第81話 アイアンモールクイーン
三人は足音を抑えながら、広い空間へ続く通路を進んだ。
岩を削る音が次第に大きくなっていく。
やがて通路が途切れ、その先に巨大な空洞が広がった。
「……多いな」
シオンが小さく呟く。
空洞の中には、何十体ものアイアンモールがいた。
岩壁を掘っている個体。
地面に落ちた鉱石を齧っている個体。
別の横穴から出入りしている個体。
これまで遭遇した数とは比較にならない。
しかも、壁のところどころには青みを帯びた鉱石が露出していた。
「ここにもあります」
ロッテが声を抑える。
「かなり広い範囲にありそうです」
「でも、ずいぶん食べられてるね」
リュナの言う通りだった。
壁にはアイアンモールが削った跡がいくつもあり、その周辺には鉱石の欠片が散らばっている。
「それより、リュナが言ってた大きい気配は?」
「あそこ」
リュナが空洞の奥を指差した。
巨大な岩陰で、何かが動いた。
最初に見えたのは、太い前脚だった。
アイアンモールとよく似ている。
しかし大きさがまるで違う。
岩陰から現れたそれは、六本の脚を持つ巨大なモグラのような姿をしていた。
全身を覆う甲殻は通常のアイアンモールよりも厚く、色も濃い。
周囲のアイアンモールと比べれば、その異常な大きさがよく分かる。
「でか……」
「アイアンモールに似てますけど、違いますよね?」
「調べる」
シオンは巨大な魔物へ《鑑定》を使った。
【アイアンモールクイーン】
【アイアンモールの女王個体】
【多数のアイアンモールを産み、群れを形成する】
【鉱石に含まれる金属と魔力を大量に摂取する】
【通常個体を遥かに上回る硬度の甲殻を持つ】
「アイアンモールクイーン」
「クイーン?」
「ああ。女王個体らしい。こいつがアイアンモールを産んでる」
ロッテが空洞を見回した。
「じゃあ、最近アイアンモールが増えてるのって……」
「こいつが原因かもしれないな」
これだけの数が一か所に集まっている理由も説明できる。
クイーンは大量の金属と魔力を摂取する。
周囲のアイアンモールが鉱石を食べているのも、単に自分たちのためだけとは限らない。
「どうする?」
リュナが尋ねる。
「少し戦ってみよう」
シオンはクイーンを見る。
「倒せそうなら倒す。無理そうなら、一度戻る」
「分かった」
「それがいいですね」
三人は通路から空洞へ出た。
すぐに近くのアイアンモールが反応する。
「《ソードジャッジメント》!」
光の剣が頭上に現れた。
降り注いだ光剣が、こちらへ向かってきたアイアンモールを次々と貫く。
残った個体へリュナが駆けた。
一体。
二体。
三体。
《蒼銀華》が甲殻の隙間を正確に斬り裂いていく。
「《震撃》!」
ロッテの戦鎚が別のアイアンモールを叩き潰した。
通常個体なら問題ない。
三人が空洞へ踏み込むと、奥にいたクイーンが顔を上げた。
「ギィィィィィッ!」
甲高い鳴き声が空洞に響き渡る。
周囲のアイアンモールが一斉に動いた。
「来るよ!」
「ああ!」
「任せてください!」
ロッテが前へ出る。
「《挑発》!」
何体ものアイアンモールがロッテへ向かう。
「《不動》!」
盾を構えたところへ、アイアンモールが次々と突っ込んだ。
激しい衝撃音が響く。
だがロッテは正面から受け止める。
その横をリュナが駆け抜けた。
「《瞬影乱舞》!」
姿が消えたように見えるほどの速度で、アイアンモールの間を走り抜ける。
《蒼銀華》が次々と急所を斬り裂き、通常個体が倒れていった。
「《ライトニング》!」
シオンの雷撃が別方向から迫る群れを薙ぐ。
空洞を埋めていたアイアンモールの数が一気に減っていく。
「通常のは問題ないな」
「うん!」
「来ます!」
ロッテが叫んだ。
クイーンが動き出していた。
巨体からは想像できない速度で地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。
「ロッテ!」
「はい!」
ロッテが盾を構える。
「《不動》!」
直後、クイーンの巨大な前脚が盾へ叩きつけられた。
轟音が響く。
「っ!」
ロッテの足元の岩が砕ける。
それでも盾はクイーンの一撃を受け止めていた。
「重いですけど――受けられます!」
「じゃあ行くよ!」
リュナがクイーンの側面へ回り込む。
《蒼銀華》を振るった。
甲殻へ刃が当たる。
キィン!
「えっ?」
甲高い音とともに、《蒼銀華》が弾かれた。
リュナがすぐに距離を取る。
「硬い!」
「傷は?」
「少しだけ!」
クイーンの甲殻には細い傷が入っている。
だが、それだけだった。
「《ウィークネス》!」
シオンが防御力を低下させる魔法を放つ。
クイーンの身体を魔力が包んだ。
「もう一回!」
リュナが踏み込む。
今度は先ほどと同じ場所を狙った。
《蒼銀華》が甲殻へ食い込む。
先ほどより深い。
それでも、硬い甲殻を完全には斬り裂けない。
「これでも駄目!」
「私がやります!」
ロッテがクイーンへ踏み込む。
戦鎚を大きく振り上げた。
「《震撃》!」
ミスリルの戦鎚がクイーンの側面へ叩き込まれる。
ドンッ!
鈍い音が空洞に響いた。
クイーンの巨体がわずかに揺れる。
「ギィッ!」
「効いてはいます!」
甲殻そのものはほとんど割れていない。
しかし《震撃》による衝撃は内部へ届いている。
「でも、これを何回もやるのは面倒ですね!」
「だな!」
シオンはロッドをクイーンへ向けた。
「《サンダーボルト》!」
青白い雷がクイーンへ直撃する。
巨体が一瞬硬直した。
だが、すぐに動き出す。
「魔法も効くけど、普通のアイアンモールとは全然違うな」
「鑑定に魔力を大量に摂取するって出てたよね?」
「ああ」
それが関係しているのか、単純にクイーン自身の耐性が高いのか。
少なくとも一撃で大きなダメージを与えられる相手ではない。
クイーンが前脚を振るう。
シオンは《影跳び》で近くの岩陰へ移動した。
直後、さっきまで立っていた場所が砕ける。
「《エクスプロージョン》!」
クイーンの側面で爆発が起こった。
爆風と衝撃が巨体を包む。
クイーンが大きく揺れた。
煙が晴れる。
「……硬すぎるだろ」
甲殻には焦げたような跡と傷が残っている。
だが致命傷にはほど遠い。
「シオン!」
「分かってる!」
リュナの声に応え、シオンが後ろへ下がる。
クイーンが突進してきた。
ロッテが正面へ入る。
「こっちです!」
盾を斜めに構え、クイーンの進行方向をずらす。
巨体がロッテの横を抜け、岩壁へ激突した。
空洞が揺れる。
「今!」
リュナが跳ぶ。
「《瞬影乱舞》!」
高速の斬撃がクイーンへ集中した。
同じ場所へ何度も《蒼銀華》が叩き込まれる。
硬い甲殻に傷が重なっていく。
しかし――割れない。
リュナが距離を取った。
「これ、時間をかければ倒せるかもしれないけど……」
「効率が悪すぎます!」
ロッテも同意する。
シオンも同じ考えだった。
こちらの攻撃がまったく通用しないわけではない。
ロッテは攻撃を受け止められる。
リュナなら十分に回避できる。
シオンの魔法もダメージを与えている。
戦い続ければ倒せる可能性はある。
だが、わざわざここで長時間戦う理由はない。
クイーンの周囲には、まだアイアンモールも残っている。
それに、今日の目的は未調査区域の調査だ。
「一回戻ろう!」
「賛成!」
「はい!」
三人はすぐに撤退へ切り替えた。
「《ソードジャッジメント》!」
通路側に残っていたアイアンモールへ光の剣を降らせる。
退路が開いた。
「先に行って!」
リュナがロッテへ声をかける。
「分かりました!」
ロッテが通路へ入る。
リュナも続く。
シオンは最後にクイーンへ向けてロッドを構えた。
「《エクスプロージョン》!」
クイーンの手前で爆発を起こす。
岩片と土煙が舞い上がり、視界を遮った。
その隙にシオンも通路へ入る。
三人は来た道を戻った。
クイーンが追ってくる様子はない。
ある程度離れたところで、リュナが後方を確認する。
「追ってきてないよ」
「よし」
シオンたちは足を止めた。
ロッテが戦鎚を確認する。
「壊れてはいませんね」
リュナも《蒼銀華》の刃を見る。
「こっちも大丈夫。でも……」
刃こぼれはしていない。
しかしクイーンの甲殻を斬った感触は、これまでの魔物とはまるで違った。
「ミスリルであれなら、相当硬いよ」
「私の《震撃》は効いてましたけど、甲殻を割るには足りませんでした」
「魔法も似たような感じだな」
シオンはロッドを肩へ乗せた。
「もっと強い攻撃を使えば倒せるかもしれないけど、あの狭い場所で大規模魔法を連発するのも危ないしな」
「周りにアイアンモールもたくさんいるしね」
「一度報告した方がいいです」
「ああ」
三人はそのまま横穴の入口まで戻った。
途中で、ロッテが足を止める。
「そうだ。もう少し採っておきませんか?」
「鉱石?」
「はい」
近くの壁にも、青みを帯びた鉱石が露出している。
「奥にもかなりありましたし、アイアンモールが食べてましたよね」
「調査用なら場所ごとにあった方がいいか」
「そう思います」
ロッテは採掘道具を取り出した。
入口付近で採ったものとは別に、横穴の中ほどからも周囲の岩ごと切り出していく。
さらにクイーンがいた大空洞に近い場所でも、帰り道で確認できる範囲から採取した。
それぞれ採掘場所が分かるように分けて、シオンが《ストレージ》へ収納する。
「これだけあれば十分だろ」
「はい。鍛冶ギルドでも調べてもらえます」
「昨日登録したばっかりなのに、もう仕事持ち込むんだね」
リュナが笑う。
「いいじゃないですか。私も何なのか知りたいです!」
三人は未調査区域を出た。
新鉱脈の管理事務所へ戻り、今日確認した内容を報告する。
複数の横穴。
奥へ進むほど増えていたアイアンモール。
広い範囲に存在していた未知の鉱石。
そして、大空洞にいた巨大な女王個体。
「アイアンモールクイーン……?」
職員が聞き返す。
「ああ。《鑑定》で確認した。アイアンモールを産んで群れを作る女王個体らしい」
「それなら、数が増えていた原因は……」
「たぶんあいつだと思う」
職員の表情が険しくなる。
「これはすぐに冒険者ギルドにも報告した方がいいな」
「俺たちも今から行く」
「頼む。鉱石の方は?」
「採ってきました!」
ロッテが答える。
「何か所かから周りの岩ごと採ってあります。これから鍛冶ギルドでも見てもらおうと思ってます」
「分かった。こちらからも連絡しておく」
三人は管理事務所を出た。
まず冒険者ギルドへ向かい、エマへクイーンの存在を報告する。
「女王個体ですか……」
「ああ」
「討伐は?」
「してない」
「皆さんでも難しかったんですか?」
「倒せないとは思わない。でも、今の装備だと甲殻を突破するのが面倒なんだ」
リュナが《蒼銀華》の柄へ触れる。
「私の刀でも、ほとんど斬れなかったよ」
「ロッテさんの戦鎚は?」
「《震撃》は通りました。でも甲殻そのものは割れませんでした」
エマは話を記録していく。
「無理に戦わず戻ったのは正解ですね。クイーンについてはこちらでも確認します。鉱山側とも討伐依頼をどうするか相談します」
「ああ」
「鉱石は採れました?」
「たくさんあります!」
「では、鍛冶ギルドにも確認してもらってください。こちらからも話を通しておきます」
「今から行ってきます!」
ロッテの返事は早かった。
三人は冒険者ギルドを出ると、そのまま鍛冶ギルドへ向かった。
昨日来たばかりなので、もう道に迷うことはない。
建物へ入ると、昨日の受付の男がロッテに気づいた。
「おう、上級鍛冶師。今日はどうした?」
「鉱石を持ってきました!」
「もうか?」
「昨日話したやつです」
「ああ、名称不明の」
「はい!」
男がすぐに立ち上がった。
「どこにある?」
「シオンさん」
「ああ」
シオンは受付の男を見る。
「結構あるけど、どこに出せばいい?」
「結構ある?」
「何か所かから採ってきたので」
「……工房の方へ来てくれ」
三人は奥へ案内された。
石床の作業場へ入り、シオンが《ストレージ》から採掘した岩塊を順番に取り出していく。
「まだあるのか?」
「ある」
「調査用だよな?」
「場所によって違うかもしれないから、何か所かから採ってきた」
「なるほど」
昨日《蒼銀華》を確認した年配の職人も呼ばれた。
「これか」
「はい」
ロッテが青みを帯びた鉱石を指差す。
「《金属鑑定》だと、やっぱり名称不明でした」
「高濃度の魔力を含んでいるんだったな」
「はい」
年配の職人が岩塊を手に取った。
表面を確認し、道具を使って小さく削る。
別の職人も呼ばれた。
二人で削り出した部分を調べていく。
「……妙だな」
「どうしました?」
「硬い」
年配の職人が削った部分を見る。
「見た目以上にな」
別の職人も鉱石を確認している。
「魔力の通りもいい。いや、良すぎるくらいだ」
受付の男が尋ねる。
「分かるのか?」
「待て。確かめる」
年配の職人が別の道具を持ってくる。
ロッテもすぐ隣で作業を見ていた。
何度か確認を繰り返したあと、職人の手が止まった。
「……まさか」
「何です?」
ロッテが覗き込む。
年配の職人は答えず、別の岩塊も確認する。
入口付近で採ったもの。
横穴の中ほどで採ったもの。
大空洞に近い場所で採ったもの。
どれも同じ反応を示した。
「おい」
年配の職人が受付の男を呼ぶ。
「ギルド長を呼んでこい」
「ギルド長?」
「ああ。すぐにだ」
受付の男の表情が変わる。
「そんなにすごい物なんですか?」
ロッテが尋ねる。
年配の職人は手元の青みを帯びた鉱石を見つめた。
「すごいなんてもんじゃない」
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「これは、オリハルコンだ」




