第83話 オリハルコンの武器
「私が、三人の武器を作ります」
ロッテの言葉に、鍛冶ギルドの工房が静かになった。
ギルド長が最初に口を開く。
「本当に加工できるのか?」
「はい」
ロッテは手にしたオリハルコンを見つめた。
《オリハルコン加工》を取得する前とは違う。
どの程度の熱を加えればいいのか、どう加工すれば素材の性質を損なわずに形を変えられるのか。必要な知識が頭の中に浮かんでくる。
「鍛冶ギルドの工房を借りてもいいですか?」
「もちろんだ。必要な物があれば言え。こっちで用意できる物なら全部出す」
「ありがとうございます!」
ロッテはすぐに作業へ取りかかろうとしたが、ギルド長が止めた。
「待て。先に何を作るか決めろ」
「あっ、そうですね」
「使えるオリハルコンにも限りがある。目的はクイーンの討伐だろ?」
「はい」
ロッテはシオンとリュナを見る。
「だったら、まず武器ですね」
「防具は今のまま?」
リュナが尋ねる。
「今回はそれでいいと思います。クイーンの攻撃は受けられましたし、問題だったのは攻撃が通りにくかったことですから」
「俺もそう思う」
シオンも同意する。
クイーンとの最初の戦いで、三人の防具が役に立たなかったわけではない。
ロッテは正面から攻撃を受け止め、リュナは十分に回避できた。シオンも《影跳び》を使えば攻撃を避けられる。
最大の問題は、クイーンの甲殻を効率よく突破できなかったことだ。
「じゃあ三人分か」
ギルド長が尋ねる。
「はい。まずリュナさんの刀。それから私の戦鎚。最後にシオンさんのロッドを作ります」
「俺のロッドも?」
「もちろんです」
ロッテがシオンの持つ《ネクロロード・ミスリルロッド》を見る。
「今のロッドもいい物です。でも、せっかくオリハルコンが使えるんです。クイーンを倒すためなら、シオンさんの武器も強くした方がいいです」
「分かった。任せる」
「任されました!」
ロッテは最初にリュナへ向き直った。
「《蒼銀華》を借りてもいいですか?」
「うん」
リュナが鞘ごと差し出す。
ロッテは《蒼銀華》を抜き、刀身をじっくりと見た。
自分が作った武器だ。
リュナが何度も使い、数多くの魔物を斬ってきた。クイーンの甲殻にも挑んだ。
「これを作り直すの?」
「いいえ」
ロッテは首を振った。
「《蒼銀華》はこのまま残します」
「新しく作るんだ?」
「はい。オリハルコンで一から作ります」
ロッテは《蒼銀華》を鞘へ戻し、リュナへ返した。
「形はこれを基本にします。でも、少し変えたいところがあります」
「どこ?」
「クイーンの甲殻を斬るなら、今より少しだけ強度を上げたいです。ただ重くするとリュナさんの速さを邪魔するので、そこはオリハルコンの性質を見ながら調整します」
「ロッテに任せるよ」
「はい!」
ロッテは工房へ向かった。
鍛冶ギルドの職人たちも興味を隠せない。
「見てもいいか?」
年配の職人が尋ねる。
「もちろんです」
「オリハルコンの加工なんて滅多に見られんからな」
必要な設備が整えられる。
ロッテは採掘したオリハルコンを必要な分だけ選び、母岩から取り出す作業を始めた。
まずはリュナの刀からだ。
炉へ入れたオリハルコンの状態を確認しながら、慎重に熱を加えていく。
「そこまで上げるのか?」
見守っていた職人が声を上げる。
「はい。まだです」
ロッテは炉の中を見続ける。
やがてオリハルコンの色が変わった。
「今です」
取り出す。
金床へ置き、槌を振り下ろした。
甲高い音が工房に響く。
一度、二度、三度。
ロッテは迷わず槌を振るう。
昨日まで扱ったことのなかった素材だ。それでも《オリハルコン加工》によって得た知識と、これまで積み重ねてきた鍛冶の技術が噛み合っていた。
「すごい……」
リュナが作業を見つめる。
「ロッテ、いつもあんな感じなの?」
「俺もちゃんと見るのは久しぶりだな」
ロッテは二人の会話を聞く余裕もなく、作業へ集中していた。
叩き、熱し、また叩く。
少しずつ刀身が形になっていく。
《蒼銀華》を基本にしながら、まったく同じ物にはしない。
リュナの戦い方は、以前よりさらに速くなっている。
《月影獣》となり、《瞬影乱舞》も使えるようになった。
今のリュナに合わせて作る。
長い時間をかけ、刀身が完成へ近づいていった。
「……綺麗」
リュナが呟く。
研ぎ上げられた刀身は、淡い金色を帯びている。
ロッテは柄を仕上げ、最後に全体の状態を確認した。
「できました」
工房にいた職人たちが集まってくる。
年配の職人が刀を見て息を吐いた。
「本当に作り上げたか……」
ロッテは完成した刀を両手で持ち、リュナへ差し出す。
「持ってみてください」
「うん」
リュナが受け取る。
軽く握り、構える。
そのまま何度か振った。
「どうです?」
「いい」
もう一度振る。
「《蒼銀華》とそんなに重さが変わらない。それなのに、こっちの方がしっかりしてる感じがする」
「よかった!」
ロッテが嬉しそうに笑った。
「名前はどうします?」
「名前?」
「《蒼銀華》にも名前があるじゃないですか。これにも付けましょうよ」
リュナは淡い金色を帯びた刀身を見る。
少し考えてからシオンを見る。
「シオン、何かない?」
「俺?」
「こういうの好きそうだから」
「任せろ」
「なんでちょっと嬉しそうなの?」
シオンは刀を見る。
《蒼銀華》は銀。
新しい刀はオリハルコンの淡い金色。
リュナが使う武器なら――。
「《金月華》は?」
「きんげつか?」
「金色の月の華で《金月華》」
リュナはもう一度刀を見る。
「うん。好き」
「じゃあ決まりですね!」
新しい刀――《金月華》。
リュナは嬉しそうに鞘へ収めた。
「次は私のですね」
ロッテは休憩を挟んでから、自分の戦鎚へ取りかかった。
こちらはリュナの刀とは方向性が違う。
求めるのは重量と強度。そして、クイーンの甲殻へ《震撃》を叩き込むための頑丈さだ。
「今の戦鎚より重くするのか?」
年配の職人が尋ねる。
「少しだけです」
「扱えるのか?」
「大丈夫です」
ロッテは迷わず答えた。
ドワーフであるロッテにとって、多少の重量増加は問題にならない。
それよりも一撃の威力を優先する。
刀よりも多くのオリハルコンを使い、頑丈な鎚頭を作り上げていく。
「形は今の物と似てるな」
「使い慣れてますから。大きく変える必要はないです」
新しい素材だからといって、何もかも変えればいいわけではない。
これまで戦ってきた経験を生かし、必要な部分だけを強化する。
ロッテは何度も重心を確認しながら柄を取り付け、最後の調整を行った。
やがて、新しい片手戦鎚が完成した。
オリハルコンの鎚頭が、炉の明かりを受けて淡い金色に輝いている。
ロッテが握り、軽く振る。
「うん。いいですね」
「軽く振るな。床が心配になる」
ギルド長が止めた。
「あっ、すみません」
「試すなら外でやれ」
「後でやります!」
ロッテは完成した戦鎚を眺める。
「リュナさんの刀には《金月華》って名前を付けたんですから、これにも付けたいですね」
「ロッテが作ったんだから、ロッテが決めたら?」
「そうですね……」
ロッテは少し考えた。
この戦鎚を作った目的は一つ。
ミスリルの戦鎚では砕けなかった、アイアンモールクイーンの硬い甲殻を打ち砕くためだ。
「決めました!」
「何にするの?」
「《金剛砕》です!」
「こんごうさい?」
「はい! どんなに硬いものでも、これで砕いてみせます!」
ロッテは《金剛砕》を握りしめ、満足そうに笑った。
「ロッテらしい名前だね」
「そうですか?」
「うん。分かりやすい」
「褒めてます?」
「褒めてるよ」
「ならいいです!」
ロッテは《金剛砕》を肩へ担ごうとして、すぐに下ろした。
「……今は作業の邪魔ですね」
「そりゃそうだろ」
シオンが笑う。
「最後はシオンさんのロッドです」
「頼む」
シオンが《ネクロロード・ミスリルロッド》を渡す。
ロッテは受け取ると、しばらく全体を眺めた。
「これは元の素材もいいんですよね」
「ああ。魔法を使う時の消費魔力を減らしてくれる」
「だったら全部オリハルコンに替えるより、元の部分は残した方がいいと思います」
「できるのか?」
「やってみます」
ロッテが考えたのは、現在のロッドを生かした再加工だった。
このロッドは元々ネクロロードから得た素材を使った魔法杖であり、後からロッテがミスリルで補強した物だ。
その元々の機能を残したまま、ミスリルで補強した部分を見直し、そこへオリハルコンを組み込む。
刀や戦鎚とは違い、単純な硬さだけを求める武器ではない。
魔力の流れを阻害すれば、素材がどれだけ優れていても意味がない。
ロッテは慎重に加工を進めた。
オリハルコンを細かく調整し、ロッドへ組み込んでいく。
年配の職人も途中から何も言わなくなった。
ただロッテの手元を見続けている。
やがて最後の加工が終わった。
「シオンさん」
ロッテが完成したロッドを差し出す。
「試してみてください」
シオンは受け取った。
見た目は以前の《ネクロロード・ミスリルロッド》の面影を残している。
しかし各部にオリハルコンが組み込まれ、以前よりもわずかに淡い金色が加わっていた。
握っただけでも、以前より魔力を流しやすいことが分かる。
「《鑑定》」
【ネクロロード・オリハルコンロッド】
【ネクロロードの素材を用いた魔法杖】
【オリハルコンによって強化されている】
【魔力伝導率が大幅に向上している】
【魔法使用時の消費魔力を軽減する】
「おお」
「どうです?」
「前より良くなってる。魔力もかなり通しやすいみたいだ」
「よかったです!」
ロッテがようやく肩の力を抜いた。
リュナの《金月華》。
ロッテの《金剛砕》。
シオンの《ネクロロード・オリハルコンロッド》。
三人分の武器が完成した。
「しかし……」
ギルド長が三つの武器を見回す。
「初めてオリハルコンを加工した奴が、一日で三つも実戦用の武器を仕上げるとはな」
「スキルのおかげですよ」
ロッテが答える。
「それだけじゃない」
年配の職人が言った。
「加工方法が分かったところで、刀の形も、戦鎚の重心も、魔法杖への組み込み方も勝手に決まるわけじゃない。それを形にしたのはお前だ」
「……ありがとうございます」
ロッテは少し照れながら頭を下げた。
ギルド長が笑う。
「昨日、上級鍛冶師にしたばかりなんだがな」
「まだ一日ですよ?」
「分かってる」
ギルド長は完成した武器へ目を向ける。
「だが、オリハルコンを加工できる職人を、いつまでも上級扱いにしておくわけにもいかん」
「え?」
「クイーンを倒してこい」
ギルド長はロッテを見る。
「その武器が実戦でも通用すると証明できたら、改めて話をしよう」
ロッテは一瞬だけ目を丸くしたあと、力強く頷いた。
「はい!」
リュナが新しい《金月華》の柄を握る。
「今度は斬れるかな」
「斬れます!」
ロッテは自信を持って答えた。
「私が作ったんですから!」
「じゃあ私も信じる」
「任せてください!」
ロッテも《金剛砕》を握る。
シオンは《ネクロロード・オリハルコンロッド》へ魔力を流してみた。
以前よりも滑らかに魔力が通っていく。
最初の戦いでは、クイーンの甲殻をまともに突破できなかった。
だが今は、三人とも新しい武器を手にしている。
「じゃあ、明日もう一回行くか」
「うん」
「はい!」
ロッテは《金剛砕》を持ち上げた。
「今度は、あの甲殻を砕いてみせます!」




