第76話 鉱山都市バルゼン
ハサムを出発してから一日。
南西へ続く街道を進んだシオンたちの前に、岩山に囲まれた街が見えてきた。
「あれがバルゼンか」
シオンが足を止める。
砂漠の中に巨大なオアシスを抱えていたハサムとは、まるで雰囲気が違う。
周囲には大小いくつもの岩山が連なり、その斜面には坑道らしき穴が見える。
街へ向かう道を行き交っているのも、冒険者だけではない。
鉱石を積んだ荷車。
つるはしを担いだ鉱夫。
荷台いっぱいに木材を積んだ馬車。
街へ近づくにつれて、金属を打つ音まで聞こえてきた。
「おお……」
隣から声がした。
見ると、ロッテが目を輝かせている。
「まだ街に入ってないぞ」
「見てください、シオンさん! あの荷車!」
「荷車?」
「鉱石が積んであります!」
「鉱山都市なんだから、そりゃあるだろ」
「向こうにも!」
別の荷車を指差す。
「いっぱいあります!」
「そりゃ鉱山都市だからな」
リュナが笑う。
「ロッテ、昨日からずっと楽しそうだね」
「だって鉱山ですよ!」
「まだ鉱山にも入ってないけどね」
三人は街の入口へ向かった。
門では簡単な身分確認が行われていたが、Bランクの冒険者カードを見せると、すぐに通してもらえた。
街へ入った途端、さらに大きな金属音が聞こえてくる。
通りには武器屋や防具屋だけでなく、鉱石を扱う店や鍛冶工房がいくつも並んでいた。
店先には鉄鉱石をはじめ、シオンには名前も分からない石が置かれている。
「……すごいです」
ロッテの歩く速度が落ちた。
左右の店を忙しそうに見ている。
「ロッテ」
「はい」
「前見ないとぶつかるぞ」
「見てます!」
「今、完全に横向いてたよ」
「リュナさん、あそこ見てください!」
「聞いてないね」
リュナが苦笑する。
ロッテが指差した先には、大きな看板を掲げた鉱石商があった。
店頭には何種類もの鉱石が並んでいる。
「ちょっとだけ見てもいいですか?」
「ギルドが先」
「少しだけです!」
「少しで終わる?」
「…………」
「その間は何?」
「ギルドに行きましょう」
「諦めた」
三人は鉱石商を通り過ぎる。
ロッテは何度も振り返っていた。
「あとで来ればいいだろ」
「絶対ですよ?」
「なんで俺が約束するんだよ」
「シオンさんが《ストレージ》を持ってますから」
「買う気満々じゃないか」
「見るだけかもしれません!」
「さっきより後退したね」
そんな話をしながら街の中心部へ進む。
やがて、剣と盾を描いた見慣れた看板が見えてきた。
冒険者ギルドだ。
「まずはここだな」
三人が中へ入る。
建物の造り自体はハサムやリーベルと大きく変わらない。
受付が並び、冒険者たちが依頼を確認している。
ただし――。
「なんか人、多くない?」
リュナが周囲を見回した。
「多いな」
朝の依頼争奪という時間でもない。
それなのに、掲示板の前にはかなりの人数が集まっている。
シオンたちも近づいてみる。
「……なんだこれ」
掲示板を見て、シオンは首を傾げた。
同じような依頼が大量に貼られている。
【新鉱脈・第一坑道周辺 魔物討伐】
【新鉱脈・第二採掘区域 魔物討伐】
【新鉱脈地下洞窟 魔物討伐】
【新鉱脈地下洞窟 安全確認】
【鉱夫護衛】
【採掘区域周辺 魔物討伐】
少し場所や内容が違うものの、ほとんどが同じ地域に関係する依頼だった。
「新鉱脈?」
ロッテが反応する。
「最近見つかったのかな?」
「そうみたいだな」
シオンが依頼票を読む。
報酬も悪くない。
しかも一件や二件ではなく、かなりの数が出ている。
「討伐依頼ばっかりだな」
「何かあったのかな」
「聞いた方が早そうだ」
三人が受付へ向かう。
空いている窓口には、一人の女性が座っていた。
二十代ほどに見える。
シオンたちが近づくと、女性は手元の書類から顔を上げた。
「こんにちは。依頼の受注ですか?」
「いや、今日バルゼンに着いたばかりなんだ」
「初めての方ですね。冒険者カードを確認しても?」
三人がカードを差し出す。
女性は一枚ずつ確認していった。
「シオンさん、リュナさん、ロッテさん……三名ともBランクですか」
「ああ」
「私は受付担当のエマです。バルゼンに滞在される間、何か分からないことがあれば聞いてください」
「よろしく」
三人がカードを受け取る。
シオンはすぐに掲示板を指差した。
「それで、あの依頼なんだけど」
「ああ……」
エマはすぐに察したようだった。
「新鉱脈関係ですね」
「なんであんなに討伐依頼が出てるんだ?」
「少し前に、新しい鉱脈が見つかったんです」
その言葉にロッテが反応する。
「どんな鉱石が出るんですか?」
「ロッテ」
「あっ」
エマが少し笑った。
「鉱石については何種類か確認されていますが、まだ本格的な採掘を始められていないんです」
「何か問題が?」
「はい」
エマが一枚の資料を取り出した。
「新鉱脈が見つかったあと、鉱夫たちが坑道を掘り進めていました。ところが、その途中で岩壁の向こうに大きな空洞が見つかったんです」
「天然の洞窟?」
「最初はそう思われていました」
エマが頷く。
「ですが、開通して間もなく魔物が出てきました」
「それで討伐依頼か」
「それだけなら、ここまで大量には出していません」
エマの表情が少し真剣になる。
「調査のために冒険者を入れたところ、洞窟の中には大量の魔物が確認されました。それに内部の構造や魔力の状態から、現在はダンジョン化している可能性が高いと判断されています」
「鉱山の中にダンジョンが見つかったのか」
「正確には、新しく掘った坑道がダンジョン化した洞窟につながってしまった、という状態ですね」
リュナが尋ねる。
「魔物が坑道まで出てくるの?」
「はい。すでに何度か確認されています」
「それは鉱夫を入れられないな」
「そうなんです」
新しい鉱脈を見つけた。
採掘しようと坑道を掘った。
ところが、その先に魔物だらけの洞窟があった。
そのせいで、せっかく見つけた鉱脈の採掘作業まで滞っているらしい。
「現在は冒険者ギルドと鉱山側が協力して、魔物の数を減らしています。まずは坑道周辺を安全にして、採掘を再開できる状態にするのが目標です」
「なるほど」
シオンはもう一度掲示板を見る。
大量の討伐依頼が出ている理由が分かった。
「ダンジョン自体はどこまで調査されてるんだ?」
「まだ途中です。入口周辺と一部の通路までは確認されていますが、奥は未調査区域が多く残っています」
「奥にも入れる?」
「ランクによって制限があります」
エマが三人のカードを見る。
「ですが、皆さんはBランクですから、現在許可されている討伐区域なら問題ありません。未調査区域については別途申請が必要になります」
「じゃあ――」
シオンの顔を見て、リュナが笑った。
「嬉しそうだね」
「そうか?」
「うん」
「討伐依頼がいっぱいあるからな」
「一昨日まで暇だって騒いでたもんね」
「言ったな」
「昨日は、もう働かなくてもいいかもって言ってたよね?」
「言った」
「今日は依頼を受けるの?」
「受ける」
迷いのない返事だった。
リュナが笑う。
「ほんと、じっとしてられないんだね」
「冒険者だからな」
「昨日、働かなくてもいいって言ってた人が?」
「金のためじゃなくても依頼は受けられるだろ」
「それはそうだけど」
エマが不思議そうに三人を見る。
「働かなくてもいいんですか?」
「気にしないでください」
ロッテが答えた。
「ハサムでちょっと大金が入っただけです」
「ちょっと?」
「それより!」
ロッテが掲示板へ視線を向ける。
「新鉱脈なんですよね?」
「はい」
「討伐依頼で坑道に入れるんですよね?」
「依頼で指定された区域なら入れます」
「シオンさん」
「受けるか」
「はい!」
即答だった。
エマが何枚かの依頼票を確認する。
「Bランク三名でしたら、こちらがいいと思います。新鉱脈の坑道を通って洞窟へ入り、指定区域にいる魔物を討伐する依頼です」
「討伐数は?」
「種類によって違いますが、一定数以上を討伐すれば報酬が加算されます。現在は魔物の数を減らすことが最優先なので、上限は設けられていません」
「倒せば倒すほどいい?」
「はい。ただし無理に奥へ進む必要はありません」
「分かった」
「討伐証明として指定部位を持ち帰っていただきます。魔石やその他の素材については冒険者側の所有になります」
ロッテの表情がさらに明るくなる。
「それと、坑道内では採掘作業の邪魔をしないようお願いします。鉱石を勝手に採掘するのも禁止です」
「…………」
「ロッテ?」
「分かってますよ!」
エマが少し笑う。
「採掘された鉱石は街で購入できますから、興味があれば鉱石商を覗いてみてください」
「行きます!」
「依頼が終わってからな」
「分かってます!」
シオンはエマから依頼票を受け取った。
ハサムを出発して、まだ一日。
新しい街へ着いたばかりだというのに、もう次の依頼が決まった。
「今日は宿を取って、明日の朝から行くか?」
「うん」
「賛成です」
ロッテが嬉しそうに答える。
「じゃあ、この依頼を受ける」
「承りました」
エマが依頼票へ受注処理を行う。
「新鉱脈までは街の北西側にある鉱山道を進んでください。入口に管理所がありますので、そこで冒険者カードとこの受注証を提示すれば入れます」
処理を終えた依頼票と受注証を受け取り、シオンは二人を見る。
「よし。明日はダンジョンだな」
「鉱山の中のダンジョンだね」
「楽しみです!」
「ロッテはダンジョンより鉱石だろ?」
「どっちもです!」
三人はギルドを出る。
まずは宿を探し、そのあと街を見て回る予定だ。
だが、ギルドを出てすぐ、ロッテの足が止まった。
視線の先には、先ほど通り過ぎた鉱石商の看板が見えている。
「……見るだけですよ?」
シオンとリュナは顔を見合わせた。
「まだ何も言ってないぞ」
「先に言っておこうと思いまして」
「じゃあ、宿を取ってからな」
「はい!」
返事をしたロッテは、やはり楽しそうだった。




