程暇ではないはずだ。
「そっちの世界にも持って行ける。
お前が自信満々に憶えてると言っていたら渡さないつもりだったが、まあ所詮お前の脳みそだしな」
「………っ、ぅ……っ…」
「………は!?何だよ、何泣いてんだよブス」
知るか。知らないけど出てきたんだ馬鹿。
あぁもう駄目だなんかわかんないけど我慢できない。涙止まんない。
雲雀に泣き顔見せたのなんて中学校の時以来だ。恥ずかしい。情けない。
でもこんなことされたら普通泣く。だから雲雀が悪いんだ。後で陽に言いつけてやる。でも。
「ありがとう………ひば、り、ありがと………、…ごめ……勝手に、消えちゃって…ごめんね……」
私はあの世界から消えた。跡形もなく、一瞬で消えた。
それは私が望んだことじゃなくて、言ってしまえば運が悪かったとしか言いようがない出来事で、だから私が悪いわけなくて、でも私は悪いんだ。
勝手に消えて、勝手に人じゃなくなって、勝手に陽と会って、勝手に陽を拒んで、君達ともう会えないことを受け入れた。
なのに雲雀は、そんな私にアルバムを差し出した。
なんでもないことのように差し出されたそれが、どれだけ彼に面倒をかけて、周囲に迷惑をかけたか、分からないわけがない。
私はあの世界で生きていくことを決めた。
それを陽に告げ、そして彼に手紙を託した。
でもそれでよかったんだろうか。
本当はあんな軽い言葉で、短い文章で、冗談みたいな文字で済ませるべきじゃなかった。
けれど私はもう会えないことを言い訳にして、雲雀達と向き合うことを恐れた。
「私、決めたんだよ……あっちで、日本じゃないとこで、生きてくって…決め、ちゃったんだ。だから……もう会えない…」
「………知るかよ、この馬鹿女。
俺からしたら別にお前がどこにいようと関係ないんだからな」
「で、も…」
君はこうして、アルバムをくれたじゃないか。
神と交渉してまで。知り合いそれぞれに声をかけてまで。
寂しい。あの日、召喚される直前まで、私の中で陽が一番大切で、唯一の人だった。
でもだからと言って他に私にとって大切な人が、特別な人がいなかったわけじゃない。
「雲雀のことだって、忘れたことなかった……!
もう、顔はうすぼんやりとしか思い出せないけど、誰のことだって、忘れてない」
アルバムの中の人達はみんな笑顔だったけど、陽の隣に写る雲雀だけが仏頂面だった。
たぶん染めたんだろう、栗色の髪に、しかめられた眉。カメラを睨みつける茶色の瞳。
私がいない年月を過ごして、皆が皆大人になっていた。
「ふん。そんなこと知ってる。
お前の記憶力と外面はいい方だとさっきも言っただろう。
……そもそも、泣くほど喜ぶな馬鹿女」
でも話し方も態度も、何も変わってない。
ねぇ、皆もそうなのかな。
存在する世界が違っても、過ごす時間が違っても、姿形が変わったって。
「雲雀、雲雀は……私の事、憶えてた?」
「…………お前みたいな不細工を忘れるか」
あぁ、やっぱり変わってない。
それから落ち着くまで、結局かなりの時間がかかった。
雲雀は久しぶりに目の前で誰かに泣かれたからか、始終不器用でぶっきらぼうに私をなぐさめ、またそれが私の涙腺を緩くするものだから無限ループだ。
結局最後には無言でフォークにケーキを突き刺しこちらに食べさせるという宥め方を採用したらしいが、また泣きはしないかと真剣な目で見つめてくるためかなり食べにくかった。あれは睨んでいると言った方が正しい。
泣いたことがセイやシルヴァにばれるとまた一波乱どころではない騒ぎになるため治癒の魔術で目の腫れを治し、二人と合流してそのまま城の屋上に行く。
アルバムは大切に亜空間に収納した。
「それじゃあ、お世話になりました!」
未だ喧嘩腰のセイは叩きつけるようにお礼を言って素早く両手を差し出した。
城を雲雀と移動するときは抱き上げて、というのがスタンダードになっているから、今も私は抱き上げられたままだ。
シルヴァも同時に腕を伸ばしていて、雲雀は両者を見比べて馬鹿らしい、とため息を吐いた。
「お前、男の趣味が悪いな」
「君がそれを言うの?」
「ふん、好きでもなかった癖に」
「それこそ君に言いたいね」
結局雲雀は私を二人のうちどちらにも渡さずに、そっと地面におろした。
雲雀とはここで本当にお別れだ。
でも、陽へのものに混ぜて手紙を書こうと思う。
今度こそ色々と伝えたいことがある。
思うに過去にも、私は雲雀と向き合うことを恐れたくさんの言葉を胸のなかに仕舞いこんだ。
でもこれからはそんな事もうしない。
「じゃあね、雲雀」
「ん。元気でな。あと、これもお前にやる」
拳を突き出されて、思わず差し出したてのひらにポトリと落ちてきたのは指輪だった。
「これ……」
「前にお前にやったやつ。ペアの。憶えてるか?」
「うん。前に作ったものだろう?でも……」
ペアリングは中学校を卒業してしばらくしてから作った。
華奢であまり派手に目立たなくて気に入っていた、小粒のルビーのリング。
でもこれは雲雀に返したはずだ。
「新しい婚約が決まった。
いつまでも前の相手のを持ってても仕方ないからな。
ただもう片方は俺のものだから、そっちをお前に返す。
それ、随分気に入って毎日にやにやしながらつけてただろう」
「に、にやにやなんてしてない!」
「してた。しまりのない顔だったな。
俺とのペアリングがそんなに嬉しかったのか、元カノさん?
けどそんな不細工面してたら今のカレシとやらにもフラれるぞ」
にやぁ、っと笑うその顔を見て、プチッと何かが切れた気がした。
言わずもがな、私の堪忍袋の緒である。
「うるっさい!いいか?私は陽に似て綺麗な顔だ!
大体私の顔を貶すのも私をフッたのも、これまでもこれからも君だけだ雲雀!
私はフッたことは数えきれないほどあってもフラれたことなんて一度だってなかったんだからな!!」
「何の自慢だよ馬鹿か」
「大体私達はカレカノじゃなくて許嫁で婚約者だっただけだろう!
た、確かに付き合ってもいたけど……君が高校一年の冬頃、急に婚約はちょっと保留、とか言い出したんじゃないか!」
「まあな」
そう、あの時私なりに思うこともあったけど、結局なにも聞けずに頷いたのだ。
保留、とは言うものの恋人という繋がりがなくなっただけで婚約は続行していたし、特に喧嘩をしたわけでもなく雲雀との距離はそれまでと全く変わらなかった。
ただちょっと恋人らしいスキンシップがなくなったくらいだった。目尻にキスは続いてたけど。
そういうのもなんかよくわからなくて色々言いたかったのに、私は黙って呑み込んでしまった。一生の不覚だ。
「大体君は勝手だ!私だって勝手だけど、夜会とかパーティーの時には当然みたいな顔して私をパートナーにして寄ってくる女避けにして!」
「お前も同じテを使っていただろう」
「そうだけど!大体今まで持ってたってなんだよ、捨てたと思ってたのに!」
「捨てるわけないだろ、俺だってこのデザインは気に入ってる。
わざわざ二人で店に行って細かいところまで指図したこと、もう忘れたのか?」
「そういうことじゃない!私だって一番のお気に入りだよ!!」
「ふーん。じゃあもう返してきたりするなよ。ずっと身に着けてろ」
「ああそうするさ、何を言われたって絶対手離さないからな!」
あぁ言えばこう言う!
やけくそになって叫んで、更に文句を言ってやろうとした私の左右の肩に手がのった。
何だ急に。今ちょっと忙しいから後にして欲しいのに。
ギロリと背後を睨みながら振り返った私は、そのまま硬直する。
背後には私以上に剣呑な表情をしたセイとシルヴァが立っていた。そう言えばすぐそばにいること忘れてた。
「……ルナ、どういうこと」
「元カレ?許嫁で、婚約者ねぇ?ふぅん?」
「……………………いや、それは、その」
固まる私の身体を再び背後から手が攫う。
雲雀に引き寄せられた身体は彼の(正確にはヒヴィの、だけど)腕の中に自然とおさまった。
「何だ。昔の男のこと、言ってなかったのか?
俺がファーストキスも身体の初めてももらってるってこと、言っといた方がよかったと思うぞ?
陽も、特に草薙誠司は自分が初めての相手だと勘違いしていると思う、とか言ってたし。
誤解をしたままというのも哀れだから一応伝えておくが、月のそういうスキルも男の扱い方も、教えたのは全部俺だからな」
「ばっ……!」
言葉にならない。なんだこれ、どんな羞恥プレイだ。
セイとシルヴァもよっぽど告げられた言葉がショックだったのか、珍しく何も言い返せずにそのまま固まっていた。
雲雀はここ最近みたことがないような(少なくともここまでのものは記憶の中でも数えるほどだ)楽しそうな笑みを浮かべ、ここへ来た時と同じように目尻に唇を触れさせる。
「月。お前、ここ触らせるのは俺と陽だけにしておけ。
じゃあな。お前なんて大嫌いだ、バーカ」
とん、と私の背を押して、雲雀が微笑む。
ひらひらと振られた手に、ペアで作ったリングの片割れが見えた気がした。




