第70話 完全攻略の報告
長い階段を登り切ると、シオンたちは見覚えのある通路へ出た。
「戻ってきた」
リュナが周囲を見回す。
そこは落とし穴の少し手前だった。
壁の一部が開き、先ほど登ってきた帰還用の階段へ繋がっている。
「こっちから見ると、普通の壁ですね」
ロッテが開いた部分を確認する。
「閉じたら分からなくなりそうだな」
「それも書いておこう」
シオンは地図を取り出し、帰還用階段の出口を書き加えた。
隠し通路の位置と開け方。
その先にある分岐。
落とし穴を利用した下層への進入方法。
そして、下から戻るための帰還用階段。
これでシオンたちが通った攻略経路は一通り記録できた。
「帰るか」
「うん」
三人は来た道を戻り始めた。
攻略ルートが分かっているため、帰りは早かった。
途中で何度か魔物と遭遇したものの、三人の足を止めるほどではない。
倒した魔物は、いつものようにシオンが《ストレージ》へ収納していく。
やがて一階へ戻り、そのまま入口を目指した。
外へ出ると、眩しい日差しが三人を照らす。
「明るい……」
リュナが目を細めた。
「ずっと中にいましたからね」
ロッテも空を見上げる。
まだ日は高い。
「思ったより早く出られたな」
「迷わなかったからね」
「普通なら二階だけで何日もかかりそうだな」
シオンが振り返る。
巨大な三角形の建造物。
長年、多くの冒険者が挑みながら、誰も最深部まで辿り着けなかった《砂王の墳墓》。
そこを三人は一日で攻略した。
「ギルドに報告しないとな」
「地図も売れるか聞いてみようよ」
「ああ」
三人はハサムへ戻った。
街へ到着すると、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
中へ入る。
「あ、シオンさんたち!」
受付にいたミリアがすぐに気づいた。
「お帰りなさい。今日は《砂王の墳墓》でしたよね?」
「はい」
「どうでした?」
「攻略してきました」
「そうですか、攻略を――」
ミリアが笑顔のまま止まった。
「……攻略?」
「はい」
「どこまでです?」
「一番奥まで」
「…………」
ミリアがシオンを見る。
リュナを見る。
ロッテを見る。
そして、もう一度シオンへ視線を戻した。
「一番奥というのは……二階の?」
「その先です」
「その先?」
「三階がありました」
「三階?」
「たぶん三階でいいと思います。ギルドの地図に載っていない場所でした」
「…………」
ミリアの表情が固まる。
「それで、そこにボスがいました」
「ボス……」
「倒しました」
「倒した……」
「その奥に宝物庫もありました」
「宝物庫……」
「はい」
ミリアは数秒間黙ったあと、静かに立ち上がった。
「少々お待ちください」
「はい」
「ギルド長を呼んできます」
早足で奥へ消えていく。
「やっぱりそうなるよね」
リュナが言う。
「オアシスの時も呼ばれましたね」
「今回は仕方ないだろ」
しばらくすると、ミリアが戻ってきた。
その後ろにはダリオがいる。
「シオン」
「はい」
「奥で聞く」
「分かりました」
三人はダリオに案内され、以前にも使った部屋へ入った。
ミリアも一緒だ。
全員が席につくと、ダリオが腕を組んだ。
「最初から聞こう」
「はい」
「《砂王の墳墓》を完全攻略したという話で間違いないのか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「最深部らしいところまで行って、ボスを倒したら宝物庫が開きました。その先に道はありませんでした」
ダリオが少し考える。
「なら、完全攻略と考えていいだろう」
隣に座るミリアが小さく息を呑んだ。
「まず、どうやって二階を突破した?」
「《正解選択》です」
「……やはりそれか」
ダリオは以前聞いた説明を覚えていた。
「分かれ道で使うと、進むべき道を教えてくれました」
「それで迷路を抜けたのか」
「途中までは」
「途中まで?」
シオンは《ストレージ》から地図を取り出した。
「これです」
机の上に広げる。
ギルドから受け取った地図を基に、シオンたちが未探索区域を書き加えたものだ。
「ここまではギルドの地図にもあります」
シオンが一か所を指差す。
そこには、
【行き止まり】
と記されている。
「でも、本当は行き止まりじゃありませんでした」
「何?」
「壁が動く隠し通路になってました」
ダリオとミリアが地図を覗き込む。
「……ここは何度も調査された場所だぞ」
「かなり分かりにくかったよ」
リュナが答える。
「私も《罠感知》では分からなかった。壁を調べて、やっと継ぎ目を見つけたくらい」
「その先はギルドの地図に載ってなかったので、自分たちで記録しました」
シオンが書き加えた部分を示す。
ダリオの視線が地図の上を動いていく。
「そして、ここ」
シオンが次の場所を指した。
「また行き止まりでした」
「また隠し通路か?」
「俺たちもそう思いました」
「違ったんです」
ロッテが言う。
「落とし穴でした」
「落とし穴?」
「はい」
「……それを避けた先に道が?」
「いえ」
シオンが首を横に振る。
「落ちるのが正解でした」
ダリオが黙った。
ミリアも黙った。
「もう一度言ってくれ」
「落とし穴を作動させて、わざと落ちるのが正しい攻略方法でした」
「…………」
「《正解選択》で確認しました」
ダリオは地図を見下ろした。
「なるほどな」
「分かるんですか?」
「いや。分からん」
「ですよね」
「だが、長年攻略されなかった理由の一つは分かる」
ダリオが落とし穴の位置を指で叩く。
「冒険者は罠を見つければ解除するか避ける。わざわざ作動させて落ちる奴はいない」
「私も見つけた時は解除するつもりだったよ」
リュナが言う。
「普通はそうする」
「《正解選択》がなかったら、俺たちも戻ってたと思います」
「つまり、隠し通路を見つけた上で、その先の罠を解除せず、自分から落ちなければならないわけか」
「はい」
「随分と性格の悪い造りだな」
「私もそう思った」
リュナが頷いた。
「それで、落ちた先が三階か?」
「そう考えてます」
シオンはさらに説明する。
落下先からは、それまでの迷路とは造りが大きく変わっていた。
広い通路。
壁画。
巨大な石柱。
王の墓所を思わせる場所。
そして、その奥には巨大な守護者がいた。
「名前は《ファラオガーディアン》でした」
「聞いたことがないな」
「《鑑定》では、砂王の眠りを守る古代の守護者と出ました」
「どんな魔物だ?」
「魔物というより、大型のゴーレムですね。俺の三倍くらいの大きさで、黄金色の装甲をつけてました」
「黄金色?」
「何の金属かまでは分かりません」
ロッテが補足する。
「かなり硬かったです。持ち帰っているので、調べれば分かると思います」
ダリオがロッテを見る。
「持ち帰った?」
「はい」
シオンが答える。
「丸ごと《ストレージ》に入れてあります」
「……そうだったな。お前にはそれがあった」
「道中の魔物も全部ありますよ」
「全部?」
「はい」
シオンは指を折りながら思い出す。
「マミー、ストーンスコーピオン、サンドスケルトン。それと帰りに倒した魔物も入ってます」
「相変わらず全部持って帰ってくるんだな」
「その方が楽なので」
「普通はそれができん」
ダリオが息を吐いた。
「現物があるなら、あとでまとめて確認しよう。それで、ファラオガーディアンを倒した先に宝物庫があったんだな?」
「はい」
「何があった?」
「いっぱい」
「……もう少し具体的に頼む」
「古い金貨、宝石、王冠、金の杯や皿、装飾品、儀式用らしい宝剣とか」
ダリオの眉が動く。
「王冠?」
「これです」
シオンが《ストレージ》から王冠だけを取り出した。
机の上へ置く。
金色の王冠には複数の宝石が嵌め込まれている。
ミリアが目を見開いた。
「……本物ですか?」
「たぶん」
ダリオは触れずに王冠を観察する。
「俺では価値を決められんな」
「ギルドでも分からないんですか?」
「金や宝石だけなら相場で見られる。だが、これは古代王国の遺物だ。歴史的な価値まで含めれば話が変わる」
「じゃあ売れない?」
「いや。専門の人間に見せればいい。ハサムには古物を扱う商人もいる。必要なら別の街から専門家を呼ぶこともできる」
「なるほど」
シオンは王冠を《ストレージ》へ戻した。
「他にもかなりあります」
「かなり?」
「部屋いっぱいに」
「…………」
ダリオがシオンを見る。
「全部持ってきたのか?」
「はい」
「宝物庫を空にした?」
「持って帰れるものは全部」
「《ストレージ》で?」
「はい」
ダリオは額に手を当てた。
「普通なら運び出すだけで大仕事になるところだ」
「便利ですよ」
「それは十分分かっている」
「あと、魔道具も三つありました」
シオンたちは、それぞれ手に入れた魔道具について説明する。
筋力を上げる《剛力の腕輪》。
敏捷を上げる《疾風の首飾り》。
魔力を上げる《魔力の指輪》。
「それは売るのか?」
「いえ、使います」
「それがいいだろう」
そして、シオンはもう一つの品について話す。
「《合成魔術の魔導書》もありました」
「合成魔術?」
「複数の魔法を組み合わせて、新しい魔法を作る技術みたいです」
「魔導書は?」
「使ったら消えました」
「習得したのか?」
「はい」
ダリオはしばらくシオンを見たあと、息を吐いた。
「完全攻略の報告だけでも大事なのに、次から次へと出てくるな」
「まだあります」
「……何だ?」
「この地図、ギルドで買ってもらえます?」
シオンが机の上の攻略地図を指差した。
ダリオの表情が変わった。
「もちろんだ」
「おお」
「むしろ、こちらから買い取らせてほしい」
ダリオは地図を手に取り、改めて内容を確認する。
「隠し通路の位置と開け方。正しい分岐。落とし穴を利用した下層への進入方法。そして第三階層までの経路か」
「帰り道もあります」
「帰り道?」
「落ちた先に仕掛けがあって、押すと階段が出てきました」
シオンが地図の注意書きを示す。
「それを登ると、落とし穴の手前に戻れます」
「そこまで記録したのか」
「はい」
ダリオは地図を机へ戻した。
「これは単なる未探索区域の地図じゃない。《砂王の墳墓》の攻略経路そのものだ」
ミリアも頷く。
「今まで集めてきた地図とは価値が違いますね」
「買い取り額は?」
「今ここでは決められん」
「そうなんですか?」
「完全攻略された前例がないからな。過去の買い取り額と単純に比較できん」
ダリオは少し考えてから続ける。
「それに、お前たちが発見した第三階層を今後どう扱うかも決める必要がある。まずギルドで地図を確認し、正式な記録として残す。その上で買い取り額を決める」
「分かりました」
「地図は預けてもらえるか?」
「はい」
「写しを取ったら返す」
シオンは地図をダリオへ渡した。
「それと、完全攻略についても別に扱う」
「別?」
「攻略地図の買い取りと、完全攻略を達成したことは別の話だ」
「報酬があるんですか?」
「少なくともギルドとして何らかの形にはする。長年未攻略だった遺跡だからな。俺だけで即決する話でもない」
「じゃあ待ってればいい?」
「ああ。地図と合わせてこちらで確認する」
「分かりました」
話が一段落したところで、ダリオが立ち上がった。
「さて、次は持ち帰った魔物を確認しよう」
「結構ありますよ」
「聞いた」
「ここで出します?」
「出すな」
即答だった。
「まだ何もしてないですよ」
「念のためだ」
ミリアも勢いよく頷く。
「絶対にここでは出さないでください」
「そんなに信用ない?」
「そういう意味じゃありません!」
ミリアが慌てて否定する。
「シオンさんの場合、《ストレージ》から何が出てくるか分からないんです!」
「それ、もっとひどくない?」
リュナが笑う。
「でも今回は間違ってないよ」
「リュナまで……」
ロッテも席を立った。
「解体場なら全部出せますね」
「ああ。マミーやストーンスコーピオン、サンドスケルトンは通常の査定でいいだろう」
ダリオが扉へ向かう。
「問題はファラオガーディアンだ。そんなものは俺も見たことがない」
「黄金色の装甲も調べたいです」
ロッテが言う。
「なら解体担当にも見せよう。必要なら金属に詳しい者も呼ぶ」
「お願いします」
シオンたちはダリオとミリアについて部屋を出た。
向かう先はギルドの解体場。
《ストレージ》の中には、《砂王の墳墓》で倒した魔物たちが、すべて丸ごとの状態で収められていた。




