第74話 査定結果
「暇だー」
宿の部屋に、シオンの声が響いた。
ベッドへ仰向けに倒れ込み、天井を見上げる。
「また言ってる」
窓際の椅子に座っていたリュナが呆れたように振り返った。
「だって暇なんだから仕方ないだろ」
「何日か前も同じこと言ってたよね?」
「あの時より暇なんだよ」
「暇に違いなんてあるの?」
「ある。今日はかなり暇だ」
シオンが真顔で答えると、テーブルで自分の装備を手入れしていたロッテが笑った。
「もう少し待ちましょうよ。そろそろ査定も終わると思いますよ」
「それは分かってるけどさ」
《砂王の墳墓》を完全攻略してから、すでに一週間ほどが経過している。
その間に《合成魔術》を試したり、ハサムの街を見て回ったり、ギルドの依頼を確認したりして過ごしてきた。
だが、わざわざ受けたいと思うような依頼は見つからなかった。
オアシスの問題は解決している。
西の岩山にあるダンジョンについても、水龍が戻ったことでひとまず落ち着いた。
《砂王の墳墓》も攻略した。
今の三人に残っているのは、ギルドへ預けた魔物や財宝の査定結果を待つことくらいだった。
「砂漠に魔法でも撃ちに行くか」
「行かないよ」
「まだ試してない組み合わせが――」
「昨日も考えてたでしょ」
「考えるだけならいいだろ」
「また試したくなるじゃん」
「なるな」
「ほら」
リュナが笑う。
シオンは身体を起こした。
「じゃあ訓練でも――」
コンコン。
部屋の扉が叩かれた。
「はい?」
ロッテが立ち上がり、扉を開ける。
そこにいたのは宿の従業員だった。
「シオンさんたちにお客様です」
「客?」
「冒険者ギルドの方です。お預かりしていた品の査定が終わったと」
シオンが勢いよく立ち上がった。
「終わった!?」
「はい。ギルドまで来てほしいとのことです」
「行く!」
「急に元気になったね」
リュナが笑いながら立ち上がる。
「暇じゃなくなったからな」
「分かりやすいですね」
三人はすぐに準備を整え、宿を出た。
冒険者ギルドへ向かうと、受付にはミリアがいた。
三人の姿を見つけると、すぐに手を上げる。
「シオンさん、リュナさん、ロッテさん。お待ちしていました」
「全部終わった?」
「はい。お預かりしていたものについては、ひと通り査定結果が出ました」
「おお」
「ただ、説明することが多いので、ギルドマスターの部屋へお願いします」
ミリアに案内され、三人はダリオの部屋へ向かった。
扉を開けると、机の上には何枚もの書類が置かれていた。
「来たか」
ダリオが書類から顔を上げる。
「待たせたな」
「一週間くらいって言ってたし、予定通りだろ?」
「まあな。量が量だったから、間に合ってよかったくらいだ」
シオンたちは机の前の椅子へ座った。
ミリアも書類を持ってダリオの隣に立つ。
「さて」
ダリオが一枚目の書類を手に取った。
「まず、《砂王の墳墓》で倒した通常の魔物からだ。マミー、サンドスケルトン、ストーンスコーピオン。それと帰りに追加で倒した分も含まれている」
「うん」
「こいつらは特に問題なく処理できた。素材として使える部分と魔石を合わせて、全部で金貨二枚と銀貨四十六枚だ」
「普通だな」
「普通の魔物だからな」
ダリオが苦笑する。
「お前たちが持ち込むもの全部が、とんでもない値段になると思うなよ」
「思ってないって」
「では、次がファラオガーディアンです」
ミリアが別の書類を出した。
ロッテが身を乗り出す。
「装甲、分かりました?」
「ああ。一応な」
答えたのはダリオだった。
「何人かに調べてもらった。あの黄金色の装甲は、現在一般的に流通している金属じゃない」
「やっぱり」
「古代に作られた魔導合金らしい。複数の金属を混ぜ、さらに魔力を通して強化したものだそうだ」
「魔導合金……」
ロッテの目が輝く。
「製法までは?」
「分からん」
「ですよね……」
少し残念そうにしながらも、興味は失っていない。
「硬度が高く、魔力にも強い。ただし、ミスリルのように軽いわけじゃない。今の時代に同じものを作れる職人がいるかどうかも分からないそうだ」
「加工はできますか?」
「それも簡単じゃないらしい。ただ、破損している装甲の一部なら、お前たちへ返却できる」
「本当ですか!?」
「ああ。調査用としてギルドが一部を買い取る。残りは売ってもいいし、持って帰ってもいい」
「持って帰ります!」
即答だった。
「だと思った」
ダリオが笑う。
シオンも異論はない。
金なら他にもある。
ロッテが興味を持っている素材なら、手元に残しておいた方がいい。
「じゃあ、装甲の一部は返してもらおう」
「分かった。ファラオガーディアン本体については、魔石や内部の魔導部品、ギルドが買い取る装甲の一部を合わせて金貨十六枚だ」
「結構するな」
「長い間誰も見たことのない古代のゴーレムだからな。研究目的で欲しがる奴もいる」
続いてダリオが別の紙を手にした。
「ここからが財宝だ」
シオンたちの視線が書類へ集まる。
「まず古代金貨や銀貨。これは単純に金銀としての価値だけじゃなく、古い時代の貨幣として価値があるものも含まれていた」
「やっぱり普通の金貨より高いの?」
「ああ。状態のいいものはな」
さらに宝石、金の杯、皿、装飾品。
一つずつ専門家が確認し、素材としての価値と美術品としての価値を調べたという。
王冠についても同様だった。
「《砂王の宝剣》は?」
「あれもかなり高い」
「武器として弱いのに?」
「だから言っただろ。武器としての価値と、美術品としての価値は別だ」
ダリオが呆れた顔をする。
「大量の金と宝石を使った、古代の王が儀式で使っていた剣だ。欲しがる収集家がいる」
「なるほど」
「財宝についてはギルドだけで全部買い取るんじゃなく、専門の商人にも話を通した。その上で、現時点で売却できるものについて金額をまとめてある」
ダリオが数字を確認する。
「財宝一式。金貨百六十八枚」
「百六十八?」
シオンが聞き返した。
「そうだ」
リュナも目を丸くしている。
ロッテは指を使って何か計算し始めた。
「それだけじゃないぞ」
「まだあるの?」
「攻略地図だ」
ダリオは別の書類を持ち上げた。
「お前たちが作った地図には、これまでギルドが把握していなかった隠し通路、正しい分岐、意図的に作動させる必要がある落とし穴、第三階層への道、それから帰還用の隠し階段まで記録されている」
「売れるって言ってたな」
「ああ。ギルドで正式に買い取る。金貨八枚だ」
「地図だけで!?」
「何年も攻略できなかった遺跡の完全攻略経路だぞ。安いくらいだ」
シオンは納得して頷いた。
「最後に、《砂王の墳墓》完全攻略に対する報奨金。これは金貨十枚だ」
ダリオが書類を机へ置く。
「通常魔物が金貨二枚と銀貨四十六枚。ファラオガーディアンが金貨十六枚。財宝が金貨百六十八枚。攻略地図が金貨八枚。完全攻略報酬が金貨十枚」
ミリアが計算済みの紙をシオンたちの前へ置いた。
「合計で、金貨二百四枚と銀貨四十六枚になります」
「…………」
シオンは紙を見る。
もう一度見る。
「二百四枚?」
「はい」
「金貨が?」
「はい」
「俺たちの?」
「はい」
ミリアが三回答えた。
リュナが小さく息を吐く。
「すごい金額だね……」
「三人で分けても金貨六十八枚ずつですか」
ロッテも驚いている。
「いや、今まで通り共有でいいだろ」
「私もそれでいいよ」
「私もです」
三人の共有資金はシオンの《ストレージ》で管理している。
必要な時にそこから使えばいい。
わざわざ三等分する理由もなかった。
シオンは改めて金額を見る。
リーベル地下迷宮を完全攻略した時でさえ、魔物の売却と報酬を合わせて金貨十九枚だった。
今回はその十倍以上。
「……これ」
「なんだ?」
「もう働かなくてもよくない?」
ダリオが一瞬黙った。
リュナも考える。
「普通に暮らすだけなら、たぶん一生困らないんじゃない?」
「ですよね」
「三人でも?」
「贅沢し続けなければ大丈夫だと思うよ」
シオンは椅子の背もたれに身体を預けた。
「じゃあ冒険者やめても生きていけるのか」
「やめるの?」
リュナに聞かれ、シオンはすぐに首を振った。
「いや」
「早いね」
「まだ最強になってないからな」
その言葉に、ダリオが反応した。
「……お前、最強になりたいのか?」
「そうだけど」
「子供みたいだな」
「なんでだよ!」
シオンが思わず声を上げる。
リュナが吹き出し、ロッテも笑いを堪えている。
「笑うなよ!」
「だって……」
「悪いとは言ってない」
ダリオも笑っていた。
「俺もガキの頃は似たようなことを考えてたからな」
「ほら! 同じじゃないか」
「俺は大人になる前に諦めた」
「俺は諦めないぞ」
「そこを堂々と言えるのは大したもんだ」
ダリオは椅子へ深く座る。
「で、お前の言う最強ってのは何だ?」
「…………」
シオンが黙る。
「どうした?」
「それ、何日か前に話したばっかりなんだよ」
「誰と?」
「リュナとロッテ」
ダリオが二人を見る。
「答えは出たのか?」
「出てないよ」
リュナが即答した。
「出てないですね」
ロッテも続く。
「なんで二人が答えるんだよ」
「だって出てないじゃん」
シオンは反論できなかった。
「とりあえずSランクを目指すことにした」
「お前、まだBランクだろ」
「それも言われた!」
リュナがとうとう声を上げて笑った。
「何日か前と同じ流れになってる!」
「仕方ないだろ。Bランクなのは事実なんだから」
ダリオまで楽しそうだ。
「だったら、まずAランクだな」
「分かってるよ」
シオンは少し不満そうに答えた。
だが、目標は変わらない。
金に困らなくなったとしても、冒険をやめる理由にはならなかった。
「それで」
シオンは話を変える。
「これで査定は全部終わり?」
「ああ。返却するファラオガーディアンの装甲については、あとで受け取ってくれ。金も今日渡せる」
「じゃあ……」
シオンはリュナとロッテを見る。
「ハサムですること、なくなったな」
「そうだね」
「オアシスも元に戻りましたし、《砂王の墳墓》も攻略しましたからね」
査定を待つ必要もなくなった。
ハサムへ来た時には想像もしていなかったほど、いろいろなことがあった。
だが、すべて片付いた。
「そろそろ次の街へ行くか?」
「私はいいよ」
「私もです」
シオンはダリオを見る。
「この辺りで次に行くなら、どこか面白そうな街ある?」
「面白そうな街か……」
ダリオが少し考える。
「お前たちが何を求めるかにもよるが、南西へ行くなら《バルゼン》がある」
「バルゼン?」
「ああ。鉱山都市だ」
「鉱山都市!?」
ロッテが勢いよく反応した。
ダリオが少し驚いてロッテを見る。
「なんだ。鉱山に興味があるのか?」
「あります!」
「ロッテは鍛冶職人だからな」
シオンが説明する。
「ああ、そういうことか。ならバルゼンは気に入るかもしれんぞ。周辺にいくつも鉱山があって、鉱石の採掘と取引で栄えた街だ」
「いろんな鉱石があるんですか?」
「ハサムよりは遥かに多い。採掘された鉱石だけじゃなく、鉱石を扱う商人や鍛冶職人も集まっている」
ロッテがシオンを見る。
「シオンさん」
「うん」
「バルゼンに行きましょう」
「決めるの早いな」
「鉱山都市ですよ!」
「まあ、俺も面白そうだと思う」
シオンはリュナを見る。
「リュナは?」
「私もいいよ。次の目的地も決めてなかったし」
「じゃあ決まりだな」
次の目的地。
鉱山都市。
「よし」
シオンが立ち上がる。
「明日出発するか」
「いきなり?」
「もうハサムですることないだろ?」
「それはそうだけど」
「だったら早い方がいい」
ロッテも嬉しそうに立ち上がった。
「私も賛成です!」
「ロッテまで……」
リュナは二人を見て、仕方なさそうに笑う。
「じゃあ今日は旅の準備だね」
「おう」
シオンはミリアから受け取った査定書を手に取った。
金貨二百四枚と銀貨四十六枚。
普通に暮らすだけなら、もう冒険を続ける必要はない。
それでも三人とも、冒険をやめるつもりはなかった。
「まずAランク。それからSランクだな」
「バルゼンに行く話じゃなかったの?」
「どっちもだよ」
リュナとロッテが笑う中、シオンは次の旅の準備をするため、二人と一緒に席を立った。




