第73話 最強って何だ?
《合成魔術》を試した翌日。
シオンたちは特にやることもなく、宿の食堂でのんびりと過ごしていた。
《砂王の墳墓》から持ち帰った魔物や財宝は、すべて冒険者ギルドに預けてある。
通常の魔物についてはそれほど時間がかからないらしいが、ファラオガーディアンや大量の財宝については専門家による調査が必要だ。
査定が終わるまで、最低でも一週間。
昨日は《合成魔術》を試した。
しかし、毎日砂漠へ出て魔法を撃ち続ける必要もない。
「暇だな」
シオンがテーブルに頬杖をついた。
「たまにはいいんじゃない?」
向かいに座るリュナが答える。
その隣では、ロッテが飲み物を口にしていた。
「最近ずっと何かしてましたからね」
「そうだっけ?」
「リーベルを出てから、ほとんど休んでないですよ」
ロッテに言われ、シオンは思い返す。
リーベルを出発してハサムへ向かい、到着したと思ったらオアシスが干上がりかけていた。
大量の水を出し、原因を調べ、岩山で新しいダンジョンを発見した。
雷属性の魔物と戦い、水龍を見つけ、オアシスの問題を解決。
そのあと一日休んで《砂王の墳墓》へ向かった。
迷路を抜け、落とし穴から第三階層へ降り、ファラオガーディアンを倒して宝物庫を発見。
昨日は砂漠で《合成魔術》の実験。
「……結構いろいろやってるな」
「でしょ?」
「シオンさん、何もしてないと落ち着かないんじゃないですか?」
「そんなことないぞ」
シオンは否定した。
三秒ほど黙る。
「何か依頼でも受ける?」
「ほら」
リュナに即座に言われた。
「いや、暇だから」
「一日くらい休もうよ」
「昨日も依頼はしてないぞ」
「砂漠に行って大魔法を撃ちまくってたでしょ」
「あれは実験だ」
「休みではないです」
ロッテまでリュナ側についた。
「じゃあ今日は何もしない」
「できる?」
「できる」
「本当に?」
「できるって」
シオンは椅子の背もたれに身体を預けた。
何もしない。
たまには、そういう日があってもいい。
飲み物を一口飲む。
窓の外を見る。
ハサムの通りを人々が行き交っている。
商人が荷物を運び、冒険者らしい一団がギルドの方向へ歩いていく。
「…………」
「…………」
「…………」
しばらく誰も話さなかった。
「暇だな」
「さっき聞いたよ」
リュナが笑った。
「話でもするか」
「何の?」
「なんでも」
「なんでもって言われると困るよ」
そう言いながら、リュナも暇なのだろう。
テーブルへ肘をついて少し考える。
やがて、何かを思いついたようにシオンを見た。
「じゃあさ」
「うん?」
「シオンって、なんで冒険者やってるの?」
「最強になりたいから」
即答だった。
リュナが瞬きをする。
「早いね」
「考える必要ないだろ」
「そういえば、最初から言ってましたね」
ロッテも覚えていた。
シオンはこの世界へ来た時から強くなりたかった。
せっかく異世界へ転生し、魔法まで存在するのだ。
それなら、とことん強くなってみたい。
《正解選択》が示す道を進めば、その目標へ近づけると考えている。
「でもさ」
リュナが首を傾げる。
「シオンって、もうかなり強いよね?」
「まあ、それなりには」
「それなり?」
リュナが呆れたような顔をする。
「エルダードラゴン倒して、サンダースパイクフォックス倒して、ファラオガーディアンも倒したよ?」
「三人でな」
「それでも十分強いですよ」
ロッテも頷く。
「昨日の《ホーリージャッジメント》なんて、私は絶対に受けたくありません」
「俺も受けたくない」
「自分の魔法でしょ」
「自分の魔法だから威力が分かるんだよ」
「だったら、もう最強だったりしないの?」
リュナが何気なく言った。
「いや、それはないだろ」
「なんで?」
「俺、Bランクだぞ」
「……ランク?」
「最強なのにBランクはおかしいだろ」
リュナとロッテが顔を見合わせる。
「冒険者ランクと強さって、完全に同じじゃないよね?」
「違いますね」
「…………」
シオンは黙った。
それは知っている。
実際、自分たちがBランクへ昇格した時も、戦闘能力だけで決まったわけではなかった。
知識や判断力、冒険者としての行動まで含めて評価された。
「でも、強い冒険者は上のランクになるだろ?」
「それはそうだけど」
「だったら、まずランクを上げるのは間違ってない」
「じゃあ、Sランクになったら最強なの?」
「……とりあえずSランク?」
「なんで疑問形なの?」
シオンは腕を組んだ。
Sランク。
冒険者として目指せる最高峰の一つであることは間違いない。
「Sランクになれば、かなり最強に近いだろ」
「でも」
ロッテが口を開く。
「Sランク冒険者って、一人じゃないですよね?」
「…………」
シオンの動きが止まった。
「そうだな」
「複数いるなら、Sランクになっただけでは誰が一番強いか分かりませんよ?」
「確かに」
リュナが面白そうに笑う。
「じゃあSランク全員と戦うの?」
「いや、それだとただの喧嘩だろ」
「そこは分かるんだ」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「強い人を見つけたら戦いたがる人」
「そんなに戦いたがってないだろ」
リュナが黙ってシオンを見る。
ロッテも見る。
「……たぶん」
「自信なくなってるじゃん」
リュナが笑った。
シオンは話を戻す。
「そもそもSランク全員に勝ったとしても、それで最強とは限らないよな」
「冒険者じゃない強い人もいますからね」
「騎士とか?」
「いるでしょうね。あとは魔法使いとか」
「それに魔物もいるよ?」
「ああ」
人間だけで考える必要もない。
エルダードラゴンのような強大な魔物もいる。
「じゃあ世界で一番強い魔物を倒せばいいのか?」
「世界で一番強い魔物って何?」
「……知らない」
「どこにいるの?」
「知らない」
「誰が世界一って決めるの?」
「知らない」
リュナが笑い始めた。
「何も分かってないじゃん」
「今気づいた」
「今まで何を目指してたの?」
「最強」
「だから、その最強が分からないんでしょ?」
「そうなんだよ」
シオンは腕を組んだまま考え込む。
自分でも不思議だった。
この世界へ来てから、強くなるために動いてきた。
冒険者になった。
ジョブを育てた。
魔法を覚えた。
迷宮を攻略した。
強い魔物とも戦った。
だが。
「最強って、どうやって証明するんだ?」
「それを今話してるんだよ」
「難しいな」
「今さらですね」
ロッテまで笑っている。
「ロッテは何かない?」
「私ですか?」
「最強を証明する方法」
「うーん……」
ロッテは少し考える。
「世界中の人に聞いて、全員がシオンさんが一番強いって答えたら最強じゃないですか?」
「無理だろ」
「ですよね」
「そもそも俺のこと知らない人の方が多いぞ」
「じゃあ有名にならないとね」
リュナが言う。
「有名か」
「Sランクになったら、今より有名にはなるんじゃない?」
「なるだろうな」
「じゃあ、やっぱりSランクを目指すのはいいんじゃない?」
シオンは頷いた。
最強そのものを証明できるわけではない。
それでも冒険者として最高峰まで上がることには意味がある。
「よし。まずSランクになる」
「決まったね」
「そのあと最強かどうか考える」
「順番おかしくない?」
「いいんだよ。目標がないより」
「今はBランクですから、まずAランクじゃないですか?」
ロッテの一言で、シオンが止まる。
「……そうだった」
「いきなりSランクにはなれないでしょ」
「じゃあ、まずAランク」
「普通になったね」
「いいだろ、普通で」
シオンは飲み物を口にした。
Aランク。
その先にSランク。
そこまで行っても、自分が最強かどうかは分からない。
だが、今のところ目指す場所としては分かりやすい。
「リュナは?」
「何?」
「なんで冒険者やってるんだ?」
「私?」
今度はリュナが聞かれる番だった。
「私は……最初は生活のためかな」
「そうなのか?」
「冒険者って、そういう人多いと思うよ」
「確かに」
魔物を倒し、素材を売る。
依頼を受けて報酬を得る。
危険ではあるが、冒険者は立派な仕事だ。
「今は?」
シオンが聞いた。
「今?」
「最初は生活のためだったんだろ?」
「今は……」
リュナは少し考え、シオンとロッテを順番に見た。
「楽しいから」
「楽しい?」
「うん。いろんな場所に行けるし、見たことないものも見られるし」
リュナが笑う。
「それに、二人と一緒に冒険するの好きだし」
「おお」
「なんでそこで驚くの?」
「いや、嬉しいなと思って」
「……そういうの普通に言うよね」
リュナが少しだけ視線を逸らした。
シオンは今度はロッテを見る。
「ロッテは?」
「私は鍛冶ですね」
「即答だな」
「冒険者をしていれば、いろんな素材を見られますから」
ロッテは自分の腕につけた《剛力の腕輪》を見る。
「ミスリルだって、冒険者をしていなかったら自分で見つけることはなかったと思います」
「そうだな」
「それに、自分で作った装備を自分で使えます。どこがいいか、どこを直した方がいいかも分かります」
「なるほど」
「もちろん冒険も楽しいですよ」
ロッテが笑った。
「二人と一緒なら」
「結局、三人とも今のままでいいってことか」
「シオンだけ理由が変じゃない?」
「なんでだよ」
「私が楽しいから。ロッテが鍛冶のため。シオンが最強」
「いいだろ、最強」
「最強が何か分かってなかったのに?」
「それは今後考える」
「考えてなかったんだ……」
シオンは窓の外を見る。
今日もハサムは暑い。
通りには大勢の人がいて、遠くには砂漠が広がっている。
まだ行ったことのない場所もたくさんある。
知らない魔物もいる。
知らない魔法もある。
強い冒険者もいるだろう。
「まあ、決めた」
「何を?」
「まずAランクになる。その次にSランク」
「うん」
「それでも最強じゃなかったら、その時また考える」
リュナが吹き出した。
「すごくシオンらしい」
「いいだろ。分からないものを今考えても仕方ない」
「それはそうかもね」
「じゃあ、今日は目標も決まったし」
シオンが立ち上がる。
「どこ行くの?」
「ギルド」
「依頼受ける気でしょ」
シオンの動きが止まった。
「……見るだけ」
「今日は何もしないって言ったよね?」
「見るだけなら何もしてないだろ」
「依頼を見つけたら?」
「面白そうなら受ける」
「やっぱり休む気ないじゃん!」
リュナの声が食堂に響き、ロッテが楽しそうに笑った。




