第72話 合成魔術
翌朝。
朝食を済ませたシオンたちは、ハサムの街を出た。
目的は魔物の討伐でも、依頼でもない。
昨日習得した《合成魔術》を試すためだ。
「もう少し離れた方がいいかな」
シオンが振り返る。
ハサムの外壁はまだはっきり見えていた。
「威力が分からないんでしょ?」
「ああ」
「だったら、もっと離れた方がいいよ」
「私もそう思います」
リュナとロッテの意見が一致する。
「じゃあ、もう少し行くか」
三人はさらに砂漠を進んだ。
しばらく歩き、人の姿がまったく見えない場所まで来る。
周囲には砂と岩しかない。
街から続く街道からも大きく外れている。
「ここならいいかな」
「たぶん」
「少なくとも人はいませんね」
「よし」
シオンはロッドを取り出した。
昨日《合成魔術》を習得してから、まだ一度も使っていない。
どんな魔法でも自由に組み合わせられるのか。
それとも、何か条件があるのか。
まずはそこから確かめる必要がある。
「最初は分かりやすいやつにしよう」
「何と何?」
「《ファイヤー》と《ウインド》」
「火と風か」
「相性よさそうですね」
「だろ?」
風で火を煽る。
単純な発想だが、だからこそ最初に試すにはちょうどいい。
シオンは二つの魔法を意識する。
すると、これまでにはなかった感覚があった。
二つの魔法が別々に存在しながら、それを一つへ重ねられる。
「……できそう」
「もう分かるの?」
「なんとなく」
シオンは砂地の向こうにある岩へロッドを向けた。
「《合成魔術》」
火と風。
二つの魔法を重ねる。
その瞬間、新しい魔法の形が頭の中に浮かんだ。
「《フレイムストーム》!」
炎が放たれる。
直後、風が炎を巻き上げた。
ゴォォォォッ!
「おお!」
炎が渦を巻きながら広がり、岩の周囲を一気に包み込む。
数秒後、炎が消える。
焼けた岩と、熱で黒くなった砂が残った。
「できた!」
シオンが声を上げる。
「本当に新しい魔法になったね」
「《ファイヤー》よりかなり範囲が広いです」
「威力も上がってる」
シオンは自分の中に生まれた新しい魔法を確認する。
《フレイムストーム》。
炎を風で巻き上げ、広範囲を焼く魔法。
「これ面白いな」
シオンはすぐに次の組み合わせを考える。
「じゃあ、次は……《アイスランス》と《ウインドカッター》」
「氷と風?」
「どっちも切ったり刺したりするだろ」
「やってみたら?」
「よし」
二つの魔法を意識する。
先ほどと同じように重ねようとした。
だが。
【合成できません】
「あれ?」
「どうしたの?」
「駄目だった」
「できない組み合わせもあるんだ」
「みたいだな」
シオンはもう一度試してみたが、結果は同じだった。
【合成できません】
「なるほど」
シオンは少し嬉しくなった。
「なんで嬉しそうなの?」
「いや、何でも合成できるわけじゃないって分かったから」
「普通は残念がるところじゃない?」
「組み合わせを探す楽しみがあるだろ」
「シオンさん、こういうの好きそうですよね」
「好き」
即答だった。
今度は何を組み合わせるか。
シオンは自分が覚えている魔法を順番に思い浮かべる。
「《ライトニング》と《ウインドストーム》とかどうかな」
「雷と風?」
「試してみる」
二つを意識する。
今度は重なった。
「おっ」
新しい魔法が頭に浮かぶ。
「できる」
「どんなの?」
「撃ってみる」
シオンがロッドを遠くへ向けた。
「《サンダーストーム》!」
風が巻き起こる。
その中を青白い雷が走った。
バチバチバチッ!
広がった風の中から、何本もの雷が砂地へ落ちる。
ドンッ! ドンッ!
「これも広範囲だな」
「さっきより危なくない?」
「雷だからな」
「近くでは使わないでね」
「分かってる」
シオンは《サンダーストーム》を覚えておく。
合成できる組み合わせを見つければ、それまで持っていなかった性質の魔法が増えていく。
「次は何にしようかな」
シオンが考えていると、昨日から気になっていた組み合わせを思い出した。
「……これ、いけるかな」
「何?」
「《エクスプロージョン》と《アクアフォール》」
「爆発と水?」
「そう」
「どうなるの?」
「分からない」
「分からないのにやるの?」
「だから試すんだろ」
リュナがロッテを見る。
ロッテもリュナを見る。
二人が同時に後ろへ下がった。
「なんで離れるんだよ」
「だって《エクスプロージョン》でしょ?」
「しかも《アクアフォール》は、オアシスの水位を一気に上げるほどの水量ですよ?」
「……もっと離れて試すか」
「そうして」
三人はさらに移動した。
周囲に大きな岩もない、広い砂地を選ぶ。
リュナとロッテはシオンからも十分に距離を取った。
「そこまで離れなくてもいいだろ」
「念のため」
「私も念のためです」
「まあいいけど」
シオンは遠くの砂地へロッドを向けた。
《エクスプロージョン》。
《アクアフォール》。
二つの魔法を意識する。
「……お」
重なる。
しかも先ほどまでとは違い、かなり大きな魔力が動く感覚があった。
「できるぞ」
「本当に?」
「ああ」
新しい魔法が形になる。
「《ウォーターバースト》!」
指定した場所に大量の水が生まれた。
次の瞬間。
ドォォォォォン!!
「うわっ!」
「きゃっ!」
大量の水が爆発した。
巨大な水塊が一瞬で弾け、凄まじい勢いで全方向へ広がっていく。
砂が吹き飛ぶ。
水飛沫が高く舞い上がる。
「こっちまで来る!」
三人は慌ててさらに後ろへ下がった。
ザバァァァァッ!
大量の水が砂漠を走り抜ける。
しばらくして勢いが収まった。
「…………」
三人の前には、広範囲にわたって濡れた砂地が広がっていた。
中心部分は大きく抉れている。
「思ってたよりすごかったな」
「だから離れようって言ったんだよ」
「正解でしたね」
ロッテが濡れた砂を見る。
「これ、水そのものの勢いもかなり強いですよ」
「爆発で水を吹き飛ばしてる感じかな」
シオンは新しい魔法を確認する。
《ウォーターバースト》。
指定地点に大量の水を発生させ、それを爆発的に周囲へ放出する広範囲魔法。
「水と爆発だから……水爆」
「《ウォーターバースト》でいいよ」
リュナが即座に言った。
「まだ何も言ってないだろ」
「今、水爆って言ったじゃん」
「言ったけど」
「そのままの名前でいいです」
ロッテも《ウォーターバースト》を支持した。
「二対一か」
「名前を決める投票じゃないからね」
「分かったよ」
シオンは諦める。
だが、かなり強力な魔法ができた。
問題は範囲が広すぎることだ。
「これは使う場所を選ぶな」
「絶対選んで」
「味方が近くにいる時は危ないですね」
「ああ」
シオンは魔力の残りを確認する。
まだ余裕はある。
「もう一つ試したい」
「今度は何?」
「光系」
シオンが使える光の魔法は複数ある。
その中でも気になったのが二つ。
「《ソードジャッジメント》と《ホーリージャベリン》」
リュナが少し考える。
「どっちも光だよね?」
「ああ。《ソードジャッジメント》は広範囲に光の剣を出す。《ホーリージャベリン》は一体に強い光の槍を撃つ」
「それを合わせるんですか?」
「相性よさそうだろ?」
「さっきのを見たあとだと嫌な予感しかしない」
「俺はいい予感がする」
「それ同じ意味じゃない?」
シオンは笑いながら、さらに人のいない方向へ移動した。
今度は二人からかなり離れる。
「ここなら大丈夫だろ!」
「もっと向こう狙って!」
「分かってる!」
十分に離れた砂地へロッドを向ける。
《ソードジャッジメント》。
《ホーリージャベリン》。
二つの光魔法を意識する。
重ねる。
「……できる」
先ほどの《ウォーターバースト》とは違う。
魔力が一気に持っていかれる。
「これ、かなり消費するな」
「無理しないでよ!」
「大丈夫!」
新しい魔法が完成する。
シオンは遠くの砂地を指定した。
「《ホーリージャッジメント》!」
上空に光が現れた。
一つではない。
十。
二十。
さらに増える。
「え?」
リュナが空を見上げた。
《ソードジャッジメント》で作られる光剣よりも大きく、鋭い。
一本一本が《ホーリージャベリン》の性質を持つ光の槍だった。
それらが一斉に落下する。
ドドドドドドドドッ!!
轟音が砂漠に響き渡った。
光の槍が次々と大地へ突き刺さる。
一撃ごとに砂が舞い上がり、地面が抉られていく。
数秒。
やがて光が消えた。
舞い上がった砂が、風に流されていく。
「…………」
シオンは目の前を見る。
広い範囲に、無数の穴が穿たれていた。
一本一本の威力も高い。
それが大量に降り注いだのだ。
「……これ、強くない?」
シオンが呟いた。
「これ怖いよ」
リュナが真顔で答える。
「怖いですね」
ロッテも頷いた。
「え?」
「なんで嬉しそうなの?」
「強い魔法ができたんだぞ?」
「そういうところだよ」
シオンはもう一度、穴だらけになった砂地を見る。
確かに消費した魔力は大きい。
気軽に何度も使える魔法ではない。
それでも威力は十分すぎるほどだった。
「これなら強い魔物にも使えそうだな」
「使う時は先に言ってね」
「なんで?」
「離れるから」
「《ソードジャッジメント》と同じなら、狙う相手を指定できるぞ」
「それでも離れる」
「私も離れます」
「信用ないなあ」
「威力を見たから言ってるの」
シオンは苦笑しながらロッドを下ろした。
まだ試してみたい組み合わせはいくつもある。
だが、一日ですべてを調べる必要もない。
これから新しい魔法を覚えれば、試せる組み合わせもさらに増えていく。
「今日はこのくらいにするか」
「賛成」
「帰りましょう」
三人はハサムへ向かって歩き始めた。
その途中でもシオンだけは、自分が使える魔法を思い浮かべながら、次に何と何を組み合わせるか考えていた。




