第77話 新鉱脈
冒険者ギルドを出たシオンたちは、まず宿を探した。
バルゼンは鉱夫や商人の出入りが多いためか、宿の数も多い。
大通りから少し入った場所で三人部屋のある宿を見つけ、数日分の料金を払う。
荷物を置く必要はほとんどないため、部屋を確認するとすぐに外へ出た。
「では行きましょう!」
宿を出た瞬間、ロッテが言った。
「どこに?」
「鉱石商です!」
「覚えてたか」
「忘れるわけないじゃないですか!」
むしろ宿を探している間も、ずっと鉱石商のことを考えていたのかもしれない。
リュナが笑いながらロッテの隣を歩く。
「見るだけじゃなかった?」
「いいものがあれば買います」
「もう変わってる」
「見るだけとは言ってませんよ?」
「さっき言ってたぞ」
「……いいものがあったら別です」
結局買う気はあるらしい。
三人は先ほど見つけた鉱石商へ向かった。
店頭には大小さまざまな鉱石が並んでいる。
鉄鉱石や銅鉱石ならシオンにも分かるが、それ以外はほとんど見分けがつかない。
しかし、ロッテは違った。
「これ、黒鉄鉱ですね」
店頭の黒っぽい鉱石を手に取る。
「普通の鉄より硬いんだっけ?」
「はい。ただ、加工温度が高いので少し扱いにくいです」
次の鉱石へ移る。
「こっちは魔鉄鉱……あっ、これ純度高いですよ」
「見ただけで分かるの?」
「ある程度なら。《金属鑑定》もありますから」
ロッテは次々と鉱石を確認していく。
完全に自分の世界に入っていた。
「楽しそうだね」
「だな」
シオンとリュナは少し離れたところから眺める。
「シオンさん!」
「ん?」
「これ買っていいですか?」
もう来た。
ロッテが持っているのは、拳ほどの黒い鉱石だった。
「何に使うんだ?」
「まだ決めてません!」
「決めてないのかよ」
「でも、この純度ならいろいろ試せます!」
値札を見る。
銀貨三枚。
今の資金から考えれば大した額ではない。
「いいんじゃない?」
「ありがとうございます!」
「俺の許可いらないだろ。共有資金なんだから」
「一応です!」
ロッテは店主に代金を払い、購入した鉱石をシオンへ渡した。
「お願いします」
「はいはい」
《ストレージ》へ収納する。
その後もロッテは店内を見て回り、結局いくつかの鉱石を購入した。
ただし、手当たり次第というわけではない。
品質や値段を確認し、自分が試してみたいものだけを選んでいる。
シオンには違いがほとんど分からなかったが、ロッテなりの基準があるようだ。
「満足した?」
店を出たところでリュナが尋ねる。
「はい!」
ロッテは笑顔だった。
「まだ他にも鉱石商がありますけど」
「今日は終わりな」
「分かってますよ」
「明日は依頼だからな」
「もちろんです。新鉱脈も楽しみです!」
「そっちでも鉱石ばっかり見てそう」
「勝手に採掘したら駄目って言われただろ」
「採りませんよ。見るだけです」
「今度こそ本当に見るだけだぞ」
「分かってます!」
三人は食事を済ませ、宿へ戻った。
翌朝。
シオンたちは装備を整えて街を出た。
エマに教えられた通り、北西へ延びる鉱山道を進む。
街道とは違い、地面には何本もの轍が残っていた。
鉱石を運ぶ荷車が頻繁に通っているのだろう。
しばらく進むと、周囲の景色が変わってくる。
岩山が近くなり、あちこちに坑道の入口が見え始めた。
「あれも鉱山?」
リュナが指差す。
「たぶん」
シオンには判断できない。
ロッテがそちらを見る。
「使われてると思います。人が出入りしてますから」
別の場所では、何人もの鉱夫が荷車へ鉱石を積んでいた。
金属を打つ音や、人の声。
ハサム周辺とはまったく違う光景だ。
「バルゼンって、本当に鉱山の街なんだな」
「だから鉱山都市なんでしょ?」
「そうだけどさ」
やがて道の先に木造の建物が見えてきた。
その奥には、大きな坑道が口を開けている。
入口付近には鉱夫だけでなく、武装した冒険者の姿も多い。
「ここみたいだな」
三人は管理所へ向かった。
中にいた男性へ冒険者カードとギルドでもらった受注証を見せる。
「Bランク三人か」
男性が確認する。
「洞窟の魔物討伐だな?」
「ああ」
「坑道内は鉱夫も作業してる。途中までは採掘区域だから、戦闘になった場合は周囲を確認してくれ」
「分かった」
「問題の洞窟は坑道の奥だ。案内板が出てるから迷うことはない」
男性が坑道の奥を指差した。
「それと、採掘区域の鉱石には手を出すなよ」
「分かってます!」
ロッテが真っ先に返事をした。
男性が少し不思議そうにロッテを見る。
「……お前さん、鍛冶職人か?」
「はい!」
「なるほどな」
納得したらしい。
「見るくらいなら好きにしろ。ただし作業の邪魔はするな」
「はい!」
「返事だけは一番いいな」
シオンが言う。
「ちゃんと守りますよ!」
三人は管理所を出て、坑道へ入った。
内部は想像していたより広い。
荷車がすれ違えるほどの幅があり、一定間隔で明かりも設置されている。
壁や天井は木材で補強され、床には鉱石を運ぶための軌道まで敷かれていた。
「ダンジョンとは全然違うな」
シオンが周囲を見る。
「人が掘った坑道だからね」
鉱夫たちが壁を掘り、別の場所では砕いた岩石を荷車へ積んでいる。
その横を通り過ぎるたび、ロッテの視線が壁へ向いた。
「あそこ、鉄鉱石ですね」
「採るなよ」
「採りません」
「こっちは?」
「魔鉄が少し混ざってます」
「分かるんだ」
「分かりますよ」
歩きながら壁を見るだけでも楽しいらしい。
だが、奥へ進むにつれて鉱夫の姿が減っていく。
代わりに、武装した冒険者とすれ違うようになった。
さらに進むと、坑道の脇に大きな看板が立っていた。
【この先 新鉱脈地下洞窟】
【魔物出現区域】
【鉱夫立入禁止】
「ここからか」
看板の先には、これまでの坑道とは明らかに違う空間が広がっていた。
人が掘った四角い通路が途中で途切れている。
その先にあるのは、不規則な岩壁に囲まれた天然の洞窟。
かなり広い。
奥は暗く、設置された明かりも途中までしか届いていない。
坑道と洞窟の境目には、数人の冒険者が待機していた。
そのうちの一人がシオンたちを見る。
「討伐依頼か?」
「ああ」
「気をつけろよ。今日は多いぞ」
「魔物が?」
「そうだ。朝から何組も入ってるが、次から次へ出てきやがる」
男は疲れたように洞窟を見る。
「入口近くまで来る奴は減ったけど、少し奥へ行けばいくらでもいる」
「そんなにか」
「行けば分かる」
シオンたちは洞窟へ入った。
すぐにリュナが周囲を確認する。
「気配、あるよ」
「どっち?」
「前。複数」
シオンが《ライト》を使う。
周囲が明るくなり、洞窟の奥まで見えるようになる。
少し進んだところで、岩陰から何かが飛び出してきた。
四本脚。
岩のように硬そうな灰色の皮膚。
大きさは大型犬ほど。
一匹ではない。
次々と姿を現す。
「五……六……」
「後ろにもいるよ」
リュナの声で振り返る。
別の横穴からも三匹。
「いきなり九匹か」
シオンは目の前の魔物へ《鑑定》を使った。
【ロックハウンド】
【岩山や洞窟に生息する魔物】
【硬質化した皮膚を持つ】
【群れで行動することが多い】
「ロックハウンドか」
「討伐対象にありましたね」
ロッテが依頼内容を確認する。
「ちょうどいいな」
その瞬間、ロックハウンドの一匹が地面を蹴った。
一直線にロッテへ突進する。
「《不動》!」
ロッテが盾を構え、正面から受け止めた。
鈍い音が洞窟に響く。
突進してきたロックハウンドの身体が止まった。
「《シールドバッシュ》!」
盾を押し返す。
ロックハウンドが横へ弾き飛ばされた。
その横をリュナが駆け抜ける。
《蒼銀華》が一閃。
一匹目が倒れる。
さらに身体を翻し、二匹目を斬り伏せた。
「《ライトニング》!」
シオンの魔法が別の一匹を直撃する。
青白い光が走り、ロックハウンドがその場に崩れた。
残ったロックハウンドが一斉に動く。
だが、数が多いだけだった。
今の三人にとって、この程度の魔物は脅威にならない。
リュナが素早く間合いを詰め、ロッテが正面から押さえ、シオンが離れた位置から魔法を撃つ。
最後の一匹が倒れるまで、それほど時間はかからなかった。
「終わり?」
リュナが《蒼銀華》を軽く振る。
「みたいだな」
「入ってすぐなのに九匹ですか」
「さっきの冒険者が言ってた通りだな」
討伐証明となる部位はギルドで解体した際に確認してもらえるため、シオンは九匹のロックハウンドをそのまま《ストレージ》へ収納した。
「これだけいるなら、討伐依頼が何枚も出るわけだ」
「入口近くでこれだもんね」
「奥はもっと多いかもしれませんよ」
「それなら依頼としては助かるな」
三人はさらに奥へ進む。
洞窟はいくつもの横穴に分かれていたが、現在冒険者の立ち入りが許可されている区域には、ギルドが簡単な目印を付けている。
シオンたちはその目印を確認しながら進んでいった。
それから数分もしないうちに、リュナの耳が動いた。
「またいる」
「何匹?」
「……多い」
前方の暗闇から音が聞こえてくる。
硬いものが岩を引っ掻く音。
一つではない。
《ライト》に照らされた先で、いくつもの影が動いた。
先ほど鑑定したロックハウンドが数匹いる。
だが、それだけではなかった。
その奥から、別の魔物が姿を現す。
岩壁を這うように進む、六本脚の魔物。
背中は黒褐色の硬そうな甲殻に覆われ、前脚の二本だけが異様に太い。
「また知らない奴だな」
シオンはすぐに《鑑定》を使った。
【アイアンモール】
【鉱山や地下洞窟に生息する魔物】
【発達した前脚で岩盤を掘り進む】
【硬い甲殻を持ち、鉱石を食べる】
「アイアンモール」
「鉱石を食べるんですか?」
ロッテが反応した。
「ああ。そう出てる」
「それ、鉱山にいたら困る魔物じゃないですか?」
「だから討伐対象なんじゃない?」
リュナの言う通り、依頼票にはアイアンモールの名前も載っていた。
前方にはロックハウンド。
その後ろには複数のアイアンモール。
さらに横穴の奥からも気配が近づいている。
「さっきより多いな」
「まだ増えるよ」
リュナが《蒼銀華》を抜く。
ロッテも盾とハンマーを構えた。
「これじゃ鉱夫さんたちを入れられませんね」
「ああ」
シオンもロッドを構える。
討伐数に上限はない。
そして、この先にはまだ大量の魔物がいる。
「じゃあ、遠慮なくいこう」




