第75話 ハサムを出発
冒険者ギルドで査定結果を聞いたあと、シオンたちは報酬を受け取った。
金貨二百四枚と銀貨四十六枚。
これまで手にした中でも、飛び抜けて大きな金額だ。
大量の硬貨を持ち歩く必要はない。
受け取った金は、そのままシオンの《ストレージ》へ収納した。
さらに、ファラオガーディアンの装甲も返却してもらった。
「これが返却分です」
ミリアに案内された倉庫で、シオンたちの前に黄金色の装甲が並べられている。
ファラオガーディアンが身につけていたもののうち、ギルドの調査や買い取りに回った部分を除いた残りだ。
戦闘によって破損している箇所も多い。
それでも、かなりの量があった。
ロッテがその一つを手に取る。
「やっぱり変わった金属ですね」
「加工できそう?」
リュナが尋ねる。
「分かりません」
ロッテは装甲を裏返し、断面を確認した。
「普通の金属とは違いますし、今の私が扱えるかどうか……。でも試してみたいです」
「じゃあ持って帰ろう」
「いいんですか?」
「そのために返してもらったんだろ?」
「ありがとうございます!」
ロッテから装甲を受け取り、シオンは次々と《ストレージ》へ収納していく。
今すぐ何かを作るわけではない。
加工できる場所を見つけた時に、ロッテが試せばいい。
「これで全部?」
「はい。ギルドからお返しするものは以上です」
「じゃあ、本当に終わったな」
オアシスの問題から始まり、水龍の住むダンジョン、《砂王の墳墓》の攻略。
その後の査定まで、すべて片付いた。
次の目的地も決まっている。
鉱山都市。
シオンたちは翌朝出発することにした。
宿へ戻ると、旅の準備を始めた。
もっとも、シオンたちの場合、大量の荷物を鞄へ詰め込む必要はない。
必要なものは《ストレージ》へ入れてしまえばいい。
食料や水、野営道具などを確認する。
「水は十分あるな」
「足りなくなってもシオンが出せるでしょ?」
「まあな」
今のシオンには《アクアフォール》がある。
「でも飲み水に《アクアフォール》は多すぎない?」
「一回使ったら何日分になるんでしょうね」
「飲み水を出すために宿を水浸しにする気はないぞ」
「外で使ってよ」
リュナが笑う。
水について心配する必要はなさそうだ。
食料も十分。
野営道具にも問題はない。
装備も昨日までに確認してある。
「準備するもの、あんまりないな」
「《ストレージ》がありますからね」
「忘れ物しても、だいたい中に入ってそう」
「便利だな」
「シオンが言うんだ」
三人で必要なものを確認していくが、すぐに終わってしまった。
ロッテは自分の装備をもう一度確認すると、満足そうに頷く。
「これで大丈夫です」
「じゃあ明日の朝、出発だな」
「はい!」
いつもより返事が早い。
シオンはロッテを見る。
「楽しそうだな」
「楽しみですよ!」
「まだ何があるか分からないぞ?」
「鉱山都市なんですよね?」
「そう聞いた」
「だったら楽しみです!」
ロッテにとっては、それだけで十分らしい。
「珍しい鉱石があるといいですね」
「買うの?」
「もちろんです!」
「即答だな」
「今はお金もありますから!」
「ああ……」
金貨二百枚以上。
昨日受け取ったばかりの金額を思い出す。
以前なら高価な鉱石を見つけても、値段を確認してから考える必要があった。
今は多少高価な鉱石を買ったところで、簡単には資金が尽きない。
「でも、無駄遣いはするなよ?」
「しませんよ!」
「本当に?」
「必要な鉱石しか買いません!」
リュナが首を傾げる。
「ロッテにとって必要な鉱石って、どこまで?」
「使ってみたい鉱石です!」
「ほとんど全部にならない?」
「…………」
ロッテが黙った。
「なるんだ」
「ちゃんと考えて買います!」
「まあ、買ってもいいけどな」
シオンは笑った。
自分だって新しい魔法を見つければ覚えたくなる。
ロッテにとって、それが鉱石なのだろう。
翌朝。
三人は少し早めに宿を出た。
砂漠の朝はまだ涼しい。
昼になれば強烈な日差しが降り注ぐが、この時間なら歩きやすい。
宿を出る前に料金を精算し、世話になった従業員へ礼を言った。
「さて」
シオンが通りを見る。
「このまま出発する?」
「ギルドに寄っていかない?」
リュナが言った。
「ダリオさんとミリアさんにはお世話になりましたし」
「そうだな」
「バルゼンまでの道も、もう一度確認しておいた方がいいと思います」
「じゃあ寄っていくか」
三人は冒険者ギルドへ向かった。
朝ということもあり、建物の中には依頼を探す冒険者が多い。
受付を見ると、今日もミリアがいた。
「あっ」
三人に気づいたミリアが声をかけてくる。
「おはようございます」
「おはよう」
「今日はどうしました?」
「これからハサムを出るんだ」
「えっ、もうですか?」
「昨日、全部終わったからな」
ミリアは一瞬驚いたものの、すぐに納得した。
「そうでしたね。次の目的地は決まったんですか?」
「バルゼン」
「鉱山都市ですね」
ミリアの視線がロッテへ向く。
「なるほど」
「なんで私を見るんですか?」
「鍛冶職人なら行ってみたいだろうなと思いまして」
「行きたいです!」
「やっぱり」
ミリアが笑った。
「南西へ向かう街道を進めば大丈夫です。交易にも使われている道なので、途中までは分かりやすいですよ」
「途中まで?」
「途中で道が分かれます。そこから西へ向かうと別の街へ続くので、南西側の道を進んでください」
「分かった」
「バルゼンへ行くなら、着いたあと冒険者ギルドにも寄った方がいいですよ。鉱山周辺には立ち入りが管理されている場所もありますから」
「鉱山なら自由に入れるってわけじゃないのか」
「採掘権がありますからね。稼働中の鉱山へ勝手に入ったら問題になります」
「それはそうだな」
シオンが頷く。
魔物のいる場所へ冒険者が自由に入るのとは事情が違うらしい。
「じゃあ、最初にギルドだな」
「その方がいいと思います」
「ダリオはいる?」
「いますよ。呼んできます」
ミリアが奥へ向かおうとする。
だが、その前に扉が開いた。
「呼ばなくていい」
ダリオが出てきた。
「話が聞こえた。もう出るのか?」
「ああ」
「相変わらず早いな」
「ハサムですることもなくなったし」
「オアシスを救って、未発見のダンジョンを見つけて、《砂王の墳墓》まで攻略しておいて、することがなくなったか」
「全部終わっただろ?」
「まあな」
ダリオは苦笑した。
「バルゼンへ行くそうだな」
「ロッテが鉱山都市って聞いて、すぐ決めた」
「シオンさんも賛成したじゃないですか」
「俺も面白そうだと思ったからな」
「似た者同士だね」
リュナが言う。
「バルゼンなら、お前たちには悪くないだろう」
ダリオが続ける。
「ハサムとは雰囲気がかなり違う。鉱山で働く奴、鉱石を買い付ける商人、武器や防具を作る職人も多い」
ロッテが嬉しそうに聞いている。
「ただし、ミリアが言ったように鉱山へ勝手に入るなよ」
「分かってます!」
「特にお前だ」
「私ですか!?」
「珍しい鉱石を見つけたからって走っていきそうだからな」
「そんなことしませんよ!」
「本当かな?」
リュナが笑う。
「リュナさんまで!」
ダリオも笑ったあと、シオンへ視線を戻した。
「バルゼンでも冒険者を続けるんだろ?」
「もちろん」
「最強になるために?」
「そうだよ」
ダリオが口元を緩める。
「やっぱり子供みたいだな」
「また言った!」
「昨日聞いても、今日聞いても同じ感想だ」
「いいだろ、別に」
「ああ。悪いとは言ってない」
ダリオは笑っている。
「まずはAランクだったな」
「分かってるって」
「忘れるなよ。お前はまだBランクだ」
「何回言うんだよ!」
近くにいたミリアまで笑い始めた。
「ギルドマスター、そのくらいにしてあげてください」
「ミリアも笑ってるだろ」
「すみません」
「絶対すみませんって思ってないよな?」
「そんなことありませんよ」
笑顔のまま言われても説得力がない。
「まあいいや」
シオンは気を取り直す。
「いろいろ世話になったな」
「ああ」
「オアシスのことも、《砂王の墳墓》のことも」
「礼を言うのはこっちだ」
ダリオの表情が少しだけ真面目になる。
「オアシスの件は、本当に助かった。あれが干上がっていたら、ハサムそのものがどうなっていたか分からん」
「俺たちだけで解決したわけじゃないけどな」
「それでも、原因を見つけて水龍を戻したのはお前たちだ」
ダリオは三人を見る。
「《砂王の墳墓》についてもそうだ。あの攻略地図はこれから役に立つ」
「落とし穴にわざと落ちる人、増えるのかな」
リュナが言った。
「ギルドで情報を管理する。何も知らない奴に『落ちろ』とだけ教えるつもりはない」
「それはそうか」
「お前たちみたいに無茶する奴ばかりじゃないからな」
「無茶じゃないぞ。《正解選択》で正解だったんだから」
「普通の冒険者にはそれがない」
「あ」
「今さら気づくな」
ダリオが呆れた。
ミリアが三人へ向き直る。
「お気をつけて」
「ありがとう」
「またハサムへ来ることがあったら、ギルドにも顔を出してくださいね」
「もちろん」
「その時は、またとんでもないものを持ってきそうですけど」
「普通に来るかもしれないだろ」
「シオンさんたちですから」
「どういう意味だよ」
ミリアは答えずに笑った。
三人はダリオとミリアに別れを告げ、冒険者ギルドを出た。
街の南西側へ向かう。
朝のハサムはすでに多くの人で賑わっていた。
バザールでは店を開く準備が進み、荷車を引く商人たちが通りを行き交っている。
その向こうには、大きなオアシスが見えた。
シオンは少しだけ足を止める。
「どうしたの?」
「いや」
ハサムへ来たばかりの頃は、水際が大きく後退していた。
今は違う。
水龍が元の洞窟へ戻ったことで、オアシスには再び水が供給されている。
「ちゃんと戻ってるな」
「うん」
「これなら大丈夫ですね」
三人はしばらくオアシスを眺め、それから再び歩き出した。
街の出口を抜ける。
目の前には砂漠と、その中を南西へ伸びる街道。
シオンが振り返った。
巨大なオアシスを中心に広がる砂漠の街、ハサム。
短い滞在だったが、ずいぶんいろいろなことがあった。
「じゃあ行くか」
「うん」
「はい!」
三人は南西へ続く街道を歩き始めた。
目指すのは、鉱山都市。
「どんな鉱石があるんでしょうね」
隣を歩くロッテは、朝からずっと楽しそうだった。
「まだ街も見えてないぞ」
「分かってますよ。でも鉱山都市ですよ!」
「しばらくロッテの話、鉱石ばっかりになりそうだね」
「いいじゃないですか!」
「珍しいのがあったら買えばいいさ」
「シオンさん、さすがです!」
「でも全部は駄目だからな」
「全部なんて買いませんよ!」
「本当に?」
「リュナさんまで疑わないでください!」
ロッテの声に、シオンとリュナが笑う。
三人はそんな話をしながら、バルゼンへ向かって街道を歩いていった。




