第78話 アイアンモールの横穴
「じゃあ、遠慮なくいこう」
シオンがロッドを構えた直後、洞窟の奥から複数のロックハウンドが飛び出してきた。
その後ろからは、地面を削るような音を立てながらアイアンモールが迫ってくる。
「右からも来るよ!」
リュナの声にシオンが視線を向ける。
別の通路からもロックハウンドが姿を現していた。
「結構いるな」
「だから討伐依頼がたくさん出てたんですね!」
ロッテが盾を前に出す。
正面から飛びかかってきたロックハウンドを盾で受け止めると、そのまま押し返した。
「《シールドバッシュ》!」
盾がロックハウンドの身体を弾き飛ばす。
地面を転がったところへ、リュナが一気に踏み込んだ。
一閃。
《蒼銀華》が首を斬り裂き、ロックハウンドが動かなくなる。
シオンも迫ってきた別の一体へロッドを向けた。
「《ライトニング》!」
青白い雷が洞窟を走る。
直撃を受けたロックハウンドが倒れ、その後ろにいた一体まで雷に巻き込まれた。
「シオン、前!」
「ああ!」
岩を削りながらアイアンモールが突進してくる。
太い前脚と硬い甲殻を持つ魔物だ。
シオンは正面から受けず、横へかわした。
「《ウィークネス》!」
魔法がアイアンモールを包む。
そこへロッテが踏み込んだ。
「《震撃》!」
戦鎚が硬い甲殻へ叩き込まれる。
鈍い音が洞窟内に響き、アイアンモールの身体が大きく揺れた。
甲殻そのものは完全には砕けていない。
しかし、《震撃》によって衝撃が内部まで届いている。
アイアンモールは数歩よろめいたあと、その場に倒れた。
「やっぱり硬いですね」
「でも、ロッテの《震撃》なら問題なさそうだな」
「このくらいなら大丈夫です!」
残った魔物も三人で次々と倒していく。
数が多いだけで、一体一体が脅威になるほどではない。
しばらくすると、洞窟に静けさが戻った。
「終わった?」
リュナが周囲を確認する。
「近くにはいないと思う」
「じゃあ回収するか」
シオンは倒したロックハウンドとアイアンモールを順番に《ストレージ》へ収納していった。
討伐証明については、ギルドへ持ち帰ったあと解体時に確認してもらえばいい。
「これで何体目ですか?」
「ちょっと待って」
シオンが数を確認する。
「ロックハウンドが二十一、アイアンモールが七」
「まだ入ったばかりなのに多いですね」
「奥はもっといるかもしれないよ」
リュナが洞窟の先へ視線を向ける。
エマから受けた依頼は、指定された区域にいる魔物の討伐だ。
討伐数に上限はなく、多く倒せばその分だけ追加報酬が出る。
「なら、もう少し進もう」
「うん」
「行きましょう!」
三人はギルドが設置した目印を確認しながら奥へ進んだ。
分岐には簡単な標識があり、調査済みの区域と立ち入りを許可されていない区域が分かるようになっている。
もっとも、現在許可されている範囲だけでもかなり広い。
途中で何度も魔物と遭遇した。
ロックハウンド。
アイアンモール。
数体程度の群れなら立ち止まる必要すらない。
リュナが先行してロックハウンドを斬り、ロッテがアイアンモールを受け止める。
シオンは二人の位置を見ながら魔法を撃ち込んでいった。
洞窟内なので《エクスプロージョン》のような広範囲に影響する魔法は使わない。
必要なのは火力ではなく、確実に数を減らすことだった。
「また来るよ。前から五……いや、七」
「多いな」
「アイアンモールもいます!」
「任せた」
「はい!」
ロッテが嬉しそうに盾を構えた。
アイアンモールが勢いよく突っ込んでくる。
「《不動》!」
ロッテは真正面から受け止めた。
金属同士がぶつかったような音が響く。
ロッテの足がわずかに地面を滑ったものの、その場から大きく押し退けられることはなかった。
「今です!」
「《サンダーボルト》!」
シオンの雷撃がアイアンモールへ直撃する。
その横ではリュナが二体のロックハウンドの間を駆け抜けた。
二度、銀色の軌跡が走る。
少し遅れて二体が崩れ落ちた。
「こっちも終わり!」
「早いな」
「シオンに言われたくないよ」
さらに奥へ進む。
何度目かの戦闘を終えたところで、ロッテが壁際に倒れたアイアンモールを見ながら首を傾げた。
「アイアンモール、多くないですか?」
「確かに」
最初はロックハウンドの方が多かった。
だが奥へ進むにつれて、アイアンモールと遭遇する割合が増えている。
「この辺に住んでるんじゃない?」
リュナが言う。
「鉱石を食べる魔物だったよな」
「そうですね。だから鉱山では特に嫌われる魔物なんです。鉱脈を食べられますから」
「なるほど」
鉱夫にとって危険なだけではない。
採掘するはずの鉱石まで食べてしまうのなら、放置できないのも当然だ。
三人はさらに進んだ。
やがてリュナが足を止める。
「待って」
シオンとロッテも止まった。
「どうした?」
「右から気配がする」
リュナが指したのは通路ではなかった。
岩壁だ。
「壁?」
「違う。向こうに何かいる」
三人で近づいてみる。
そこでシオンも気づいた。
「あれ?」
岩壁の一部に大きな穴が開いている。
自然にできた洞窟とは明らかに形が違った。
高さはシオンより少し低い程度。
壁面には何かで削ったような跡が大量についている。
ロッテがしゃがみ込み、その跡を確認した。
「これ……」
「分かる?」
「たぶん、アイアンモールです」
ロッテが自分の戦鎚で削り跡の幅を測るように見る。
「前脚で掘ったんだと思います」
「こんな穴を?」
「《鑑定》にも岩盤を掘り進むって出てたよね」
リュナに言われ、シオンも頷いた。
穴は奥まで続いている。
だが、その入口にはギルドの標識がない。
内部にも調査済みであることを示す印は見当たらなかった。
「ここ、調査されてないんじゃないか?」
「たぶん」
リュナが穴の奥を見る。
「気配はあるよ。結構奥だけど」
「入ってみます?」
ロッテが聞いたが、シオンはすぐには頷かなかった。
エマから説明を受けた内容を思い出す。
「未調査区域に入るには別に許可が必要だったよな」
「あっ、そうでした」
「なら勝手に入らない方がいいな」
「うん。その方がいいと思う」
三人は穴の入口だけを調べることにした。
シオンが《ライト》の明かりを向ける。
穴の中にはアイアンモールのものと思われる足跡がいくつも残っていた。
「かなり出入りしてるな」
「でも、なんでわざわざここを掘ったんでしょう?」
ロッテが壁を見る。
アイアンモールは岩盤を掘る魔物だ。
それだけなら不思議ではない。
しかし鉱石を食べる習性がある。
「この先に鉱石があるとか?」
「可能性はありますね」
ロッテが入口付近の壁を調べ始めた。
シオンには普通の岩にしか見えない。
だが、ロッテはすぐに一か所で手を止めた。
「……シオンさん」
「ん?」
「ここ、照らしてもらえますか?」
「ああ」
《ライト》の明かりを近づける。
灰色の岩盤の中に、わずかに色の違う部分があった。
黒とも銀とも違う。
光の角度によって、ほんの少し青みを帯びて見える。
「鉱石?」
「だと思います」
ロッテがじっと見つめる。
「でも、見たことないです」
「ロッテでも?」
「はい」
ロッテは壁に手を当てた。
「《金属鑑定》」
しばらくして、ロッテの表情が変わった。
「どうした?」
「分かりません」
「え?」
「鑑定しても、名前が出ないんです」
ロッテが確認した内容を二人に伝える。
【名称不明】
【高濃度の魔力を含む鉱石】
【詳細不明】
「名称不明なんてあるんだ」
「私も初めて見ました」
ロッテは興味深そうに鉱石を見つめる。
普段なら少しくらい採取したくなるところだろう。
しかし今回は手を出さなかった。
「持って帰らないの?」
リュナが尋ねる。
「持って帰りたいですけど……ここ、鉱山ですから」
「ああ、採掘禁止だったな」
「はい。依頼を受けた冒険者でも、勝手に鉱石を採っちゃ駄目って言われました」
ロッテは名残惜しそうに壁から手を離した。
「それに、ここは未調査の横穴です」
「なら場所を記録して報告だな」
「そうですね」
シオンは周囲の特徴を覚え、ギルドの目印からどの程度進んだ場所なのかを確認した。
リュナも横穴の位置を確かめる。
「奥の気配、まだ動いてるよ」
「アイアンモールかな?」
「たぶん。でも結構いると思う」
シオンは暗い横穴の奥を見る。
気にはなる。
だが、今受けているのは調査依頼ではなく、許可された区域での魔物討伐だ。
「今日は入らない」
「うん」
「分かりました」
ロッテも素直に頷いた。
「その代わり、頼まれた分はしっかり減らして帰ろう」
「まだやるの?」
「もちろん」
リュナが笑う。
「やっぱりシオン、こういう時は元気だね」
「冒険者だからな」
三人は横穴を離れ、調査済み区域へ戻った。
その後も何度かロックハウンドとアイアンモールの群れに遭遇したが、戦闘そのものに時間はかからなかった。
日が傾く前には十分な数を討伐し、すべての死体を《ストレージ》へ収納する。
「これだけ倒せばいいだろ」
「かなりの数になりましたね」
「帰ろう。横穴のことも報告しないと」
三人は来た道を引き返した。
管理事務所を抜け、鉱山道を通ってバルゼンへ戻る。
その足で冒険者ギルドへ向かった。
「お帰りなさい」
受付にいたエマが三人に気づく。
「どうでした?」
「かなりいた」
「でしょうね。最近、特に数が増えているんです」
「ロックハウンドとアイアンモールをかなり倒した。全部持って帰ってる」
「では、あとで解体場で確認します」
エマが依頼票を手元へ寄せる。
「それだけですか?」
「いや」
シオンは首を振った。
「報告したいことがある」
エマの手が止まった。
「何でしょう?」
「アイアンモールが掘ったらしい横穴を見つけた」
「……横穴?」
「ギルドの目印がなかったから、中には入ってない」
エマの表情が変わる。
「場所は分かりますか?」
「ああ」
「それなら後で詳しく教えてください。未調査の横穴なら、確認する必要があります」
「それともう一つあります」
今度はロッテが口を開いた。
「横穴の入口に、知らない鉱石が露出していました」
「知らない鉱石?」
「《金属鑑定》を使ったんですけど、名称が分からなかったんです」
エマが眉を上げる。
「鑑定結果は?」
「高濃度の魔力を含む鉱石、とだけ」
「……持ち帰りましたか?」
「いいえ」
ロッテは首を振った。
「採掘は禁止されていましたから」
エマは一瞬黙ったあと、頷いた。
「それで正解です。許可のない採掘は問題になりますから」
そして、先ほどまでとは違う真剣な表情で三人を見る。
「ですが、未知の鉱石となると話が変わります」
エマは依頼票を置いた。
「少し待っていてください。鉱山側にも確認を取ります」




